2011年10月1日土曜日

なかなかステキな得体の知れないバンド

 Nuclearblast.jpのニュースが更新されていたので確認すると、スウェーデンのCipher Systemが新作・Communicate the Stormsの収録曲解説をつべにアップし始めたとのことだった。
 まぁそれは特に面白くもなんともなかったんだけど、関連動画にDevin Townsend Projectの最新作・DeconstructionからJuularのプロモ・ビデオがあったので観てみた。
 ま~なんだかよくわからん内容・・・w
 音楽と同じく、有無を言わせない迫力みたいなもんは映像にもあったのでそれなりに見応えがあったけどね。
 生身の人間としての登場人物はD. Townsend以下、ほぼ裸のおっさんとそのおっさんの主らしい女の3人だけで、舞台はCGでつくられていてまぁカネかかってなさそうね(笑)。
 裸のおっさんの演技の奇妙さは、D. Townsendのキテレツさを彷彿とさせて、「彼なら二役でこのオッサンの役も務まったんじゃないかな・・・」と思ってたら、途中おっさんの腕が見えるシーンがあって、果たして実はD. Townsendが演じていたことが判明。
 彼の腕に彫られているイレズミがおっさんの腕にもあったのだ。
 俺は人の人相がなかなか覚えられなくて、よく知っている人でも普段と少しでも雰囲気が違っていると知っている人なのかどうか途端に自信がなくなる。
 道でバッタリ会ったりしても、普段目にする場所に立つその姿込みでその人を認識しているので、「道でよく会う人」でなかったらこちらから声もかけられない。
 たぶんDevin TownsendのファンはJuularのビデオが始まって、この奇妙なオッサンを見た瞬間「Devin Townsendだ!」とわかったことだろう。
 羨ましい。
 さて話はここで終わらない。
 Juularを観終えた後、またしても関連動画に目がいった。
 Redemptionなるバンドの新作ティーザーへのリンクが表示されたのだ。
 俺はぶつ切りで曲を聴かされるティーザーがあまり好きではないことは前にも書いたが、何故かこのときは気になった(他に気になる動画がなかっただけかもしれないが)。
 聴いてみると・・・おおっ、これはかっこいいぞ!
 早速en.wikipedia.orgへ。
 ・・・あまり情報がない。
 ティーザーで聴いただけでも、なんだか一筋縄ではいかなさそうなバンドだぞと思わされたが、果たしてその通り、プログレ系だ。
 メンバーは6人・・・ウッ・・・好きじゃない構成だ。
 まぁともあれ、以下の通り。

① ②
⑤ ④
⑥ ③

Ray Alder - Vo.
レイ・アルダー(Fates Warningと掛け持ち) 

Nicolas "Nick" van Dyk - Gt. / Key.
ニコラス・ヴァン・ディーク?(オランダ語読み; 英語読みでCyCeじゃない場合のyの音は?)

Bernie Versailles - Gt.
バーニー・ヴェルサイ?(フランス語読み; 英語読みだと「ヴェアサイ」という感じらしい;
Agent Steelの一員としても有名ですね。あのバンドのメンバーは苗字を見るに、
他のバンドに比べて移民だらけ感がすごいw
めちゃおフランスな苗字してますが東南アジアにいそうな顔してる)

Greg Hosharian - Key.
グレッグ・ホシャリアン?(アルメニア語読み;
つべにある、彼を撮影した動画につけられたタグから察するに本当にアルメニア系っぽい。
同じくアルメニア系のキーボーディストということで、 
Derek Sherinian(元Dream Theater)が思い出されるね。
名前が呼ばれている場面は見つからなくて残念)

Sean Andrews - Ba.
ショーン・アンドルーズ(ベーシストでSeanと言うと、Sean Maloneを思い出す)

Chris Quirarte - Ds.
クリス・キラルテ?(スペイン語読み; Google画像検索でよりはっきりと
彼個人の顔がわかる写真があるが、ヒスパニックではありそう)

 正しい名前の読みを知りたくはありますし、それが万人の間で定着することが望ましいとも思っていますが、それがよくわからない内は、「俺はこう読んでいる」というものを載せる場合があって、今回上述のものがそれにあたります。
 まぁ、よくわかってないのかどうかすら定かではないが。
 Fates WarningとAgent Steelは有名だし邦盤も出ているので、少なくともRay AlderとBernie Versaillesの名には既に仮名転写があると思われます。
 Metallumにもページがあり、MEMBERSではWikipediaと同じく6人紹介されているが、写真は5人しか写っていない。
 新作・This Mortal Coilはアメリカで10月11日に発売とのこと。
 欲しいな・・・。
 カバー(TotoJourneyとあとなんか忘れた)はいらんけど、本編の一部ではなくボートラのようなので、よしとする。
 つーかこんなの3曲も公開する余裕があるなら、もっと本編からの曲を聴かせろと・・・。カバーが売り上げを左右するのか?

2011年9月30日金曜日

続・ΤΑ ΑΛΗΘΗ ΟΝΟΜΑΤΑ-本当の名

 なんか・・・ギリシャ文字に戻したSepticfleshの連中の名前をそれぞれググったらあっさり本来の綴りが判明したんですけど(笑)。
 何故それをさっさとやらなかったか自分・・・。
 まぁ記事ひとつ分のネタが増えたし、いっか(笑)。
 まずChristos Antoniouは、Χρήστος Αντωνίου(Chrēstos Antōniou=現代:フリストス・アドニウ / 古典:クレーストス・アントーニウー)。
 「Χριστος Αντονιου」でググったんだけど、「Χρήστοςの間違いじゃねーのバーカ」って検索結果をGoogleが寄越すんだよ。
 どうも現代ギリシャ語だとかつてのΧρῑστόςはΧρήστοςと綴るらしい?こればっかだもんホントに。
 「Christos」って綴りからは、paenultimaのiがιなのかηなのか、はたまた他の/i/を示す字母なのかはわからないからねぇ。ま、これはしゃーない。
 Antoniouの、antepaenultimaのoに関してもね・・・古典期oの長音であったωだったとは。
 これに限らず、俺は現代ギリシャ語でかつての長音を示していた字母の音がことごとく短くなっていることをすっかり失念していて、子音ばかりに頭がいっていた。
 俺は「ギリシャ語」を勉強したことがあるだけであって、「ギリシャ」自体について学んだわけではない為、言っても仕方ないことだけど、総合的に「ギリシャ」というものをよく知っている人なら間違えない転写だったであろうと思われます・・・以下に挙げているものも含めて・・・。悔しい!
 次はSpiros Antoniou
 これはΣπύρος Αντωνίου(Spyros Antōniou=スピロス・アドニウ / スピュロス・アントーニウー)。
 俺だったらこの通り、「Spyros」って転写するね(ドヤッ)。

 ・・・。

 わかんねぇよマジで。
 いやでもυをyと転写することには正当性があるんですよ?
 「ΤΑ ΑΛΗΘΗ ΟΝΟΜΑΤΑ-本当の名」で書いた通り、rhythmは古典ギリシャ語・ῥυθμόςから来ています。これをラテン文字に転写すると「rhythmos」。
 このyはフランス語で言うuの音、ドイツ語で言うüの音なんです。IPA準拠の発音記号だと、ラテン文字そのままに/y/です。
 現代に於いて、/i/。
 検索した順なので、次はドラマーのFotis Giannakopoulos
 こいつもハズレで、Φοτις Γιαννακοπουλοςでなく、本当はΦώτης Γιαννακόπουλος(Phōtēs Giannakopoylos=フォティス・ヤナコプロス / ポーテース・ギアンナコプーロス)。嬉しいことに、名字は合ってました。
 俺は現代ギリシャ語の転写ですよってことわりがまずあれば、「Phōtēs」と書いてあっても「フォティス」って読みますけどね。だって転写すればΦωτηςでしかないし、示す音としてはΦοτιςという綴りとなんら違いがない。
 まぁ、残念でしたねおバカくん、ってことで。
 ちなみに・・・BenardoはΜπενάρντοでした。
 ・・・わかる?何故Αντωνίουは「Adoniou」にしなかったのに、Μπενάρντοは「Benarnto」じゃなくて「Benardo」に、音優先にしたの?

わけがわからないよ!

 まぁそれを言えば、Μπενάρντοは「Mpenarnto」なわけですけどね・・・。
 やっぱ英語圏の人間に奇異に見えない為のタチ悪い変形を施してたわけですよ。クソが。
 Σπύρος Αντωνίουの「Spiros」って表記に関しても、疑おうと思えば、「Spyros」で売りに出して「スパイロス」って読まれてしまうことを避けたかったが為じゃないの?とも言える。
 なんにせよAntoniouって綴りを見てギリシャ語知らん奴が初見で「アドニウ」って読んでくれる可能性なんてゼロに等しいんだからもう名前の読みなんて間違えられてるじゃねーか。
 誤読を気にする資格がないんだよ!
 気を取り直して最後にSotiris Vagenas、彼はΣωτήρης Βαγενάς(Sōtērēs Vagenas=ソティリス・ヴァイェナス / ソーテーレース・バゲナス; 古典期に/v/はギリシャ語になかった。現代/v/=β、他方/b/=μπ cf. 上記Μπενάρντο(ベナルド))。
 彼の本名に関しては、とにかく俺のぶった「転写はVagenasが正しいはずだ!」論が的を射ていたことがわかって安心しました。
 それにしても、oとiに驚かされた結果ということになりますねぇ。
 あと、「Septicfleshの連中のギリシャ語による名は簡単に見つかる」ということにもw
 というわけで訂版:

Χρήστος Αντωνίου(Gt.), Σωτήρης Βαγενάς(Gt.)
Σπύρος Αντωνίου(Vo. & Ba.), Φώτης Γιαννακόπουλος(Ds.)
 
 斜体にするとアクセントのついた母音が、それ以外の字母と全体的な見た目の上で統一が取れてない印象が強くなるので、普通に真っ直ぐ立たせました。
 ヤレヤレ。

2011年9月29日木曜日

ΤΑ ΔΩΡΑ ΑΠΟ ΤΩΝ ΜΟΥΣΩΝ

 今の今までホントにThe Dark Side of the Moonしか聴いてません。
 何回聴いたかな・・・少なくとも5回はいってる。

 でも・・・やっぱりよくわからん。何がいいのか・・・。

 評価については今更言うまでもなく、人類史上日の目を見てきた所謂「名盤」という存在の中でもトップクラスであり、Pink Floydの旧作カタログが再発されるにあたって、この「狂気」が破格の扱いをされているところを見ると、発売から30年以上経って尚その名は世界的な影響を有していることがわかる(厳密に言うと、「確実に世界的な反響があることを見越して商品にしている」ことがわかる)。
 だから、聴いて感じるもの・・・それも大きなものが、必ずあるはず。

 ・・・こういうことを考えてながら聴いているから、ダメなのか・・・。

 トータル・アルバムとされるものに大抵言えることだと思うけど、「歌詞」も重要らしい。
 俺は歌詞は読んでない。
 というのもこの完全初回限定盤、肝心のCDがものすごく取り出しにくく、ブックレットもすべて奥の方に収まっている。
 いや、深さが30cmくらいあるボックスから取り出すってわけでもないんだが、俺はものは片付けないと気が済まないタチなので、読む度あの箱開けてグッズ取り出して記念品の一部だし汚れがつかないように・・・って神経遣いながら読まなければならないかと思うと-この「義務」は俺が自発的に自身に課しているものではあるが-とりあえず先ずはCDだけ、となってしまった。
 或いは、今現在Pink Floydのようなプログレッシブ・ロックは絶え、プログレッシブロックの系譜に連なっていることは確かかもしれないが明らかに別物である「プログレ」に耳が慣れてしまったがためにこのCDにのめり込めないのかもしれない。
 レッチリのI'm with Youを聴いたときの、「こんなはずじゃなかった」という感想が今回も出てきてしまったかという感じだ。
 以前聴いてから数年越しの再会、印象の更新はあるだろうかと臨んでみたが・・・特に何もなかった。
 普通のバンド形態では再現できないような、一筋縄じゃいかない表現方法だって、自転車のベルが使われるなどしてありえない手法がとられたThe Beach BoysPet Soundsに詰め込まれたものの方がよっぽど魅力的だし、より「プログレッシブ」な感じがする。
 レジで金銭を扱う音をリズミカルにサンプリングして取り入れたからといって、それがなんなんだと・・・。
 とにもかくにも、やっぱり何故ここまで偉大な作品だと言われているかわからない要因として確実に挙げられるのは、「偉大な作品には感動させられるはず」という先入観。
 これはおそらくもうどうしようもないくらい頭の中で強い勢力を振るっていることだろう。
 じゃあもうこれが彼の「狂気」であることを意識しないよう聴いてみようと努めたところで多分ムリだし、収められた要素の何にも実際に感銘を受けなかったという事実からしてその努力が功を奏したところで俺の出す評価は変わらない気がする。
 これがプログレの最高峰なら、たぶん俺は根本的にこのジャンルに向いてない。
 けど何が最高かなんて誰にもわからないし、どんな評価を与えられていようがどんな仕様で売りに出されたものであろうがどれだけ高価であろうが本質的にはただ1枚のCDに収まるだけの音楽。
 AZUMA HITOMIきらきらに、デビューシングルであるハリネズミほどの衝撃を受けなかったことを話題にしたとき書いたことと同じく、今後如何に評価の程度が高くなろうとも、「最初は大したことのないものにしか思えなかった」ことは揺るぎない。
 ただ、どれだけ高評価が与えられていようが、あくまでそれは他者の頭が生み出したものなので、当然、自身にとってそれが肯定できるとは限らない。
 ブックレットが汚れないように-とかという考えと同じく、高い評価と豪華な仕様に惑わされすぎてはいないか・・・もうそれすらも本当なんだか間違っているんだかわからないが、ただひとつ確実に揺るぎないこのCDとの、絶対的に正しい付き合い方だけは忘れないし、数多の人々にとってこの作品がどんな存在であれ、俺にとっては、そして本来的には誰にとっても、「単なる1枚のCD」です。

 ただ聴き続けること。
 歌えるようになるまで。
 ある人々にとってはτὰ δῶρα ἀπὸ τῶν Μουσῶν”でしかないとしても、日本人である私にとっては喜ばしくも「音楽」ですから。

2011年9月28日水曜日

時の流れってのは

 買ったぞ!Pink FloydThe Dark Side of the Moon完全初回限定盤(税込¥16,000)!


 やー、まさかこんなデカいとは。 
 普段バイト先には手ぶらで行くんだけど、今日はカバン持ってった。
 色々入ってるのはわかってたから、厚みがボックスセットであるMichael JackonThe Collectionくらいあって、あとはタテヨコがちょっとデカくなった程度かな?と思ってたら、チョーデカいの。カバンに入んなかったし。
 というかディルのDUM SPIRO SPEROとそう変わんない。
 入荷物を店頭に出すものと予約者の分とで分けた人がデカい紙袋に入れておいてくれてたので、そのまま持って帰ってきました。
 プラス見えてる通り、3冊のマンガ。
 KYO-ORE待ち焦がれたー!
 俺はね・・・今日から明日の記事更新まで、この「狂気」以外のCDを聴きまっせん!(どーん)
 I'm with Youで初めてと言っていいくらいまともに聴いた、どんなバンドだったか覚えてなかったレッチリとは違って、この「狂気」は昔聴いていい印象を受けなかったってことをまだちゃんと記憶に留めている作品ですからね。
 まだ封開けてすらいないので、すべてがこれからですが・・・ひとつ言いたい。
 このリニューアルジャケのデザインは相当ダサくなったと思う・・・。
 さてこれで済んでは(俺が)つまらんので、本日記事にしようと思っていた話題を以下に綴ります。

2011年9月27日火曜日

Call to Arms Kicking Chickenfoot Thrice

 俺は最新HR/HMニュースには多大な関心があるものの、色んなサイトを巡って情報を収集するのはメンドくさいからヤだ・・・という最悪の性格の持ち主なので、専ら2ch HR・HM板(何故HR/HMでないのか!)の「HR/HMニュース速報スレ」と、Nuclearblast.jpのみをチェックしている。
 アルバムの先行試聴ではあるがぶつ切りの「Teaser」じゃなくて、収録されているものの内どれか1曲丸ごととか全曲試聴に飛びつくワタシなので、「フル試聴!」ニュースが特に嬉しい。「スタジオ入り!」とかどーでもよくね?
 というわけで、そのスレに投下されたニュースリンクを通して、AOL Musicにて全曲試聴が可能となったSaxon / Call to ArmsとSebastian Bach / Kicking & Screaming、Chickenfoot / IIIを聴いてみた。
 Saxon!
 びっくらこいた。
 めちゃかっこいいですね。
 特にボーカリストのBiff Byford、ヘッコのアルバムで客演したときの声じゃ、その効果はRhapsodyに於けるChristopher Leeの如くだったので、こんな声で歌ってるとはさっぱり想像つかなかったw
 もうすぐジーサンって歳なんじゃないの?・・・若者にまったく引けを取らないアツいボーカルじゃないですか!
 俺、イギリス産の古いメタルバンドって大抵下目に見てるんですよ。
 どのバンドのせいか知らないけど、たぶんかつて聴いたそのバンドがエラいダサかったんでしょうね、特にNWOBHMを標榜してる連中はまったく聴く気になりません。
 他にもThunderMagnumTankとかいるじゃないですか。
 まぁどれもさっぱり興味が湧いてきませんね。
 あとイギリス産というと、なんかちょっとおかしいなって印象があります。
 ホントに大元がヘンだろこいつらってこともあれば、先進性とか革新性があるなと感じるということを意味する場合もあります。
 Iron MaidenとかJudas Priestだって、見ようによっては(どう見ても?)ダサいでしょ。ダサいと感じられる要素が随所にあるというか。
 でもいつの時代も先駆的だったなって印象もあって、それは素直にスゴイと、敬うに値することだと思います。
 やはりその最高峰は、個人的にはQueen
 他にハードロックの方向性に先鞭をつけたLed ZeppelinThe WhoBlack SabbathDeep Purpleはどうも好きになりきれなくて評価のしようがない)、それから色んなプログレロックバンド・・・なんなんでしょうね、イギリスってのわ。
 方や古くからその音楽シーンが認知されていたものの、何やってもイマイチだなと思わされる国は、ドイツ。
 ドイツメタルシーンと言えばスラッシュですが、アメリカには結局敵わないし、デスメタルもブラックメタルも、プログレやらせてもイマイチ。ゴシックなんかホントにタルいだけだし。
 Acceptがいて、俺も好きな曲いっぱいあるんですが、俺は基本的にああいう無骨なメタルって好みじゃないんで・・・。ちなみにScorpionsは聴いたことないです。
 さてお次にSebastian Bach。
 うーん、Skid Row最初の2枚以降久々に彼の声を聴きましたけど・・・もうダメですね。声出てない。
 曲も凡庸。
 Skid RowはベーシストのRachel Bolanがリーダーであるせいか、あの時代のバンド、そしてバッドボーイズ的雰囲気を前面にした連中の中ではボトムが思い切り脳にズシンと来る珍しいタイプのバンドでしたが、バンド一丸となって実に勢いがあったので曲が押し潰されてなかったんですよね。
 ただドラムはベースに完全に食われていましたし、そのショボさがなんだかな~って感じでしたが、あれでドラムまでかなりヘヴィだったらいい意味での軽さが薄れていたかもしれないし、あの音作りとドラマーのスキルの未熟さは功を奏していたと思います。
 すごく個性的なバンドだったと思いますし、実際めちゃかっこよかったですよね。
 あの頃のムチャな音圧が今やどのバンドでも基準になり、どいつもこいつも似たようなベースの感触を以って売りに出してきていますが・・・こういった音作りが基準となった昨今にあって、Sebastian Bachの声が完全に負けてる。
 自分が出したい音域に到達してない感も思いっきり出てますし、スタジオレコーディングでこれっていうのは・・・休み休み途切れ途切れで録音してたのにそのときどきの全力がこれなの?それとも一発録りってことなの?
 そしてバックの演奏が、Skid Row時代と違って当然ながら荒々しさのかけらもないからSebastian Bachの仕事の雑さが完全に浮いてます。
 それでもSebastian Bachがあの頃よりも深みを増した、或いはありえないとはわかりつつ望まれることとして、あの頃をアップデートしたような歌い方ができるのなら、プロのバックバンドの長としてアルバム全体の雰囲気を掌握しているかの如き印象を持たされていたでしょうが、なんかもうこのバンドにボーカリストがいないからこのアルバム作成のために呼ばれた、とりあえず素人臭さはないので採用されたどこかの無名サンみたいな感じですよ・・・。
 実はこのアルバム、ちょっと興味あったんです。ジャケがダサすぎってことには目をつぶって買ってみようかなって。
 でも完全に冷めました。
 いらないねぇ。
 ライブパフォーマンスはめちゃかっこいい人なんですが・・・。
 AOL Musicのサイトでの宣伝で、「高名な多くの世代にとってのロック・アイコン、こういったアルバムなどのリリースでそのことを証明し続ける」とあったけど、・・・虚しいデス。
 では最後にChickenfoot。
 ・・・ああもう1曲目から格が違う!
 Saxon、Sebastian Bach(笑)と同じく、これにだって目新しさがあるわけじゃないんですが、純粋にかっこよさで聴き通せてしまう魅力がありますね。さすがです。
 なんでしたっけ、Sammy HagerMichael AnthonyChad Smithでしたっけ、演ってるの。あと・・・ハゲのギタリストですよね。いつもグラサンしてる。名前思い出せね~。
 でも、ま・・・買うか?って言われると、買わないなぁ。
 高いんだよChickenfootの邦盤CD。
 これ買うなら日本コロムビアのHR/HMカタログからどれかひとつ買うよ。
 目下購入予定にあるのは、Fleshgod Apocalypse(先頭に出さずにはいられない!)、Lock UpTexturesMayanArkanTastersWorld under BloodHell・・・ってところ。
 これらも¥2,400で決して安くはないんだけどね。
 ただまあ、メタルだから・・・ってのがやっぱありますよね。
 Chickenfootの1stがこれよりしてた覚えがあるので、「III」もたぶん同じくらいの値段になるでしょう。
 こっちはメタルじゃないから・・・実は値段よりもそういう感情の方がデカいのかもしませんね。

2011年9月26日月曜日

ΤΑ ΑΛΗΘΗ ΟΝΟΜΑΤΑ-本当の名

 名前について。
 ギリシャのSepticfleshを通して考えます。

Christos Antoniou(フリストス・アドニウ / Gt.)
Sotiris Vagenas(ソティリス・ヴァイェナス / Gt.)
Spiros Antoniou(スピロス・アドニウ / Vo. & Ba.)
Fotis Giannakopoulos(フォティス・ヤナコプロス / Ds.)

 彼らの名の、本当の綴りが知りたい
 なんで俺がギリシャ人の名をラテン文字でしか綴れない憂き目に遭わにゃならんのだ。
 たとえばChristos Antoniou、彼の名を現代ギリシャ語の正書法で書くと、この転写に倣えばΧριστος Αντονιουに間違いないはずです(アクセントの位置はわかりませんが、Χριστοςは古典期に-τόςであったので現在でもこの位置かもしれませ んし、また、ΑντονιουのアクセントはΑにはないのは確実だと思われます)。
 問題はSotiris Vagenas。
 彼の名前は最初、Vayenasとして知りました。
 これはギリシャ語としての発音を優先した転写になっています。
 これだと本当の綴りは-ie-(=-ιε-)に相当するものなのかと誤解してしまいそうです。現代ギリシャ語ではγ(=g)が前舌母音を従えると/j/の音を持つということを知っていなければ、本来の表記に戻せません。
 しかし後に「Vagenas」を目にしたので、やはり本当はΒαιεναςではなく、Βαγεναςなのだと確信できました。
 実際口にしたときの音か本来の表記か、ひとつずつ忠実に本来の文字に相当する別の文字に転写するのが普通ですが、どちらを優先するかは転写する者の自由、それでいいと思います。
 或いは、たとえば彼らのように母語の正書法がラテン文字を用いていないバンドがワールドワイドに活動するにあたっては公式にそのための、多くの人々にとって読むに平易な名が用意されてあれば、それを自分も利用するか。
 Septicfleshの場合は、バンドの公式サイトにプロフィールがなく、また、所属レーベルであるSeason of Mistも「Vayenas」表記を採っているので話がややこしくなってしまったわけです。
 ちなみにこのページだと

 Christos Antoniou → 同一
 Sotiris Vagenas → Sotiris Annunaki V
 Spiros Antoniou → Spiros "Seth" Antoniou
 Fotis Giannakopoulos → Fotis Benardo

 という名義になっています。
 これもまた参照するサイトによって名義がバラバラなのですが、俺が冒頭に書いた名よりはよく見かけます。冒頭の名はMetallum準拠です。あれらは本名か、或いは本名に近しい名だと思われます。
  ドラムのFotis Giannakopoulosは圧倒的にBenardoとして紹介されていることの方が多いです。Spiros Antoniouはまちまちですが、名がSiroとか姓がAntonになっていることもあります。唯一Christos Antoniouはどこを見ても不変のようです。
  Fotis Giannakopoulosをこの名として紹介することが少ないからなのか、GiannakopoulosはGiannakopoulosです。何が言いたいかと言うと、Vayenasと表記するなら本来Γιαννακοπουλοςであると思しきGiannakopoulosは Yannakopoulosにするべきです。
 こういう「揺らぎ」は許せない。
 また、音優先ならAntoniouやGiannakopoulosの、/u/を示す-ou-という表記もラテン文字では-u-にすればよいのに。
 「Vayenas」表記は、おそらく「Vagenas」と書いて「ヴァゲナス」と読まれることを避けたのでしょう。あまりに印象が変わりますからね。
  で、「Antoniou」の-nt-がこの文字列の中にあって現代ギリシャ語では/d/に相当することを知らない人は「アントニウ(若しくはアントニオ ウ)」と読むでしょうが、それはそういう音を持つ名前が他にあるので(「Antonio=アントニオ」とか)許容できるという理由から 「Adoniou(Adoniu)」にしていないのではないでしょうか。
 むしろ他言語と比べると、adon-という音になる現代ギリシャ語の方が奇異ですからね。これは古典期に/d/の音価を有していたδが現代に於いてその音を/ð/に変えてしまったことに起因します。
 だからAdoniouをギリシャ語に戻すとΑδονιουで音が「アゾニウ」になります。
 つべのギリシャ語系動画に寄せられているコメントは勿論ギリシャ語が中心ですが、こいつらが何故か本来のギリシャ文字表記で書く者とラテン文字として書く者が混在しているんですよね。すごく不思議です。
 ラテン文字にすればギリシャ語がわからない人でも音はある程度拾いやすくなるけど、それが言葉の意味に対する理解にはならないわけじゃん。
 でそのラテン文字表記法も人によってバラバラ。
 わけがわからん。
 最後に、これはちょっとした突っ込みなんですが、Fotis Giannakopoulosについて。
 Benardoってどっから来たんだよ?ってのもまぁあるんですが、それより「Fotis」が気になる。
 おそらく本来の表記は「Φοτις」です。
 今でこそ/f/という音を持つようになったφですが、古典期はπ(p)の帯気音だったと言われています(音声資料が当然ながら、ない)。
 ラテン文字にするとphで、たとえばphono-(音の; cf. phonology(音声学))、philo-(好きな; cf. philosophy(哲学))、phobo-(嫌いな; cf. xenophobia(外人嫌い))といった言葉はギリシャ語由来です。ちなみに例示しているこれらを利用した言葉の追加要素(-logy, -sophy, xeno-)もギリシャ語からきています。
 フランス語や、それに影響された英語などではこのphがまだ生きていますが、スペイン語などではたとえばteléfono(=telephone)などというようにfに置き換えられてしまっています。
 古典的な言語を愛する者として、このphという綴りをフランス語などで見かけると、誇張などではなく本当にその都度ギリシャ語に意識が飛びます。
 他、
 ①th : ἄνθρωπος(anthrōpos=人間)から来ているmisanthropy(人間嫌い; mis- cf. μισῶまたはμισέω(mīsō、mīseō) / 憎む)
 ②ch : χρόνος(chronos=時)か来ているchronometer(クロノメーター; -meter cf. μέτρον(metron) / 尺度)
 あとあまり例がないけど③rh : ῥυθμος(rhythmos=(一定の)形)由来のrhythm(リズム); また、ロードス島の英名がRhodesなのはこのrhに由来しています。現代ギリシャ語では語頭のρから帯気音がなくなったのでΡόδοςでしかなく、転写するとRod-になってしまいます。他言語に残るかつての姿・・・うーん、哀しいですね。
 など、あまり日常的でない言葉や、日常的ではあるがそのつくりが複雑なものなどを表現する際には、古典語からの借用がよく見受けられます(「リズム」だって一般的に十分浸透してはいますが元は音楽的な専門用語ですよね)。
  たとえばテレビ。極めて日常的な機械ですが-「機械」=machineもギリシャ語由来です-「television」もしくはこれに極めて近しい語形を 元にして様々な言語に取り入れられています(ちなみにtele-はギリシャ語由来ですが-visionはラテン語由来です)。

 ①「television」 / 「tele+○○」系
 ※アイルランド語は発音記号、ロシア語も、ラテン文字に転写すると見た目が悪いので同じく
 アラビア語:تلفاز(televāz)
 チェコ語:televizor
 ウェールズ語:teledu
 エストニア語:televisioon
 スペイン語:televisión
 バスク語:telebista
 ペルシャ語:تلویزیون(televizyon)
 フランス語:télévision
 アイルランド語:teilifís(/tʲəlʲəfʲsʲ/)
 ハワイ語:kelewikiona(=televikiona)
 クロアチア語:televizija
 インドネシア語:televisi
 イタリア語:televisione
 ヘブライ語:טלװיזיה(televizyah)
 グルジア語:ტელევიზია(tʰelevizia
 ラトビア語:televīzija
 ハンガリー語:televízió
 マケドニア語:телевизија(televizija)
 オランダ語:televisie
 ネパール語:टेलिभिजन(dēlibhijan)
 ポーランド語:telewizja
 ポルトガル語:televisão
 ルーマニア語:televiziune
 ロシア語:телевидение(/tʲəlʲəvʲɪdʲeːnʲɪ/)
 アルバニア語:televizioni
 フィンランド語:televisio
 スウェーデン語:television
 トルコ語:televizyon
 ウクライナ語:телебачення(telebačennja)
 イディッシュ:טעלעװיזיע(televizie)

 「tele+vision」という語形に近いものもあり、「tele-」のみ借用しているものもありで色々ですね。

 ②「非television」系
 ブルトン語:skinwel
 ドイツ語:fernsehen
 アイスランド語:sjónvarp
 ノルウェー語:fjernsyn
 ヒンディー語:दूरदर्शन(dūradarśan)
 ウルドゥー語:بعيد نما(ba‘īd numā)

 「tele」も「vision」もない。
  ja.wikipedia.orgによると、アイスランド語の「テレビ」は「風景(名詞)+投げる(動詞)」という組み合わせで成立した造語であり、ま た、英語やフランス語などからの借用語を極力排しているそうなので、「television」のような形がさっぱり見られないのでしょう。
 「television」と同じく、これまた多くの言語で取り入れられている「philosophy」という形に準じる言葉も、アイスランド語では「heimspeki」と言うそうで、また影も形もありませんね。
 アイスランド語の他にも、これが属するゲルマン語派の言語が複数-ドイツ、ノルウェー-あるのが面白いですね。
 たぶん、アイスランド語でのそれと同じような成立過程を辿った言葉なのでしょう。
  ヒンディー語なんかデーヴァナーガリーだから読めるってことでここに挙げただけなんで、この語が何故こんな形をしているのか、由来はなんなのかなんてさっ ぱりわかりませんが、ウルドゥー語のنماに似た言葉はアラビア語で目にした覚えがあって、それが「見る」というような意味だった気がするんですが・・・ うろ覚えどころじゃないくらいうろ覚えです。
 当然ですが、この多言語による「テレビ」の群れはWikipediaの力を借りてここに載せました。
  ゲエズ語(エチオピアの言語)、アラム語、ベンガル語、マラヤーラム語、ビルマ語、タミル語などは文字自体が読めないので比較対象として載せられませんで した。また、「②「非television」系」で紹介したもの以外にも「television」からかけはなれてはいるがマイナー過ぎるので採用を見 送ったものもあります。
 たとえばナバホ語(アメリカのインディアン、ナバホ族の言葉):níłchʼį naalkidíとか、ケチュア語(南米のインディオ、ケチュア族の言葉):ñawikaruy・・・ただ、ケチュア語の話者は1000万を超えているそうなので、30万のアイスランド語に比べると数の上では圧倒していますがw
 ただこういう民族の言葉って標準語がなさそうですし(というか別になくてもよさそう)、口にする人によって変わってきそうですね。
 あと、マイナー過ぎて採用見送り、ならブルトン語ってのもどうなんだって感じが自分でもしますがw、これはいわゆる「ひいき」ってやつです。アイルランド語とウェールズ語をやってからというもの、ケルト系の言語に興味津々なんで・・・。
 えー、さてw、元の話題が遥か上になってしまいましたが引き続きFotis Giannakopoulosについてです。
  現代ギリシャ語に於いては/f/という音を持つものでしかないφのラテン文字転写として「ph」を採用するのは間違っているのかもしれません・・・が、今 も目には見えづらくとも多言語に多大なる影響を持ち続けているギリシャ語のかつての姿はなるべく残していて欲しく思うわけですね、俺は。
 いや、転写を前提に正書法が定められるわけじゃないから、「φはどう転写する?fか?phか?」なんて問題、バカバカしいのは言ってる俺本人が百も承知なんですよ。
 でもそれでも俺は、phを現代ギリシャ語に残して欲しいし、phの存在を色んな人に意識してもらいたい。
 だから俺はPhotisと書きます・・・

 ・・・っていうか・・・

 だからSepticfleshの面々が本名を明かしてればこんなもんどうでもいいことじゃっちゅうんじゃボケェ!!!
 Firewindの連中のギリシャ語による名は綴りまで明らかにされてるのにSepticfleshはなんでダメなの!?知名度の差!?
 意味わからん!
 実際のところ、Septicfleshの面々の本名は何か・・・。
 ラテン文字から考えられる本来の綴りは以下のとおり。

 Χριστος Αντονιου(Gt.), Σοτιρις Βαγενας(Gt.)
Σπιρος ΑντονιουVo. & Ba.), Φοτις Γιαννακοπουλος(Ds.)

 いいじゃーん!
 アクセントはナシです。位置がわからないからってのもあるんですが、アクセントつけると以前書いた通り不恰好になりますからね。
 ちなみに最初載せるにいいなと思えた画像は別のもので、そちらにはこの4人の他に今はいないプレイヤーが写っていたので使用を断念しました。 
 何故これを選んだかというと・・・墨がよく見えるからw
 まぁそんなことはいいとして、彼らはシンフォニックなデスメタルバンドとして活動してますよね?シンフォニックであることは、神秘性を演出として用いることと無関係でないと思うんですが、だったらこのギリシャ文字による表記で売り出す方が「なんだこいつらは?」感が増すと思いませんか。 
 民族性を犠牲にしてまでワールドワイドな宣伝ってのは神経質にならざるを得ないものなんでしょうか。
 いや転写が悪いってんじゃないですよ。
 補助的に使うのは全然構いません、アリです。
 つーかね、ギリシャ文字なんかよりも、ノルウェー語とかデンマーク語なんかの方が正書法でラテン文字を用いているのにも関わらずぜんっぜん易しくなくて読み辛いですよ!!
 でもノルウェー人、デンマーク人によるメタルバンドで、尚且つブラックメタルをやってる連中以外でいちいち英語圏の人間が読み易いようなステージネームつけてる例ってそんないっぱいありますか?ないでしょう?
 ブラックメタラーはね、永遠の厨2病患者どもですから。
 ただブラックじゃなくてもポーランド人は本名が想像もつかないようなステージネームの使用が多く見られますね。これはおそらく、ポーランド人名がスラヴ語圏外では馴染みがないからだと思います。
 正直俺もパッと見てハイ上手に発音して!って言われると自信がないです。
 なまじラテン文字で綴られている名は、ラテン文字に慣れた人間は己の解釈で、それが正しいのかどうかも深く考えずに間違って読んでしまうんじゃないんでしょうかね。
 そういうことに対しては、「ああしかたないな~」と妥協するんじゃなくて、怒るべきです。
 アンパラパなバカどもに合わせて己の名を他言語圏でのそれに置き換えて、たとえばPiotr Wiwczarek(VaderのVo. & Gt.)ならPeterだのPaweł Jaroszewicz(元VaderのDs.)ならPaulだの名乗るんじゃなくて。
 姓まで含めると拒否感が強まりそうってんなら、名だけ-ピョトルとパヴェウ-でいいじゃないの。
 ピーターとポールにする必要があるの?
 つーかPeterとPaulなんてフツー過ぎてインパクト全然ないじゃん。
 つーかデスメタルやってんのにPeterとPaulて。
 Vogg < Wacław KiełtykaDecapitatedのGt.)とかVitek < Witold Kiełtyka(DecapitatedのDs.; 故人)なんかも他言語圏への妥協ですが、まぁこれはまだいいじゃないですか。いかつい印象が語感から出ていると言えます。
 PeterとPaulはなぁ・・・。
 めちゃめちゃ耳にする機会の多い名というだけでなく、ただでさえ有名な聖人が由来なんだし、PeterとPaulがデスメタル?かっこつかないよねって思いますよ-ペトロスとパウロスに全然縁のない日本人である俺が
 そこは由来がそうであっても世界的にはそう知られていないポーランド語名で売り出すとまた違った印象があったんちゃうの?って思っちゃいますけど、どうでしょうかね。

 ハイ、まーそんなわけでSepticfleshのボケ!って記事でした。

オマケ:Firewindのメンバーの名前

Apollo Papathanasio(Vo.): Απόλλωνας Παπαθανασίου(アポロナス・パパサナスィウ)
※ギリシャ系スウェーデン人。
Gus G.(Gt.): Κωνσταντίνος Καραμητρούδης(コンスタディノス・カラミトルズィス)
Bob Katsionis(Key. & Gt.): Μπάμπης Κατσιώνις(バビス・カツィオニス)
Petros Christo(Ba.): Πέτρος Χριστοδουλίδης(ペトロス・フリストズリズィス)
Michael Ehré(ミハエル・エーレ / Ds.)
※唯一のドイツ人。ちなみに前任のMark Cross(元Helloween)もドイツ人。
ヤンギでGus G.が言ってたんだけど、Mark Crossはギリシャに10年以上の在住経験があって、
リシャ語がとてもうまかったそうです。
こういう情報大好きw

 余談ですが俺はSepticfleshもFirewindも好きじゃないですw

2011年9月25日日曜日

見よ!


 Ἰδού!(見よ!)
 何に於いて最も美しいと言わんとしているのかわからないが、内容から察するに字の美しさだろうか?
 確かにアラム文字には俺もずっと心惹かれているし、いつか絶対にこの手で記したい。
 しかし、この世の中にあるすべての言語を知っているわけではなくとも、今俺が知っている極僅かな限られた言語を表記する様々な文字と比べても、最も美しとは言い難い。
 アラム文字と同じく右から書くものとしてはヘブライ文字の方が、それを以ってある程度長い文を書いて全体的に見渡したときアラム文字より美しいなと思えるし、仮名やラテン文字と同じく左から書く文字で言えば、今のところグルジア文字よりもその見た目に惚れ込んでいるものはない。
 まぁ、文字を美しく感じる要因は、時によって表記に用いられているフォントによったりもするんだけどね。
 ただ、この動画に何かを言いたくさせられた原因は、文字の美しさについて考えたくなったことではなく、文字を美しく書いている人が撮影されているということにある!!
 あまりにも機械的に、どんな人間でも文字を書く際必ず見せるであろう「ゆれ」を見せずに実に見事にアラム文字を綴っていっているので、最初は「ははあ、なぞってるなコイツ~?」と思ったものだが、違う!文字の最下部の位置を揃えるための基線は引いてあるが、ガイドはそれだけ!
 俺は己が理想とする気持ちのよい文字の書き方について、またひとつ大きな着想を与えられました・・・。
 うーむそれにしてもアラム文字・・・俺も書いてみたいぞ!

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