2011年8月13日土曜日

R.I.P.

 もう10ヶ月も経ったんですネェ。
 Steve LeeGotthard)が亡くなってから・・・。
 後任のシンガーはもう決定しているそうで、新しいライヴアルバムの発売後に詳細が公表されるとのこと。
 うーん。
 新シンガーについてはなんのために情報伏せてるんかね。
 そんな戦略が似合うほどビッグなバンドでもないと思うし、Steve Leeの死に絶望したファンの意識をGotthardに繋ぎ留めておくためにもさっさと情報は解禁すべきだと思うが。
 仮にSteve Leeを圧倒するほどの歌唱力の持ち主が後任に決定しているとして、実力に関係なくGotthardのボーカリストとしてはSteve Lee以外認められないという声が多そうだから更に時間を置いて、と判断してのスケジュールが組まれてるのならまぁわからんでもないけど・・・。
 まぁ俺なんて所詮Domino Effectから入ったにわかファン。しかもこのアルバム買った動機が、店頭でジャケ見かけて「めっちゃクソっぽいからからかいで買おう」だったしな。
 見事にK.O.されましたけどね。
 そしていまだにDomino Effectと、これにKOされたなら欲しくなって当然だった現時点での最新作・Need to Believeしか持っていない。
 そんな奴がGotthardの今後についてなんだかんだ言ってんの?って。自分でも思うわ。
 でも、あの奇跡の歌手・Steve Leeと交代して歌う人間のことだぞ。にわかだろうがなんだろうが気になるわい。ちょこちょこなんか言いたくなるわい。
 Steve Leeそっくりの歌声が特徴の人間が入ってきたら、「これならSteve Lee聴くわ」になるし、バンドの方向性すら変えかねないような歌い方をする人間が入ってきたら「なんでコイツ入れたの?」になる。
 個人的な理想としては、紛れも無くGotthardの顔だったSteve Leeの匂いを微かに漂わせつつも、単なるSteve Lee IIでないことをはっきり判断できるような人がいい。
 Acceptのボーカリスト、Udo Dirkschneiderの後のDavid Reeceのようなカンジ。
 オレはすげぇ好きでした、David Reece。
 Steve Leeの如くバンドの大きな特徴のひとつを決定付けていたUdo Dirkschneiderの代わりに入れた人間が彼に似た歌い方をする人間だったことは、当時ファンの落胆を招いたそうです。
 Udo Dirkschneiderはなんのためにやめたのかと。
 ちゃんと聴きましたか、David Reeceの歌。
 似てるのは喉を絞めつつ強引に出しているかのようなあの歌声、それだけです。
 彼がボーカルをとった、Acceptの最初で最後のアルバム・Eat the Heatは、大半の楽曲が単に攻撃的なだけになってしまっており、後代に語られるべきドラマティックさをそれまでのマテリアルからうまく継承していなかったので、歌も単なるUdo Dirkschneiderのそっくりさんが情熱のないお仕事としてやっただけの如く聞こえたのかもしれません。
 Acceptのボーカリストに最も相応しいのはUdo Dirkschneider、これは揺るぎない。
 でもDavid Reeceの歌を聴いたとき、俺は新しいAcceptを見た気がしました。
 男臭さムンムンのAcceptでボーカリストを務めるには、万人がただ「うまいなァ」と言って終わるような輩じゃダメだったのです。
 Udo Dirkschneiderのダミ声歌唱が、諸々の要素で成るAcceptの男臭さをバンドに必要不可欠であるとリスナーにより強く思わせる効果があったので、後任はUdo Dirkschneiderと同じくガリガリとうるさい歌を歌いたがってる人間が来なければならなかったのです。
 Acceptのカラーをうまいこと崩さずに、Udo Dirkschneiderとは異なる魅力で早くもAcceptのボーカリストとしてアルバム一枚を丸ごと己の独壇場にしてしまったDavid Reeceは、個人的に言えば理想の人選でした。
 先にも言いましたが、Steve Leeそっくりの人間が入ってきたら、Steve Leeが歌っていたアルバムを聴きます。
 「GotthardのフロントマンらしいボーカリストだがSteve Leeとは確かにまったく違う」シンガーが欲しいのです。
 アマチュアなのかベテランなのか無名なのか、キャリアも力量もまったくわからず、ただスイス人であるということしかデータが公表されていないGotthardの新ボーカリスト。
 公開された暁の驚きは、良いものであって欲しい。

Rest in Peace, Steve Lee
Rapidly in Public, the New Singer!

2011年8月12日金曜日

具体物に形を変えた災害

 ここ京都・五山の送り火に使えと岩手県から木の差し入れがあったそうだ。
 汚染はなかったそうだがそれでも一応の危険性を鑑み木は使われないことに決まりかけた。
 それに岩手の連中が非難囂々。
 どういう意図があったにせよ、結果的に京の人間を汚染仲間に引きずり込もうと目論んだと言われても文句の言えない、最低最悪の自己満足の表れである。
 セシウムの検出はなかったとはいえそれでも何かあるかもと考え多少の恐れを抱くのが普通。
 まさに木の採れた地の人間は放射性物質に対し日々絶望的な無力感を抱きながら過ごしているのではないのか。
 人体に有害であり簡単に除去もできない。目にも見えないし、そもそも得体が知れない。
 本質を知る努力をせよと言うのは簡単だが、「何か有害らしい」と一旦耳に挟めば言葉の形成に用いられている横文字列の違いなどそっちのけでこの事件に関係して報道される放射性物質はすべて忌避したくなってくる。
 被災地の人間の気力向上を図って結果的にいらぬ被害を他の場所へと拡大させることになって岩手県の連中は後々なんらかの責任がとれるというのか?放射性物質は体内に取り込んでからでは遅い。
 東電による諸々の損害を被り憐れみと励ましを頂きたい思いに責められる理由はないが、被災地から何かを外へと出す際の許可に対し大きな責任がその地の人間にある今、食料だけでなく汚染されている可能性のあるあらゆるものは、具体物に形を変えた災害である。
 その地に留め置くことも可能なのに、己らがよく知っている筈の危険性を軽視し他所様に笑ってお裾分けし、気に入られなければ怒(いか)る。
 自己満足でなくてこれをなんと言うのか?
 俺は一旦使用の中止が決まった際、京都の人間は情に流されない完璧な決断をしたと思った。
 しかし謂われなき非難とお門違いな被害者感情を盾にした圧力を受けて結局木は使うことになったそうだ。
 これで万が一京都の地に何かあったとき、一体全体岩手の連中はなんと言ってくるのだろうか?
 もう何を言っても質の悪い言い訳にしかならないことが定まっているから、少なくとも責任者は逃げる準備でもしていた方が利口だ。

2011年8月11日木曜日

ROCK OVER JAPANはカバー曲

『きっと何者にもなれないお前たちに告げる!』

 ROCK OVER JAPANはカバー曲だ!
 えっ、知ってた?
 俺はぜーんぜん知りませんでした。
 クレジットの作詞・作曲Ryo & Hisashiなんて見てもカバーだなんて思い当たらないし。
 元を歌ったARBというバンドは知ってましたが。名前だけね。
 ウィキペディアの輪るピングドラムの記事に、挿入歌・ROCK OVER JAPANにリンク付いてたからどんなことが書いてあるのかな?とクリックしてみたらARBの同名アルバムの記事に飛んだのね。
 たまにウィキペディア内のリンクは、同名の全然関係ない記事のURLが仕込まれていることがあって、このROCK OVER JAPANもそのテの腐れリンクが設定されてたんだとばかり思ってた。
 カバーが気に入ったら原曲がどんなものか気になるのが人というもの。
 今日つべで、ライブバージョンですがROCK OVER JAPANを聴いてみましたが・・・。
 こりゃ100%カバーの勝ちですな。
 まるで最初からこのアニメのために用意してあり、トリプルHが歌うためにこの世に誕生したかのような曲です。
 古いJ-POPのカバーを使ったアニメと言えば、俺はそらのおとしもの。エンディングテーマが1話と最終話(blue dropsそばにいられるだけで)を除いてすべてカバーでした。
 アニメ共々ハマりにハマってエンディングテーマコレクションを買っただけでは飽き足らず、岬めぐり山本コウタローとウィークエンド春一番キャンディーズ初恋村下孝蔵赤い花 白い花赤い鳥と立て続けにCDを買いました。チャンピオンアリスは収録CDを決めかねて未だに買わず、あとワイルドセブンの入ったCDが欲しかったんですけど・・・これもCDを決めかねてそのままだったと思います。
 ピングドラムに話を戻して、5話の終盤で聞かれた挿入歌・ダディーズ・シューズもARBのカバーということで、これからどんどんARBか否かに関わらずカバーの起用が増えていくのかな?ちなみにあの挿入歌、俺には音が小さすぎてどんな歌なのか殆ど聞こえずまるで印象にありませんT_T
 EDテーマ、COALTAR OF THE DEEPERSDEAR FUTUREは最初ベツに・・・って感じでしたが、なんかハマってきました。しかしアニメーション効果も込みで印象的になってるかな、やっぱ。アニメーションっつーか、静止画ですが。いざCD買って、アニメ抜きでしかもフルで聴いてみるとさほど衝撃的でなかったってのが個人的にはお決まりでねぇ。
 変わってやくしまるえつことメトロオーケストラ、だっけ?)によるOPテーマ・ノルニルはマジでベツにって感じです。
 彼女の曲は、アニメのテーマソングとそれを表題曲にしたシングルCDのカップリング曲以外は全然知らなくて、延べ10曲にも満たないのですが、その少ない曲たちはすべて気に入っております。
 今回初めて欲しいと思わされなかった曲でザンネン。
 なんか歌い方に余裕が感じられず、しんどそうな声の出し方が俺の中での「やくしまるえつこ的」じゃなく、気に入らないんですよね。ところどころ力んだ場合の声の出し方がなんかCHARAっぽいのもマイナス。キラいなんです。
 なんか別次元の存在のように思えていたのに、実はフツーの人間だったの?というか。
 歌詞に面白味がなく曲調に驚きがなく歌唱は気に入らない、ダメ出ししかしようがない曲を発表しちゃって軽くショックですよ。
 たぶんCOALTAR OF THE DEEPERSによるEDテーマは買います。
 あとはおそらくROCK OVER JAPANの入るであろうサントラに期待ですね~。もっと印象的なカバー増えねーかな。実は劇判は個人的に殆ど印象のないものばかりなので、既に大いに気に入っているとは言えROCK OVER JAPAN1曲に2k3kはキツイ。
 最後にこれまでの話とはまぁーったく関係ありませんが古典ギリシャ語です。


 メールに添付する際「縮小」を選んでみました。
 縮小選ばず「そのまま添付」だとPCアドレスに送信して完了するまでに5秒くらいかかるんですが、今回は一瞬。おそらく通信料も低く抑えられたことでしょう。
 ま、ノートの写メならこれでもいいですよ・・・。
 でも絵は縮小なしでいきたいよなあ。
 原寸でいいんですよ、原寸で。
 しかし今は設定のせいで大きすぎるサイズで保存されますね。
 ムダな通信料を費やしている原因になってるから変えないといけませんが、ケータイの小さい画面でチョコチョコ設定を考えていじらないといけないかと思うと気が滅入るわ。

2011年8月10日水曜日

生存のためには外に出ることが・・・

 「一志死去」のアクセス数、今1,110だって。すげー。
 というかこんなに注目されるような人だったんだねって感じ。
 もしHIDEが亡くなったあの時分、ネット環境が今ほど整って普及していたら・・・。

 今日は書くことござんせん。
 明日明後日はバイトなし。
 次のバイト探しに行きたいけど・・・何もない日は何もしたくないなあ~。
 用事のある日に他のことも済ますべく動くのが性に合ってます。
 休みはあれするぞこれするぞって意気込んで何かしたためしがないもんなあ(笑)。

『生存戦略ーッ!』

 でも生存のためには外に出ることが・・・。

2011年8月9日火曜日

生存戦略ーッ!





















 ネット様々です。

『きっと何者にもなれないお前たちに告げる!

 口にするだけで湧く湧く!
 字にするだけで浮き浮き!
 作中に登場する少々の台詞にもここまでの執着!
 ドハマリたあこのことだ!
 プリンセス・オブ・ザ・クリスタルだっけ?5話までじゃまだ名前出てきてませんがもうヤツの独壇場なアニメですな!
 ヤツの登場シーンのバンクアニメの中毒性がヤバイ!
 バンクアニメって、毎度登場するのが楽しみになるか「うげー、もういいよ」と辟易するようになるか得られる反応が極端にわかれやすい手法だと思うんです。
 俺は毎度毎度チョー楽しみですね!
 3話だったか4話だったか、これまでに1度、話の中で彼女の出てこなかった回がありましたが、残念至極でしたよ。
 1話目終盤で衝撃的な登場を果たし、続く2話目ではリンゴをメインに据えたエピローグが終わると、主人公たちの家を描いたカットが出てきたと思ったら画面そのままにヒマリの声が響く!「生存戦略ーッ!」。
 わかってる演出!
 あのときの表情も最高。
 そして毎度口答えしてボッシュートされるショウちゃんも最高のおヤクソク(5話目の犠牲者はリンゴでしたが)。
 ヒマリ役の声優、新人なのかなんなのかWikipediaに記事もまだありませんが、特にペンギン帽装着時の尊大な口調を通した際に目立つ棒っぷりがまたヤミツキになりそうなんだなこれが!
 あれ聴いて思ったんだけど、演技を聴いてて抵抗を覚える声優・そうじゃない声優の差って、声にハリがあるかどうかってのがひとつあるよね。
 たとえば荒川UTBP子花咲くいろはミンチの中の人とか、へにゃっへにゃですもんね。個人的にはキライじゃないんですが、それでも最初SOUL EATERで聞いたときには「なんだコイツ?」と思わざるを得ませんでした。
 他に思いつくのはけいおん!山中さわ子まりあ†ほりっく宮前かなこの中の人。さわ子の演技で初めて知ったときは、その舌っ足らずな演技の他に、他の声優もほぼ無名ばかりが揃っていたこともあって「この人も新人?」と思ったが、業界入りしたのはかなり昔らしいですね。俺はこの2アニメ(厳密には「まりほり」はまりほり あらいぶ)でしかその演技を知らなくて、これらのアニメの場合、演じたキャラにしっかりとした特徴があったのが良かったので「声優の個性」というよりは「キャラの個性」として楽しめました。特にかなこのエキセントリックさはすげー楽しかったです。
 突然ですが、

『きっと何者にもなれないお前たちに告げる!

 じ~ん・・・。
 なんの脈絡もなくこれからバンバン使いそうです!
 これだよこれ!
 ハマる理由になる要素のひとつ!
 “意味わかんないけどなんかクセになる!
 肝心のアニメーションも超イイしね!
 電車内のダブルHによる広告アニメーションも毎回楽しみな要素のひとつ!

『生存戦略、しましょうか!

 この輪るピングドラムを最後まで見届けるために俺は生存戦略するぜ!
 ところで「ピングドラム」とはなんなのか?
 ・・・いやまぁ、俺はその辺はどーでもいいな。
 ふいんきに呑まれてるんだ!
 意味ありげでなさげなこのわけのわからんふいんきに!

『きっと何者にもなれないお前たちに告げる!

 何気にヒドいなアンタ!
 ところで「生存戦略ーッ!」のかけ声と共に出現するあの空間にペンギン帽さんが登場した際の言葉、あれなんて言ってるんでしょうね?
 人の脳は聞き取れない言葉が出てきたとき、候補として既に知っている言葉を思い浮かべてしまうものらしく、俺には「ヒマリ」に聞こえんこともないですが。
 ところで・・・ところでところでばかりですがOP・EDテーマは発売が決定しているようですが「あの」挿入歌はもしかしてサントラ入りですか!
 なるほど買えと!
 こんなものの購入も検討し出してしまうし・・・。

『生存戦略ーッ!』

 ピングドラム堪能戦略ーッ!です!
 この記事、更新に反映させたいんだけど・・・なんで俺記事の更新してないフリしてるんだっけ?
 PC断ちなんて言葉だけで全然適ってませんが、ネットをフラフラしてボーッと見てるだけってのはなくなりました。
 点けないってのは不可能なので、言語の勉強を主軸に生活しつつ、PC点けっぱでふとネット閲覧したくなったらFireFox立ち上げたり。
 自分でも理由を忘れた腐ったこだわりを持っていては『きっと何者にもなれない』小物で終わる!
 ような気がするので、去る8月3日のPC断ち宣言以降も作成し、下書きとして保存していた新しい記事を一挙に公開することにしました。
 俺は何がしたかったんだろ?

『生存戦略ーッ!』

2011年8月8日月曜日

昨日今日と古典ギリシャ語

 古典ラテン語で以って言語の勉強を再開し、昨日今日と古典ギリシャ語をやっておりました。当然乍ら、語学書の最初から・・・。


 ちなみに現代ギリシャ語もやったことありますが・・・

 ①語頭の気音がなくなった

 ②曲用の形態は単純化

 ③アクセント記号は鋭アクセント=παιδυω(paideuō / 私は教育する)のみになった。古典期には更に2つあった: 曲アクセント=οἱ τν ἀνθρώπων τρόποι(hoi tōn anthrōpōn tropoi / 人間の性格)、重アクセント=ἐν τν συναγωγῄ(en tēn synagōgē / その会堂で)。

 ④いくつかの字母は古典期とは違った音を持つに至っており、
  1. たとえばβ(古典期/b/)は現代では/v/になっているので/b/の音を表したい場合にはμπ(mp)と書かねばならない。但し古典期にはなかった/ts/をτσの組み合わせで表現できるなど、綴りの総合的な柔軟性は増した
  2. θ, χ, φという古典時代にはt, k, pに気音がついた音を持つと思われていたものがそれぞれthink(英語)のth、خَمْسَة(khamsa、アラビア語で「5」)のkh、philosophe(filozof、フランス語で「哲学者」)のphという軟弱な音になっている
  3. 長母音の消失
  4. 1つの母音を示すのにいくつも方法がある(たとえば/i/はιの他に、η(ē), υ(y), ει(ei), οι(oi)がその音を持つ。括弧内は古典期の読み)

 と、性質が大きく変わっています。
 この歴史の流れの強さには驚嘆を覚える一方で、なんだか絶望にも似た気持ちを抱かされますな。
 Esperantoの創作者・Ludoviko Zamenhofは、はじめ、ラテン語に影響を受けた複雑なつくりの人工言語の創造を図っていたらしいですが、英語を知って「ある言語の豊かさの実現に、必ずしも構造的な複雑さは要求されない」と悟ったそうで、それがEsperantoの簡素なつくりの原因になっているとのことです。
 まぁその通りだとは思いますが、英語を基にした思想ってのがちょっとな。
 でも古典的な言語は複雑であるほど「らしい」し、その方がその言語を学習することによって得られる快感が非現実的で楽しいと思うのは、俺だけでしょうか?

2011年8月7日日曜日

/'kwait/

 quitという単語を見るにつけ、「何故/'kwait/なんだろう?」と思っていた。
 (qu [ku] + i [ai] = 母音同士が融合して半母音wに : kwai) + tなんだと今日ふと思い当たった。
 やっぱ英語はバカだ。

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