2011年9月18日日曜日

吉報

 StratovariusからJörg Michael脱退。
 俺にとっては吉報です。
 「個人的な理由で」とは書いてますが、実際の原因とかはどうでもいいです。
 ようやくっすよ?
 ようやくやめるんですよ彼。
 このニュースを伝えるある日本語サイトでは癌が原因かもとか言われてますが、ああはいはいそれについてはお気の毒さま。
 別に死んで欲しいわけはないから、「癌のおかげで~」とかは言わない。養生してくっさい。
 まぁもう去る人間のことはいいですよ。
 次誰が来るか!
 ここですよ。
 もうねぇ、俺Jörg Michaelのドラミング飽き飽きしてたんですよ。
 Timo Tolkkiがいた頃はあれで良かったのかもしれないし正直いいなと思うプレイがなかったわけでもないですよ。
 また、色んなバンドを渡り歩いてきたということで、俺の知らない名演がそりゃあったんでしょうとも。彼のことを好きな人はいっぱいいるみたいですしね。
 でも・・・もういいだろ?
 Matias Kupiainenの加入で、そしてElysiumの作成で、これからのStratovariusは確実にスピードメタル、パワーメタル一辺倒だった過去に倣わない、他ジャンルからの多彩な要素を加えたハイブリッドメタルバンドになります。
 PolarisはElysiumに比べたら大分単純な内容だったけど、正直Jörg Michaelの単調なプレイがその印象に拍車をかけてたところもなきにしもあらずですよっていうか確実にそうですよ。
 ま、パワフルなところはよかったですね。
 それだけですけどね。
 Matias Kupiainen、Lauri Porraと、有名だったのか無名だったのか、とにかく個人的に知らないプレイヤーが入ってきて、結果的にStratovariusを大いに盛り上げてくれることになったのは良い驚きでした。
 新ドラマーにも驚かせて欲しいってことで、またも知らない人希望。「俺が」知らないってだけでいいんで。
 でももし既知の人が入ってくるなら、Jani Hurulaがいいな。いい具合にヒマなんじゃない?Cain's OfferingMetallumでの活動についての表記が、ずっと不明ながらActiveだったのが遂にOn HoldUnknownになっちゃったし・・・。
 なんかドイツ人が混じってたってのもあんま印象よくなかった。Jens Johanssonは他の連中と同じく北欧圏の人だから、ね。
 同じフィンランド人で、ここはひとつ。Cain's OfferingはTimo Kotipeltoがボーカルを務めてたし、Stratovariusにも入っていきやすいんじゃなかろうか。
 ていうかホントに入っちゃったりして。
 Jörg Michaelの代役としてサポートになったらカウントダウン!

2011年9月17日土曜日

Hypocrisyが初のライヴDVDをリリース!

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
 アカンアカンアカンアカン!

Hypocrisyが初のライヴDVDをリリース!

 -っとまあ、BehemothEvangelia HeretikaとかExodusShovel Headed Tour Machineみたいに、すげぇいい内容であるにもかかわらず日本盤の出ないDVDも往々にしてございまして、このライヴDVDも、日本では出ないんです。
 ライヴCDとして出るんです。
 しかしオイ!DVDというフォーマットが問題視されただけなのか、表向きCDなんですが、海外ではDisc Iに来ているライヴDVDがここ日本ではボーナスディスク扱いとして結局はこのライヴCDと一緒にパッケージング!!!
 こりゃー見逃すテはないでしょう!!
 ・・・いや、実はよく知ってるバンドってわけじゃないんです。
 以前メタル系レーベルのつべチャンネル巡りにハマっていたときに勿論Nuclear Blastにも出会いまして、そのとき観たビデオのひとつで、Weed Out the Weakって曲をやってたのがこのHypocrisy。
 知ってる曲もそれだけで、その後に観た、Weed Out the Weakと似た雰囲気のミュージックビデオでThe Anticosmic Overloadという曲を発表していたRelapse Records所属のドイツのバンド、Obscuraの方が正直インパクト強くて、Hypocrisyは単なる数あるちっちゃな記憶のひとつとして脳内に収められてしまいました。
 ただ名前はちゃんと覚えていて(実際Metallumでもバンドの情報収集したりしてましたから)、いつものように新譜チェックしているとヒポクリシーというアーティストがライヴ(仮)というタイトルでCDを出すことがわかって、まさかあのHypocrisyか?と心躍ったのですが、詳細が何もわからず、(仮)なんて表現もされてるし「そもそもこの情報正しいのか?」とその存在を疑ってすらいましたが、この度Nuclear Blast JPにて16日に情報が解禁、Amazon.co.jpにも新譜としてページが設けられました(一昨日まではなかったはず)。
 内容は、海外盤はDVD+2CDで、国内盤は上述の通り、2CD+DVDです。
 勿論内容はライヴですが、DVDには更に、海外盤と仕様が同じなら、90分に及ぶ、20年に亘るバンドヒストリーを振り返るドキュメンタリーが収録されます。これも観てみたいですね。
 価格は5k近くで安くありませんが、デスメタルバンドが日本でCD+DVD仕様の商品出すんですよ!? ゼータク言ってられない。
 そもそも何故よく知らないバンドに対してこんなテンション上がってるのか?
 デスメタルバンドって、やっぱ扱いづらいみたいっすからね。ここ日本でも一応CDは出てますが、映像作品となると絶望的なんじゃないですか?
 冒頭で例に挙げましたが、CDは日本盤が出てて来日もしたのにBehemothのEvangelia Heretikaは出ませんでしたし。300プレスくらいなら完売御礼じゃなかったんですか?いや採算取れねーかw 俺なら間違いなく買ってましたけどね。トレイラーで観て聴いてしただけでしたけど、音すげー良かったですもん。パフォーマンスの素晴らしさは今更言うまでもないし。
 そんなデスメタルバンドで、しかも日本で殊更知名度が高いわけでもないHypocrisyという連中が2CD+DVDという豪華仕様で商品を出す。
 なんかもう感涙モノですよ。
 勿論手がけるは日本コロムビア
 俺はもう一生ついていきますよ。
 メタルを売ってくれる限りは、だけどw
 ちなみにこれまでにもHypocrisyの旧譜の邦盤は何枚か出ていますが、同社からのリリースはこれが初。だからNuclear Blast JPサイト内にはまだHypocrisyのページはない。
 あ、このライヴCD、買いますよ。
 こうやって詳細知るまでもなく、とりあえず予約しとこう、よくわからないのが届いたら返品って感じで、とは思ってましたから。他の店のシステムは知りませんけど、uchiは月の売り上げに対して一定のパーセンテージの金額分ならなんでも返品がきくんです。
 まぁもうそんなこと考える必要まったくなくなりましたけどね!
 バッチリ感想書いちゃいますヨ。
 真剣真剣で。

 ところで、「ハイポ-」じゃね?

2011年9月16日金曜日

Nuclear Blast日本版サイト

 さて日本コロムビア(と、バウンディ)を礼賛したわけですが、ワタシはレコード会社のサイトってのは滅多に見ないのデス。
 つべのレコード会社チャンネルには以前よくアクセスしていたものですが(今はごくたまに)。
 しかしここで話題にしたのを切欠に、俺が買ったものの他にはどんなCDがカタログにはあるのだろうかと気になって、アクセスしてみました。
 なるほど、Nuclear Blast所属のバンドたちが出す作品の日本盤を製作・販売しているわけですね。
 さて日本コロムビアサイト内の「インターナショナル」ミュージシャンのページから、Nuclear Blastの日本人向けサイトがオープンしたとのことでリンクを通じてアクセできます。
 本家Nuclear Blast公式サイトに比べるとめちゃめちゃ紹介されてるバンドの数が少ないですが、日本盤を出しているバンドのみが載っているんでしょうね。
 全部見ても大した労力は費やさずに済みそうだったので、ひとつひとつ覗いていくことにしました。
 まずはAll Shall Perish
 最新ミュージックビデオもチェックしましたが、イマイチ。
 特にこのテのボーカリストはもう・・・あきた。
 次、Chrome Division・・・
 って、バンド名がでっかくAll Shall Perishって表示されててその下に「クローム・ディヴィジョン」のルビついてるじゃないですかー!やだー!
 めちゃめちゃ失礼でしょこれ。運営誰か気づけよバカ。
 もうここで萎えてしまって、バンド名を逐一つべで検索して曲聴いていこう!とか意気込んでたんですが、あとはダラダラポチポチ見てました。
 個人的に強く印象に残っているバンドが2つありまして、ひとつが、チェコ出身のSeven
 というのもこのバンド、最初「プログレメタルかな?」と思って曲聴いたんですが、めちゃめちゃなんの変哲もないパワメタ。
 ずっこけて却って印象に残っちゃったっていう。
 聴いたのはGet Itっていう曲で、なんか擬似ライブ音源なのかよくわかんなかったんですが、とにかくボーカリストがフラット気味なのに萎えました。
 フラットはダメなんですよボク~。
 なんかこのバンドの新ボーカリストのオーディションに参加した彼の歌を聴いて、メンバーは即こいつに決定だと考えたとか、求めている声に出会えたとか言ってたそうですが、よほど大したことないのばっか集まってたんでしょうね
 ソロでタッピングをやるギタリストのギターの指板を押さえるパフォーマンスにはちょっとテンションあがっちゃいましたけどねw
 ああいうの、シャレに近いパフォーマンスとしても、ギターソロ中ヒマなボーカリストに頼む必要不可欠な演奏上の協力としても非常に良いと思いますよ。
 なんか以前、あれに近いことをしている人のライブパフォーマンスを見たことがあるんだよな・・・誰だっけ・・・。
 まぁそれはそれとして。
 ところで何故俺がSevenをプログレメタルバンドだと思ったかですが・・・Symphony XParadise Lostに収録されている同名の曲が原因です・・・。浅はか極まりないですねホントに。
 さてChrome Divisionが勝手にAll Shall PerishであるということにされているNuclear Blast日本版サイト内のバンド毎の個別ページですが、メンバーの名前が仮名に転写されてあるところ・されてないところあって、これも非常につくりが中途半端である印象を受けます。
 Sevenはチェコ語による名前しか載っていません。
 何故英語よりも読み易い言語の仮名転写を怠るのか?
 俺にはホント理解できない。
 かと思えばノルウェー語Communicのページ)が転写してあったり。
 Sevenの面々は、

      Guitar:
      Honza Kirk Běhunek - ホンザ・キルク・ビェフネク

      Gesang:
      Lukáš Písařík - ルカーシュ・ピーサジーク

      Schlagzeug:
      Lukáš Kuneš - ルカーシュ・クネシュ

      Bass:
      Thomas Kuchta - トマス・クフタ

 です(まったくチェコ語読みしていいのならね)。
 ちなみにGesangとSchlagzeugはそれぞれボーカルとドラムにあたりますが、この2つだけ何故かドイツ語・・・どっかからのコピペなんだろーなー。

 さて、あとひとつの私に強い印象を残したバンドですが・・・これはまた別の機会に語りたいと思います。
 ちょっと別格ですよ、“彼ら”は・・・。

2011年9月15日木曜日

めちゃくちゃグッジョブ

 新譜情報チェックしてたら、Arch Enemyの旧作がズラリ登場(The Root of All Evilまで)。
 もちろんまずは値段をチェック。
 ・・・¥2,400、そんな安くもないな。
 次に見ようともしてないが目に入ってきたのが、「日本コロムビア」の文字。
 あれっ、トイズファクトリーから移籍したんだ。
 それで再発なんだね。
 どこかで目にした情報なんだけど、日本コロムビアは今、主に日本盤流通のディールを持っていない海外のヘヴィメタルバンド、特に日本でディールが得られにくいということはブルータリティの強い、若しくはマニアック度の高い連中の国内盤を販売する方針をとっているらしい。
 Arch Enemyは1st発売時から日本盤が出てるし、そういうバンドと同類ではないけど、上記したような戦略を持つ日本コロムビアが自社のHR/HMカタログを充実させたくて欲しがったのかもしれませんね。
 それにしてもこの販売方針、めちゃくちゃグッジョブですよね!
 俺が最近買ったDecapitatedCarnival Is Forever)やOriginEntity)も日本コロムビア。
 ちなみにこの2点はいずれも紙ジャケにジュエルケースが覆われる形になっとるんですが、同類の商品は全部この仕様なのかな?
 Relapse Recordsの日本盤を手がけるバウンディ-しかも直輸入盤だから安価で!-といい(俺が持ってるのはNile / Annihilation of the WickedDeath / Humanのみ)、こういう会社は全身全霊で応援したいですね。
 ああ~チクショウ、俺に億単位の財産があったらこの2社にそのすべてから1割くらいを寄付したいぜ。
 まぁ、海外ミュージシャンの安価な国内盤を販売しているということに関しては、ユニバーサル東芝に比肩する会社はないわけですが、こいつらは如何せんラインナップがねえ・・・w
 出たばっかですぐ廉価盤出したりするのはステキだけど。
 MetallicaDeath Magneticは発売から1年後に再発された廉価盤を持ってます。
 とりあえずArch EnemyはBlack EarthStigmataは購入ケッテイ。

2011年9月14日水曜日

מקס פלײשר והרוטוסקוף שלו

 なんとなく聴きたくなったコレ@つべ。
 次コレにいって・・・
 最後コレ
 Culture Clubはかなり前・・・もう何年か越しですよ、CD買うことを意識してるけどいまだに買ってないなあ。
 スタジオ作のColour by Numbersがいいか、何かベストがいいか・・・。
 最後のA-HaTake on Meですが、この特徴的な絵による演出はロトスコープという手法によるものだそうで、これのミュージックビデオがリリース当時話題になったと聞いて、そうですよね、今観てもああスゲエって思いますと100%納得できますね。
 そしてこのロトスコープの開発者、マックス・フライシャーっつーんですけど、ああもしかして?
 果たしてやっぱりユダヤ人。正確にはMax Fleischer
 すげぇなユダヤ人わ。
 どこにでもいるなマジで。
 あまり活躍できてない場はスポーツくらいですか。聞きませんしね、名前。
 陸上とか水泳なんかでもイスラム教の教えに則り肌がしっかり隠れるような格好をして競技に臨んでいるムスリムのみなさんですが、まったく結果が芳しくない。
 人があれ見ると「あんなんで勝負になるわけないじゃん」と言うんですね。
 しかしユダヤ人は、彼らにもユダヤ教徒然とした格好っちゅうもんがあるみたいですが、スポーツの場では自由なようです。信仰の程度如何によるのかもしれませんが。
 だから誰かと鬼葬、いや競うという点に関しては別に不利な要素はないんでしょうが、単にユダヤ人というものがスポーツ界で権力者になることに興味がないんですかね。
 まぁ確かに、最強の競技者として名を馳せるよりは、億万長者として野球だのサッカーだののチームのオーナーになったりしてその富の大きさで有名になったりするって方が、より ユ ダ ヤ ら し い ですよね。
 ユダヤ人はヤクザとしてもバッチリですよお。
 マフィア、ね。
 俺のお気に入りはルイス・バカルターLouis "Lepke" Buchalter)。
 こいつのニックネームが「レプケ」っつーんですけど、Lepkelehの略で、Wikipedia.en曰く「"Little Louis" in Yiddish」とのこと。
 英語じゃなくイディッシュであだ名がつけられているのがイイんだ。
 ま、それだけなんですが。
 サミュエル・レヴィンSamuel Levine)は「レッド(Red)」というあだ名がありましたが、「赤毛だったから」ですよ、つまんないでしょう。
 さてそのスポーツ界を除く「どこにでもいる」ユダヤ人のひとり、Max Fleischerが考案したロトスコープを用いてつくられたアニメーションがこちら
 CG全盛の今観てもすごく思えるのはなんでなんでしょうね?
 絵ってすごいですよね。
 なんですごいんですかね。
 如何に上手に描こうとも模倣の元がある限り模倣でしかないんだからその対象になったものを見ればいいじゃんと思うのですが、それでもやっぱり絵はすごい。
 被写物そっくりに描くことの難しさを知っているから、ではないんですが・・・なぜ絵を描けることは人に感銘を与えるんでしょう?
 不思議ですね。
 絵は偉大です。

2011年9月12日月曜日

ジャトー・ユニット


 Jeff Loomisの「Jato Unit」、「ジャトー・ユニット」のように読むんだと思ってたけど、上記リンクでジェフ本人がJatoを「ジェイト」と言っている(意味は知らん)。
 何故他の読み方があると考えずにひたすら「ジャトー」と誤っていたか?
 その方が俺が思うに語感がかっこいいし。
 外国語に関しては、実際の読みを知っていても「俺が思うこっちの方が語感がイイ」というものがあれば、そう読していることがままあります。
 何が正しいかよりも、何がしっくりくるか。
 ひとつのわがままなんでしょうけど、俺はそういう考え方を愛しています。

2011年9月11日日曜日

ABBAはやっぱりスゴイ

♪8809151400262

 以前書いた、¥920で買った南朝鮮製のDVD5本の内、ABBAのものだけPCで再生しても映らなかったと書きましたが、それを売場の責任者に話すと換えの新品を用意してくれました(ちなみに他の4本はDeep Purple / 1974 California JamEric Clapton / Live in Hyde ParkGuns n' Roses / Use Your Illusion World Tour - 1992 in Tokyo IYngwie Malmsteen / Live!!、タイトルからわかるようにすべてライブ作品)。
 今日バイト先で俺の不良品と交換して持って帰ってきましたが、もしかして今回もと思いつつ再生したものの杞憂に終わり、今無事に視聴しています(上のEANがそう)。
 当然の機能なのかもしれませんが、親切にも歌詞を表示させるか否かが選択できるのがウレシイ。観ている内にふと一緒に歌いたくなってくること、ありますから。
 いやー、それにしてもABBA自体久々に聴きましたけど、Dancing Queenは本当に感涙モノの秀逸なデキの作品ですなー、いつ聴いても。
 以前に一度、聴いている内に素晴らしすぎて冗談抜きで泣きそうになったことがあります。その時点でもう何度も聴いたことあったのに。
 今回もちょっとウルっときてしまいましたよ。
 この人らまたアレンジメントが実に耳を引くんですよねー!
 歌やコーラスだけでなく、バックで鳴っているあらゆるものが魅力的。
 さて、今流れているのはKnowing Me, Knowing You 
 CDのABBA Goldの2曲目ですが、このDVDだと#10です。
 このDVD、タイトルがGreatest Hits & Storyで、トラックリストはABBA GoldとMore ABBA Goldの収録曲を混ぜたようなものになっているので勘違いしていたのですが、別にこの2枚のベスト盤に準拠した曲順にはなっていません。
 そして且つ、2枚のCDから全曲収録されているわけでもなさそうです。
 正直何が収録されていたのか完全には覚えていないのですが、More ABBA Goldには20曲入っていたのは覚えています(・・・のハズ)。
 このDVDは全30曲収録で、ABBA Goldには10トラックしかなかったってことは確実に違うと言えますので、何かが入っていないわけです。なんなのかは思い当たりませんが・・・。そして調べませんが。
 そしてそのCDのどちらにも入っていなかった曲があります。なので、私にとっては初めて耳にする曲となります。
 Bang-a-BoomerangThat's MeOne Man, One WomanHappy New Yearの4曲です。俺はABBAのCDは上記2つ以外は聴いたことがないのです。
 ちなみにBonus Tracksと名付けられたオマケビデオが5つ収録されておりまして、内訳はWhen I Kissed the TeacherEstoy SonandoI Have a Dreamスペイン語版)、FelicidadHappy New Year同言語版)、No Hay a Quien CulparWhen All Is Said and Done同)、Dancing Queen [At The Royal Swedish Opera]です。
 どうコンテンツを選択していったのか、このBonus Tracksを最初にすべて観てしまいましたので、Happy New Yearはスペイン語版を先に知ったということです。
 すごいのがこれ、スペイン語を歌ったパフォーマンスを、元となった曲のビデオとは別に撮っているということなんですね。
 観るまでは英語で歌った曲にスペイン語での歌を重ねただけだと思ってましたけど、口の動きがばっちりスペイン語でしたし。
 ABBAが数曲を英語以外でも歌っていることは知っていて、Waterlooのスウェーデン語版、フランス語版なんかもつべで聴きましたけど(スウェーデン語版マジ最高!)、これは国際的な販売戦略の一環だったんでしょうか?そういえばQueenLas Palabras de Amorは南米で大ヒットしたそうですし、やはりある国や地域の人々が母語にしている言語で歌われるものには、そこの人たちからの注目を集めやすく、また受け入れられやすいんでしょうね。俺は個人的にはTeo Torriatte (Let Us Cling Together)はビミョーだなと思いましたが・・・。日本語になっている部分の歌詞は好きだけどね。
 しかし販売戦略抜きにしてみても、FernandoとかChiquitita(ちなみにこのDVDのパッケージ裏面の表記ではChquititaになっちゃってます)というイベロ・ロマンス系の名前を冠する歌があったりと、ABBAはなんだかスペインにシンパシーがあったかのようです。
 まぁ、フランス語のタイトルでVoulez-Vousというものもありましたが。片やMamma Miaはイタリア語ですし。
 彼ら自身にそもそもユーモアがあったんでしょうね。
 それに見事大ヒットしていますし、実にかっこいいユーモアの結実ですよねぇ。
 こういうところも大好き。
 Dancing Queen [At The Royal Swedish Opera]は少し萎えました。
 明らかにパフォーマンスの上からCD音源かぶせてます。
 あの場で実際に生演奏を披露したのかどうかはわかりませんが、こんなビデオいらんわい。
 さて、このDVDで初めに観たWhen I Kissed the Teacherのビデオが陳腐すぎて「なんじゃこりゃ」と更に観続けることに対してやや不安になったわけですが、見事にろくでもない期待を裏切らないビデオばかりが続いてます。
 WaterlooとRing Ring、Knowing Me, Knowing YouとThat's Meのつくりが殆ど同じだったり。
 映し方からしてたぶんストーリー性を含んでいるんだろうなというビデオもあるんですが、When I Kissed the Teacherを筆頭にショボいつくりの一言。
 基本的には、だいったいAの2人と、ビデオではピアノでなくギター弾いてる方(未だにBの2人はどっちがどっちなのか知らない)の3人が終始カメラ目線で歌うというつくり。ピアノの人は4人で声合わせてる部分でカメラ目線。まぁ、CD音源でホントに4人全員で声出してたのかどうかはわからないけど。ギターの人はひとりでも歌えるんですよね、Does Your Mother Knowとか。とかって、それしか知らんけど。ていうかあの人ビデオでギター掻き鳴らしてるけど、鳴らしてる箇所全部で実際にギターは入ってないような気が・・・。
 音源が素晴らしいの一言に尽きるだけに、ビデオのデキのショボさにはギャップを楽しむどころじゃないくらいのガッカリ感を与えられますね~。
 まぁ、宣伝戦略のひとつとして大して重要じゃなかったんでしょうね、おそらく。
 今だと何億かけた!とか○○がゲスト出演!とか謳い文句にしてきますけど。曲があってのビデオなんじゃねーのかよ。
 まぁ何はともあれようやく観られたDVD。
 ビデオのデキはアホみたいだし、これはABBAだけでなくプロモビデオってのは口パク・エア演奏が普通ですが、ビデオの上にかぶせられた歌は確かにAの2人が歌ったものであり、誰とも比肩することのない圧倒的な魅力に満ち溢れた奇跡的な楽曲の数々は確かにこの人たちがつくって、歌ったものなんだなあと、聴覚のみならず視覚も通して一層感慨深くなります。
 この超人たちがなんだか身近に感じられるってだけでもこのDVDは買って良かった観て良かった、ですね。
 あと、ABBAはやっぱりスゴイと再認識させてくれたコト、CDも久々に聴こうかなという気にさせてくれたコト、これもナカナカ重要。
 スタジオ作はあまり数が多くありませんし、The Visitorsから遡って買っていってみようかな・・・。

2011年9月10日土曜日

新しさが感じられるうちに

 だんだんとDIR EN GREYDUM SPIRO SPEROに対する評価が固まってきました。
 「どう聴けばいいか」に気づくと、一点だけでなく全体に対する見方が生じて、作品を構成する諸要素それぞれへの細切れの感想が頭の中でまとまるようになってきました。
 近日中に語りが始まるかと。
 CDレビューサイトって実は憧れなんです。
 でも俺は見識が狭い上にただひたすら好きなものだけを聴ければいいので広めようとも思ってないし、「聴いたら書かねば」なんて考えるだに億劫なのでレビューをメインに据える気はないのですが、レビューで優秀な記事を一本書くことができれば相当かっこいいはずです。
 これまでいくつかレビュー記事がありましたけど、まぁ俺は前書いた通り超せっかちなので、一度聴いちゃうともう感想を書いてしまっていて、で、後から読んでみるとてんで的外れな記述があったり。自認してます。
 流行り廃りは追いかけない主義ですが(気にならないわけではなく、目移りしてる内に物欲に神経ヤラれそうだから)、自分の中の流行り廃りには敏感です。
 たとえば今なら、まだ感想を書いていないCDとしてはDUM SPIRO SPEROやIn WavesTrivium)なんかを主に聴いているわけですが、それは買ったばかりだからです。
 当たり前っちゃ当たり前なんですが、新作であるが故に「熱いうちにいただいている」わけではなく(実際DUM SPIRO SPEROなんか発売後1ヶ月近くしてから買いましたし)、俺の中で新しさが感じられるうちに堪能しきってしまおうと聴いているわけです。
 そして感想をさっさと書いてしまうのは、俺の中に初めて生じた、一応その時点では固まった形である感想が新しい内に外に吐き出さんと狙ってのことです。
 まぁいつか、他に持っているCDについてもずらずら書けるようになれるといいですけどねぇ。
 内容全然知らずに買ったCDでも、買って後悔したってのは俺、今のところひとつも持ってませんし、今でもどれでも聴き返せますし、楽しめる自信があります。
 基本的に、CD買う前にどんな曲が入ってるかよくわかってるのはアニソンだけですしね(笑)。
 最近の洋盤は発売前全曲試聴!なんてことを公式にさせてくれる機会が設けられてたりしますが、大抵発売された後にそういうのがあったと知ることになってます、俺の場合(笑)。

 余談ですが、検索ワードに「カメラ CAELUM」ってのがありました。
 運の悪い事に、ウチのサイト内のBelinda CarlisleHeaven Is a Place on Earthについての記事である、Caelum a Nostris Factum(kaélum ā nóstrīs fáktum; "Heaven Made by Us"; 歌詞にある、we'll make heaven a place on earthという一節から)がヒット。
 正確にはCaelum a Nostris Factum / In Waves特典DVDというタイトルで、このDVDに収録されているスタジオライブについてカメラワークが云々言っていたので、「カメラ CAELUM」で引っ掛かっちゃったわけです。
 さぞかし落胆したことでしょうねえ。
 すいませんねえ。

2011年9月9日金曜日

D.C. CooperがRoyal Huntに再加入!!!

 3日ぶり?
 なんか1日空けちゃうだけで次の日も興が乗らなくて、そのまま今日まで更新なし。
 このまま記事書くのやめちゃうのかななんて自分でもこわくなったり。

 でも話題ありゃ書くんですよオリャー。
 話題なかったの。
 ギリシャ語の転写しかタイプすることなかったの。
 「話題候補」として挙げたやつどれかについて書ければよかったんだけど、どれひとつとしてそれなりの長さのある記事一本分として語ることがまだ足りてないんだよな~。
 そして既に語る予定としてその名の挙げられたものたちを差し置いて、新たな、そして絶対に取り上げておかねばならない大注目のニュースが更新していない内に届いてきたわけだ!

D.C. CooperがRoyal Huntに再加入!!!

 語ることはない!ないが、これについて俺がどんだけ驚いたか、どんだけ喜んだかを、まったくその衝撃が誰にも伝わることがなかろうとも、文字に変えてここに綴っておかなければならない!
 これは最早義務だ!
 永遠のD.C. Cooperフリークとしての!
 思えばRoyal Huntの3rdアルバム・Moving Targetで初めてその歌唱を聴き、つべで初めて動いている姿、歌っている姿を見てからというもの、私は永遠の彼の虜となったわけです。
 ホモじゃないんです。
 むしろホモだったらその内に飽きてたかも。
 ホモだったら菊に茎を云々って感じでしょうが、俺は歌手としての彼がたまらなく好きなだけなんだ。
 正直顔はそんなにかっこいいと思わないし、ガタイも大してよくない。
 だけど歌い手としてステージに上がったときに披露する、歌と身体の動きを併せたドラマティックで躍動感溢れるパフォーマンスといったらもう!
 助走なしで狙った高音に到達できる凄腕サンですが、それが故にワリと淡白に聞こえることがなくもないです。
 うまいのはわかるけど、それで?みたいな人、どんなジャンルにでもいっぱいいるでしょ。
 ともすれば時にそういう風に見られがちなボーカリストでもあると思うんです、D.C. Cooper。
 そういう観点からすれば、D.C. Cooperよりも心に響く歌い方のできるシンガーってのは、人によってはHR/HMでも枚挙に暇がないのではないでしょうか。
 俺はあまり開拓しない人なので名メタルボーカリストの名を挙げよと言われても数が知れてるんですが。
 だけど彼はあのパフォーマンスがね!
 掛け値なしの素晴らしさ。
 見る人によってはこっ恥ずかしいなと思うかもしれない。
 けどそれがいいんじゃん!
 いつの時代もヒーローってのは堂々としたナルシーですから。
 まぁ程度はわからないながらも、やっぱり俺イケてるからこんな動きしてもサマになるよと思っちゃってるかもしれない。そう自負すらしているのかもしれない。
 彼はキメに合わせてステップ踏んだりするんだ。
 俺はライブ楽しんでんだ、お前ら(客)も俺を見て楽しんでくれよと積極的にそういった動きを披露してるってのもあると思うんだけど、基本的には単に好きでやってるんじゃないかと俺は考えてる。
 生来のドラマティックさを愛する感性・・・うーん、成功者のヒケツなんじゃないでしょうか。
 とにもかくにもRoyal HuntにD.C. Cooperが帰ってくる。
 俺はJohn Westはキライじゃなかったですよ。
 以前、Acceptのボーカル、そしてUdo Dirkschneiderの後任としてのDavid Reeceについて語ったことがありましたが、John Westという武器は、Royal Huntの魅力をいささかも損なうことのないまま、D.C. Cooper期とは違った強さをバンドに与えてくれたんじゃないですかね。
 単純に声質から来る歌唱の迫力だけで言えばD.C. Cooperよりも明らかに上でしたし、2000年に入りどのバンドも軒並み音の芯がぶっとくなっていく中、John Westの力強い歌唱はRoyal Huntをエクストリームメタルムーブメントから完全に弾き出された存在にさせなかった主要素のひとつだと思います。
 勿論André Andersenが律するバンドの方向性に多少のヘヴィさを加味したということも見逃せませんが、その変質したバンドサウンドを常に凌駕する歌を聞かせてくれたJohn Westってのは、やっぱり偉大な存在だったのです。
 というかもう、単純にうますぎなんだよね、彼は。
 バックはズドズドピロピロしてないともうデビューできねぇんじゃねーか!?ってくらい今メタルはヘヴィ志向・テクニカル志向が極まってるように思えますが、ボーカリストも朗々と歌い上げるタイプの人が極端に減って叫びに迫力があれば合格みたいな風潮はなんとかならんかなと思います。
 比較の対象として凄すぎるかもしれませんが、結局Jørn Landeあたりには歌唱力は勿論、シャウトを耳にして得られるエキサイトメントにもどうせ敵ってないんですから。
 そんな中、John Westは稀少な、今も生き残るハードなメロディアスシンガーなんですよね。
 えー、ところでD.C. Cooperの前任はJohn WestではなくMark Boalsなわけですが(笑)、個人的に好きじゃないので語るにどうでもいいです。
 とにもかくにもRoyal HuntにD.C. Cooperが帰ってくる。
 メタル界の人事異動に関しては、Nevermoreの後任ギタリスト・ドラマーは誰なのかとか、KamelotRoy Khanの後に歌うのは誰なのかとか、Vaderにはもうある程度長く居つくようなセカンドギタリスト・ベーシストは加入しないのかとか、メタルじゃないけどGotthardの後任ボーカリストいい加減発表せえよとか色々関心事が尽きませんが、今後しばらくこのD.C. Cooper再加入を凌駕する衝撃的なニュースはそうそうあるまいて!

2011年9月5日月曜日

ΤΟ ΜΕΤΡΟΝ ΤΟΥ ΧΡΗΜΑΤΟΣ ΠΑΝΤΟΣ

μέτρον πάντος χρήματος θεός ἐστιν. πάντα ζῷα θνητά ἐστιν. ἄνθρωπος ἄκων πολλάκις ἁμαρτάνει. ἄνθρωπος πολλάκις ἄκων ἁμαρτάνει. ὁ θεὸς ἀνθρώπῳ παντὶ δῶρον χαρίεν δίδωσιν. ὁ χρόνος πάσας λύπας θεραπεύει. χρήματος πάντος μέτρον ἐστὶν θεός. τοῦ χρήματος πάντος τὸ μέτρον θεός ἐστιν.
τὸ μέτρον χρήματος πάντος θεός ἐστιν. τὸ μέτρον χρημάτων πάντων θεός ἐστιν. τὸ μέτρον χρήματος πάντος θεός ἐστιν. ζῷα πάντα θνητά ἐστιν. τὰ ζῷα πάντα ἐστὶν θνητά. ζῷα πάντα θνητά εἰσι. θνητά ἐστι πάντα ζῷα. ὁ θεός ἐστιν τὸ τοῦ χρήματος πάντος μέτρον. τὸ μέτ
ρον θεός ἐστι πάντος χρήματος. θνητὰ ζῷα πάντα ἐστίν. πολλάκις ἄνθρωπος ἄκων ἁμαρτάνει. ὁ ἄνθρωπος πολλάκις ἄκων ἁμαρτάνει. ὁ θεὸς δίδωσι δῶρον χαρίεν παντὶ ἀνθρώπῳ. ἀνθρωπῳ παντὶ δίδωσιν χαρίεν δῶρον ὁ θεός. παντὶ χαρίεν ὁ θεὸς δίδωσιν δῶρον ἀνθρώπῳ. ἄνθρωπος πολλάκις ἁμαρτάνει ἄκων. ὁ θεὸς τοῖς ἀνθρώποις πᾶσιν δίδωσιν χαρίεν δῶρον. ὁ χρόνος θεραπεύει λύπας πάσας. πάσας λύπας θεραπεύει ὁ χρόνος. πάσας ὁ χρόνος θεραπεύει λύπας. τὸ τῶν χρημάτων πάντων μέτρον θεός ἐστιν. τὸ μέτρον τῶν χρημάτων πάντων ἐστὶν θεός. θεός ἐστιν τὸ μέτρον χρημάτων πάντων. ζῷα θνητά ἐστι πάντα. πάντα θνητά εἰσιν ζῷα. ζῷα πάντα θνητά ἐστιν. πᾶν ζῷον θνητόν ἐστιν. οἱ ἄνθρωποι πολλάκις ἄκοντες ἀμαρτάνουσιν. πολλάκις ἁμαρτάνει ἄκων ἄνθρωπος. ἁμαρτάνει ὁ ἄκων ὁ ἄνθρωπος πολλάκις. πάντες ἄνθρωποι ἄκοντες πολλάκις ἁμαρτάνουσιν. ἀνθρώπῳ χαρίεν δῶρον ὁ θεὸς δίδωσιν παντί. ὁ χρόνος θεραπεύει λύπας πάσας. θεὸς χρήματος τὸ μέτρον ἐστὶν παντός. θνητὰ ζῷά εἰσιν πάντα. ἁμαρτάνει ἄνθρωπος ἄκων πολλάκις. ὁ θεὸς πᾶσιν χαρίεντα δῶρα δίδωσι ἀνθρώποις. δίδωσιν χαρίεν παντὶ δῶρον ἀνθρώπῳ ὁ θεός. λύπας θεραπεύει ὁ χρόνος πάσας. τὸ μέτρον χρήματος θεός ἐστιν παντός. ζῷά ἐστιν πάντα θνητά. ἄνθρωπος ἁμαρτάνει πολλάκις ἄκων. ὁ θεὸς ἀνθρώπῳ δῶρον χαρίεν δίδωσι παντί. ὁ χρόνος θεραπεύει λύπας πάσας. Μέτρον χρήματος παντὸς θεός ἐστι. Πάντα ζῷα θνητά ἐστιν. Ὁ ἄνθρωπος πολλάκις ἄκων ἁμαρτάνει. Ὁ θεὸς παντὶ ἀνθρώπ}ω χαρίεν δῶρον δίδωσιν. Ὁ χρόνος λύπας πάσας θεραπεύει. Θεός ἐστι παντὸς χρήματος μέτρον. Θνητά ἐστιν πάντα ζῷα. ἄκων ἁμαρτάνει ἄνθρωπος πολλάκις. Παντὶ ἀνθρώπῳ δῶρον χαρίεν δίδωσι ὁ θεός.
ὁ πολέμιος ἐκ τοῦ ἀγροῦ καρποὺς φέρεται. Οὐδέποτε ἄνθρωπος πολέμου παύσεται. Ἤδη ἀναπαυόμεθα. τί οὐ παύῃ, ὦ νεανία, τῆς κακουργίας; Ἄνθρωποι ἀγαθοὶ ἀγαθὸν δίδονται. Τί οὐ λούεσθε; Ἤδη λελούμεθα. Ἐν τῷ ποταμῳ λούονται παρθένοι. ὁ πολέμιος φέρεται καροοῦς ἐκ τῶν ἀγρῶν. ἐκ τοῦ ἀγροῦ καρποὺς φέρεται ὁ πολέμιος. φέρεται καρποὺς ὁ πολέμιος ἐκ τοῦ ἀγροῦ. ὁ ἀνθρωπος πολέμου οὐδέποτε παύσεται. Πολέμου οὐδέποτε παύσεται ὁ ἄνθρωπος. ἄνθρωπος πολέμου οὐδέποτε παύσεται. Ἤδη ἀναπεπαύμεθα. Ἀναπεπαύμεθα ἤδη. ἡμᾶς αὐτοὺς ἀναπαύσομεν. τί οὐ πέπαυσαι, νεανία, τῶν κακουργιῶν; Πεπαύμεθα πάντας τὰς κακουργίας. Νεανία, τί οὐ παύσῃ τῆς κακουργίας; Τί τῆς κακουργίας, νεανία, οὐ πέπαυσαι; Οἱ ἀγαθοὶ δίδονται ἀγαθά. Ἀγαθὸν δίδονται ἀγαθοί. Ἀγαθὸν δίδονται ἄνθρωποι ἀγαθοί. Τί οὐ λούεσθε; Λελούμεθα. Ἤδη λελούμεθα. Αἱ παρθένοι ἐν τῷ ποταμῷ λούονται. Λούονται ἐν τῷ ποταμῷ παρθένοι.

 πᾶςの男性或いは中性の単数属格及び与格のアクセントの位置が、どれか間違ってるかも。
 全部第一音節に鋭アクセント置いちゃったんだけど、これ単数属格がπαντόςだから鋭アクセントは属格παντός, 与格παντί(パンティ・・・w)でultimaに来るんだよね。
 そのこと思い出して、タイプの際は全部直した。ノートの間違いはそのまま。
 ノートに余白を残さんと綴っていて、且つなんかいっちょまえに長文記してるような見映えにしたくて文頭に番号入れたりとかいうのは極力しないようにしてるので、すべての文章がずらずらと連結していて非常に読み辛い。読み直さないからいいんだけど。
 でも、つまりタイプにも向いてないな・・・目通しながら写してるワケだし・・・。
 ところで途中から文頭を大文字で書いてますが、作文する際くらいはすべてを教科書のやり方に従うこともないかなと思って。ノートでの見た目もこれまでとは僅か乍ら変化がつきました。しかしこれまでに刷り込まれたクセは簡単には抜けず、無意識に文頭を小文字にしている箇所もまだチラホラ・・・。
 従うこともないかな、とはいっても、もちろん、「真似」が上達には最適ですからね。
 ラテン語でもそうですけど、ふつうの文であまり動詞が文頭に来るということはないようで、また、ある名詞を修飾する属格名詞はその名詞よりも後の位置に来ることが自然なようです。作文の際、その辺念頭には置いてるんですが・・・文体に反映させてるかっつーと、属格名詞に関しては倣ってるんですが、動詞はかなりの頻度で文頭に持ってきてます。
 教科書とは違った訳の仕方をしないと、「和訳せよ」という出題と「作文せよ」とでは、動詞の主語の数、名詞の数、その他1、2個の言葉を別のものに置き換えただけの味気ない作文になりがちなので、日本語の逐語訳をギリシャ語でするような感じで文章は考えてます。そうすると大抵ギリシャ語的でない文体になるので。
 たとえば「きみは我々の娘に教育を施したか?」という日本語の文を古典ギリシャ語訳するとします。

Πεπαίδευκας τὴν παρθένον ἡμῶν;
きみは教育した - 我々の娘を

 日本語の文では主語が先頭に来ているので、それを動詞で明示しています。おそらく「自然な」語順は「きみは教育した」が最後に来るものだと思います。
 次にもう少し言葉の多い文を-「神は遍く不正なる者どもに優美な贈り物をくださらない」

Ὁ θεὸς πᾶσιν τοῖς ἀδίκοις χαρίεντα δῶρα οὐ δίδωσιν.
神は - すべての不正な者たちに - 優美な贈り物を - 与えない

 こういった主語が第3者である文の場合はそれが動詞以外の語で明示できるわけなので、動詞は先頭にやりません。
 まったく日本語の逐語訳にして、ギリシャ語としても自然な語順になっていると思いますが、日本語と同じく、ラテン語やギリシャ語は与格(間接目的語、~に)が対格(直接目的語、~を)よりも先に来ることが多いようです。ただ、形容詞(χαρίεντα < χαρίεις n.pl.acc.)は強調を意味しないのならふつうは修飾する名詞の後ろにつくようです。
 それにしても昨日も書いたけど、時間かけたワリには全然書けてねーもっと一気に10ページくらいいかねーかななんて思いながら勉強してるわけですが、改めて自分の文章写してみると結構かかるもんなんだな。
 昨日最後に書いたことに通じますが、「急いてはことを仕損じる」とも云うし、速いのは素晴らしいが中身伴ってないとバカな結果に終わるんだよな。
 ・・・とかゆーふーに思うようにしないと、超絶せっかちな俺としては人生諦観して自殺しそうなんです。
 ちなみに昨日の記事タイトル、Σπεῦδε βραδέωςは「ゆっくり急げ」という意味です。
 初代ローマ皇帝・アウグストゥスが好んでいた言葉だそーです。
 日本語で言うと「急がば回れ」?
 勿論彼が言ったのはギリシャ語としてではありませんが。
 ラテン語版はFestina lente
 ギリシャ語 / ラテン語共に、日本語としての並びは「急げ(動詞2人称単数)」+「ゆっくり(副詞)」。
 全然似てませんね。
 まぁそれにしても古典ギリシャ語と古典ラテン語を比べることは、インド・ヨーロッパ祖語の子孫として現代フランス語と現代ペルシャ語を比較して近似点を見出そうとするよりは無謀でないとは思いますが、2つの言語の勉強をする際のいずれかからもう一方への知識の活用は、語彙に於いても文法的要素に於いても驚くほど適わない。
 philosophiaとかギリシャ語からラテン語へ輸入された言葉なんかは別にして、下級の語彙を例にとってみると、互いの言語のそれ同士似ているものがないか常に意識を払っているんだけど、・・・ないね。ただ、θεόςとdeus(テオス / デウス、いずれも「神」)という語の形の成立は相互に関係あると思うし、「書く」は希: γράφω(グラポー; 「なんとかグラフィ」の「グラフィ」の部分の語源) / 羅: scrībō(スクリーボー)といってまったく距離のある形をしているとは思いがたいものもやはり語源を同一としているのではないかと考えさせられてしまう。
 もう判明してるのかもしれないけどね。
 俺が個人的に知らない限りは未解決も同然だから。
 さて昨日のΣπεῦδε βραδέωςと同じく、9月2日のタイトル・Δοῦλος ἀχρεῖός εἰμιも、すべて大文字で書いてあるのは、記事のタイトルのフォントをTimes New Romanに設定していて、これを通して古典ギリシャ語のアクセント付字母を表すとてんで醜い見た目になるからで、大文字だとアクセント記号がいらないってどっかで読んだ気がするから。フランス語とごっちゃにしてる可能性もあるけど(たとえばétudiant(学生)などはETUDIANTでもÉTUDIANTでも許される。むしろ前者の表記の方が見る機会が多いと思う。俺は大文字にも完璧にアクサン記号付ける派)。
 そして今回のタイトル、理想の表記はΤὸ μέτρον τοῦ χρήματος παντόςでしたが、これは「あらゆる物事の尺度」という意味です。まぁなんでもよかったんで、なんでもよかったなりになんとなくこれを。

 ところでこの3日なんだかギリシャ語の転写で記事をつくってきちゃってますが、1日の学習内容をここにタイプするってのはあくまでオマケのつもりです。だって「話題」じゃないしね、日課みたいなもんだから。歯磨きが話題にはなんないでしょ。
 何かについて書いた後に今日こんなこと勉強しましたと追記するだけのはずだったんだけど、たまたま話題がないので仕方なく。
 早くDUM SPIRO SPERO芸リンピックDEAR FUTUREについて書けるようになりたい。
 一応他にも話題候補あるけど、ちょっとまだ。
 実際書くかどうかはともかく、Skid RowSebastian Bach今井麻美Halestormデンマーク語Jan Benkwitz・・・あたりが今後優先的に話題に来そうです。

2011年9月4日日曜日

ΣΠΕΥΔΕ ΒΡΑΔΕΩΣ

 昨日は起きたのがなんと午後2時で、勉強する気力などなくバイトに行くまでにもさほど時間もなく、で何も書けませんでした。
 そして特に話題もなかったので更新せず。
 今日は今日で11時起き。
 昨日今日と寝た時間がね、アレでね。
 同じく話題はございませんが何行かは綴ったのでタイプタイプ。

χάριτεσ μὲν χάριτασ τίκτουσιν, ἔριδες δ'ἔριδας.
φενακίζεις, ἐλπὶ κενή, τὰς φυχὰς τῶν ἀνθρώπων.
ἐξ ὄνυχος τὸν λέοντα γιγνώσκομεν. πνεύματι βαπτίζει.
εἰς τὸν θεὸν ἐλπίδας ἔχομεν.
τῷ μύρῳ τοὺς πόδας μου ἠλείφατε.
τῷ μύρῳ τοὺς πόδας μου οὐκ ἠλείφατε.
οὐκ ἠλείφατε τῷ μύρῳ τοὺς πόδας μου.
τὸ φῶς ἐν τῇ σκοτίᾳ φαίνει. τὸ φῶς φαίνει ἐν τῇ σκοτίᾳ.
ἐν τῇ σκοτίᾳ φαίνει τὸ φῶς.
αἱ μὲν χάριτες χάριτας τίκτουσιν, ἔριδας δὲ αἱ ἔριδες.
αἱ μὲν χάριτες χάριτας τίκτουσιν, αἱ δ'ἔριδες ἔριδας.
κενὴ ἐλπί, τὴν τοῦ ἀνθρώπου φυχὴν φενακίζεις.
ἐλπὶ κενή, φανεκίζεις τὴν φυχὴν τοῦ ἀνθρώπου.
κενὴ ἐλπί, φενακίζεις τοῦ ἀνθρώπου τὴν φυχήν.
ἐλπὶ κενή, τὰς τῶν ἀνθρώπων φυχὰς φενακίζεις.
γιγνώσκομεν ἐκ τῶν ὀνύχων λέοντα.
γιγνώσκομεν λόντα ἐκ τοῦ ὀνύχος. βαπτίζει πνεύματι.
ἔχομεν εἰς τὸν θεὸν ἐλπίδας.
τῷ μύρῳ τοὺς πόδας μου οὐκ ἠλείφατε.
τὸ φῶς ἐν τῇ σκοτίᾳ φαίνει.

 今回はすべて俺がつくった文章ですよ。
 本のものの単なる模写と区別し易いよう、模写のページと作文のページを分けることにしました。
 「今日はこんだけだし見映えしないなぁ」と思ってましたが、いざ書き始めると結構苦なのね・・・古典ギリシャ語をタイプし慣れてないからだとは思うけど。
 古典ギリシャ語は典型的な屈折語で且つ、「普通」と思しき品詞の並びのパターンはいくつかあるようですが、基本的に語順は書き手、話し手の裁量に委ねられますので、ひとつの文章を色んな形に書き分けられるところが面白いのです。
 古典ラテン語よりも。
 そんなことをする際十分注意を払う必要があるのが、アクセントの規則
 古典ギリシャ語は古典ラテン語よりもアクセントについての規則が多く、また、ラテン語とは違ってそのアクセントの位置が文字として実際表記上現れることから、音声面だけでなく筆記面に与える影響が無視できないのです。
 たとえばεἰμί(=eimi, “I am)などの後倚辞(こういじ)。
 この直前の語は、己の中のどの位置にアクセントを有しているかによって、そのアクセントの質、そしてそれだけでなく直後に来ているεἰμίのアクセントの質をも変えてしまいます。
 たとえば

 δοῦλος ἀχρεῖός εἰμι. / 私は役立たずの奴隷である。
 (↑一昨日の記事タイトルですね)

 ふにゃっとしたのは曲アクセント、右斜め上から降りてきているのは鋭アクセント(εἰμίのιについているアポストロフィのようなものは気息記号で、この場合はειがeiと発音されることを示しています)。
 これら3語をバラバラにすると、 δοῦλος と ἀχρεῖος と εἰμί なんです。
 後倚辞という名称は、その語自体の位置は何か別の語の後ろに必ずなることから来ています。
 また、後倚辞すべてがそうであるというわけではないようですが、この後倚辞εἰμίは、これの直前に来ている語のアクセントに影響を与えます。
 ふつう、一語につきアクセントはひとつです。
 しかしこのἀχρεῖός εἰμιという2語の並びは形容詞ἀχρεῖοςに影響を与え、εἰμίからアクセントを奪い、己の中に2つのアクセントを有しています。
 後倚辞からのアクセントの奪い方ですが、後倚辞直前の語に曲アクセントがあり、それが最終音節から2番目の音節(文法用語でpaenultima=ラテン語、「最後の前」)にある場合、最終音節(ultima=「最後」)に鋭アクセントが付きます。

ἀχ - ρεῖ - ός
第1音節 - paenultima(曲アクセント) - ultima(鋭アクセント)

 曲アクセントはultimaかpaenultimaにある長い母音にしか付きません。
 ultimaに曲アクセントがある場合は、曲アクセントはそのまま維持され、後倚辞からアクセントが消失するだけです。

 ἡ συναγωγὴ ἐν τῇ οἰκίᾳ τῶν γεωργῶν ἐστιν χαρίεσσα. /
 あの農夫たちの村にある会堂は優美だ。

γε - ωρ - γῶν(< γεωργός m.pl.gen.)
antepaenultima - paenultima - ultima(曲アクセント)

 次に、後倚辞直前の語が鋭アクセントを持ち、それがultimaから3番目の音節(antepaenultima=「最後の前の前」)にある場合、ultimaに2つ目の鋭アクセントが生じます。

 ἄνθρωπος δίκαιός εἰμι. / 私は正しき人間である。

δί - και - ός
antepaenultima(鋭アクセント) - paenultima - ultima(鋭アクセント)

 鋭アクセントがpaenultimaにある場合は、後倚辞が2音節の語であれば、その後倚辞のアクセントは維持されたままであり、且つ、その直前の語のアクセントにはなんの変化もありません。
 つまり、鋭アクセントは隣接しないのです。

 ἐγὼ ὁ τῆς ζωῆς ἄρτος εἰμί. / 他ならぬ私が命のパンである。

ἄρ - τος
paenultima(鋭アクセント) - ultima(アクセントゼロ)

 そして鋭アクセントがultimaにあれば、その語の次に別の語が控えている場合、鋭アクセントは重アクセントと呼ばれるものになり、表記はされるがアクセントは「ないもの」として扱われるが、後倚辞からアクセントを奪うと鋭アクセントとしての性質を保ち続けます。

 後ろが普通の語: παιδεύει ἀγαθοὺς ἄνθρώπους. / 彼は善き人間たちを教育している。

ἀ - γα - θοὺς(< ἀγαθός m.pl.acc.)
antepaenultima - paenultima - ultima(重アクセント)

 後ろが後倚辞: ἀγαθός εἰμι. / 私は善良だ。

ἀ - γα - θός
antepaenultima - paenultima - ultima(鋭アクセント)

 俺が学んだ範囲では、ラテン語のアクセントはultimaを含めず語末から3音節以内に存在し、2音節目が長ければそこが、短ければ3音節目がアクセントを持つ、という知識だけがあるけど、実際はアクセントのある箇所をただ強く発音すればいいわけじゃなかったらしく、それなりに読みに関しては難しかったそうだ。
 ちなみに「長い」と「短い」の判別の仕方だが、乱暴に言うと長母音をもつ音節、或いはある音節が子音で終わり直後の音節が子音で始まる場合その音節は「長」く、それ以外は「短」い。
 たとえばpuellārum(娘たちの < puella), Rōmānus(ローマ人)はantepaenultima(-el-, ō)とpaenultima(-ā-, -ā-)が長く、horribus(ひどい)はantepaenultima(hor-)が長く、maritimus(海の)はすべての音節が短く、interfaciō(殺す)は-ter-が長い(-ōも長いがアクセントに影響しないので無視)。蛇足だがantepaenultimaも例にすると-ul-が長い。
 しかしラテン語はアクセントを表記しないし、また、読みに関して突っ込んだ解説をしている学習書の方が少ないのではないかと思う。
 今日母語にする者がいないという点では古典ギリシャ語も同じだが、アクセントを表記するので規則を熟知していないと読むことはおろか書くことすらままならない。

 さて、明日から3連休です。
 実は希求法くらいまで本は進んだんですけど、中動相後半から接続法あたりにかけて頭がめちゃくちゃこんがらがってきて、それでもごまかしごまかしやってたのが遂にその希求法あたりで破綻したので、最初からやり直しているのです。
 千里の道も一歩から、ですね・・・。

2011年9月2日金曜日

ΔΟΥΛΟΣ ΑΧΡΕΙΟΣ ΕΙΜΙ

 今日は特に話題なし。
 で、済ますのはイヤなので、今日ふと思いついたことを早速この記事から始めたいと思う。

 ὁ Εὐφράτης ποταμὸς τῆς Βαβυλωνίας ἐστίν. καλαὶ ἦστε ὅτε παρθένοι ἦστε. ὁ Εὐφράτης ἐστὶν ποταμὸς τῆς Βαβυλωνίας. τυφλοί ἐσμεν. τυφλοὶ ἦτε; ὁ ἥλιός ἐστιν ὁ θεὸς ἡμῶν. ὁ ἥλιος ὁ θεὸς ἡμῶν ἐστιν. τυφλός ἐστιν; ἐν τῇ ἁμαρτία ἦμεν. σὺ ὁ ἄρτος τῆς ζωῆς εἶ. σὺ εἶ ὁ ἄρτος τῆς ζωῆς. σὺ εἶ ὁ τῆς ζωῆς ἄρτος. δοῦλος ἀχρεῖός εἰμι. δοῦλος ἀχρεῖός εἰμι. ἐγώ εἰμι δοῦλος ἀχρεῖος. δοῦλος ἀχρεῖός εἰμι. ἐγὼ ἀχρεῖος δοῦλός εἰμι. 
 τὸ ἔλαιον ταῖς τῶν ἀνθρώπων θριξὶν ὠφελιμόν ἐστιν. φεύγω τοὺς κόλακας΄ ψεύδουσι γάρ. κλῶπές ἐστε. ὁ Αἰθίοψ ἦν δυνάστης βασιλίσσης Αἰθιόπων. ἤκουσα φωνὴν ὠς ἡμεῖς κατὰ τὴν σάρκα κρίνετε. ὑμεῖς κατὰ τὴν σάρκα κρίνετε. ἡ ἐπιθυμία τῆς σαρκὸς βλάπτει τὴν εὐδαιμονίαν.

 何事!?
 古典ギリシャ事です。
 記事を作成する日に、言語学習のために綴った文章をすべてタイプで起こそうという試みです。
 綴りや意味の再確認、そしてこの古典ギリシャ語の場合、未だなれていないキーボードによる俺の筆記の再現の練習を、好きなタイピングをしつつできる。
 ただノートに目を向けて文章を再確認・・・なんてたぶん退屈で死んで死んだことに気がつかないくらい退屈だと思います。
 今回は最初ということで、・・・そして超眠いってことで、3ページ書いた内の最後の1ページだけを。
 固有名詞を除き大文字が含まれていない文章になっていますが、俺の使っている古典ギリシャ語の教科書が何故かこういう表記でギリシャ語を載せてるんです。
 古典時代はそれが普通だったのかな?と読み始めの頃は思ってたんですが、ネットで新約聖書見てみても文頭が小文字ってことはないし・・・。
 やっぱり著者による意図的な表記なんだと思います。
 ちなみに上部の文章、綴り間違い(あるか見つけてないけど)とか文法的な誤り(いくつあるかわからないけどἡμεῖς ... κρίνετεは間違い。ἡμεῖςならκρίνετεじゃなくてκρίνομεν)はそのままにしてあります。
 だからホント単なる模写です。
 まったく同じ文章が繰り返されていることがありますが、実際手で、それで持ったペンで書いた字のかっこいい見た目を追求してのことですんで、電子を通すと説明しないと理由がわかりませんね。

 時間に余裕があるのでオマケで意味も。
 本格的にこのノートに綴った文章の再現を始めたときにもやるかどうかはわかんない。ノートに和訳が書いてあったら、それも模写することで和訳を載せることにはなるかも。

 ὁ Εὐφράτης ποταμὸς τῆς Βαβυλωνίας ἐστίν. / ユーフラテスはバビロンの川である。
 καλαὶ ἦστε ὅτε παρθένοι ἦστε. / 娘であったとき、あなた方は美しかった。
 ὁ Εὐφράτης ἐστὶν ποταμὸς τῆς Βαβυλωνίας. / ユーフラテスはバビロンの川である。(ἐστίνの位置が上と異なる。後倚辞が齎すアクセントへの影響について考えたくてこの語の位置を変えて文章を反復した。以下にも同じような例が繰り返し出てくる)
 τυφλοί ἐσμεν. / 我らはめくらだ。
 τυφλοὶ ἦτε; / 貴様らはめくらだ。
 ὁ ἥλιός ἐστιν ὁ θεὸς ἡμῶν. / 太陽は我らの神である。
 ὁ ἥλιος ὁ θεὸς ἡμῶν ἐστιν. / 太陽は我らの神である。
 τυφλός ἐστιν; / 彼はめくらか?
 ἐν τῇ ἁμαρτία ἦμεν. / 我らは罪の中にあった。
 σὺ ὁ ἄρτος τῆς ζωῆς εἶ. / あなたこそ命のパンである。
 σὺ εἶ ὁ ἄρτος τῆς ζωῆς. / あなたこそ命のパンである。
 σὺ εἶ ὁ τῆς ζωῆς ἄρτος. / あなたこそ命のパンである。
 δοῦλος ἀχρεῖός εἰμι. / 私は役立たずの奴隷です。
 δοῦλος ἀχρεῖός εἰμι. / 私は役立たずの奴隷です。
 ἐγώ εἰμι δοῦλος ἀχρεῖος. / 私は役立たずの奴隷です。
 δοῦλος ἀχρεῖός εἰμι. / 私は役立たずの奴隷です。
 ἐγὼ ἀχρεῖος δοῦλός εἰμι. / 私は役立たずの奴隷です。
 τὸ ἔλαιον ταῖς τῶν ἀνθρώπων θριξὶν ὠφελιμόν ἐστιν. / オリーヴ油は人間の髪に有用だ。
 φεύγω τοὺς κόλακας΄ ψεύδουσι γάρ. / 私はその追従者どもを避けている。騙しをするからだ。
 κλῶπές ἐστε. / お前たちは盗っ人である。
 ὁ Αἰθίοψ ἦν δυνάστης βασιλίσσης Αἰθιόπων. / そのエチオピア人はエチオピア女王の廷臣であった。
  ※これだけ訳が正しいのかどうかいくら考えてもわからない。
    ὁ Αἰθίοψ=エチオピア人(は; 主格)(冠詞からm.s.n.確定)
    ἦν=ἦ3人称単数(動詞の主体は冠詞のあるὀ Αἰθίοψで確定)
    δυνάστης=権力者、廷臣(は; 主格)
     その他の語形は単数δυνάστου(属格), δυνάστᾳ(与格),
     δυνάστην(対格), δυνάστα(呼格);
     複数δυνάσται(主格), δυναστῶν, δυνάσταις,
     δυνάστας; 双数δυνάστα(主・対・呼), 
     δυνάσταιν(属・与)なのでm.s.n.で確定
    βασιλίσσης=女王(の; 属格)
     主格はβασιλίσσα(呼格同形)。その他の語形は
     単数βασιλίσσῃ(与格), βασιλίσσαν; 複数βασιλίσσαι,
     βασιλισσῶν, βασιλίσσαις, βασιλίσσας; 双数βασιλίσσα,
     βασιλίσσαινなのでs.g.確定。
    Αἰθιόπων=エチオピア人(たちの; 属格)
     主格は上の通りΑἰθίοψ(呼格同形)。その他の語形は
     単数Αἰθίοπος, Αἰθίοπι, Αἰθίοπα; 複数Αἰθίοπες, Αἰθίοψι,
     Αἰθίοπας; 双数Aἰθίοπε, Αἰθίοποινなのでpl.g.確定。
  ・・・文全体の解釈がおかしいのかなあ。全然しっくりこない。
 ἤκουσα φωνὴν ὠς σάλπιγγος. / 私はラッパのような音を聞いた。
 ἡμεῖς κατὰ τὴν σάρκα κρίνετε. / (文法的に間違っているので訳不能)
 ὑμεῖς κατὰ τὴν σάρκα κρίνετε. / 肉的な思いに従い物事を判断しているのはあなたたちだ。
 ἡ ἐπιθυμία τῆς σαρκὸς βλάπτει τὴν εὐδαιμονίαν. / 肉欲は幸福の妨げになる。

 ちなみに俺が記事作るとき、フォントはGeorgiaにしてるんだけど、見ての通り、記号のついた字母とそれのないものとで見た目の統一がとれないんだ、これが。
 Arialとかにすると統一感って点ではまだマシなんだけど、Georgia以外のフォントにしたくないしねー。
 Tahomaが使えるのがイチバンいいんだけどな。
 全然選択肢がねーったら。
 最後にちょと不安なのが、上の文章、殆ど教科書の模写です。自分で考えた文章はちょっとだけ。
 こういうの、悪意なくしてこういうとこに載せてもダメなのかな。
 まぁ、今度からは自作の文章だけでページが埋められるように考えますケド。

2011年9月1日木曜日

感想はまだ

 coalterじゃなくてcoaltarなんですね。
 英語ってのはね、ホントもうね。
 さて、DUM SPIRO SPERO聴きました。付属DVD観ました。DVDを観たのが先です。Disc IIはまだ聴いてません。
 DEAR FUTURE聴きました。タイトルトラックだけ。他の色々入れてくれてますが冗談でも聴きたいと思わん。
 芸リンピック観ました。
 しかし感想はまだ。
 今までは大抵、1度か2度聴いた / 観た後すぐに感想書いてましたけど、今回のこれら3点については、ソラで内容がまったく正しく伝えられるようになるまでは感想書かないことにします。
 さっさと書いてしまったCDやDVDの感想を後で見直すと、節々に「全然そんなことないな・・・」とよく思わされるので、今回は初めて意識してそれを回避すべく。
 もう書けと言われたら書けなくもないんですけどね。
 あと明日は7時出勤です。起きられない不安はないんですけど、一応、もう寝ときます。
 というわけで感想はないのだ。

 そうだ、感想はないけど別の話題を。
 「検索語句」について。
 ここを訪れた人がアテにした検索キーワードに、「イレハイ Ilejay」ってのがあった。
 これでググっ(或いはヤフっ)てみると、トップに来るのはウチだが、それ以下にはIbardolaza Elsa Ilejayという人がヒットしていた。
 学者さんかなんか?・・・とにかく一般人には理解不能なことをやってる人のようだ。
 やはりArin Ilejayの苗字はヒスパニックならではのものだったのだ。
 こっちは「アイルジェイ」だよ!
 他には、Google画像検索のキーワードに「ギリシャ語 画像」と入れると、俺が以前うpした、俺が勉強のためにノートに綴った古典ギリシャ語がヒットする。
 綴り間違いが写っているのでビミョ~な気分(笑)。
 俺は鉛筆では文字を書かず専らボールペン(アラビア語、ペルシャ語には筆ペン)を使っているので消しようがなく(フリクションとか使う気はない)、綴り間違いはやっちゃったら上から線を引くだけだ。
 まぁ、後から見直したりはしないんで、どの綴りが合ってようが間違ってようが、それらが混在してようがどうでもいいしね。
 あと、「激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇」で、以前書いた記事内からリンクした、Wikipediaにあるディルの薫の画像がヒットするみたい・・・?
 そう、ヒットするのはこのサイトだけど、俺は他人が別のサイトにアップロードした画像に勝手にリンク設定しただけ。
 ヒットの仕組みがようわからんね。

2011年8月31日水曜日

Dir en coalter of the 貨物


 今日は8月31日。
 月の〆なのでなるべく売り上げを高く終わらせたいという売場責任者の意向がありました。
 今日の予算は20k超えてましたが、俺が始業するまでの売り上げを見るにどうもそれは達成しそうにない・・・仕方ないので15kを目標にしよう!ということで、俺は予約&取り寄せした商品の内、買わずに置いておいたものをすべて購入させられました。
 もう今月3万使っちゃったんですケド・・・。
 とりあえず今月限定でもバイト探して補填しないと生活費がヤバイ!
 ハイ、というわけでデカいの・DIR EN GREY / DUM SPIRO SPERO、シングル・coalter of the deepers / DEAR FUTUREDVD・仙台貨物 / 芸リンピックです。
 クソ暑い店内にずっと置いてたから傷んでやしないかと心配です、DUM SPIRO SPERO・・・。
 しかも持ち帰る羽目になった今日は生憎の雨!
 どこまで俺をイジめるか。
 しかしチャリのカゴに入れるとき、ジャケがデカすぎてカゴの中に傷つかないように苦労して収めながら、俺は思った。「買ったは買ったけど、別に持って帰るのは今日じゃなくてよかったんじゃ・・・」と。
 coalter of the deepers、帯のウラに注目。
 彼ら自身についてじゃなく、やくしまるえつことメトロオーケストラによるOPテーマ・ノルニルの宣伝が載ってるんですけど、2クール目OPテーマも収録されているそうです(タイトルは未定)。まぁ、発売1ヶ月先ですからね~。
 それにしてもこれは卑怯だぞ!欲しくなるじゃないか。ノルニルはいらないのに。
 まぁ、実際2クール目入ってから吟味しますけどね・・・。
 さて仙台貨物ですが・・・。
 こいつらのこと話題にしたことあったっけな?
 俺かなり好きなんです、このバンド。
 初めて聴いた曲は絶交門
 あれでもう好きになって。
 で、1stアルバムが出るとき、uchino店にサンプルが来たんですよ。なぜか。
 聴いてみると・・・イイ!
 そして最近のことですがライブ動画観てみると・・・これもイイ!
 ナイトメアは全然ってくらいですが、仙台貨物は非常に面白いですね。
 ウケ狙ってやってるわけだし、特にイガグリ千葉みたいなのをフロントマンに据えていると「どうぞ笑ってください」と先手取られたようなもんなんで若干彼らのつくるお笑いオーラに飲まれてる気がしないでもないんですけど、でもやっぱり好きだな、俺は。
 まぁ、お笑いオーラが出てると言っても俺が知ってるのは表面上のことだけで、これまでにリリースされたライブDVDに収録されている副音声では爆笑ものの掛け合いが聞けるらしいですが(芸リンピックにもあるかは知らない)、勿論そんなものは聴いたことないし、仙台貨物復活にあたって収録されたニコ動向けの動画?だかなんだかでもギター2人と千葉のやりとりはさして面白くもなく、千葉の喋りのキレも悪いしで、やっぱりバンドとしての本分が好きで、お笑い要素としては、それにあくまでオマケとして加味されているバカバカしいヴィジュアルが気に入っているというだけなんだな。
 このDVDを欲したきっかけとなったライブ音源がこれに収録されていると知るまでは、彼らのライブDVDの収録曲を必死に調べましたが、このDVDは彼らのライブ作の中でもかなり曲目が少ない方なのです。
 それでも俺はケチなくせにこれが、これだけが欲しかった!
 それについてはまた明日!

2011年8月30日火曜日

平丸と吉田氏

 バクマン。13巻で爆笑した!
 毎巻面白く読ませてもらってるけど、今回は声出して超笑った。
 143ページの一番左下。
 俺の琴線に触れる会話のテンポでした。
 平丸の荒っぽい喋り方も面白く、最後の「出たよ「よく聞け」」で大声が漏れるに至りました。
 うーむ、平丸と吉田氏の不毛なやり取りが今までも大変滑稽であったが、この巻ラストの歩道橋での言い合い位にまでページを費やし、インパクトの強いものに発展するとは思わなかった。スゴイぞ!
 この2人のいくつかのやり取りだけでなく、「ラッコ」の連載終了が作家に伝えられたのを皮切りに2人のやり取りはどんどん乱暴に、そしてどんどんバカバカしさを増していく。

 漫画業界から消してやると実も蓋もない脅しをかける吉田氏
 ネームを床に放る平丸
 「シナリオ」と称した白紙をてんこもり用意した吉田氏
 4年間の連載の労をねぎらった担当に「そんなセンチはいらないんだよ」とのたまう平丸

 ポウシェ発見!かと思いきや実は安岡に10万で売られていて最早彼の私物となっていたこと、それがわかったときの「俺が買ったス」のセリフ、他にもラッコ最終回、カリブ海での「私は自由だ!」という最後のコマもなんだかミョーに気に入った。
 そして蒼樹を巻き添えにした末の、あの歩道橋でのやり取り、相変わらず台詞回し、たとえば「つまり今までは嘘偽りだらけ」「そこは否定せん!」「しろよ!」など言葉やテンポ、右往左往する平丸+蒼樹と吉田氏の動きなど一瞬たりともテンションの落ちない見事な場面。
 個人的にクライマックスは、吉田氏が怠け者の平丸のことを天才だと告げるコマ。あとはオマケかな。ホントのラストにして〆は「付き合ってください」らへんだけど、もうあそこは平丸と吉田の間に交わされたものではないし。
 それにしても蒼樹さんはカワイクなったよな。
 さて俺も遂にあと読んでいないのが、最新刊である14巻だけとなってしまった。1ヶ月に1巻買う、ってのはムリだね。こんな面白い漫画の購入を先延ばしになんて、どだい俺にはムリ。
 また話の盛り上がりに寄与しそうな、新キャラにして新たな漫画家候補が出てきて、まったく俺のバクマン。に対する興味は全然尽きそうにないぜ!
 ここ数ヶ月はCDにさっさと1万円分費やしてしまっているので、漫画は月2、3冊程度しか買えていない。
 月を置くことで興味が薄れてしまったタイトルもあるけど、生徒会役員共荒川アンダー ザ ブリッジマギは早く続きが読みたいなぁ・・・。
 月イチ刊行の今日から俺は!!は、1ヶ月に1度必ず出ることがわかっているのはいいんだけど、つまり次を読むまでに絶対に1ヶ月は待つことが前提になっているのが同時に苦しいわぁ。

2011年8月29日月曜日

?מה נתן ג'וש קלינגהופר להם ולי

 や~、なんか耳がジーンとしてました、ちょっとの間。

 ヒーリングミュージックと銘打たれたジャンルの下に作成・販売されるCDの中に、安眠を手助けするってやつ、あるでしょ。
 あれクソだなってずっと思ってて。悪徳商売もいいところだし買う方もバカなんじゃねぇのって。
 バイト先で安眠CDどれがオススメですかとか以前言われたことあるんだけど、「勝手に好きなもん買えバカ、どうせ効かねーよ」と正直対応に困りました。
 謂わばつくったもん勝ち、宣伝したもん勝ち、の典型的な一商品です、安眠うんたらってのは。
 合う / 合わないありますから。
 川のせせらぎを間近で耳に流してるくらいで眠れるやつは、たぶん最初からホントはなんにもなしで眠れる奴なんですよ。
 思い込みはこわい。
 まぁ、だから「安眠CDかけてるから眠れる!」ってバカを釣るのに最適のエサとなってるんですけどね、この手の商品。
 みなさんも見たことありませんか?安っぽい、薄い色の木だけでできた棚、そして上部にHealingだかRelaxだかいう文字の書かれた看板(自分の店にあるけど覚えてないや)。ラインナップはジブリの楽曲、コブクロなんかの曲をピアノアレンジしてたり、オルゴールアレンジしてたり。
 あれは、俺も最近他のCD屋行ったとき目にして初めて知ったんですけど、特定のCD屋で見られるものではないのです。
 そういったCD探してる人に案内してあげて、後日「買ったはいいが効かねーぞ!」って苦情言ってきやしねーだろうなと不安になるわ。
 無論、そんなこと販売元は考えもしない。
 どうせ無意味なもん制作してることは己らもわかってるくせに。
 ま、唯一褒められるのはポピュラーミュージックのCDに比べて安価なことですかね。大抵2kしません。
 最近、寝るとき音楽かけてるんです。
 ここまで散々安眠CD貶しておいて、実は「すんませんボクがバカでした、あれホントは効くんスね」とかいうオチなんです、ごめんマジで。

2011年8月28日日曜日

פרץ ברנשטײן


 8月31日発売、Red Hot Chili Peppersの新作・I'm with You・・・の、サンプル盤です。
 上部に貼ってある、裏返しにした紙には業界ならではの門外不出の衝撃の文章が・・・あああ
 あああ別に書いてないですが。
 彼らのCDを聴くのはBlood Sugar Sex Magik以来。
 どんなだったかぜんっぜん覚えてないけどね。なんで世界的なヒットを飛ばせたのかさっぱりわからなかったから。
 レジ内に転がってるのを見て、なんとなく聴きたくなってお借りしてきました。
 従来のファンにとってはやはり、聴きドコロはJosh Klinghofferの仕事っぷり・・・でしょうか。
 俺はノれる内容ならなんでもいいです。
 ちなみにJosh KlinghofferのフルネームはJoshua Adam Klinghoffer。
 こんな「如何にも」な名前しててユダヤ系じゃないとは・・・絶望した!
 しかし、Josh Klinghoffer→Red Hot Chili Peppers→Dave NavarroOne Hot Minute時のギタリスト)→Jane's Addiction(かつてあったデイヴのバンド)と辿って、Perry Farrell(同バンドのボーカリスト)のページについたとき、born Peretz Bernsteinという文字列を見て(そして確かにユダヤ系であることを確認して)機嫌直りました。
 פרץ ברנשטײןですね。勝手にヘブライ文字に起こしちゃったけど怒らないでね。
 まぁそんなことはさておき、明日感想書けたら書きます。
 なんかジャケとタイトルから小粒感全開でカナリ不安・・・。
 インナーではChad Smithが自分の手の甲にフォーク突き刺してマコーレー・カルキンの「あの」顔ライクな表情しててちょっとオモシロイんですが。

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