2013年2月23日土曜日

ディルとけいおんとルクセンブルク語

 これは・・・これはないわー。
 DIR EN GREYの新譜、ミニアルバム・THE UNRAVELINGはセルフカバー集ですってよ。
 うーん・・・。
 いやまったく聴いてみたいとは思わないってわけじゃないんだけど・・・ぜんっぜん予想してなかったわ、この可能性は。てっきり新曲で占められてるもんだと・・・はっ!
 そういや前回(といっても10年も前だが)のミニアルバム・six Uglyも、全6曲中children秒「」深の2曲がセルフカバーとして収録されていたじゃないか・・・この事実から今回の内容の推測はできてたはずだろうってか・・・。
 主にコマーシャル目的のリリースなんかなぁ。
 ところで収録曲中、唯一の新曲である#1のUnravelingってのはバンドとして演奏して歌も入れた新曲?インスト?DIR EN GREYのインスト好きじゃないんだよな、つまらないもの多くて。
 ダイハードなファンとしては、#2の(カルマ)が、ようやくの初CD音源化ってところが注目ポイント?俺はこの曲、映像作に収録されてるのは知ってるけど、聴いたことないんで楽しみ・・・と言いたいところなんですが、蜜と唾のリアレンジみたいに原型留めてないグチャグチャバージョンになってたらと思うと素直に喜べない。メロディ主体だった頃の楽曲のリレコバージョンはみんなああいう風に演奏され直す傾向にあるんだとしたらねぇ。
 メロディアスな曲じゃないやつでは、残 -ZAN-のリレコも良くなかったよね。たぶん最近はずっとああいう形でライブでやってたんだろうし、CDかDVDかネットにアップされてる非公式なライブ映像でしか彼らを知らない俺が後から言うのも滑稽なんだろうけど。
 もともとヘンで暴力的な曲ではあったけど、あれはあれで完成してたんだな、今のDIR EN GREYのメンバーたち本人にも太刀打ちできない魅力があったんだなってのが皮肉ながらよくわかったね。曲名がさっぱり変わってりゃこの変化っぷりに多少は抵抗がなくなりそうなもんだが。
 シングル曲であるかすみTHE FINALの内、THE FINALは暴虐アレンジになってなさそうな気がする。根拠はないけど。UROBOROS -with the proof in the name of living...-でも普通に演奏されてたし。かすみは・・・元が死体の出てくるような曲だからどうなってるかわかんないし、どんなのが出てきても大丈夫。それに最近DIR EN GREYってこういう日本的情景の浮かぶ曲やんなくなってるから、普通に演奏してるとはどうしても思えないんだよね。俺、彼らのああいう曲すごい好きだったんだけどなあ。今の路線を支持してはいるけど、またああいうのもちょいちょいでいいからやって欲しいね。紙風船を~♪ 空へたーかく~♪
 鬼葬に収録されてたBottom of the death valleyは、まぁ前者は言うまでもなくグチャグチャにされてそうだよね。
 薫はテクニカルに演奏したい欲求をタッピングで発散させてる感が無きにしも非ずなので、同テクニックでメロのバッキングやってるこの曲は丁度いいのかも?w まぁタッピングも、サビとは対照的に静かなメロパートもなくなっててもいいけど、最後のサビだけは残しといて欲しいな~。あのパート好きなんだよ。
 Bottom of the death valleyは・・・元はメロディアスなロックナンバーだったけど、果たしてどうなってることやら。ていうか意外なもん持ってきたね。これはギターパートをよくコピーして弾いてたから、原型に思い入れが結構あるんだよな~。蜜と唾のグチャグチャバージョンは、元々が持つエログロな雰囲気からしてこう解釈されても仕方がないとも言えるけど、この曲はホント、どういじくり回されるのかわかんないね。今回の収録曲中、リレコ形に一番興味あるな。
 さて次は彼らの真の1stシングル、JEALOUSからカップリングのUnknown...Despair...a Lostですね。表記がUnknown.Despair.a Lostになってますが、これは意図的に変えたのかな?
 余談ですがこのJEALOUS、友達が持ってたので借りてよく聴いてました&歌ってました、カップリング共々。返した覚えがないんだけど、今家の中にないし、返したんだな、きっと。うん。いまだに色々CD借りっぱなしなんだけど、これは返せって言われたんだと思います。リミックスアルバムのもあります。あとはXJealousy破滅に向かってLIVE LIVE LIVE TOKYO DOME 1993 - 1996、それからビデオ(懐かしきVHS!)でVISUAL SHOCK Vol. 2.5 CELEBRATIONVISUAL SHOCK Vol. 3 刺激² -夢の中にだけ生きて-DAHLIA THE VIDEO VISUAL SHOCK #5 PART I・・・そう、俺Xの大ファンだけど、持ってる作品はVANISHING VISIONBLUE BLOODX SinglesArt of LifeDAHLIAだけ。映像作一切なし。CDなんてポンポン買えなかった頃に一番ハマってたからね~周りが持ってりゃそれを聴かせてもらう、で事足りてたんだよな。破滅に向かってのビデオも借りて観てたなぁ・・・ああ彼は今何してるんだろう、ズッキー君。そういや今手元にあるX JAPANのPerfect Bestも他人(ひと)のだよ・・・彼女も元気かな、エリカさん。
 さて話を戻して。Unknown...もメロディアスロックでしたね。まぁこのメロディを今の京が歌うわけないんで、さてこれもどうなってることやら・・・古すぎる曲は押し並べてどんなアレンジが加えられてるかわかったもんじゃないっすね。ある意味面白そうとも言える。
 本編は以上、で、完全受注限定生産盤の2枚目はすごいオマケ的雰囲気漂うたった3曲入りのボーナスCDっすか・・・。アンプラグドバージョンって、前にUROBOROSの初回限定盤でもやってたんだっけか?俺はこのアルバムは通常盤でしか持ってないからうろ覚えだけど。というかUnravelingが早速ながらアンプラグドで入ってるってことは、これは打ち込みのインストじゃなくてバンドとしての新曲の可能性が高いと解釈していいんですかね。
 まぁ、他のバンドのものでもアンプラグドバージョンに満足できたためしがないからこれは別にどうでもいいんだけど、もしかしてこれは海外ファンのウケを狙ってんのかな。あっちやたらとアンプラグド好きだもんね~。全然理解できないんだが。
 で、MACABRE1曲をDisc Iに収めなかったのはなんでなんだ。ここは100%コマーシャル。これを買えよ!と。
 これもまあどうなってるかわかったもんじゃないすね!メロディアスな曲はベタベタにメロディアス、ヘンな曲はとことんヘンという両極端な曲が多く楽しめた2nd・MACABREでしたが、このMACABREは明らかに後者。長い割にあまり面白い曲構成をしてなかったのでよくは聴いてませんでした。ていうか飛ばしてたかも。確かこれの後はStrawberry(だっけ?曲名・・・)、audreyと続いてたはずだし。そりゃそっちさっさと聴きたくなるよね!長いってことと、よくわからん歌詞以外には、今でも印象的なのはイントロのドラミングくらい。あれはカッコよかったから再現してて欲しいな、他はどうなってようが別にいいが。DUM SPIRO SPEROの延長でプログレになってるかもね。
 最後にDVDですが、これには、これも懐かしき、1stミニアルバムのMISSAから霧と繭が収録されてますね。この曲も好きでよく歌ってたな~。原曲は速いテンポに小気味良いバッキングが印象的でしたが・・・まぁ、あのバックのままやってるわけはないけど・・・うーん、でもなんでもかんでもコアっぽいバックにするってのもどうなんかなぁ。個人的には、変にアレンジ加えるよりも、今の演奏力で完コピっての方が観てて&聴いてて面白い気がするんだよなぁ。いやまあ、どんな風に演奏されてるかなんてさっぱりわかりませんけどね。でもどうせズドーーーーーン・・・って感じの音になってるんでしょ?ね。
 で、あとはDUM SPIRO SPEROから滴る朦朧獣慾のライブ映像と、レコーディング風景、インタビュー、ドキュメンタリー、か。
 なんだかんだ言ってきましたが、やっぱり楽しみではあります、このリリース。完全な新作ではないけど、厳密な意味で既にリリースしたことのあるものを収録しているわけではありませんからね。そこには言わずもがな新しいDIR EN GREYの姿があるわけで。アンプラグドだけはホントにどうでもいいんだけどね・・・。
 さてちょっと今回話題が複数に亘ってますよ。
 お次はアニメ・けいおん!から、K-ON! MUSIC HISTORY'S BOXなるCD12枚組(!?)のボックスセットリリースについて。
 これ、すごく欲しいです。
 TV版のOP曲は全曲、ED曲は一番最初のやつ、それから放課後ティータイムIIIは持ってるんですが、キャラソンはイッコも持ってないんですよね。そう、お目当てはキャラソンです。評価のすごく良いものも多数あったみたいなんで、一度聴いてみたかったんですよねえ。
 で、価格は19,800円だそうで。
 安い!でしょ?
 いやこれかなり安いですよ。258曲入りで安いと思ってしまった俺は病んでる的なツイートを目にしましたが、何曲入りか、ってことより、CD12枚組で2万でなんて普通売り出されませんよ。むしろ例皆無なんじゃないですか?まぁ、歌い手たちの本職が歌手じゃないから、とか、アニメを介してリリースされるものだから、とか、その辺が安く売り出せることに絡んでるんでしょうけど。
 秀逸なBGMを多数揃えていた同アニメでしたから、サントラの曲が収録されるってのも嬉しいですね。こんな機会でもなければ、やっぱ歌の入ってないCDを買おうとはなかなか思えませんし、丁度イイ。アニメのサントラはAvenger O.S.T.を一枚持ってるだけなんですが、これはOP&ED曲が入ってたからですしね。とは言えトラックの大多数を占めるインストもなかなか良くて、一時ずっと聴いてましたねぇ。あと、まさかOP&ED曲以外に歌が入ってるとは思ってなかったので、少女殉血、それからサントラで先に知りましたが、最終話で流れたED曲・地獄の季節もよかったですし、これは嬉しい驚きでした。アニメの出来はマジでクソでしたが・・・。今でも覚えとるんですが、uchiで購読してた新聞の番組欄には、最終回なのに(終)と併記されてなかったんですよ!クソすぎてすさまじく突然に打ち切りになったのかと思っちゃいましたね。豊口めぐみの無駄づかい!
 さてボックスに話を戻して・・・で、すごく欲しい、だけじゃなくて、勿論買うよ!・・・と声を大にして言いたいところなんですが・・・ちょっと事情あって二の足踏んでます。でもなぁ、公式には何故か載ってないけど、シリアルナンバー入りらしいし、どう考えても受注限定生産商品でしょ、これ・・・。予約だけでも今しとかないといけないんだけど・・・あぁ~ヤバイヤバイ。でもダメなんだよちょっと・・・。うーん・・・うーん!
 とまあこれ以上は話広がらないしここでヤメにしといて、最後に・・・超驚きの話題が!

ル ク セ ン ブ ル ク 語 入 門

刊 行

 凄い!凄いぞ!凄いぞ大学書林!やっぱり俺の最強の味方はあなたたちでした!
 そして田原憲和氏とやら!素晴らしい!永遠にこの業績を讃えたく思います!
 とあるサイトで、新しく語学書が出版されたらメールで知らせてもらうよう登録しとるんですが、語学書って思ってたよりもすごいポンポン出る(まぁ、大抵は英語、中国語、朝鮮語の本なんだけど・・・)んで、最近もう確認が億劫になってろくにチェックしてなかったんですよね。
 でも今日、メールじゃなくて、サイトで直接新刊のお知らせを見てみたら・・・!
 あったわけですよ!この本が!!!
 いやー素晴らしい。ホントに素晴らしい。ま・さ・か出るとは!ルクセンブルク語の語学書が!
 いやだってこれ、「語」って付けていいのかどうかわからない言語なんですよ、ホントは。
 ドイツ語ルクセンブルク方言と言ってもいいような言語ですからね、実態としては。
 ルクセンブルク大公国が国家的に公用語・ルクセンブルク語として言語の形を整理したり、新たな法律を作ったりしたんですから「○○語」と呼ばれるに足る根拠はあるんですが、元はといえば方言です。まぁ、そんなこと言ったらフランス語、イタリア語、スペイン語諸々なんかもラテン語の方言ですが。
 国際的に影響力のある国の言語は、元がなんらかの言語の方言だろうが、語学書として紹介されます。
 だからマルタ語とかはダメなんだよ。望み薄なんだよ。アラビア語のアーンミーヤのひとつだから。単語集ならあるんだけどね・・・でもあれは語学書じゃないし、入門書ですらない。ベラルーシ語、マケドニア語なんかも同じく。ブルトン語は単語集すらないけどな!あ、でも俺ブルトン語で挨拶だけはできるようになったんだよ。

Demat deoc'h! Mont a ra mat ganeoc'h? Mat a-walc'h ganin.
こんにちは!お元気ですか?私はとても元気です。

 とね(最後の元気ですはウソだけど)。ネットで覚えた。「c'h」って綴りがあるのは知ってたんだけど、てっきり何か2つの要素が縮約されたもんだと思ってたから、これでひとつの音素(無声軟口蓋摩擦音)を示すってのは意外だったなぁ。ブルトン語の勉強ができるサイトがあってね。2個は見つけた。ネットなら無料で多言語の勉強ができるってのは前々から知ってんだけどさー・・・性に合わないんだよね。だから利用してこなかった。でも少なくとも日本では語学書のない言語を勉強しようと思ったら、もうそんなこと言ってられないかもね。
 旅行会話ハンドブックみたいな形でもブルトン語のものは刊行なしのはず。まぁ当たり前だろうけどね、別に納得いかないってこともない。ブルターニュ地方っつってもブルトン語で日常生活送ってる連中なんて、アイルランドに於けるアイルランド語話者と同じで少数派なんだろうしな。そういえばウェールズはどうなのかしら?
 そういえば旅行会話の本ってね、シンハラ語(සිංහල; スリランカの公用語)、ディベヒ語(ދިވެހި; モルディブの公用語)なんかのものもあるんですよ。俺が見たものは、それぞれちゃんとシンハラ文字、ターナ文字で原語が表記されてました。まぁ、喋れなかったら本の中身を指でさして理解してもらうって使い方も推奨してるから、そういうつくりになってるのは当然なんだが。タミル語のものもありましたね。我が国最初(たぶん)のタミル語学習書の共著者のひとり、袋井由布子女史によるものでした。拍手!
 俺烏丸でのアルバイトはもうやめちゃったんだけど、そこでの休憩時間によく近くの本屋に行ってて、そのとき初めて旅行会話の本に、日本ではほぼ無名の言語のものもあると知りました。丸暗記して各文を注視していけば、いつか様々な文法規則が自ずと見えてくる・・・かも?値段は大抵2000円もしないので、買おうかなと何度思ったことか。で、そんな考えを持ちつつもその店ではそれより高価な他の語学書を何冊か買っていったんですけどね・・・。
 ところこのルクセンブルク語入門の著者、田原憲和氏は立命館大学の准教授だそうです。
 やー、すごいですね。准のつかない教授陣は無能ばっかりですか?俺が既に持ってる希少な言語の語学書、或いはよくできた語学書の著者を見てみても、教授って滅多にいないです。講師、或いは何やってるかわからないけど教授ではないのが殆どですね。もっと広く人のためになることしてみたらどうだキョージュ・サ・マは。読み辛いクソ論文書いてるだけじゃなくてよぉー(前のアルバイトの職務柄、そういう論文いっぱい見てきたもんで。言語学の人がいたわけではないけど)。
 是非この方にルクセンブルク語のお話を直接伺ってみたいものです。
 立命館大学かぁー・・・専ら語学学校の人が語学書を書いてるわけじゃないってのはわかってたけど、これは盲点だったなぁ。

 ハイそんなわけで今回の更新でしたー。
 ちなみに今はグルジア語とタイ語の勉強に時間を割いてます。久々に、専らペンと紙を使って勉強してます。楽しい。うん、キーボードのレイアウトが覚えられないからね・・・。グルジア語の方はすご~く時間をかけてポチポチ打てるようにはなってるんですが、やっぱタタタタン!といきたいですからね。じゃあ練習あるのみだろ?ってね・・・うん、知ってる、知ってるよ!
 最近のマイブームな綴り方は、グルジア文字、タイ文字、日本語の仮名であろうとも、ラテン文字を書くときと同じくらいにその大きさを小さくすることです。元々は、グルジア文字は全体的に曲線が非常に多いつくりをしているので、大きく書くとすぐにバランス悪く綴ってしまっているのがありありとわかっちゃうから誤魔化しのために、でしたがw それに、これなら上下に色々記号のつく文字でもダイジョーブなんだな。デーヴァナーガリーとかもいい感じです。
 それでは長々とここまでtrugarez。Kenavo!

ქართული ენა(カルトゥリ エナ=グルジア語)
グルジア文字 20130223

ภาษาไทย(パーサータイ=タイ語)
タイ文字 20130223

こっちにはタミル文字、デーヴァナーガリー、アルメニア文字、アラビア文字、グルジア文字が含まれてますね。飽きっぽさが垣間見れます^^;

2013年1月16日水曜日

Γιώργος Κόλλιας μετὰ τῆς ἑλληνικῆς γλώσσης―読めなくても気にしないでいい記事

 すごい面白い動画見つけた!
 どうです?最高でしょう?
 ・・・あ、別になんてことないですか。そうですか。
 ネットで動画を漁るにあたっての俺の楽しみ方のひとつに、生まれ育ちが非英語圏であるミュージシャンが母語で喋っている動画を探す、というものがある。
 リリースされたライブ作で母語を話す様が見られる連中(Children of BodomAngraNightwishなど)はいいが、探しても探しても一向に見つからないヤツらもいる。
 デンマーク語を話すLars Ulrich、スウェーデン語を話すYngwie J. Malmsteenは興味深かった。
 一番印象深いのはヘブライ語とハンガリー語を話すGene Simmons(イスラエル生まれのアメリカ人、出生名חײם ויץ(ハイム・ヴィツ))。
 ハンガリー語の方は、アメリカ・CNN(だったと思う)の番組で、KISSと対面したハンガリー人たちの集団の中にいたある女性と突然、彼がハンガリー語で話し始め、ジーンの隣のPaul Stanleyがカメラ目線で「お前が観てるのはCNN USAだぜ!」っておどける様込みで面白かった(彼もユダヤ系(出生名Stanley Eisen)、現ドラマーのEric Singerもそう(同じくEric Mensinger))。なんの集いだったのかよくわからんが(軍人ぽい奴とかもいた)、「Kissはハンガリー人の名前なんだよ」とKISSの連中が言われたことに端を発する。ハンガリー語発音では「キシュ」。名にも姓にもなる。ふつうハンガリー語では同一子音の重なりに於いてその子音は長くなるが(kettő(ケッテー = 2)、vannak(ヴァンナク = 彼らは...である)、reggel(レッゲル = 朝))、「Kiss」は例外。逆に単一の子音を示しているが長い場合もある(egy(エッジュ) = 1(修飾語として用いられない場合); 本来なら*eggyとなるべき)。また、ハンガリー語発音で英語の「kiss」と同じような発音を表現できる綴りは「kisz」。あとは、ジーンが母親とハンガリー語で歌を歌う動画とかもあったなぁ。
 ヘブライ語の方はよく覚えてないけど、とにかくユダヤ人を前にして講演みたいなことをヘブライ語でやってた。あとラジオ番組で、ヘブライ語でインタビューを受けてたりとか。
 スウェーデンやノルウェー出身のブラックメタルバンドの連中が母語で話している動画は意外と結構ある気がする。たいかんwだけどね。だってトーク番組出てたりしてるんだもんな、あいつら。それはブラックメタルバンドの人間としてどうなんだと思わざるを得ないんだが・・・。
 George KolliasことΓιώργος Κόλλιας(ヨルゴス・コリヤス)がギリシャ語で話している動画は、ずっとあったらいいなと探していたもののひとつ。まぁ、そんな毎日毎日探しまくってたわけじゃないので、昨年3月に投稿されたというこの動画を見つけたのも今更のことと相成ったわけであるが。
 それにしても、この動画についてるコメントの中に、「これ何語?」って書いてる奴がいるのにはビックリしたなあ。知っとけよ、好きなミュージシャンの郷里くらい。ていうか彼が話し始める前にギリシャ文字が出てくるじゃんよ。知っとけよ、ギリシャ文字がどんなものかということぐらい。
 やっぱあれだね、母語だと発話の際の滑らかさが違うよね。当たり前だけどさ。
 そういえば、ギリシャといえばFirewind、でそのFirewindの元ドラマー・Michael EhréGamma Rayに入ったんだよね。Daniel Zimmermannがヤメたってのは結構意外。
 人事関係で言うと、Eduardo FalaschiAngraやめたのにもビックリしたなあ。潔く「もう歌えない」って理由を吐露してるところには好感が持てた。まぁ、誰が聴いても限界だったよね、それもかなり前から・・・。正直好きなタイプのボーカリストじゃなかったから、Aquiles Priesterの脱退ほど衝撃的ではなかったんだけど、それよりも今ライブで代わりに歌ってるのがFabio Lioneだってんだからそっちをすごい聴いてみたい!ああ、誰か動画に撮ってあげてくれないかなあ!豚肝トルキのSymfoniaは結局長続きしなかったわけだけど、まさかAndré Matos復帰とか・・・ないか。
 そしてボーカリストと言えばAnette OlzonがNightwishをやめたそうで。なんでだろうね。Tarja Turunenが永遠にNightwishのフロントマンだったらなあというのは未だに思い続けてますが、別にAnette Olzonが絶対的にNightwishに合ってなかったとは言いません。何があったんですかねー。
 あとはやめた人の後任が見つかったって話ですが、Roy Khanの脱退したKamelotですね。っつってももう新体制でアルバム出たらしいので今更な話題ですが。新ボーカリストの名前は忘れました。新人ではないそうですが。
 それからボーカリスト関係で知ってる限り訃報がひとつ・・・。
 Mitch Luckerですね。
 ちょっとどっかで改めて話題にしたいです。
 さて、ボーカリストから離れて。かねてからアナウンスのあった通りJörg MichaelStratovariusを去り、それはいいんだが、新しいドラマー・・・名前は忘れたけど、こいつの掛け持ちバンドが多すぎ!絶対Stratovariusの活動に専念できないだろ。なんでこんなヤツ入れたんだ。バンドをリリースやライブ活動の不安定なプロジェクトみたいに捉えるのやめろってマジで。それとは関係ないけど、新作のジャケがヒド過ぎる。更に先行シングルはカタルシスの欠片もないデキで早くも不安全開。Matias Kupiainenがかわいそうだ。
 更に話を繋げて新作と言えば、Soilworkがメロデス史上初(ほんとか?)のダブル・アルバムを出すそうで。こちらは公開されてるリードトラック、すごくよかったです。Soilworkにグッと強く興味を持つきっかけとなった前作の#1、Late for the Kill, Early for the Slaughterタイプのアグレッション重視型だね。その前作・The Panic Broadcastには正直タルい曲もちらほらあったので、ダブル・アルバムとなるとハズレが多く入ってそうなのがアレだが・・・買うつもりではいます。曲の尺自体は全体的に3分、4分くらいの長くないやつばっかみたいだから、しょーもない曲が結構あろうともまだマシ・・・かな?

 いつもながら・・・結局ナンの記事だったんだ、これ?w

2013年1月4日金曜日

Dar unde pot să studiez şi limba moldovenească?

 モルドバ語じゃなかったのね・・・。
 モルドバ出身のO-Zoneはルーマニア語で歌っていたらしいです。なんでだよもう。
 そりゃ100%理解できる箇所があってもおかしくないわ。
 実は、歌詞中にはモルドバ人ならではの言い回しが結構見受けられるとか、そういうことはないのかな?
 O-Zoneによるモルドバ語が歌詞として目にできないのなら、ウィキペディア モルドバ語版を読んでみてどんだけ理解できるか試してみようと思ってみたら、モルドバ語版なんてものはハナからなかった・・・!
 そしてそして、フリジア語ってのは北、西、東の方言にそれぞれ大別できる形態を持つらしく、フリジア語といえば「西」フリジア語みたい。つまり俺が注文した「フリジア語文法(児玉仁士 著; 9784475018050)」ってのは、「西フリジア語」の語学書なのかしらね。うん・・・大学書林のサイトで、この本に割り当てられた個別ページにある内容説明を見てみると、目次として「西フリジア語とその下位方言」、「西フリジア語の現状」とか書いてあるから、やっぱり西フリジア語を扱った本みたいだね。
 まぁつまり、西フリジア語の本を2冊頼んでしまったと・・・。まったく知らん言語の本をいきなり2冊買うのってどうなんだろう・・・いやむしろそんな具合で接し始めるべきなのか?
 モルドバ・ルーマニア語の話に戻りますが、モルドバ語にはルーマニア語よりもロシア語的な言い回しが多く入っているそうです。
 しかしながら、ルーマニア語からして大分スラブ語的要素を取り入れてる言語であって、これに気づくにつけてものすごく面白味を感じてるんだわ。
 大分、と言っても今のところ名詞と動詞に見受けられることに気づいた程度なんだが、それにしたってロマンス系言語としてはかなり異質である印象を受けるもんだ。
 リトアニア語からもちょいちょいスラブ系言語の影響が顔を覗かせている様が見て取れるが、なんでも、これの属するバルト語派は、元々ひとつの言語からスラヴ語派と分化して成立したものであるという説もあるそうだし、これら2語派が近しい間柄にあると思ってしまうのも頷けるというものだ。
 しかしルーマニア語は違う。・・・はず。地理的・歴史的にスラヴ系言語の影響を受けてロマンスの風貌が浸食されていったものだろうし、ロマンス諸語らしさの中にスラヴの色を持っているという点が面白いのだ。â、î で示される中舌母音が生じたのも、スラヴ諸語との接触の結果なんじゃなかろうか(この音素が多数の言語を俯瞰して特に珍しいというわけでもないが)。
 さてそんなルーマニア語の学習も、最初の語学書を以ってはそろそろ終わり。あと2課を残すのみとなった。
 1週間経ったら・・・なんてのたまっておきながら、3日連続という平時ありえない正月休みを利用してもポーランド語だけしか終わらせられなかったのはちょっとダサいなぁw 途中グルジア語、ヘブライ語、リトアニア語をやったりとかしてたもんで・・・。
 しかしまあ、俺の暗記法はもう本物だ。イコール、己にとっての新たな言語が自由に扱えるようになる能力というわけではないので運用術はまた別に訓練せねばならないであろうが、こうなったら次は言語のみに留まらず、どんなに意味のわからないものであろうともとりあえず記憶するだけなら何に対しても適う、そんな人間になってみたい。
 具体的には、法律とスコアを覚えたい。
 スコアは、楽譜。楽譜は楽譜なので、何故法律なのかってのについて言うと、実は俺、司法、或いは行政書士になりたいんです。本気で目指そうかどうか今悩んでます。絶対に、言語を勉強する時間が、こっちのための試験勉強に利用しなくてはいけないようになるに決まってるからね。
 それに言語の本はまだまだたくさんある。
 更に暗記のスピードを上げる方法を考え出すのが優先順位としては先か・・・。
 えーと最後に、これまた昨日の話題の延長なんですが、THE UNRAVELINGの完全受注生産限定盤って、DVDだけじゃなくてCDも2枚目が付くんだね。ちゃんと確認してなかった。生産限定盤: 2CD + DVD、初回限定版: CD + DVD、通常盤: CDって仕様なんだね。
 DVDの内容も気になるけど、勿論CDの方も気にせずにはいられないなぁ~。
 まさかと思うけど、UROBOROS -with the proof in the name of living...-みたいに、DVDにライブが収録されてて、CDにはCD版としてその音源が収録されてる、とかじゃないだろうなあ~・・・。それは萎えるぞ。7000円してそれはちょっとな。

2013年1月3日木曜日

Vrei să pleci dar nu mă iei / Unravel THE UNRAVELING

 Dragostea din Teiという歌、ご存知でしょうか。
 日本では恋のうんたらって名前での通りがよろしいかと思いますが、とにかく、一時期ネットでブームを巻き起こし、これを歌ったグループが、モルドバなんていう、日本におったら年に一回その名を聞くか聞かないかくらいの存在感しかない国からはるばるやって来てTVへの出演を要請される事態にまでなりましたね。
 俺もそのブームに巻き込まれた人間のひとりです。
 そりゃあもうハマりました。
 特に何に?
 そりゃあ勿論、未知の言語、モルドバ語に!!
 いやああのフラッシュもよくできてましたよ。本家以外にも色んな人がつくってたので何個か見た覚えがありますが、どれも割りと良くできてたと思います。肝心の空耳は、面白くしようとしたのか、結構サムいものもちらほらでしたが。
 ルーマニア語とモルドバ語の違いは少ないそうです。似たような言語にチェコ語とスロバキア語なんかがありますが、スロバキア語について言えば、パラパラと本を眺めただけでも結構チェコ語と違うんじゃない?って気がしました。
 モルドバ語についても、それなりにまともなつくりをしている本を1冊見ればもしかしたらそういう感想を持たされるのかもしれませんが、Dragostea din Teiのサビの最初の部分は、ルーマニア語しか知らなくても完全に理解できます。
 ルーマニア語を始めたからなんでしょうか、最近ふとDragostea din Tei(と、O-Zone)のことを思い出したんですが、あの頃しつこく歌っていたことが幸いしてか、今でもメロディを覚えている箇所が結構あります。ただ、歌詞の綴りまでちゃんと覚えていられてるところってのは少ないです。当たり前ですけどね。
 で、サビの最初の部分ってのが今でも綴りまで覚えてるところなんですが、それが、

 vrei să pleci dar nu mă iei

 です。本当は「nu mă nu mă」ですが以下話を進めやすくするために省略。
 たぶん、本当はなんて歌ってるんだ?本当はどういう意味なんだ?と、日本語訳や英語訳を確認してみた人も結構いたことでしょうね。だから本来の意味はある程度広まっているのかもしれません。
 だけどルーマニア語(実際はモルドバ語だけど)として読んでみて意味を理解できる人は、学習者以外にはそういまい!
 ごくごく簡単なことを言っています。以下、ルーマニア語についての知識のみを以って語っています。モルドバ語として不適当な点があるかもしれませんが、知ったこっちゃないので悪しからず。

  •  vrei(ヴレィ)
     a vrea(ア・ヴレア)=欲する; 直説法現在2人称単数
  •  să pleci(サ・プレチ)
     a plece(ア・プレチェ)=出かける(「去る」という意味もある?); 接続法現在2人称単数
  •  dar(ダル)
     しかし
  •  nu(ヌ)
     ...でない
  •  mă(マ)
     私を; 人称代名詞1人称単数対格弱形; 直後の動詞に付く「m-」という省略形もある
        ドゥパ・アミアザ, マシュテプツィ・ウン・ファツァ・バンチイ
     cf. După-amiază, m-aştepţi în faţa băncii? = 午後、私を銀行の前で待っててくれる?
  •  iei(イエィ)
     a lua(ア・ルァ)=取る、買う; 直説法現在2人称単数

 空耳ではなんてなってましたっけ。「米さ ... 飲ま飲イェイ」は覚えてるんですが。
 ノマノマはヌマヌマですが、イェイは確かにそのまんまです。ヴレイ(サ)がベイ(サ)になってるのも無理ありませんね。
 ちなみに次は

 chipul tău şi dreagostea din tei

 でしたよね、確か。
 chipul(キプル)はわかりませんが、tău(タウ)ってのは所有形容詞2人称男性単数なので、「きみのchipul」ですかね。とりあえず、「chipul」の「-ul」が定冠詞だろうってのはわかります。所有形容詞に修飾される名詞は特定のものでなくてはならないからです(そうでない場合は所有形容詞と被修飾語の間に属格冠詞が必要)。「şi(シ)」は「そして」です。
 デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語のどれかひとつだけを学習した上で、他の2つのもので書かれた文章を読んでみると、文章が要する読解力に差はあれど、それらがまったく初見であっても理解できることがあったりするというのは、実体験から言えますが本当です。
 ルーマニア語をやってればモルドバ語が、チェコ語をやってればスロバキア語が・・・って具合に、ひとつの言語の知識を駆使して他言語を理解できるっていうのは、こと、日本人にしてみたら驚くべきことですよね。日本語のみの知識から他の言語に対する理解は発展しません。中国語があるじゃんと思う人もいるでしょうが、文法的にどういう構造になっているのかってのはわからないでしょう?なにより音がわからない。まったく別の名を持つ他言語の話者同士が理解し合うと紹介されている場合、それは筆談で理解し合うということでは決してないはずなので(それが為にスウェーデン人、ノルウェー人がデンマーク語を理解するというのは本当に信じられないと前に書いたのですが)。
 ルーマニア語をもっと学び続けて、非専門的な内容であれば苦もなく理解できるようになる頃、モルドバ語にも目を向けてみると・・・一体どれほど読めてしまうのか、今から楽しみですね。まずはDiscO-Zoneの歌詞を読んでみることからかな(ずっと前に某家電量販店で100円で買った。ちょっと今家の中見当たらないんだけど・・・)。
 あ、最後に余談ですが、Dragostea din Teiとは「菩提樹の下の恋」という意味だそうです。「din」は「...から」としてしか知らないし、「dragostea」も「tei」もニューエクスプレス ルーマニア語には登場しないので自力ではこの表現は訳せないのが残念です。但し「drag(ドラグ)」という言葉はあって、その訳は「愛しい、親愛なる」となっているので、dragosteaとこれは互いに類義語であることは確かでしょうね。dragosteaは、「dragoste」という言葉があるとして、これに女性後置定冠詞のついた形ですかね(cf. carte > cartea = 本)。

 さてさて話題第2弾。ひとつの記事でまったく異なる話題を2つ扱うのは久々ですね~。
 DIR EN GREYが「THE UNRAVELING」なる新作をリリースするとのこと。

DIR EN GREY, DIFFERENT SENSE; 京, 薫, Die, Toshiya, ShinyaDIFFERENT SENSE”(アルバム・DUM SPIRO SPERO収録)ミュージックビデオより

西村 宏則 a.k.a. - Vo.
新倉 薫 a.k.a. - Gt.
安東 大 a.k.a. Die - Gt.
原 敏政 a.k.a. Toshiya - Ba.
寺地 晋也 a.k.a. Shinya - Ds.

 ま、本名はウソかホントか知りませんけどね。今まで他のバンドでやったときはしつこく調べてきてたんで、統一の体裁として。ただ情報源に対する信頼はゼロに等しいんで、読み仮名は併記しません。なんか海外の雑誌だと本名載ったらしいですけど(薫が載せるなっつったのに勝手に載せられたとかインタビューで言ってた。どうせラテン文字でしょうけどね)。上記のものの他に見受けられるのは、京の名が「亨」、Dieの名が「ダイスケ(漢字不明)」、Toshiyaの名が「トシヤ(漢字不明)」として紹介されてるものですかね。不思議と薫とShinyaの本名(とされているもの)はどこのサイトでも表記統一です。
 さて、公式サイトに「「輪郭」から4ヶ月でリリース」と、新作発売の早さが強調されてましたが、確かにこれは珍しいですよね。ツアーやる度に映像作品は出してるから、CDのリリース間隔が空いてても活動してない感は受けませんが。PV集、ライブ、ドキュメントと、頑張ってますよね。
 さてこのTHE UNRAVELING、7曲入りのミニアルバムだそうです。
 このリリース、実は知ったの今さっきです。で、上のルーマニア語(モルドバ語かな?)についての話を書いて下書き保存したあと、なんかもうちょっと書けることあったらなと思ったので、丁度いいから話題にしてやろうと。
 さて今回も完全生産限定盤が出ますね。これも「輪郭」同様DVD付きとのことですが、内容は一切わかってません(たぶん)。さーてなんでしょね。ライブだといいんだけどな。ドキュメントはいらないっす。Cannibal CorpseGlobal Eviscerationみたいなつくりだったら、まだ、まあ・・・。
 で、肝心のCD内容に期待することは・・・Shinyaのドラムの音がもっと迫力あるものになってればいいな、と。UROBOROSのドラムの音、すごいよかったのにDUM SPIRO SPEROだとなんかこじんまりしちゃってましたよね。あれにはガッカリした。折角色々面白いことやってるんだから、主役とばかりに目立たせる音での録音&ミックスをしてやってくださいよ。
 作風に関しては・・・うーん、正直DUM SPIRO SPERO収録曲って、イヤにクドいものが多かったと思うんですよね。プログレに色気出して、延々とインスト挟むのが正義だと勘違いしたバンドのような・・・。
 これまた前作の話になりますが、UROBOROSは編曲にムダがないわ濃い割に覚えやすいわ楽器隊の全体的な音の出方のバランスがいいわで、DUM SPIRO SPEROと比較した上で気づいたってのもマヌケな話ですが、とても良くできた作品でしたね。なんか最近特にVINUSHKAの素晴らしさにのめり込んでましてね、やー、あれは傑作ですね。DIR EN GREYの、かつてない名作です。どう考えてもあれよりよくできた曲は過去になかった。最終的にあの形にしようと最初に考えついた人は本当に尊敬できます。これから先もあれほど魅力的なものが出せるのかどうか心配ですが、DIR EN GREYなら大丈夫なんじゃないかとも思ってます。最初からレベル99で出てくるのがデフォみたいな海外のバンドと違って、ちゃんとスライム倒しながらレベルアップしてきたような連中ですからね。今はネクロゴンドでトロル相手にしてるらへんです。絶頂はまだまだでしょう。というか特にギター隊にはネットで動画あげてる素人くらいになってもらわんと困るわ。何年弾いとんねん。
 俺ね、LOTUSって現在DIR EN GREY版「ゆらめき」だと思ってるんですよ。今とかつての作風が違う連中に対しては、どうしても「あの頃のああいう曲をまた・・・」って思ったりしてしまうんですが、あれを出したことでヴィジュヴィジュしていた頃のDIR EN GREYの幻想が完全に消えたと思います。イントロ、メロ、サビ、エンディングまで特にキレイなメロディを入れるように頑張っていた頃の印象を打ち砕こうと思ったら、コア系の音で対抗するのは間違いなんじゃないですかね。「もういいだろあの頃の歌は?ホラ今こんな風に声出せるようになったんだぜ」って出てきたのがグロウルだったら、それは土俵が違うよと言いたくなります。Mariah Carey vs Lord Wormとかアホみたいでしょ?「ホラ今歌ってる歌の方が沁みるだろ?」と主張されたいです。でも歌うものは昔のものだとあんまり意味ないんですよ。昔がよけりゃ昔出したもの聴いてりゃいいだろってハナシなんで。Metallicaとかね。そして彼らはLOTUSを作ってくれました。お見事でしたね、実に。
 だからね、LOTUSに大いに魅せられた者として、また、DUM SPIRO SPEROの延長線上にあるような曲ばかりで占められることを歓迎しない者として、THE UNRAVELINGには、3曲くらいのLOTUSが欲しい。1曲でもいいから、じゃないです。3曲は欲しい。さて果たして入ってますかね・・・1曲でも。
 で、「輪郭」はねー、実はまだ買ってないんですよ。公式サイト入って流れるPVで初めてどんな曲なのか知りました。ファルセットが・・・くどいです・・・。メロではまた吼えてんのかなー。
 このCDを予約した店・・・まぁ俺の前のバイト先なんですが、そこにですね、注文した語学書がごまんと溜まってるんですよ。3ヶ月くらいかけて、10万円分くらい。しかし元旦に久々に足を運んで、約2万円分は引き取って来ました。なんて本かは梱包によってわからないようになってるので、ラベルにある価格を見ながら、そのとき持ってた2万円以内に収まるようにテキトーに手に取っていってレジに持っていってみると、19500くらいだったと。
 てなわけで、輪郭を買う余裕はありませんでした。そして今月18日の給与振込日までありません(本来は20日だが、土日挟むので)。
 ちなみに買った本は以下の通り:

  •  アフリカーンス語への招待 その文法、語彙、発音について / 河崎 靖 著(9784768456309)
     字体が大きいわけでもないのにものすごく隙間の多い本。まだ最初らへんを読んだだけですが、それだけで早くも不満全開。CD付いてるからまだマシか。以下にある他の語学書は全部CDなしです。
  •  アラビア語パレスチナ方言入門 / 依田 純和 著 & 大阪大学世界言語研究センター 監修(9784872593792)
     アラビア文字が一切ない本。僅かにもない。一文字もない。アラビア文字の紹介すらもない。しかしアラビア文字の代わりにヘブライ文字を見ることができる。というのも、参考文献がすべてヘブライ文字で記してあるのだ。ヘブライ語で書かれたものばかりを参考って・・・?全ページラテン文字でしか書かれていないことは、まぁ仕方ないっちゃ仕方ないね。ふつう、文字に起こされることのない方言だしね。どんな内容なんだろうと思って買ったんだけど、アラビア語をもっとやってから読んだ方がいいかなあ。
  •  基礎ネパール語 / 石井 溥 著(4475010489)
     ネパールの国語、ネパール語の語学書。大学書林の基礎語学書シリーズとしては珍しくページ数が300もない。しかもデーヴァナーガリーの書体の影響故か、また、学習の助けを意図したものだと思うがラテン文字がいちいち転写として併記されていることも1ページあたりの文字数が少なくなった要因だと思う。ただ、我が国で既刊のネパール語入門書としては随一の質を誇るそうです(そもそもそんなに数ないだろうけど)。
  •  基礎ヒンディー語 / 古賀 勝郎 著(9784475010498)
     ネパール語と同じくデーヴァナーガリーを正書法に採用している言語であるが、ラテン文字による転写は最初の方に出てくるだけで早々になくなる。1ページあたりの文字数が少ない点は上の本と同じだが、こちらは500ページあってボリュームたっぷり。嬉しいね。
  •  新世紀エヴァンゲリオン 13巻 [プレミアム限定版] / 貞本 義行 作画 & カラー・GAINAX 原作(9784041203552)
     最後はマンガw ラベルに700円ってあって、なんの語学書だろう?と思った。
     それにしても相変わらずつまらん。この人漫画ヘタクソだよね。躍動的な量産型の描写はすごく良かったんだけど。

 今月の給料と来月の給料で残りの全部なんとかするつもりです・・・しかしまた新しく何冊か注文しちゃったんだよなあw いつになったら捌けることやら。ちなみに注文して既に届いているものの内最高額は俺としても驚愕なんだが19,950円で、「西フリジア語文法 現代北海ゲルマン語の体系的構造記述(清水 誠 著; 9784832966215)」って本です。一体どんなツクリなんだか・・・。というかまず、「西フリジア語」ってナニ?ってレベルなんで・・・「フリジア語」の本なら注文したんだけどね。そしてまだ買ってないけどサイト内のお気に入りには「ソルブ語辞典(三谷 惠子 著; 9784475001519)」ってのがあって、これがラスボス、29,400円!いや~だってソルブ語の学習書って出てないんだもん。辞典なら文法解説がたぶんついてるでしょってことでキープしてます。
 さぁて、今月は何から引き取ってこようかな・・・って、いやいやまず「輪郭」を一番に考えねば!

2012年12月29日土曜日

გამარჯობათ, ენესსე მქვია

ガマルジョバ. トクヴェン・ヤポネリ・ハルト
- გამარჯობა. თქვენ იაპონელი ხართ?
ディアフ. エネッセ・ヴァル. トクヴェン・ラ・グクヴィアト
- დიახ. ენესსე ვარ. თქვენ რა გქვიათ?
メ・ニノ・ムクヴィア. ストゥデンティ・ハルト
- მე ნინო მქვია. სტუდენტი ხართ?
ディアフ, ストゥデンティ・ヴァル. ヅァリアン・サスィアモヴノア
- დიახ, სტუდენტი ვარ. ძალიან სასიამოვნოა.
メツ・ストゥデンティ・ヴァル. ヅァリアン・サスィアモヴノア
- მეც სტუდენტი ვარ. ძალიან სასიამოვნოა.
アルバト・ダグリリ・ハルト
- ალბათ დაღლილი ხართ.
アラ, ダグリリ・アラ・ヴァル
- არა, დაღლილი არა ვარ.

 うーん、やっぱりLEXILOGOSは便利だなあ。
 ラテン文字を使う言語をタイプする時と同じ感覚で、こうやって文章が作れる。作るといっても、暗記した他人のモノをそっくりそのまま書いてるだけだけどね・・・。「ენესსე(エネッセ)」は勿論俺のことだけど。
 それにしてもさ、「ძალიან სასიამოვნოა(dzalian sasiamovnoa)」、この語感めっちゃかっこよくない?日本語で言う「はじめまして」に相当する表現なんだけど、これまでに知った他言語の「はじめまして」で群を抜いて語感に魅力を感じる。他に好きなものといえば、ルーマニア語の「încântat de cunoştinţă(ウンクンタト・デ・クノシュティンツァ)」、ポーランド語の「bardzo mi miło(バルヅォ・ミ・ミウォ)」もなかなか。「クノシュティンツァ」と「バルヅォ」って語感がイイからってだけなんだけどね。
 さて、驚くほど濃密な子音クラスターで有名(?)なグルジア語ですが、現在第2課まで読了、この時点ではその特徴はまだまだ息を潜めてるって感じですね。თქვენ(tkven=きみたち; あなた; あなたたち)とかმქვია(mkvia=私は...という名である)みたいに、早くも、広く比較的知名度のある言語では見られないような重子音が登場してはいるんですが、こんなの序の口でしょうね。しかしこの初歩の段にあっても「გქვიათ(gkviat=きみたちは / あなたは / あなた方は...という名である)」の「gk-」という重子音には驚かされる。たとえばフランス語のabsent(アサン=不在の; b=p)、ポーランド語のw Polsce(・ポルスツェ=ポーランドで; w=f)、ロシア語のсказка(スカーカ=物語; з=с)、ハンガリー語のvagytok(ヴァトク=きみたちは...である; gy=ty)などの様に、有声音と無声音が隣合えば片方が片方に影響されて音の変化が起こるってのが学習上は定石であったものだが。
 ところで「სტუდენტი(st'udent'i; t'は帯気音)」は「学生」なんですが、グルジア語でもこう言うんですね。どこから入ったのかな?隣国・ロシアでも「学生」は「студент(ストゥヂェーント)」だけど、ロシア語から入ったってのは有り得るのかな・・・。ちなみに、厳密にはこれは主格で、語幹は「სტუდენტ(st'udent')」です。こう書くとますますどこかで見た語形。「-ი」が主格の指標語尾になってます。
 で、第2課に「ეკლესია(ek'lesia)」ってのが出てくるんですが、これはéglise、ἐκκλησία(ekklēsiā)、つまり「教会」です。これも絶対外来語ですね。これも主格形ですが、語幹と形を共有しています。
 しかし「車」は不思議な語感をしており、「მანქანა(mankana)」と言います。「車」と言うと、「auto」、「mobile」、「machine」、「car」のいずれかからできてるものばかりこれまで色んな言語で見てきたんですが(フランス語ではautomobile(オトモビル; 原義は「自動で動くもの」)とも言うが、日常的にはvoiture(ヴワテュール)がふつう)、これは新鮮ですね。とは言え、最近学習の優先順位が上の方にあるポーランド語でも「samochód(サモフト)」というこれまたフランス語ないしはロマンス系的でない言葉になってるんですが。ちなみにポーランド語と同じくスラヴ系であるロシア語では「машина(マシーナ)」です。あれ、待てよ。もしかしてმანქანაはmachineからきてるのかな。
 とまあ、そんなこんなでグルジア語も楽しんでやっております。
 LEXILOGOSの力添えなしでは打てないどころか打つ気もまだしませんが、紙にペンで書くことにはもう早くも大分慣れてきてます。まだ出てきてない字もあるんだけどね。
 なんとなくさ、個人的に、「究極の他言語学習」ってのがあるとしたら、それはグルジア語だと思ってるんですよ。なんでなんですかね。何故かは自分でもわからないんですけど。非ラテン文字が正書法に用いられていること、形態論的に膠着語であること、子音クラスターが極端であること・・・とりあえずなんでかなと考えてみて思い浮かんだのはこういったところです。バスク語も難しいとよく言われますが、あっちはまだいいですよ。ラテン文字使ってるんだから。これはホントデカいですよ。まず読めないと学習どころじゃないって、絶対。あああ、チベット語も「究極」入りさせていいかもなあ。一字毎を読む分には事欠かないとしても、言葉って単位になると途端になんて書いてあるんだかって感じだし。読みの規則がないってことではないんだけどね。しかも敬語表現が発達していて、且つ動詞の使い分けに「心情」が関わってくるというなんとも説明し難い特徴がある・・・(少なくともラサ方言には)。正直なんのこっちゃやらでいまだに理解できてません。
 まあだからね、まがりなりにも己の言葉として使い始めようと思ったら暗記ってのがイイわけなんですよ。
 それを繰り返して理論でなく感覚でいつの間にやら身についた文法要素があるとか、ザラだからね。習うより慣れってやつかね。
 ところで「მე ნინო მქვია(me nino mkvia)」は「私はニノといいます」(女性が言っている; 姓・名の内「名」の方の言い方だそう)という意味なんですが、「ニノ」ってのは実在する名なんですね。
 荒川アンダーザブリッジがグルジアに輸入されて「ニノ」の名の由来をグルジア人が知ったら、我らの名は日本ではこんなマヌケな理由でつけられるものなのか・・・と多少は複雑な気分になったりするもんなんだろうか?ちょっと興味あるわ。

2012年12月28日金曜日

ugbgjwk.7 f,dty nghkytln @gjf2

 なんだと思います?この記事の題になってる文字列。
 グルジア語キーボードレイアウトを使ってこう打つと、

 გამარჯობა. თქვენ იაპონელი ხართ?

 と出てくるんです。
 ああ~、グルジア語と言えば極端な子音クラスター!すごいな、一語がこの長さで母音字をまったく含んでないやつがあるぜ、ということではなく、上のラテン文字が示す音と、グルジア文字が示す音はまったく異なっています。
 正確さを追求するのは面倒臭いので基本的なラテン文字だけを使って大雑把にその音を示すと、「gamarjoba. tkven iaponeli hart?(こんにちは。あなたは日本人ですか?)」となります。
 この理不尽なレイアウトをこれから覚えていかなければならないなんて・・・。
 困難があると燃える人はいいですね。俺の場合はものによりけりですが、これはただ単にハァ・・・って感じです。
 だってさ、既に書いたことだけど、アルメニア文字は、それに相当する音を持つラテン文字のキーを打つと別の音を持つ文字が出てくるなんてことないんだもん。そういうのがあると知ってるからこそ、何故グルジア文字のレイアウトはこんな配置になっちゃったんだと思わずにはいられない。
 あ、ただ、俺が学んでいるのはアルメニア語の西方言なので、「D」を打つと「Տ」、「T」を打つと「Դ」が出てきてくれないと違和感を持っちゃう。アルメニア本国の正書法(東方言とも言う)だと、ラテン文字のDにあたるものは「Դ」、Tにあたるものは「Տ」で、西方言とは逆。他、B / P、G / Kはそれぞれ「Բ / Պ」、「Գ / Կ」で、どれが有声音でどれが無声音であるかが、「Դ / Տ」と同じく東と西で逆になっている。たとえば「Հայաստան=アルメニア」は東方言では「ハヤスン」、西方言では「ハヤスン」だ。そういうわけで、前に原語でのアルメニア共和国の名を話題にしたことがあったが、あのとき書いた仮名による転写は東方言のものであった。ちなみに「東」と「西」の名の由来だが、アルメニアよりディアスポラでトルコ方面(=西方)に出て行った人々が話すから「西方言」、その対比でアルメニア本国の言語形態が「東方言」。アルメニア共和国内の東と西で大別されているわけではない。・・・ホント言うと、たぶんそうなんじゃないかな、ってだけなんだけど。
 そういえば、「ニュー」も含めてエクスプレスシリーズには何故アルメニア語のものがないんだろう?いくらなんでもマイナーすぎるということなんだろうか。アルメニアからして、日本でもさっぱり話題にのぼらん国だしなぁ。グルジアは、イヤな話ではあるが、侵攻をやらかしてひとときの間ニュースになってましたね。まぁ、それが「ニューエクスプレス グルジア語」の刊行に何らかの形で、或いは僅かでも影響を及ぼしたのかどうかは全然わからんが・・・。
 アルメニア語の日本での語学書は、いまだに国際語学社のものしかないんじゃなかろうか。持っているから知ってるんだが、この本はアルメニア語、日本語共に誤植がヒドいので、もっと洗練された編集をウリとしている出版社に是非新しいものを出してもらいたいのだ。同社はアラム語など興味を大いにそそられる言語の本も出しているんだが(グルジア語もある)、このアルメニア語の本の雑なつくりが原因で買うことに二の足を踏まされているんだよなぁ。
 なんか結局グルジア語の話しだったの、アルメニア語の話だったの?って感じだが、とにかくですね、グルジア語キーボードレイアウトにはいつになったら困らされずに済むんだ!ってことで。

2012年12月26日水曜日

un idiot (savant)

 サヴァン・Daniel Tammetは1週間でアイスランド語を習得するよう要求され、その成果をアイスランドのテレビ番組に出演して司会者たちと通訳なしでやり取りをすることで、その試みを成功に終わらせたことを見事証明した。
 1週間か・・・。
 紙の上でペンを走らせる分には、己のなんらかの言語の習得度は他者のペースに惑わされる心配がない。
 1週間で、たとえば簡単な日記をつけられるようになることは、アイスランド語であろうが何語であろうが無理のないことなのかもしれない。
 これは「意外に」ではない。
 実際、俺ならその自信が持てる。但し語彙を増やすことに積極的でないので、小学生以下の内容にならんとも限らんが。
 ポーランド語の学習を円滑に、比較的難解なページから読みながらも適っていることを書いた後、俺はチェコ語ルーマニア語グルジア語の語学書を買った。
 チェコ語は、学生だった時分に別の本で少しだけ勉強したことがある。
 ルーマニア語はさっぱりない。前知識としても、まさか文法性に男・女以外に中性があり、しかも格があるとは思ってなかった、そんな程度だった。
 チェコ語はルーマニア語の後に学習を始めた。こちらは最初の課から進んでいっている。
 片や初めて学ぶことになったルーマニア語は、最後の課から暗記を始めた。暗記による他言語の円滑な学習が、「どういうわけだかポーランド語でのみ適っていた」わけではないということを確かめたかったのだ。
 かなり苦労した。
 なにせ全然知らん言語。
 一応イタリック語派の言語なので、動詞、形容詞、前置詞などに見覚えのある言葉があったり、文中の品詞の役割がどういったものであるかの見当がつくものも多少あったことは幸いだったが、それにしてもルーマニア語は、イタリック語派の言語としては非常に異質だと、早くも思っている。スラブ系言語の影響が色濃いことも関係しているのかもしれない。
 最終課は

 ce impresie ţi-a făcut România?

 という一文で始まる。本に倣うと、「ルーマニアの印象は?」という意味である。
 ルーマニア語は最終課とそのひとつ手前の課の暗記を終えた後、普通に第1課から改めて始めて、今7課を読了したところであり、そのことも関係してなのか、それとも今冷静に考えてみれば、なのか、何故こういう文で上に示した通りの和訳となっているのかがようやくわかった。
 これは和訳も悪い。しかし逐語訳に近く訳しようとすると、日本語として不自然なものになってしまう。
 この文章の主語は、おそらくルーマニア(România)だ。実はこの見極めが重要なことだったんだが、まず俺は文の本質ではなく、「ţi-aってなんだ?」とこれについて考えずにはいられなかった。
 で、「ルーマニアの印象」という和訳に目がいき、これが「făcut România」に対するものだと勘違いしてしまったのがいけなかった。愚かに安直である。
 被修飾語に対して後置される名詞が原形のまま先行のものに帰属することを示すという文法構造があるのかと、まぁすぐ何かを思いつくのはこれまでに散々色々な言語に触れてきた結果であると喜んでいいのかもしれないが、この文に対してこの解釈はマズかった。これのせいで、この第一の文からしてかなり覚え辛かった。
 字数大したことないでしょ?でもそういう問題じゃないんだよな。俺は見えてるまま暗記してるわけじゃなく、一応自分の中で文型に対して納得いく解釈を、正しかろうが間違っていようが持てるかどうかってのが、円滑な暗記には必要だと思いながら事にあたってるわけだ。見えてるまま暗記できるヤツってのは、そうだな、冒頭挙げたDaniel Tammetみたいな稀有な連中、サヴァンだ。俺はサヴァンでなく、サヴァンの元の名(un idiot savant)から取り除かれたまさにイディヨ(白痴)。
 この文章は、

 ce impresie(チェ・インプレスィエ) = どんな印象を
 ţi-a făcut(ツィア・ファクト) = きみに為した
 România(ロムニア) = ルーマニアは

 という構造である。
 「ルーマニアの印象は?」という和訳に捕らわれている時間が長すぎたと思う。
 第6課にa face(ア・ファチェ)という動詞が登場した。フランス語でいうfaire(フェール; faceの前のaはàに相当)である。
 そうかなるほど、どうやらfăcutはa faceの過去分詞だろうなと考えが至ったわけである。語形からも過去分詞であると推測させられた言葉が他にあって、cunoscut(クノスクト; =有名な; フランス語・connu(コニュ)), pierdut(ピエルドゥト; =失われた; 同・perdu(ペルデュ))がヒントになってくれた。făcutが本当に過去分詞なのかどうかはともかく、仮にでもそう納得しておくとce impresie~の意味が、他者に用意された和訳にのみ頼るだけでなく理解できた気になれた。もしfaireがルーマニア語に於いてよく似た語形をしていると知っていれば、もっと早くによい解釈が適っていたかもしれない。
 この文を逐語訳でフランス語にすると、quelle impression la Roumanie t'a fait?(ケル・アンプレシヨン・ラ・ルマニ・タ・フェ)、「ルーマニア(la Roumanie)」が最後に来るようにもつくれて、その場合は、口語的ではないが、quelle impression t'a-t-elle fait la Roumanie?(ケル・アンプレシヨン・タ・テル・フェ・ラ・ルマニ)となる。こういう風に他の言語(といっても試みたのはフランス語でだけだが)を通して考えてみるのもいい。
 ce impresieが直接目的語だと思うんだが、そうなるとţiの形に疑問が沸く。というのも、「きみ」にあたる人称代名詞の与格形が、どうやらîţi(ウツィ)らしいからだ。以下の文からの推測である:

 ダカ・ヌ・エシュティ・オボスィト, ウツィ・プレズィント・オラシュル・ブクレシュティ
 dacă nu eşti obosit, îţi prezint oraşul Bucureşti. = もし疲れていなければブカレストの案内をするよ。

 この文型なら、prezint(不定形はまだ知らない)の直接目的語は絶対にoraşul Bucureşti(ブカレスト市; oraşulの-ulは後置定冠詞)である筈なので、これを案内(紹介)される側は与格で表現されるのが妥当というものだろう。
 しかし、こういう文もあった。以下のものは第19課からである:

 ウツィ・ムルツメスク・ディン・トアタ・アニマ
 îţi mulţumesc din toată anima. = 私は心からきみに感謝する。

 「mulţumesc」が「私は感謝する」にあたり、これをフランス語で言うと「je remercie(ジュ・ルメルスィ)」になる。remercier(remercie不定形)の対象は直接目的格である。ただ、フランス語では「きみを」も「きみに」も共に「te(ト)」一語で表現されるので、ルーマニア語でも同様なのかもしれない。
 さて、では「ţi-a」の「a」はなんだろうか?これは助動詞だと思う。フランス語で言えば、上にも示した通り、これと見た目は同じく「a(avoir 直現3単)」である。しかしルーマニア語でのavoirである「a avea(ア・アヴェァ)」の直現3単は「are」と学んだ(上から3段は単数、残り3段は複数; 人称代名詞+a avea活用):

イェゥ・アム
eu am
トゥ・アィ
tu ai
イェル / イェァ・アレ
el / ea are
ノィ・アヴェム
noi avem
ヴォィ・アヴェツィ
voi aveţi
イェィ / イェレ・アゥ
ei / ele au

 まぁ、まだ俺の知らない文法要素ってことなんだろう。或いは、a fi(=être)の直現3単は「este(イェステ)」であるが、「e(イェ)」にもなるの如く、省略形があるとか・・・どうだろう?
 何故色々とフランス語でいちいち考えているのか?それはルーマニア語を知らないからである。
 しかし暗記には問題がない。
 今日、ポーランド語、チェコ語、ルーマニア語を取っ替え引っ替え暗記していったが、まったくなんの問題もなかった。知恵熱が出たり頭が重くなったり他言語間で言葉の交換が行われてしまったりといったことなども一切ない。人の記憶の引き出しは無限に存在しているんだろうか?考えても栓のないことであるが、ふとそういうことが不思議に思えてきてしまう。
 それにしても、以前は1日かけて1課を暗記していた筈なのだ。
 どうなってんだ、ホントに?
 ポーランド語は、20課から逆流して11課に到達した。これを除いた2言語、1週間あれば・・・たぶんどちらも読了し、それに加えポーランド語の学習も終わっているだろう。
 以前、チャリで通っていて16時から21時までが労働時間となっていたバイトと違って、今のバイトは強制的に1日9時間(休憩1時間含む)+電車通勤時間を費やすことになっている。ついでに、24時間営業の店舗で、休みは週2だ。おまけに店長と営業以外は土日祝日関係なし。シフト制なので休みの申請はある程度きくと思うが、別の月にその分多く出勤させられるらしい。
 この生活環境の中で、1週間で1冊、2冊の語学書が読了できれば成果として本物だろう。
 さて・・・グルジア語についてですが、これはこの1冊だけにかまけていいとしても1週間じゃムリそうだ。
 なんせ、まず文字を覚えないといけない。
 文字を覚えずして暗記に取り掛かるとなると、それこそ絵を眺めるが如くだ・・・。
 あと、こういうところでタイプするとなるとキーの位置も覚えないと・・・正直こっちの方が億劫だ。
 アルメニア文字やギリシャ文字などは、ラテン文字ではないが、たとえば「R」を打ては、これに相当する「Ր」、「Ρ」が出てくるように、キーの位置を新たに覚える必要が殆どない。アルメニア文字はラテン文字よりもかなり多いのでその分の配置は覚えないといけないし(数字のキーや約物のキーにまで割り振られている)、ギリシャ語は古典期のものをタイプしようと思うとアクセントや気息記号も使いこなさなければいけなくはあるが。
 片や、グルジア文字は、たとえば「K」と打つと「ო」が出てくる。これはラテン文字で言う「O」にあたる・・・。
 しかしやって覚えられないことはない。アラビア文字やヘブライ文字のキーボードレイアウトも、ラテン文字のキー配置がまったく参考にならない構造になっているが、覚えられた。しかも割りと早くにだった気がする。
 しかしいまだに大嫌いなレイアウトがある。キリル文字だ。といってもロシア語のもので、たとえば同じく正書法にキリル文字を採用しているマケドニア語やセルビア語のキーボードでは、「D」と打つとこれに相当する「Д」が出てくる。しかしロシア語レイアウトでの「D」は「В(=V)」である。何故かこのロシア語レイアウトではキリル文字の正しい位置がさっぱり覚えられなかった。僅かな数だけを修得して終わった。いや、またやればいいんだけどさ・・・。ちなみに何故マケドニア語レイアウトでロシア語を打たないのかと言うと、前者のレイアウトにはない文字を、ロシア語で用いられているキリル文字が有しているからである。
 今度は色んなキーボードレイアウトの素早い覚え方を編み出す試みに取り組んでみようかな・・・。
 あ、最後に余談なんだけど、「ニューエクスプレス ルーマニア語」はすごいオススメの本です。最初からまったく手加減なしで、最終課までずっと文字数が多い。シリーズの他の本に比べて、かなり早い段階からスキットがギュウギュウになってるのが少し眺めただけでわかるかと思います。ちなみに登場する単語の数が飛び抜けて多いわけではなく、他の本と同じである。つまりは著者の能力のおかげだね。Este uimitor şi extraordinar!
 逆にイマイチなつくりであるという印象を受けたのがチェコ語。書店でパラパラと見つつ、本当は買おうかどうかかなり躊躇したんだけど、同じく西スラヴ系言語であるポーランド語とどんくらい似てるもんかなと学習しながら検証したくて買ってみました。ポーランド語のものに比べると全体的に空白が大きい感じがするんだよね。まぁ、ポーランド語はその正書法が原因(複数ある二重子音、チェコ語よりも遥かに多い軟音の表現の為)でどうしても綴りが長くなりがちな言語だから比較には少々無理があったのかもしれないけど。挿絵の質もクソ。しかもやたらとデカい絵が多くて、これのせいで文章入れるスペースが圧迫されてるんじゃねーのかと思う。

2012年12月23日日曜日

俺はものぐさだから

 結局劇的な暗記方法というものは編み出せていないまま。
 ここ数日は原点回帰の上勉強している。
 最近また語学書が新たに2冊増えたのだが、そのうちのひとつは、ポーランド語のもの。
 そしてもうひとつはポルトガル語。・・・「ポルトガル語」ね。「ブラジルの」とか、そういうの一切付かない、純粋なポルトガル語。真のポルトガル語。その名の通りポルトガルで育まれたポルトガル語。ブラジルのポルトガル語なんて俺はやりたかね。いやいつかやるものとしてはいいが、最初は純正に拘りたいんだよ。しかし確かja.wikipedia.orgで目にしたのだと思うが、ポルトガル本国のポルトガル語の正書法は、ブラジルでのそれに倣うようになっているのだか、或いは倣うようになるのだとか。こんなに嘆かわしいことはない。何故そんなことをするんだろう。今やポルトガル語と言えば、ブラジルで話されているポルトガル語の方が影響力があるからか?それはそうだろうな。話者数がまるで違うし。しかしそれに追従する意味が皆目わからない。本当にさっぱりだ。
 ちなみにそんな2つの形態の力関係の差を表しているかの如くであるが、日本では純粋ポルトガル語の本が極僅かしか出版されていない。ないわけではないのでそれが勉強できないということはないが、ルシタニアでない彼の地で話されているポルトガル語の本が、辞書、単語帳、会話練習帳、文法書と様々な体裁で出版されているのを目にするのが実に容易であることに比べれば、その品数の少なさたるや実に残念なことである。
 まぁ、需要がないんでしょうな。簡単な理由である。俺にしたって別にポルトガル本国のポルトガル語を学ぶ動機なんて特にない。たとえば市井の民の声を拾って語学書を作ってくれる出版社があるとして、ではプレゼンどーぞと言われても理由に困る。
 俺の買った本では、ブラジルのポルトガル語を勉強した筆者がポルトガルへ行くと会話に苦労したということが重ねて記されていたが、実際そんなに意思疎通に多少の困難が伴うものなのだろうか?片や、ノルウェー、スウェーデン、デンマークの3国間で、それぞれ固有の言語で互いに話して通じることを鑑みればなんともまあ不思議な話である。ブラジルの、とはいってもあくまでもポルトガル語である。しかしこちらは言語名からして違う。つまり相互に独立性が確立されているということだ。といっても、これら3言語についてのこの話も実際自身が体験したことではないので、本当に通じ合えるのかどうか半信半疑でもあるんだが。というかそもそも、この3つの言語が3つとも云々以前に、とりわけデンマーク語が音声面からしてスウェーデン人、ノルウェー人に通じるとはとても思えないんだけどなあ・・・。
 さて、冒頭の「原点回帰」とはどういうことであるか。
 これは、口に出さず、字を追ってだけして記憶していくというやり方である。
 そして、自分で文章を作る。
 自分で文章を作りながら言葉の使い方や、正しい文法に注意を払い正書法を身に着けてゆくという勉強方法はお勧めである。必ず身につく。
 コツは、どんなに簡単な表現であっても、頭に浮かべば即座に文字にしてみること。口にできるのならそれでもいい。俺の場合は書く(或いは打つ)。
 頭が余程ヘンな構造をしていない限りは、勉強の進捗が著しく進んでいない限りは、即座に思いつけるのは簡単な表現であるはず。そういったものの積み重ねで言語は身につく。いつまで経っても「あれはうんたらです」「こんにちは、お元気ですか?」「どこに住んでいますか?」「昨日は何を食べましたか?」程度の表現しか思いつかなくても、つまりはそれらを何度もしつこく他言語を通して自身の言葉にしていけば、それらは確実に身につけられるということだ。身につけられるものが多いのはいいことだ。そして論文を書いたり小難しいことを長々と述べてみたりしたいのでなければ、そんな簡単なことしか口にできず仕舞いであるとしても、なんの問題がありましょうか?俺は将来、こんな風に他言語ですらすらすら~っと記事を書いてみたいので簡単な表現じゃ満足できないけどね。でも咄嗟に思い浮かぶ言葉が10回連続くらいで「こんにちは、お元気ですか?」くらいのものであったとしても、必ずそれはすべて文字にしている。逆に言えば、その程度のものくらい流暢に表せなくて後々難しい表現が適うと思ってんのか、ということだ。
 ただ、採るべき勉強法は、そのとき教師となってくれている学習書のつくりにもよる。
 上の勉強法は、ポルトガル語の本を読んでいるときのもの。
 ポーランド語の勉強をしているときにはやっていない。いや、生格、じゃない正確にはしていたんだが、やはり俺は生来のものぐさだ。
 俺のポルトガル語の本には、基本的に長文が載っていない。課毎の冒頭に複数の例文が示され、それらの文章で用いられている表現や文法について個別に解説が為されている、という構成だ。
 ポーランド語の本の方にはスキットがある。ひとりの人による記述もあるが、基本的には殆どが会話文だ。
 当然、あとの方のページには複雑な表現が並ぶ。
 全20課あるが、8課くらいまでは最初のページから順に読んでいって学習していた。
 しかし飽きた。
 だから最後の課から逆流していくことにした。
 そうすれば勉強が面白くなるかと思ったかというと-まったくそんなことはない。しかしページの空白をよい具合に埋め尽くすほどの文章群というのは、やはり見ていて心地良い。
 それにしても自分で自分を驚異的だなと思った点がある。
 当たり前のことだが、20課の文章を読むには、文法的知識が不足している。しかし暗記だけでそれすらも乗り越えられる。
 しかも1課丸ごとの暗記に要する時間は僅か30分ほどだ。
 勿論もっと早くに暗記を終えてしまうヤツだっているだろう。
 しかし、20課から・・・今16課なんだが、今のところ30分程度で暗記が適っている。学習開始当初、真面目に最初から読み進めて到達した8課あたりに差し掛かる頃には、暗記に要する時間は当然の如くもっと短くなっているに違いない。
 つまり、1冊に掛ける勉強の総時間が大したことにならないという結果が得られる。
 取り敢えず計算し易いよう、仮に全課30分ずつで終わらせたとすると、所要時間は10時間。そして逆流の内に差し掛かる10課あたりを堺に必ず1課あたりに費やす時間はかなり減るはずなので、実際の所要時間はもっと少ないだろう。これにプラスして文法事項の確認と習得に数時間を掛け、10時間前後になるんじゃなかろうか。ちなみに語彙を増やす努力というのはこれまでに滅多にしたことがないので、表現力アップを謳って設けられている単語表のページはまともに見ないこととする。まぁ、気分にもよるだろうが。
 俺はある1冊のフランス語辞書の付録として載っていた文法解説のページを約4ヶ月間何度もしつこく繰り返し読みまくることで、4年間、フランス人教師との会話も含んだ、大学内での学習に殆ど困らないだけの語彙、文法知識、発音法を得た。
 4ヶ月を費やしひとつの言語の学習書を取っ替え引っ替え読んでいけばどうなる?
 どうなるんだろう?
 どうなるんだろうか・・・。
 実に・・・☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓。
 まぁ、実際のところ、少なくともポーランド語に関して言えば、だが、4ヶ月取っ替え引っ替えはムリそうである。何故なら、そこまで本が手に入らないであろうから。金欠の問題を差し置いても、果たしてこんなに早いペースで学習を進めていった結果、4ヶ月最後の日に至るまで、読み終える毎に新しく本を手に入れられるほど、ここ我らが日本国には日本語で著されたポーランド語の学習書があるのだろうか、ということだ。
 別に4ヶ月に拘らなくてもいいと言えばそうだが・・・謂わば、俺にとっての、言語がある程度習得できるかどうかについて、ひとつの区切りの期間なのだ。
 今にして考えてみれば、4ヶ月ひたすらひとつの学習書を延々と読んでいた、この行為自体が有り得ない。だから今の俺にとっては、そもそも4ヶ月ひとつの言語に打ち込んでみるとどうなるか、を実践することすら不可能に近い。ここまで色んな言語の本を揃えてしまうと、ね・・・(30を超えている)。
 だからこそどうしても考えてしまう。今4ヶ月ずっとひとつの言語をやり続けると、一体・・・。
 さて最後にどうやって暗記しているか、だが、これは至極単純。
 「意味のまとまり毎に覚える」だ。
 以前既に言及しているが、これは長いこと暗記法として揺るぎない効果のある方法であると俺が信じているもののひとつである。まぁ、実際はそこまで大層なものではなく、つまりはさっさと暗記を進めるためにはどうやればいいか、というものぐさ精神の充足に繋がるものでもある。
 それに、分類上、孤立語(中国語など)でない言語の学習中には、こうやって覚えてゆく方がいいに決まっているのだ。
 たとえば、フランス語で「古い」「年をとった」は「vieux(ヴィユー)」と言う。これは原形なので、イコール男性単数形だ。
 では、「男」は「homme(オム)」と言うが、「年寄りの男」は「*(un) vieux homme」かというと、これは間違いで、vieuxの被修飾語となる直後の男性名詞が母音で始まっていれば、「vieil(ヴィエィ)」という特別な形になる。「母音で始まっていれば」、である。「母音で始まっていれば」、ではない。
 そして、形容詞の女性形は大方、原形の語末に-eを付けることによって形成される。たとえばintelligent > intelligente(アンテリジャン > アンテリジャント; 賢い)といった具合で、一方原形が-xで終わっていれば、heureux > heureuse(ウールー > ウールーズ; 幸せな)というように-xが-seに変わるが、vieuxの女性単数形はならば*vieuseか?というとそうではなく、vieuxからではなくvieilから形成され、「vieille(発音はvieilと同じ)」となる。こういうことは辞書やらで数度、実際の使用例を抜きにして言葉とその活用のみを目にするよりも、修飾語と被修飾語のペアを見ながら覚える方が断然ためになる。
 言語の学習法に「正解」はないであろうが、効率良いものであると確信できる方法が見い出せれば、是非ともそれに縋って、できるだけ精神の負担を抑えつつやってゆきたいものである。
 俺はものぐさだから、さっさと覚えたいが為に熱意が楽する方楽する方へと常に向いている。
 今でも、格による曲用の一覧表を作ったりするのは大好きなんだけどね。
 それが苦にならないから、駆け足学習法の欠点を補う術もあって勉強が捗ってるって感じなのかなー。
 では最後に、件のポーランド語学習書・第20課の本文を書き出しときます。こんなものが載ってるんだってことで。

ヤク・シェン・マチェ? ポドブノ・フチョラィ・フ・ポルスツェ・スパドゥ・ピェルフシ・シュニェク
Jak się macie? Podobno wczoraj w Polsce spadł pierwszy śnieg.

フ・ポルスキム・インテルネチェ・ポカザノ・ズディエンチャ・ザシュニェジョヌィフ・ウリツ. チ・イェスト・バルヅォ・ジムノ
W polskim Internecie pokazano zdjęcia zaśnieżonych ulic. Czy jest bardzo zimno?

オト・モイェゴ・ポヴロトゥ・ド・ヤポニイ・ミネウォ・ユシュ・プゥトラ・ミェションツァ
Od mojego powrotu do Japonii minęło już półtora miesiąca.

ヂシュ・イェスト・ピェルフシ・リストパダ - ヴィェム, ジェ・ト・ヂェニュ・フシストキフ・シュフィェンティフ
Dziś jest pierwszy listopada - wiem, że to dzień Wszystkich Świętych.

ヴィェレ・ミ・オポヴィァダノ・オ・ティム・シュフィェンチェ・イ・ジャウイェン, ジェ・ニェ・モゲン・ゴ・ゾバチチュ・ナ・ヴワスネ・オチ
Wiele mi opowiadano o tym święcie i żałuję, że nie mogę go zobaczyć na własne oczy.

ニェダヴノ・フ・ポブリジュ・ナシェゴ・ドム・オトファルト・ノヴィ・スクレプ・ズ・ウポミンカミ
Niedawno w pobliżu naszego domu otwarto nowy sklep z upominkami.

スプシェダヨン・タム・ポルスキェ・ボンプキ・ホインコヴェ! ゾバチフシ・イェ, バルヅォ・シェン・ウチェシワム
Sprzedają tam polskie bombki choinkowe! Zobaczywszy je, bardzo się ucieszyłam.

プシェスィワム・ヴァム・ポズドロヴィェニャ・オト・モイフ・ロヂツフ
Przesyłam wam pozdrowienia od moich rodziców.


 名詞の格毎の特徴的な語形についての記憶はあやふやだし、過去形すらまともに覚えてないけど、ここまでのものが暗記できる。
 この文章、動詞の非人称能動過去形(pokazanoとか)と完了体副分詞(zobaczywszy)が出てきてるんですよ。概念的になんだそりゃって感じなんですが、言葉としては頭に入ってて、取り出せます。
 完了体なんて、初出のページをまだ見てすらいない。
 ロシア語、セルビア語、クロアチア語とやってきてるんで、どういうものかは名前見ただけでわかりますけどね。簡単に言うと、対になるものに「不完了体」ってのがあって、フランス語・travailler(トラヴァイエ=働く)を例にとると、

 不完了体=j'ai travaillé(ジェ・トラヴァイエ=私は働いた)
 -「働いた」という今より過去の動作について言及しているだけで、それが終わったものかどうかについて問題にしていない。たとえば、これを言った時点はサボリ中なのかもしれない。

 完了体=j'ai fini à travailler(ジェ・フィニ・ア・トラヴァイエ=私は働き終えた)
 -働き終えた、今日の自分の仕事はもう終わり、今日はもう働かない、退勤済み。

 ということ-この違いです。
 なんかもうね、勉強が進んでる気がするのなら、これでいいんじゃないのって。

2012年12月6日木曜日

「さいいん」と「あわじ」

 俺が今しているバイトは烏丸にあり、そこへは阪急電車で通っている。
 昨日の帰宅時、西院に電車が止まった折に発せられたアナウンスが「淡路」と聞こえて驚いた。
 何故そう聞こえたか?
 そのとき以外に普段聞いている「西院」のイントネーションと異なっていたからだと思う。
 俺の母親が、「ナルニア国物語の「ナルニア」は「アルメニア」からきてんのかなあ?」と俺に訊いてきたことがった。
 「さいいん」と「あわじ」、「ナルニア」と「アルメニア」・・・後者の語感は確かに互いに似ている。母親がそう勘違いしたのもムリはないと思う。
 ちなみに、アルメニアは現地で「ハヤスタン(Հայաստան)」と言う。「ハイ(հայ、アルメニア人の自称)の国(或いは土地; ペルシャ語由来)」という意味だ。「アルメニア(Armenia)」自体は、アルメニア人の伝承に、彼らの祖先として「アラム(Aram)」という人物がいたとされ、そこからきているらしい。-iaってのは、ラテン語由来の、「~の土地」を表す接尾辞だ。「ナルニア」はイタリアの地名「ナルニ(Narni)」が元になっているそうだ。この2つの地名はその成立に於いて互いに一切関係がない。
 しかし「さいいん」を「あわじ」と勘違いする人はそうそういないと思う。勘違いした俺ですらそう思う。
 この話の肝はイントネーション。
 ・・・これ、発音を実践したりすることで、または聴覚を以って言語を効率良く覚える際に利用できないかな?
 日本語文を音読し、そのイントネーションを保ったまま他言語を発音すると、自身に馴染みある音の調子の助けを借りて暗記が楽にならないだろうか、という思いつき。
 勿論、正しい発音を後々身につける際には、この試みがはっきりと阻害として実感してしまう羽目になるであろうが、今はとりあえずどうでもいい。
 他言語を母語として口にする。
 思考を起点にした発声が言わずもがな理想であるが、それが待ちきれない、或いはペラペラを手っ取り早く気取りたければ、この試みを繰り返すことで滑らかな発話が叶うようにならないだろうか?
 俺は日々、早々に他言語を多少なりとも身につけたがるせっかちな己の欲望を充足させるべく、どう学習を進めていけばいいのか考え続けている(その時間を使って同時に勉強もできてれば素晴らしいが・・・)。
 絶対にあると思うんだよな・・・労せず多量のことを、それも素早く暗記できる方法が。
 不思議と、一度か二度くらいしか目にしたことのない言葉でも、ずっと覚えているものがある。もし音声も併せてかつて覚えたものであれば、文字と音声という2つの要素が効力を発揮して記憶から消え難いものになっているのであろうと想像がつくが、俺の場合は実際なんと発音されるか確認したとはまず考えられない。特に数年前知った言葉は。今でさえ自分が学習経験のある他言語の実際の発音を積極的に確かめようとしてないんだから(最近ようやく、YouTubeで他言語による映画やニュースを観たり聴いたりするようになった)。
 そういうものは何故長い間覚えていられるのか?
 この疑問に答えるためには科学的な考察が要求されるというのであれば、独り家の中机に向かって唸っているだけではほぼ確実に解明できない問題だと思うが、この驚異的な記憶力の発揮が、理想的な暗記法として唯一の価値あるものとは限らないので、色々と考え続けて無駄はないと思う。というか、そう思いたい。
 ただひとつ、考え続けることの欠点があるとすれば、それは理想的な暗記法を探るために繰り返し文章を読んでいる間に、暗記法の実践とは関係なくいつの間にか言葉を覚えていってしまうことだ。いや、暗記ができていっているのなら当然歓迎すべきではあるが。
 ちなみに、少し前まではドイツ語ばかりを読んでいた。
 今暗記法の模索にあたって利用しているのはアルバニア語である。
 語感が似ている他の言語を知らないので、言葉ひとつとっても物凄く覚え辛いことが理由である。これがスラスラ覚えられる方法が編み出せたら、その方法は本物であろうと。
 ところで「アルメニア」と「アルバニア」は似ている。しかし、「アルメニア」の本来の名がこの音とまったく違う「ハヤスタン」であることに似て、「アルバニア」はアルバニア語で「シュチパリア(Shqipëria)」と言い、実は互いにさっぱり関連性のない名前だ(正式な国名としての名は「Republika e Shqipërisë(レプブリカ・エ・シュチパリサ=アルバニア共和国)」、アルメニアは「Հայաստանի Հանրապետություն(ハヤスタニ・ハンラペトゥテューン=アルメニア共和国)」)。
 主題と全然関係のない話だが、こうやってヨソの国名が現地でなんと言われているか知るのはすごく面白いのでオススメします。で、現地での名と日本語名だけでなく、多言語でなんと言われているか調べると更に倍々で楽しい。
 例を挙げると・・・そうですね、現代ヘブライ語を勉強していたときに知った「ヤヴァン(יוון / yavan)」って名にはびっくりしました。どこだと思います?
 まあググれば一発ですが、当てずっぽうでももし正解の国名を言えた人はスゴイ。投げやりな気持ちでいてすら「あの」国が脳裏に浮かんでくることは普通ないと思うから。ここ日本に於いても有名な国ではあるんですが。
 ヘブライ語と同じくセム系の言語であるアラビア語では「アル・ユーナーン(اليونان / al-yūnān)」で、ラテン文字で見ればちょっと似てると思えんこともないでしょ?まぁ、語感はまったく違いますけどね。あ、「al-」ってのは冠詞なんで、これ込みで見ないでくださいね。
 この国がヨソで言われている名には大きく二通りあって、ひとつがこの「Y-N-N」系、というかアラビア語系です。たとえばアラブの影響色濃いトルコ語では「ユナニスタン(Yunanistan)」と言います。日本語名には、ラテン語由来であるもうひとつの系統が採用されています。
 原語では「エラザ」と言いますが、この国はかつて、「ヘ(he-)」で始まる名で呼ばれていました。どういうわけか現代に於いては、ノルウェー語(デンマーク・スウェーデン語名はラテン語系)やハワイ語で、この国のかつての名の語頭が原形を留めていることが非常に面白い。
 長い文章が読めなくても、日常的な単語が10個も理解できなくても、他言語に関わるとこんな小さなことで大きな楽しみが享受できる。言語ってのはホントにいいもんだなあとつくづく思うわけですよ。

2012年11月27日火曜日

「ニューエクスプレス タミル語」!

 遂に出ます!待・待・待・待・待望の言語学習書!

 ニューエクスプレス タミル語だぁ~!宮本城 著、3,150円!

 ・・・いや、この著者のことは全然知らんけどね。初めて名前聞いた。まぁ、名前を覚えている言語学者なんてそもそも殆どいないんだけど・・・。小泉保黒田龍之助くらいかなぁ。デュメジル(Georges Dumézil)、ソシュール(Ferdinand de Saussure)、グリム(Jacob & Wilhelm Grimm)、シャンポリオン(Jean-François Champollion)とか常識的な連中は別でね。
 来月発売ですが、白水社ホームページではもう情報が掲載されており、シリーズの他の書籍と同じくちょっとだけ中身も見られます。
 う~む・・・とりあえず目を引いたのは、タミル語に付記されている仮名表記は文語読みだって点だな。文語読みとゆうか、文字を書いてある通りに読む。即ち文語調。
 たとえばஇலலைはラテン文字のILLAIに相当しますが、口語では「イッライ」でなく「イッラ」となる・・・前に何度も書きましたね、こういうこと。இருககிறதுIRUKKIṞADU、しかし「イルック」-綴られている文字と、実際口にされたときの発音との乖離が激しくて、文語読みに準じて言葉を発していると全然通じないほどなんだとか。
 アラビア語とは大違いだよね。たとえば日本でも有名なアル・ジャズィーラってあるじゃないですか、ああいうニュース番組なんかでは、地方毎の特色が強く出た方言「アーンミーヤ」ではなく、「フスハー」(正則アラビア語)でキャスターは喋りますし、討論の出演者たちもやっぱりフスハーを口にします。
 アーンミーヤは、それが内包する多様性を文字として表現するには十分な調整がなされていないものばかりなので普通文章化はされないんですが、それでもエジプト方言、マグリブ(モロッコ)方言、チュニジア方言の文は読んだことがあります。・・・わけわかんないですよ、本当に。これホントにアラビア語なの?って思いますから、フスハーしかやったことないと。たとえばアラビア語の標準的な語順はVSO(يدرس الطالب العربية(yadrusu ṭṭālibu l-‘arabīyata=学んでいる・その学生は・アラビア語を))なんですが、エジプト方言だとSVOですからね(他の2つの方言についてはそこまでは知らん)。つまり英語とかと一緒。俺なんてこれだけで別言語であるかのような印象を受けるわ。
 ま、もしかすると、タミル語も、電波に言葉を乗せる際には文語読みが為されているのかもしれないですけどね。全然知る機会ないですね、そんなのは。
 とにもかくにも、これは素晴らしい出版と言わざるを得ないでしょう!
 タミル語に興味ない奴すら買え!
 そして白水社に「タミル語は売れるのかっ?」と勘違いさせて、タミル語関連出版物のための予算が出るように導いてゆく、と・・・。
 いや、俺白水社って実はあんまり肌に合うところじゃなくて、大学書林の方がずっと好みなんだけどね。
 なんで大学書林、タミル語の本出してくんないのかな。ゴート語とかサーミ語パンジャービー語その他、タミル語以上に超絶マニアックな言語の語学書はあるのに・・・。

2012年11月26日月曜日

Meine Kleine Nachtmusik

 最近、つい口ずさんでしまう曲が2、3ほどあります。
 好きな曲を口ずさむとき、人間は大方心が落ち着いたり、辛い状況の最中にあっても気力が取り戻せたりするものでしょうか?
 仮に俺もそういう人間であるとして(自覚はない)、しかしこの「最近つい口ずさんでしまう曲」については、家の外でふとその旋律が頭の中に浮かんでしまうと・・・もう精神状態は最悪です。
 その音楽がじっくり聴くことのできる環境へ-つまり自宅へすっ飛んで帰りたくなる。
 とても悲しい。
 私が初めてポピュラーミュージックを聴き出したのは、小学校高学年の頃だったと思います。
 小学生の頃催された合唱コンクールかなんかで、スピッツ空も飛べるはずを歌うことになったんですよ。
 スピッツってなんじゃらほい?-私はポピュラーミュージックについて何も知りませんでした。
 そこから本格的にどういうものが、今に至る己の音楽遍歴が形成されてゆく取っ掛かりになったのかはもう思い出せませんが、とにかくポピュラーミュージックとの出会いは、スピッツのその曲によるものでした。
 そこから長いこと経ちました・・・。しかし、好きな曲を脳内で再生して、何もかもが手につかなくなる寸前に陥るほど精神的に参る経験は初めてです。自分で自分に驚きましたね、ホント。
 そして今現在はゆっくりそれらの曲が堪能できる環境に戻ってきております。
 しかしまた明日には・・・。
 そう考えただけで怖いのです。
 で、なんて曲なのよ?・・・いつか話題にできたら、いいんですけどね。ちょっと今はね。その曲が何を媒体に提供されているかってところから話を始めないといけないからねぇ・・・。ここじゃ話題にしたことのないものなんですが、そもそもそれ以前に、まだまだまともにその媒体について語ることができるほどそれと深く付き合えていないので、全然お話できたもんじゃないです。

 Schade!

2012年11月9日金曜日

歩いてるだけなんてツマンネー

Dubrovnik je jedan od najljepših gradova na Jadranskom moru.
On se zvao Biser Jadrana od srednjeg vijeka.
Ograđen kamenim zidovima, cijeli grad kao da je jedan povijesni muzej,
koji se ponosi dragocjenim spomenicima. Svake godine dolaze turisti iz cijelog svijeta.
Naša Tomoko je došla prvi put u Dubrovnik. Ona se šetala po cijelom gradu,
obišla je sve muzeje, palače i druga mjesta. Kaže da joj se Dubrovnik jako sviđa,
i da je vrlo sretna što je došla ovdje.
Tko dolazi u Republiku Hrvatsku, obvezno posjeti ovaj grad.
Nema nikoga, kome se ne sviđa Dubrovnik. On je zaista biser u našoj zemlji.

 何語でしょー、か?
 クロアチア語です。
 CDエクスプレス セルビア・クロアチア語の最終第20課本文丸写しです。「写し」と言っても、頭の中に焼き付けたものを、ですけどね。それが著作権侵害(かな?)の言い訳になるとは思ってませんが、何かの語学書の文章を記事内に綴る際毎回言っているこれは常に本当のことです。誰かにスゲエと言って欲しいわけじゃなく、己が過去の記事を見返して俺スゲエと言いたいが為に必死こいて暗記しとるんです。勿論ウソです。ただ、ふと昔書いたものを見返してみると、今じゃさっぱり思い出せない文章がずらずらずらーっと綴ってあって、それを目にしたときは俺スゲエ、いや、凄かったなって思っちゃいますね。
 さて俺は何故クロアチア語の文章を書いたのか?
 今回の記事の主題への導入のためなんです。
 実はこの文章、俺はソラで言えます。一度も躓かず、スラスラとってわけにゃあいかないんですが、とにかく、綴りをバッチリ覚えて、且つこれらの言葉を音声でも再現できるようになってます。
 そりゃあもうしつこくしつこく復唱しましたとも。
 俺は今、ようやく文字を綴るばかりの勉強から脱却して、口からも自由に発せられる他言語の学習方法の構築について毎日しつこく考えているところです。
 なんせひとりなんだ。独り。会話で発話の能力を培うことは望めないので、独りでもペラペラになれる奇跡のような勉強法を編み出さんとしているわけだ。
 結構楽しいですよ。
 なっかなか光明が見えてこねえから。
 ああでもないこうでもないってね。
 いつの間にか、冒頭の長文を一気に諳んじられるようになったのは、ああでもないこうでもないを繰り返していた結果なのかなあ・・・。
 ちなみに諳んじられるのは20課本文だけで、それ以前のものはからっきしです。すごく時間をかけて、ゆっくりとじゃないとムリだね。まず課毎の内容を思い返さないといけないし。
 もうこの20課本文は口調で覚えちゃってる。「Dubrovnik」と言ったら、「Dubrovnik je jedan...」と続いちゃう。
 すごく理想的ですよね。厳密には、「理想的な覚え方だと俺が思っている方法の内のひとつ」、です。
 これは、「反射」を利用したくて実践した結果なんです。
 小売の接客業の店員やってりゃ、レジに物を持ってこられたら「いらっしゃいませ」ないしは「ありがとうございます」と言う。
 そんな風な。
 円滑な日々の様々な営みは、「反射」と「習慣」に支えられています。いるはずです。朝起きたら歯ァ磨く。顔洗う。外から帰ってきたら手を洗う。嗽をする。3食摂って、尿意を催せば排尿をし、便意を催せば排便をし、寝る前には風呂に入って、電気消して就寝。朝になったら起きる。
 俺が実践したのは、一文ずつ、つまりはピリオドによって区切られる文章の冒頭の一語或いは二語ほどだけをPCのメモ帳に書き、それ以後綴られているものを思い出しながら諳んじるという発声の訓練です。
 実は、別に会話したくなったわけじゃないんです。ただ、文字だけでなく、音声を用いることででも頭の中の日本語を別の言語にして表現できたらいいなと今更ながらに考えたのがこの訓練の発端でして。
 そしてもうひとつ-忘れないためには、覚えておくためには、二重三重、四重五重の記憶法を用いれば他言語をより強く頭の中に留めておくことができるのではないかと考えたのです。その記憶法として相応しいと俺が思えたものの内のひとつが、「音声で再現できること」だったわけです。
 四重五重とは語感を追求した為出てきた表現なので、本当に五重まで数えられるかどうかわかりませんが・・・とにかく俺が思いついた記憶法とは、こんなものです:
  1. 言い辛い言葉は音節を区切りながら覚える(例: DubrovnikならDub-rov-nik)
  2. 意味の固まりで覚える(例: od srednjeg vijeka=中世から < srednji vijek 生格)
  3. 反射で覚える(上述の通り)
  4. 口調や音韻で覚える(直上の反射に準ずると言える)
  5. 綴りを覚える(文字に起こそうと思うと必要。基本的に外せないことだと思うが、後述するアイルランド語などで特に極めて重要)
 5つ目までいったね。見て判る通り、まったく目新しい行為はありません。これらすべてを利用して覚えようとする行為に意味があるのです。ちなみにこの記事冒頭に出てきたことを鑑みて1.の例にはDubrovnikを挙げましたが、これ自体は特に言い辛い言葉だとは思いません。最近覚えた言葉だと、そうですねー・・・ドイツ語なんですが、die Abschlussprüfung des Sprachkurses(ディー・アプシュルスプリューフン・デス・シュプラハクアゼス=語学コースの終了試験)とder Aushilfskellner(デア・アウスヒルフスケルナー=ウェイターのアルバイト)は、何度言い直してもその度どもりましたね。
 更に今後作れるとしたら、「和訳を見ながら諳んじる」でしょうかね。
 これは行なって至極当然の訓練なのですが、まだやってません。ある言語の文章を読みながら日本語が同時に頭の中に浮かんでいないなんて有り得ないですからね。隣に添えられている日本語文を改めて確認しようという気持ちにならない。
 この訓練は、セルビア語、クロアチア語、ドイツ語、イタリア語、アイルランド語にのみ適用しています。他の言語の学習時に適用できない理由があるのではなく、単に最近勉強しているのがこれらの言語だったからというだけです。
 正しく告白すると、元々、イタリア語を勉強していたとき、効率的に覚えるためにとふと考えついた勉強法でした。思いついたということが重要なのであって、実践第一号の対象となる言語は別になんでもよかったんです。
 最初に思いついたのは、「反射」でした。
 結構効果があったと思います。
 そしてこれを続ける内、声に出すことの楽しさを見出し始め、記憶法として真の効果があるかどうかはともかく、この訓練を勉強の中に取り入れる抵抗はまったくなくなっていったことは大きな利点だったと思います。
 そして次に、「反射」は本当に使えるのか?と、既に語学書を読了していたセルビア語・クロアチア語と、アイルランド語も暗唱できるようになるかしらと、本を読み返してみました。
 前者はうまくいきました。
 後者はイマイチ。
 何故なら、アイルランド語の発音が未だに滅茶苦茶たどたどしく、ほぼまともに身についていないからです。

 ヴィー・ラン・ゲールゲ・エル・シュール・エゲ・アンシン・ウーアル・サ・チャフタン
 bhí rang Gaeilge ar siúl aige ansin uair sa tseachtain
 週に一回、彼の下でアイルランド語の授業が行われていた

 とか

 ゴ・ロ・ミーリャ・アガト・アス・ド・ハルジャス・ヌーアル・ヴィー・メーグ・スタジェール・イ・ンガーリャ
 go raibh míle agat as do chairdeas nuair a bhí ag staidéar i nGaillimh
 ゴールウェイで勉強していたときは本当にありがとうございました

 といった一音節の言葉なら大丈夫ですが、

 アグス・ホサ・シェー・ヘーン・アグ・スクリーアウ・ダーンタ・チリー・ゲールゲ・アグス・チリー・ヴェールラ
 agus thosaigh sé féin ag scríobh dánta trí Ghaeilge agus trí Bhéarla
 そして彼は自分でもアイルランド語と英語で詩を書き始めた

 とか

 ター・スール・アガム・ゴ・ワー・メー・スケーラ・ウェト・ゴ・ルーア
 tá súil agam go bhfaighidh mé scéala uait go luath
 あなたからの手紙がすぐに手元に届けばいいなと思っています

 という多音節語になると、何秒か読み方を考えてしまいます。ところで「bhfaighidh」の読みは上に書いた通り「ワー」だと思うんですが、「oíche mhaith(おやすみ)」の「mhaith」も「ワー」。こんだけ綴りがまったく違うのに読み一緒なんてすごいよね。フランス語に同音異義語が多いという欠点なんてどうでもよくなっちゃうね。どうなってんだアイルランド語、って思わずにはいられないでしょ?誰だってたぶんそう。アイルランド人だっておそらくそう。でも現代に生きるアイルランド人にとやかくゆーのはやめたげて。こういった不条理な綴りを確立させたのは彼らではないのだから・・・。
 CDは相変わらず聴いてません。
 だって、まだるっこしいんだもん。
 トロイ。
 自分でスラスラ諳んじられるようになるのが目的なのに、初学者向けのダラダラと小休止の連続する発音聴いてられんっての。「普通のスピード」とか言われる読みでもかなり遅く感じる。
 しかし今考えてみると、トロイ分、どう発音されるか気になる語の確認にはもってこいなんだよな。しまったなぁ。
 しかしなんとか諳んじようと努力したことは他の言語の勉強にあたってのこととなんら変わらないので、暗記はできました。
 「Dubrovnik ...」の文は、最終課にしてはカンタンだなと感じていたので良い達成感を得られなかったのですが、アイルランド語(ニューエクスプレス アイルランド語; 扱っているのはコナマーラ方言)の第20課を暗唱できるようになったときには本当に嬉しかったですね。

Go raibh míle maith agat as do chairdeas nuair a bhí mé ag staidéar i nGaillimh.
Níl féidir liom a rá cé chomh buíoch díot is atá mé.
Mura mbeifeá ann, tá mé cinnte nach n-éireodh liom Gaeilge a fhoghlaim.
Tá beagnach coicís agam ó tháinig mé ar ais abhaile don tSeapáin.
Airím uaim na laethanta a bhí agam i nGaillimh - seisiúin ceoil sna tithe ósta, piontaí Ghuinness
agus mar sin de. Ba mhaith liom dul ann arís an samhradh seo chugainn.
Abair le do chairde agus do mhuntir go raibh mé ag cur a dtuairisc.
Tá súil agam go bhfaighidh mé scéala uait go luath.

Mise le meas,
Mai

 ・・・という本文でした。
 やー、すごいですね。俺。なんて発音したらいいのかわかんない言葉だらけなのに覚えてる。ま、今までそうやって勉強してきたんだけども。
 そう、不思議だった。
 たとえばベトナム語には声調があって、それらが正しく再現できる自信がないし実際聴いても弁別がよくわかんなかったので口に出すことは諦めて、ひたすら文字だけを頼りにベトナム語は勉強していたわけだけど、なかなか身につかなかった(そして今ではパーっと忘れた)。
 アイルランド語に関してはもっとヒドい-そもそもなんと読むのかわからない言葉だらけなのだ。一応、読みについては学習したが・・・ニューエクスプレスの解説だけじゃざっくりもざっくり、例外的な発音が殆ど身につかない。そしてアイルランド語の言葉は基本的な読み方を知っているだけでは太刀打ちできない言葉が本当に多く存在する。・・・ま、かの名著・「アイルランド語文法 コシュ・アーリゲ方言」を持ってるんだから、それと併せて学習せーよって話なんだけどね。メンドいじゃんそんなの。
 そんな、読み方のわからない言葉の洪水に飲まれそうになっても、息継ぎは必ずできており、溺れてしまうことはなかった。不思議なことに、何故だかガンガン暗記していけたのだ。
 人の記憶って、一体どういう仕組みになってるんだろうか・・・。
 これが解明できれば!そう思わずにはいられない。何学で扱ってんのかな、これ。
 さて、上で挙げた4つ(プラス1つ)の記憶法、人間、他言語を学習する際には無意識に実践しているものなのかもしれません。俺だってこれらを活用して勉強していたのかも。
 ただ、実践しようと意識して学習に臨むと、効果の程は実に明白です。
 そしてなんと、この方法を続けている内に、次第に綴ることが億劫になっていきました。この俺が!綴ることが億劫にだと!信じられないです。自分で自分が。
 だってそんなことせんでも頭に入っちゃうんだもん。
 まぁ実際綴りが覚えられているかどうか確認するときにはタイプするけどね。
 ノートにはもう1ヶ月くらい何も書いてないなぁ・・・。
 ただ実を言うと、こうして訓練を始める前から、ノートに何かを書くことは億劫になってた。タイプした方が早いじゃんと。勿論字を書くよりタイプする方が早く文字を示すことができるなんて10年くらい前から悟ってたことだけど、それでも俺は実際にペンを持って文字を紙の上に綴ることが好きだった。それがここ最近遂に面倒臭く感じてきたわけだな-っつっても、特にラテン文字については、なんだけどね。上で俺、最近何語勉強してるって言ってた?クロアチア語、イタリア語、ドイツ語、アイルランド語はどれもラテン文字を正書法に持つからね(セルビア語はキリル文字。前書いた覚えがあるんだけど、俺キリル文字好きじゃないんだよね。だからそもそも書きたいとあんまり思わない)。とりあえず今は特にタイピングだけで、何かを綴ることに対する欲望は満たされてるから、これでいいのだ。
 訓練を始める前に、そして今もPCで易易とタイプできない文字を正書法に持つ言語を勉強しているときにはペンを握っていた。即ち、タミル語、チベット語、タイ語。特にチベット語はようやくキーボードをインストールして、フォントはそれ以前からかなり色々PC内に既に持ってたのに何故か表示されないのでどうしようもない。Lexilogosのチベット語オンラインキーボードには欠陥があるし・・・「チベット語 言語学習日記」を書いてたときからわかってたことなんだけど、いい加減鬱陶しくなってきたので利用をヤメた。いやよくできてるとは思うんだけど、ねぇ・・・そう思えるだけにものすごく勿体無いんだよな、あれ。
 とまあ色々と、「確実に」、「素早く」、「後々忘れ難い形で」、覚えられる方法を今模索しとるわけです。
 今後何か画期的な、それこそ奇跡のような記憶法が確立させられたとして、それが為されたと判断できるのはどういうときだと思います?
 ・・・一切前知識のない言語をスラスラと覚えていき、すぐ己の言葉として用いることができると自他共に認められるとき、これ以外にはないでしょうね。
 そこまで記憶法を追求しなくても、とりあえずある程度の成果は出てるんだからいいじゃんと考える自分もいますが・・・究極が欲しいですね、やっぱ。
 急がば回れとか石の上にも三年とか、拙速を諌める言葉がよく聞かれますが、どうせできなかった人の言い訳なんだと思えば、確かにそうでもあるんじゃないんですかね。
 俺は近道したくてしょうがないです。
 でも、近道の途中に立ち塞がるすごく大きな壁を「近道できるから!」とせっせと取り壊していくのと、ただ黙々と歩けばいいだけの遠回りの道を往くのとでは、・・・結果的にどっちが好いのでしょうかねぇ。
 ただひとつ言えることは、俺は歩いてるだけなんてツマンネーことは真っ平御免だと。

2012年6月9日土曜日

フォントに翻弄されまくっている多言語学習生活

前回の記事から派生した話題でお送り致します。

 何について?-フォントについて!
 リトアニア語を綺麗に表示できるかどうか、それも確かにフォント選択の際に吟味の必要性を感じることではあったんだけど、こんなのショボイショボイ。
 ベトナム語の声調記号を付記した母音を真っ当に表示させるフォントの方が少ないことに気づきました。
 ふとまたベトナム語を勉強したくなって、昨日今日とやってたんですが、タイプの練習も改めてやろうと打ってみたら・・・セリフ系はTimes New RomanPalatino Linotype以外全滅だった気がする。以前ここでベトナム語の学習成果を記していた頃はTimes New Romanを使っていました。昔からフォントに対する拘りはあったんですけど、最近目覚めたようにネット上で自分の気に入るフリーフォントを収集するという発想は以前はまったくなかったので、ラテン文字が格好良く表記するためにはTimes New Romanを、と機械的に利用していました。Times New Romanに似た見た目のGeorgiaも好きなんですが、Times New Romanに比べてかなり幅を食う仕様になっていて、その為に使い辛い場面がよくあったりするので、結局Times New Romanを選択することの方が多いです。Georgiaは一応最近も使用例がありまして、アイヌ語学習成果3日目で「第○課: ○○」という見出しにあったラテン文字の表記がこれで為されています(だったはず・・・)。幅が太いことによるTimes New Romanとの見映えの違いが利用できた好例です。迫力出ますからね(上がTNR、下がG、サイズは24、イタリック体&ボールド):

Labai malonu susipažinti su Jumis!

Labai malonu susipažinti su Jumis!

Очень приятно с вами познакомиться!

Очень приятно с вами познакомиться!

 さて、ベトナム語をデジタルで綺麗に表示させる方法なんですが、別にTimes New Roman、Palatino Linotypeでも悪いことはないです。
 ただ、前回お見せした通り、StonehengeFeather・・・なんとかのような、OSに最初から組み込まれているフォントにはない魅力を持った字体が、どこかの誰かからの手を借りて表現可能であると知れば、ベトナム語にもそういうものがないかなと探してみたくなりまして。
 で、見つけたんですけど、何故だかその後で、「ラテン文字限定でいいから、どんな言語のどんな表記であっても綺麗に表示できるフォントというのはないのか?」と考え始めちゃいまして、ベトナム語の表示に特化したフォントのことはほぼどうでもよくなりました。
 色々試してみたんですが、TITUS Cyberbit Basicってのが万能に近くて、凄いフォントです。俺のOSはXPなんですが、このフォントは最初からあったものなのか、どこかから調達してきたものなのかは覚えてません。ただ、ベトナム語表記に適しているとはちょっと言い難いです。ベトナム語向けなら、これと比べるとTimes New Romanの方がいいですね。記事の最後に使用例を示してますんでどうぞ。
 ある表記の見た目に対してあるフォントが使用に向いているかどうかの判断は、メモ帳を開き、適当に文章を書き、あとはひたすらフォントを選択しまくって逐一表示の変化を見ていくという手順を以ってしています。言わずもがなですが、滅茶苦茶面倒臭いです。でもこれ以外に良い方法が思い当たらない。フォントファイルを開いて直接字体を見るという方法は意外に使えなくて、たとえばAndalusというアラビア文字向けのフォント(السلام عليكم)がありますが、フォントファイルを見ても記載されているのはラテン文字だけであり、実際こうして使ってみないとどんな文字の表示に変化を齎すのかわからないことが多いです。メモ帳での確認で言えば、フォント設定画面の「文字セット」の項目を参考にすればフォントの変更を決定するまでもなかったりするんですが、できれば文章単位で見た目の確認をしたいし、それからだとわからない表記の不具合が潜んでいる可能性があります。「文字セット」だと多くても10文字程度しか確認できません(ちなみにAndalusのアラビア文字表記は「文字セット」で確認可能)。
 で、このTITUS Cyberbit Basicですが、メモ帳の「文字セット」からは、その項目に準拠した呼称で言うと、「欧米」、「ヘブライ語」、「アラビア語」、「ギリシャ語」、「トルコ語」、「バルト言語」(リトアニア語とか)、「中央ヨーロッパ言語」(ハンガリー語とか)、「キリル言語」、「ベトナム語」のサンプルが確認できます。ラテン文字の表記に事足りるだけで満足だというのは先に言った通りですが、ここに含まれているように、ヘブライ文字の表記がセリフの体裁で適うことも特筆すべき点です(אני רוצה לנסוע לירושלײם)。
 ところでこの内「アラビア語」の表記は「السلام عليكم」、こんなんで最低最悪の・・・って、あれ!?字の結合が解除されてるじゃん!どゆこと?メモ帳だとこんなことはなくて、ちゃんと結合されていて、尚且つTahomaっぽい見た目になります(つまりこんな感じ: السلام علیکم)。
 まぁなんにせよ、使えないってことがわかりますね。個人的にアラビア文字でサンセリフ系は有り得ないです。
 OSにデフォで入っているフォントだと、Traditional Arabicが好きです。Andalusも捨て難いけどね。Traditional Arabicでは、一部の文字が筆記体の如く表記されるところが評価点です。どういうことかと言うと(上: TNR、下: TA):

نًيِ مُحَمَّ سَمَة

ني محم سمة

 上と下とでは使われている文字に違いがあるように見えますが、同じ綴りです(ちなみに意味のある言葉ではありません。両者の間で見た目の違いが出ることのみを条件にしてテキトーに綴りました)。こういう処理をして表示するアラビア文字用フォントで今のところ知っているのは、このTraditional Arabicだけです。すごいですよね。「筆記体の如く」というのは、ネイティブはこういう書き方をすることが多く見受けられるからです。俺はしません。最初にアラビア文字を書き始めた際こういう風に書くとは習わなかったし、何よりこれ見れば分かると思いますが、こういう字体だとなんの文字が結合しているのか判断できない可能性があるんですよ。なのに好きなのかって?うん・・・まったくの機械的な表示じゃないところに、作成者のアラビア文字に対する敬意を感じるというか・・・これが使われることによって誤読される可能性を孕んでいても、他のフォントとは異なる魅力、それも替えのきかないものであるということが素晴らしいと俺は思うんだ。
 あと実用的に重要なこととして、母音記号が文字とくっ付かないで表記できるという点が挙げられます。上のTMRの方を見れば判りますが、「ني」についている母音記号がアラビア文字と融合しちゃってます。TAの方に付けていないのは、筆記体風の表示が解除されるからです。こんな具合に: نَيِ مُحَمَّ سَمَة
 ・・・ただ、すんごい細いところが難点。Times New Romanと比べると、二回りくらい幅が狭いよね。かなりサイズをでかくしないと字体の結合云々以前に読み辛くてしょうがないです。
 とまあ、こんな感じで、フォントに翻弄されまくっている多言語学習生活を送っています。
 結局は自分で作った方がいいって話になるんだろうなあ、フォントって・・・。
 それでは最後に、ベトナム語用フォントの使用例を筆頭に、表示に不具合のある例も交えつつ、5つのフォント(すべてセリフ系)で書き表されたベトナム語文章と共にお別れです。

(ニューエクスプレス ベトナム語 第4課 より)

Type I. フォント: VU Tha Huong

- Bác ơi, đây có phải là xe máy của bác không?
- Không, đây là xe của con trai tôi. Tôi không có xe máy.
- Còn cái xe mới đó là của ai?
- Cái đó là của con gái tôi.
- Có phải cả hai cái đều là xe Nhật không?
- Đúng thế. Người Việt Nam thích xe Nhật lắm.
- Chàu cũng muốn một cái bác ạ.

Type II. フォント: Palatino Linotype

- Bác ơi, đây có phải là xe máy của bác không?
- Không, đây là xe của con trai tôi. Tôi không có xe máy.
- Còn cái xe mới đó là của ai?
- Cái đó là của con gái tôi.
- Có phải cả hai cái đều là xe Nhật không?
- Đúng thế. Người Việt Nam thích xe Nhật lắm.
- Chàu cũng muốn một cái bác ạ.

Type III. フォント: TITUS Cyberbit Basic

- Bác ơi, đây có phải là xe máy của bác không?
- Không, đây là xe của con trai tôi. Tôi không có xe máy.
- Còn cái xe mới đó là của ai?
- Cái đó là của con gái tôi.
- Có phải cả hai cái đều là xe Nhật không?
- Đúng thế. Người Việt Nam thích xe Nhật lắm.
- Chàu cũng muốn một cái bác ạ.

Type IV. フォント: Times New Roman

- Bác ơi, đây có phải là xe máy của bác không?
- Không, đây là xe của con trai tôi. Tôi không có xe máy.
- Còn cái xe mới đó là của ai?
- Cái đó là của con gái tôi.
- Có phải cả hai cái đều là xe Nhật không?
- Đúng thế. Người Việt Nam thích xe Nhật lắm.
- Chàu cũng muốn một cái bác ạ.

Type V. フォント: Feathergraphy Decoration

- Bác ơi, đây có phải là xe máy của bác không?
- Không, đây là xe của con trai tôi. Tôi không có xe máy.
- Còn cái xe mới đó là của ai?
- Cái đó là của con gái tôi.
- Có phải cả hai cái đều là xe Nhật không?
- Đúng thế. Người Việt Nam thích xe Nhật lắm.
- Chàu cũng muốn một cái bác ạ.

2012年6月7日木曜日

未だ帰宅の適わない3冊・・・

未だ帰宅の適わない3冊・・・。

hausa

 まずはハウサ語の本。
 今日、業務がすべて終了した後で、帰る前に店の倉庫でパラパラっと見てみたんですが・・・いや~、なんかもう色々とすごい複雑そうでした。今からワクワクもんです。
 あと、ハウサ語で使われていることによって初めて目にするラテン文字があった!これはすごく意外だった。ネットでハウサ語についての情報をチョコチョコっと見たといっても、ホントに僅かも僅かだったんで、まさか正書法で驚かされるとは思わなかった・・・。
 ただひとつ・・・「r+~」って表記があったんだよ~!リトアニア語のアクセントと違って常に明確に書き表すのが正しいみたいだったから、これについては今からもう憂鬱だぁ・・・。
 ちなみに、アラビア文字は、目にした範囲では一切登場してませんでした。

gaeilge

 次にアイルランド語。
 もうホント、この本は見る度手に持つ度に著者は偉大であると思い返される。音声教材(なぜかCD-ROM。CD-DAではない)も同梱で言うことナシ!ハウサ語の方はCDなしです。声調言語であるとのことで、且つ、俺が見たページのひとつではイントネーションに図を用いて説明されていたくらい発音の習得が容易でなさそうな言語なんだから、付属でCDは必須だったと思うんだが・・・。
 アイルランド語の母音と子音は、性質によってそれぞれ2つのタイプに区別できる点が、ロシア語など、「硬音」「軟音」が厳然と分たれていている言語に似ています。a、o、u(とそれぞれの長音)を後ろに従えると「広音」に、e、i(とそれぞれの長音)を従えると「狭音」になります: 広音: daoine /iːnʲə/(人々) | dia /iːə/(神)。

filipino

 最後にフィリピノ語。
 語れることはまーったくありません。パラパラと見てすらいないなw この中では最初に注文した本なのに・・・。
 まぁ、「とりあえず」だよ!気になったら確保しとく!
 日本は言語学習者に優しくない国だからね。そもそも日本国唯一の国語である日本語を政府レベルで学術的に研究、保護する機関がない時点で・・・。国語なんとか会?だかなんだかあったと思いますが、たとえばl'Académie françaiseの実質的な役割、権威、強大な存在感に比べればゴミ程の価値もない。
 買って持って帰れたところでその学習は後回しになる可能性が多分にあるわけですが、そんなことはどうでもいいんですよ。当分パラパラ暇潰しに見るだけにせよ家になかったらそれすら適わないんだから。
 注文はしていないがまだまだ欲しい本はいっぱいあるし・・・利用してるサイトの「お気に入り」の本の登録上限数が100なんだけど、埋まったまんまだからね。
 そこで本を注文するようになった当初目をつけていたのが、以前読んだことのある良書、次が基本的なラテン文字しか正書法に採用していない言語、そんでその次、つまり今関心があるのは、「読本」です。本によって解説の詳しさの差はあれど、基本的な文法説明は内包されているはずなんで、ある程度規則を覚えてあとはひたすら文を読むことで頭に染み込ませる・・・ってのができないかなぁと思ってるんだけど、どう?文法規則を知らない、もしくは理解できてなくても暗記はできちゃう人間なんで、ひとつの勉強法として取り入れられないか考える価値があるんじゃないかと。
 さて上の3冊とそれに関係する話はここまでにして、学習成果を話題にしたいところ・・・なんですが、新たなことを学んだある3言語は、それぞれの最新の課の本文を覚えただけで文法についての説明をまだちゃんと読んでないので、和訳書いて終わりってことになりかねないのでまだやっちゃあいけないんですよね。
 それでもとりあえず文は書きたいんで、暗記の確認も兼ねて本文だけ書き逃げしとくことにしましょうか。

エテケヘ・カ・エケマハ・カ・トィトィ・ウㇱ・ペ・ネ・ナ. マカナㇰ・エイキ・ルウェ・アン
- etekehe ka ekemaha ka toytoy us pe ne na. makanak eiki ruwe an?

キナカㇻ・クス・ペッ・クㇱ・タ・カㇻパ・ルウェ・ネ
- kinakar kusu pet kus ta karpa ruwe ne.

エコㇿ・セタ・エトゥラ・ワ・エアㇻパ・ルウェ
- ekor seta etura wa earpa ruwe?

ルウェ・ウン. クコㇿ・セタ・カ, クマチㇼペ・カ・クトゥラ・ワ・カㇻパ・ルウェ・ネ
- ruwe un. kukor seta ka, kumacirpe ka kutura wa karpa ruwe ne.

クコㇿ・マキリ・エトゥラ・ワ・エアㇻパ・ソモ・キ・ヤ
- kukor makiri etura wa earpa somo ki ya?

エカシ・コㇿ・マキリ・クユピ・エィワンケ・シリ・クヌカㇻ
- ekasi kor makiri kuyupi eywanke siri kunukar.

 まずはアイヌ語ですね。
 なんと言っても名詞の「概念形」と「所属形」の登場が大きい。上の文章中で言えば、etekehe(きみの手)、ekemaha(きみの足)、kumacirpe(私(兄)の妹)、kuyupi(私(弟)の兄)の太字部分が「所属形」の名詞、ekor / kukor seta(きみ / 私の犬)、kukor / ekasi kor makiri(私の / おじいさんの小刀)の太字で示した語が「概念形」です。具体的に、どういう表現に関与しているものであるかは・・・また後日、ね。アイヌ語の特異性がまたしてもまざまざと感じられる要素です。
 これは本当にエライもんですよ。絶対にそれぞれの形は眺めてるだけで暗記できる自信はない。今のところは文の中に組み込んであったら文や文法規則と共に併せて覚えるということ以上に身につけるための努力はしない予定だけど、例文の中の一単語として用いられたことのないものでも、CDエクスプレスは練習問題を読み解いたりそれに答えたりするための語彙として登場させるからなぁ・・・。昔はCDエクスプレスの練習問題、頑張って解いてたんですけど、最近は飛ばすことが多くなってきました。パッと見てサッと答えられなければそれは、真に理解できていない、見に染みていない証拠だと思ってるんで、とりあえず先々と進んでいくことが常態化してます。
 あ、ちなみに和訳は後日また改めて。以下の文章群もすべて同じく。

チュテティ・イム・アシュタ・イ・ブクル
I. Qyteti im është i bukur.

モトラ・イメ・アシュタ・ストゥデンテ・ナ・ウニヴェルスィテト
II. Motra ime është studente në universitet.

プリンダリト・エ・ミ・バノィナ・ナ・フシャト
III. Prindërit e mi banojnë në fshat.

ショク・ユト・アシュタ・メカニク
IV. Shoku yt është mekanik.

ナナ・ヨテ・アシュタ・ミェケ・エ・ミラ
V. Nëna jote është mjeke e mirë.

ヴァレザル・エ・トゥ・シュコィナ・プナ・マ・カンバ
VI. Vëllezër e tu shkojnë në punë më këmbë.

ビチクレタ・エ・ティィ・アシュタ・エ・レ
VII. Biçikleta e tij është e re.

アルブミ・イ・サィ・アシュタ・プロト・メ・フォトグラフィ
VIII. Albumi i saj është plot me fotografi.

ポプリ・ユナ・ルフトン・クンダル・シュテュピェス・ポリティケ
IX. Populli ynë lufton kundër shtypjes politike.

タ・ティラ・トリマ・リンディン・ララ
X. Të tillë trima lindin rrallë.

 それからアルバニア語です。
 ・・・って、なんだか微妙にすんなり読まさせてくれないこのフォントはなんだ!
 「Stonehenge」ってフォントなんです。上の「アイルランド語文法」で、アイルランド語を表記するための伝統的な字体として紹介されているのを見たのが、このフォントの出会いでした。この字体で書くと、たとえば「oíche mhaith(イー・ワー; =おやすみなさい)」は「oíce mait」となり、消えた「h」はそれぞれに先行する子音の上にドットとして書かれます(デジタルだと手間なくしてはċしか表現できない・・・。このċはマルタ語キーボードで打ちました。この言語で用いるċとġが古英語の表記に必要なので使ってます。マルタ語もやりたいけど入門書がねぇなぁ)。俺はこの字体がものすごく気に入って、あの本でアイルランド語の勉強をしているときは常に筆記に用いていました。ただ、上のd, i, r, sは本で示されていたものとは違う形になってます。また、アイルランド語ではj , k, q, v, w, x, y, zは用いられません(方言によるかもしれんが。少なくともコシュ・アーリゲ方言とコナマーラ方言では使わない)。本が買えた暁には件の字体が見られるページを一部撮影して載せようかな。
 さて、この課の存在意義は、学習者に「所有形容詞」を教えてくれることです。とりあえず最も目立っているものはそれなんですが・・・実はページの大半は形容詞の「男性形」「女性形」の形成の仕方とその他諸々についての解説に割かれています。だからこんなもん単語毎を例に述べられても頭入ってこないんだって・・・!文章中では、i bukur(美しい), e mirë(良い), e re(新しい), plot((me+対格)でいっぱいの), politike(政治的な)が形容詞です。「i」と「e」は「前置定冠詞」です。前者が男性名詞を、後者が女性名詞(いずれも主格単数)を修飾していることを示しています。これが付くものと付かないものの見分け方についても書かれています。

クルー・イーラ・パーシュタス
I. Kur yra paštas?

クルー・イーラ・テレフォナス
II. Kur yra telefonas?

クルー・イーラ・ストティス
III. Kur yra stotis?

イー・デーシネー. イー・カイーレー
IV. Į dešinę. Į kairę.

アントラメ・アウクシュテ
V. Antrame aukšte.

カイープ・マーン・ヌヴァジオーティ・イー・ストーティー
VI. Kaip man nuvažiuoti į stotį?

プラシャウー・カルベーティ・パマジュ
VII. Prašau kalbėti pamažu.

 で、3つ目はリトアニア語。
 ・・・って、このやたらと読み辛いフォントはなんだ!
 「Stonehenge」と同じくネットで拾ってきた「Feathergraphy Decoration」ってフォントです。いやこのフォントすごいんですよ。過度な装飾もすごいんですが、それ以上に、リトアニア語の字母をすべて問題なく綺麗に表示させることができる点が素晴らしすぎます。セリフ系のフォントでは大抵「ę」とか「į」はアウトなんですよ。
 上の「Stonehenge」とこれ併せて、タミル文字、シンハラ文字、デーヴァナーガリー、アルメニア文字のイケてるフォントを拾った後に、すっかり忘れてたラテン文字用のやつを探し始めて色々見つかったものの内の一部なんですよ・・・探す順番おかしいよなw 余談ですが、最近文字をデカいサイズで書く際に愛用していて、そして今回もアイヌ語の文章に使ったのは「Palatino Linotype」ってフォントです。古典ギリシャ語を一切の不具合なく表示させるために必要不可欠なフォントの内のひとつで、リトアニア語の特殊な字母などにもバッチリ。そもそも見た目もシャープでカッコイイし、すごく利用しやすいフォントです。これはデフォでOSに入ってるはずです。古典ギリシャ語を始めたのは3年くらい前なんで勿論このフォントの有用性についてはよく知っていたのですが、古典ギリシャ語以外にラテン文字を表記する際にも是非利用すべきものであると気づいたのはここ最近です。
 さて前2つと同じように内容に少し触れようかなと思うんですが、そもそもこれで文すべてじゃなかった気が。
 会話文なら、それを構成する個々の文はハイフンで導いて、全体がひとまとまりを成していることを俺は示すようにしています。これは見ての通り互いが互いに関係のある問答ではありません(一部それっぽいものもあるんだけど)。そんな文なのにむしろこんだけよく覚えてる自分を褒めたいくらいだ。とか言ってるのに同じようなつくりのアルバニア語文は覚えられたのかと自分に突っ込みたいところですが、あれもあれで文の登場順が違ってるような気がしてます。
 この課では「文法格」が登場します。I.からIII.までの、-asを語末に持つ名詞は「主格」で、dešinę, kairę, aukšte, stotįは・・・なんだっけ?w ちゃんと見てないからね、仕方ないね。「antrame aukšte」は「2階に」って意味だからaukšteは「処格」ってことは確かで、他はたぶん対格だったとは思うんだけど・・・。というか、印欧祖語に近いと言われる他の言語を参考にするまでもなく、ラテン語を知ってれば「なんとなく」で対格かなと思えるんだよね。
 「į」がかつてiの鼻母音を、「ę」がeの鼻母音を示していたことと、前置詞「į」が「...に」を意味することを念頭に置いて、ラテン語でこれらにあたるものは何かと考えると、「į」と同じ意味を持つ前置詞「in」と、「単数対格語尾「-m」」という鼻音を含む要素なんだよね。ラテン語の全名詞の単数対格形が-mで終わるわけではないけど、これを特徴にしている一分類があるのも確かで、たとえば「島に」(移動先の到達点として)は「in īnsulam(< īnsula; f.)」と言う。サンスクリットの単数対格指標のひとつが-म्(m)という語尾であることを考えると、リトアニア語の鼻母音は、元は「母音+m」という結合であったのではないかと俺は思う。
 まぁ、これで上の対格であると思われる名詞群が別の格として曲用されていたらアホ過ぎだけどw
 ところでこいつらそれぞれ主格がdešinės, kairės, aukštės, stotis(III.にある通り)なんだけど、それぞれ音が「デシネース」、「カイレース」、「アウクシュテース」、「ストティス」で、aukštės以外の前置詞「į」に導かれている方は、上に書いてある通り、「デーシネー」、「カイーレー」、「ストーティー」なんだよ。伸ばすところが格によって変わるんだよ・・・。アクセントの位置による問題だから、「デー」、「カイー」、「ストー」のそれぞれの部分は見た目は短母音のままなんだ。ちなみにこの伸びている部分はすべて上昇アクセントを有しています。主格形で長音である部分も同じくそのアクセントは上昇です。あ、stotisのアクセントは「stòtis」として示され語幹にあり、短アクセントです。
 ・・・どこが「本文だけ書き逃げ」なんだw
 何か述べないと気が済まないってわけなんだな。
 これだけでも大分疲れた・・・。「慣れないことすると・・・」と言うが、俺にとってこういう解説もまさしく「慣れないこと」にあたってるもんな~。

2012年6月4日月曜日

=「мой отец—учитель」 ~リトアニア語第3課

カイープ・ギーヴーオヤテ
Kaip gyvuojate?
お元気ですか。

 俺?俺は元気じゃないです(´・ω・`)

クラーセーィエ
第三課: KLASĖJE
教室で

 今回もひとつのまとまった会話文にはなっておらず、色んな表現の寄せ集めで構成されているので、全文書き出しは省きます。

プラシャウー・スカイティーティ
Prašau skaityti.
読んでください。

※skaitýti: 読む(不定形)

 というわけで、今回から本格的に動詞が登場します。この課に出てくるものはほぼ全てが不定詞で用いられています。

スカイティーキテ
Skaitykite!
読みなさい。

※skaitýkite: skaityti命令形2人称複数

 「命令形」が出てきましたね。「命令」はないんでしょうか?

プラシャウー・イシュヴェルースティ
Prašau išversti.
翻訳してください。

※išver̃sti: 翻訳する(不定形)

 「skaityti」、「išversti」と、-tiを語尾に持つ動詞が続きましたが、これは当然のことで、リトアニア語の不定詞は-tiを語尾に持つのが特徴です。第2課で書いたbūti、gyventiの語末も、勿論この特徴が表れたものです。

プラシャウー・ラシーティ
Prašau rašyti.
書いてください。

※rašýti: 書く(不定形)

 不定形末尾の-tiの直前にyを持つ動詞は、そこに必ずアクセント(下降アクセント)があるのでしょうか?少なくとも今までに見てきたものはみんなそうです。

プラシャウー・デーメシオ
Prašau dėmesio!
聞いてください。

※dė̃mesio < dėmesỹs(デーメスィース; m.) s.gen.: 注目、注意

 和訳だと「Écoutez bien!(エクテ・ビヤン」と書かれているかの如しですが、dėmesysは注釈の通り、「注目」という意味を持つ言葉なので、直訳だと「どうか注目(してください)」ですね。言わずもがな、「聞いてください」とは本に従ったものです。和訳通りの「聞く」という動詞を用いなかったのは、「教室に於いては」こう言う方が自然ってことなんでしょうか?
 ところで、主格・dėmesysと属格・dėmesioとでは、アクセントの位置に違いがありますね。地獄の扉が開く音がするぜ・・・。

プラシャウー・パカルトーティ
Prašau pakartoti.
繰り返してください。

※pakartóti: 繰り返す(不定形)

 -tiの直前に、これまでとは別の字母が来ましたね。X-ytiという不定形に於いてyがアクセントを持つというより、-tiの直前の母音がアクセントを持つのではないかと推測する方が適切みたいですね。išverstiに於ける-tiの直前の母音字はeですが、子音字であるrと二重母音を形成してますんでrに付いていてもおかしくない。

ダール・カルーター
Dár kar̃tą.
もう一度。

 これの表現について、単語毎の意味が記載されていないので、このまま覚えよってことなんでしょうね。
 字母「ą」は初めて登場しましたね。かつてはaの鼻母音を示していたものが、現代ではaの長音になっているというものです。ę、į、ųも同じ変遷を辿った字母です。なんで鼻母音は廃れちゃったんでしょうね。ある音がなくなったのなら、それを示していた字も共に廃止するとか他の字に置き換えればいいのに、なんの働きがあってこういうのって残存するんだろうね(英語の母音の表記とかね!)。このせいでįとy, ųとūで同じ音を共有するようになっちゃったんだから。ęとėは、カナで音写するとどちらも「エー」ですが、正確には前者は広いe、後者は狭いeです。ちなみにąとęはポーランド語にもあり、これらは鼻母音です。
 それにしてもまたもやの現象だが、「r+アクセント」の表記がヒドいことになってんなぁ・・・。
 「母音字+子音字」という結合でのアクセントは、母音に付く方は下降アクセント、子音に付く方は上昇アクセントと必ず決まっているのなら、ある「VC」という二重母音に於いて、Vの方に上昇アクセントを付記することによって直後のCのアクセントを示すってやり方をしても、無理はない・・・よな?カナによる読みは必ず付けるし、たとえば上の「kartą」なら、

 カルーター
 kãrtą

 と書くわけだから、「カールター」と誤読される可能性はなくなる。
 ただ、俺個人が自由に書いている場所限定であるとはいえ、勝手にそういうことをしていいものかどうか・・・。誰に責められるわけではなくとも、最終的に最も説得に心を砕く相手って、自分自身なんだよね。いわゆる葛藤ってやつか?この言葉人生で初めて使ったかも。
 ベトナム語キーボードを使ってアクセントを付けると頭で決めてそれを実践する前からこうなることはこれまでの経験上わかってたんだよ。アクセント付きの「jūs」がキレイに表示できる例を示したけど、このフォントあのサイズで偶然うまくいっただけであって、デカくしてフォントをPalatino Linotypeにしたら第2課で見た通りの有様だよ。
 文章の後に「※」で導かれる注釈で単語毎の意味をアクセントの位置と共に見る際に、字母に直接アクセント記号を乗せないで、「rに上昇アクセント」とか書こうかなとも思ったんだけど、いまだ自分を納得させられる方式を決めかねています。

ヴィスィ・カルトゥ
Visi kartu.
みんな一緒に。

※visì: みんな、kartù: 一緒に

 kartąは注釈がないのにkartuにはあるっていう。いや、kartąとkartuが同一の語である証拠が第3課のどこかにあるわけじゃないんですけど、・・・まぁ、十中八九同じ言葉でしょ。「dar」が「更に」、「kartą」が「一度」であると仮定できんこともないし、となると「kartu」は「一度」から類推して「一纏め」のような意味があるんじゃないかと。

タイー・ヴィスカス
Tai viskas.
それだけです。

※taĩ: それ、vìskas: すべて

 フランス語で言う「c'est tout(セ・トゥ)」に完全に対応する表現でしょうね。この「viskas」と上の「visi」は、それぞれの意味や語形上から察するに、互いに関係の深い言葉であることがわかります。
 これが成句であるとして、ならば文法的にあまり細かいことが気にされず用いられている可能性もありますが、「それが」+「すべて」という表現にbūtiが伴われていないことには説明がつきます。リトアニア語では、「...は...である」という表現に於いて、繁辞の省略が許されるのです。

マノ・テーヴァス・(イーラ・)モーキートヤス
Mano tėvas (yra) mokytojas.
私の父は教師です。

※màno: 私の、tė́vas: 父、mókytojas: 教師

 また、名詞と名詞の間をハイフン(よりも長い線、が正しいのかな?ダッシュ?)で繋ぐこともあります。昨日の「labai malonu susipažinti su Jumis=очень приятно с вами познакомиться」に続き、これもロシア語的です。となると想像がつくでしょうが、上記リトアニア語文と同じ構文、時制に於いては繁辞が不要であるという点も共通です。というより、ロシア語の場合はリトアニア語と違い、「繁辞がなくてもいい」のではなく、「使わないのが正しい」のです。たとえば上の「Mano tėvas...」をそっくりロシア語に訳すると、

mój oťéc učíťeľ / モーィ・アチェーツ・ウチーチャリ
Мой отец—учитель.

 となります。リトアニア語・būtiにあたるロシア語はбыть(býť / ビーチ)、そしてその直説法現在3人称単数はбудет(búďet / ブーヂャト)ですが、「мой отец будет учитель」とは決して言いません。

カス・ノーリ・スカイティーティ
Kas nori skaityti?
誰が読みたいですか。

※kàs: 誰(が)、nóri < norė́ti(ノレーティ)直説法現在3人称単数: 望む

 色んな言語で見てきましたからね、完全に注釈抜きで“「望む」を示す動詞と不定詞を組み合わせて「不定詞が表現する動作を行うことを欲する」という意味になる”と即座に理解できますね。
 さてでは最後に、本が言うところの動詞の3種の分類とやらを見てみましょう。

第一種
例: eĩti(エイーティ)=行く

s. / pl.
aš einù(エイヌ) / mes eĩname(エイーナメ)
tu einì(エイニ) / jūs eĩnate(エイーナテ)
jis eĩna(エイーナ) / jie eĩna(エイーナ)

 このように、単数が-u, -i, -a、複数が-ame, -ate, -aに終わるのが特徴です。「3人称単数と複数の活用は同じ」でしたね。また、3人称単数と複数すべてに於けるアクセントは、人称と数を示す部分には付かないそうです。1人称と2人称の単数の場合は、付いたり付かなかったりです。eitiの場合は上で見られるように、前者ですね。
 そしてこの第一種には「亜種」があります。ここで示した人称の指標に+αで・・・

第一種・亜種
例: ruõšti(ルオーシュティ)=準備する

s. / pl.
aš ruoš(ルオシウ) / mes ruõšiame(ルオーシェメ)
tu ruõši(ルオーシ) / jūs ruõšiate(ルオーシェテ)
jis ruõšia(ルオーシェ) / jie ruõšia(ルオーシェ)

 と、このように、動詞語幹と第一種の人称語尾の間に-i-が挿入されるのです。おそらくですが、第一種・亜種に属する動詞は、-tiの直前の子音になんらかの共通点があるのではないかと思っています。歯擦音、若しくはこれと同類の音とか、ね・・・。狭い前舌母音と相性の良い子音、とも言えます。

第二種
例: mylė́ti(ミーレーティ)=好む

s. / pl.
aš mýliu(ミーリウ) / mes mýlime(ミーリメ)
tu mýli(ミーリ) / јūs mýlite(ミーリテ)
jis mýli(ミーリ) / jie mýli(ミーリ)

 さてこちらは動詞語幹にプラスiです。また、すべての人称と数に於いて語幹にアクセントがあること、加えて、3人称の単数形がその複数形のみならず、2人称単数との間とでも同一の語形を持っていることが特徴ですね。
 mylėtiを見るに、-tiの直前に狭い前舌母音、即ち/i/か/e/かこれらの類音のある動詞が属するのかなと思ったんですが、そう単純なものではないっぽいですね。というのも・・・

第三種
例: skaitýti=読む

aš skait(スカイタウー) / mes skaĩtome(スカイートメ)
tu skait(スカイタイー) / jūs skaĩtote(スカイートテ)
jis skaĩto(スカイート) / jie skaĩto(スカイート)

 この第三種があるからなんですね。動詞語幹の直後に硬母音(ここではaとo)が続いているのが特徴で、第一種に似ていますね。
 と、いうわけで、動詞の活用が示された第3課ですが、本文にはnorėti > noriしか直説法現在形として活用されている動詞が出てこないっていう・・・スペースもったいねぇ。
 うーん、そろそろタミル語についてまた書きたいんだけどなあ・・・。これまでのリトアニア語以上に例文が場面を同一にしてひとまとまりの体を成しているわけじゃないから、複数のページに亘って相互に関連のない文章を暗記しておかないと書けないっていう・・・骨折れるよこれは。
 まあ、頑張ります。

 イキ・パスィマーティーモ
 Iki pasimatymo!

2012年6月3日日曜日

=「очень приятно с вами познакомиться」 ~リトアニア語第2課

ナーン・ナーレッキ・エンガユン・ポーガ・ヴェーンダーン
நான் நாளைக்கு எங்கேயும் போக​ வேண்டாம்.
明日どこにも行きたくないです(´;ω;`)

 なんかもう最近疲れてます。接客態度も日に日に悪くなっていっている始末。そりゃハラタツわいな・・・色々やらにゃならんことあって、その日の内になんとか終わらせようと頑張ってるところにおもくそ「神たるお客様が来ましたよ?」と言わんばかりに澄ましたツラでノコノコやってくる連中。
 俺は接客やるためにバイトやってんじゃねんだよ!
 接客業だけどさ!
 新人はゆとりど真ん中で信じられないくらい頭も覚えも悪くてむぁったく使えねーし無茶苦茶なシフトがなんのフォローもなしに組まれることが多くなってきて俺は黙って従事、問題起きないようにこれ以上細かくならないよ~ってくらい心砕いて相方の行動を確認して・・・ほぼ常にそいつの傍らにいるハメになるから自分の仕事ができねーんだよ!
 なんで俺時給780円のバイトでこんな苦労してんの?
 家から50mもないコンビニでは23時から朝7時までボケーッとしてるだけで時給970円ってなんなの?
 割引で買物する特権がなかったら勝手にヤメてるとこだ。
 それにしてもゆとり世代の頭の悪さはすごいな!実際接して初めてわかる。ネット越しだとネタとしてしか捉えられないけど、同じ人間とは思えないくらい視野が狭い。常識がわからない。自分で判断できない。返事もろくにできない。気は利かない。何度言っても同じ失敗をする。わからないならそう言えばいいのにひたすら黙る。お洒落だけは毎度バッチリキメてくる。極めつけに、多く入れると言ったから採用してもらえたのに半月に5回程度しか出勤してこないというオチ。口で言って解らないバカなんだから身体で覚えてもらうしかないのにこれじゃ身につくもんも身につかん。
 こいつがいる方が仕事はかどらないってなんなの?
 塵<ゴミ>め・・・。
 でも俺はまだ当分はやめられないんだな~・・・本も溜まってっしよ。
 ヘブライ語の本、チベット語の本、フィリピノ語の本・・・そんで新たに「アイルランド語文法 コシュ・アーリゲ方言」(ミホール・オシール 著)が来ちゃいましたよ。
 これはホント、少しパラパラっと目を通しただけでもその内容の濃さに目を見張ってしまう、正真正銘の語学書の名著ですよね。というかまず大抵の人はそのデカい見た目に気圧されることでしょう。大学いた頃、ある日新刊として棚に置かれていたこの本を手に取って、当然の如くその日の内に借りましたよ。
 日本に於ける高等な言語学の本って、俺は本当はこういうのが理想だと思う。すなわち、ある言語の語学書は、その言語を母語にしていて、尚且つ学術的に研究もしている人が著したものを、日本人が日本語に訳して出版するって方が絶対にイイんだよ。
 日本人が書くのを待ってたらいつになったら語学書が登場するんだかわからない言語が、かなり多くの人が話しているものであってもまだまだたくさんあるからね。大抵はインドの言語だけど。すごい局所的に話者が固まってるから国際的な需要がなく、注目もされにくく、日本での研究も進んでないんだろうとか、そんくらいは想像つくんだけどさ。
 俺が将来書けるようになれば一番いいんだけど・・・。
 本まだ残ってんのに(ついでにCDも)なんでまた新しいの頼んだのか?っていうとですねぇ、いつも通りの理由なんですけど、利用しているネット通販のサイトで品切れになったからなんですよ。
 特にこの本のデキの素晴らしさはよく知ってましたからね、もうソッコーで発注ですよ。
 で、実はもう1冊ございまして、明日4日に到着予定なんですが、「ハウサ語基礎文法」(塩田勝彦 著)ってのも頼んだんですよ。
 これは何故欲しがったかっていうと、単純に、どんな言語だかほっとんど知らないから。ja.wikipedia.orgとかでちょこちょこ情報は仕入れましたけどね。
 自分が知らないってだけで、みんなは既に知ってる、よく知ってるってものに出会うことは人生に於いてそう珍しいことでないと思いますが、「ハウサ語」は確実に「俺だけが疎い」ものじゃないはずです。でも語学書があったっていう。
 そりゃ興味引かれんでしょ!どういう言語なんだか、語学書があるならそれを通して詳しく知ってみたくなるってもんでしょ!
 ラテン文字とアラビア文字を正書法に持つ言語だそうです。この本ではたぶんどっちででも学べるようになってるんじゃないかな。両者の間の転写には複雑さはないし、どちらが本に於ける主たる正書法として据えられていてもまったく問題ないでしょう。始める前からそれだけは言えます。
 アラビア文字といえば、日本人の間でもある程度知名度のある言語の中ではもっとも「読めそうにない」印象が容易に持たれがちな言語だと思いますが、はっきり言って3日(それも根詰めずに)もあればスラスラ読めるようになれるし自由に書けるようになります。人によっては1日、いや半日くらいでしょうね。
 ・・・ところでさ、冒頭のタミル語のフォント、すげーかっこよくない?
 何が切欠だったんだか忘れたんだけど、「かっこいいタミル語フォントを探そう!」と思い立って、見つけたのがコレ。他にも吟味の上色々ダウソしたけどこれが一番お気に入り。
 このフォントを使ってタミル語で何か書きたいが為に、何も見ずに己の言葉で言えるもので且つなんらかの話題の導入になりそうな文章を書いた結果、バイトについての愚痴でこの記事が始まることになったわけです。
 また意見がまとまったら書こうと思っとるんですが、俺今、「カタカナ」で示す発音にとてつもない重要性を見出し初めていまして、そんなわけで、いつもはカタカナとラテン文字でタミル語文章の読み方は示しているのに、上ではカタカナしか併記しなかったんですよ。
 まぁちなみにってことで書いときますが、「nāṉ nāḷaikku eṅgēyum pōga vēṇḍām」です。単語毎に訳すると、「私は(人称代名詞主格)+明日に(名詞与格)+どこにも(副詞; எங்கே=どこ+உம்(um)、ēとuの間のய்(y)は緩衝音)+行く(動詞不定形)+欲さない」。
 最後の「வேண்டாம்」は「வேண்டும்(vēṇḍum / ヴェーヌン)」の否定形で、これは「நான்=私は」に対応する活用ではなく、3人称単数形です。「வேண்டும்」を使う希望の表現に於いて、意味上の主語は、この文章で見られるように主格、或いは与格で表されます(「私は」ならその与格は「எனக்கு(eṉakku)」)。スペイン語の「gustar」を用いての「...が好き」という表現を引き合いに出すと、わかる人には感覚的に理解できるんじゃないでしょうか。尚、「不定詞+வேண்டும்」だと意味上の主語は主格でも与格でも表せますが、「名詞+வேண்டும்」だと与格でしか表せません。「不定詞+」の方も、本来は与格のみが使えた(=文法的に正しい)んじゃないかなと思ってるんですが、どーなんでしょ。文法的要素にウルサイ俺としては与格で「私は」を表したかったところなんですが、本だと主格で表してる例文の方が多かったので、それに倣ってみました。習ってる身として。
 とまあ、タミル語のプチ講座も終わったところで、今回書きたい言語のついての話、いきますか。

第二課: PRAŠAU SUSIPAŽINTI

 ハイ、リトアニア語なんですね。
 この第2課の本文もひとまとまりの会話文では構成されていないので、いきなり文章を個別に見ていこうかと思います。

プラシャウー・ススィパジーンティ
Prašau susipažinti.
ご紹介します。

※prašaũ: どうか、susipažìnti: 知り合う(不定詞)

 「どうか」と「知り合う」で「ご紹介します」になるの?と、俺も最初は思ったんですが、人同士を引き合わせてる場面であると考えればおかしくはないですね。というわけで「どうか知り合ってください」が直訳なんですが、そうなると「リトアニア語は不定詞を使って命令を表現するのか?」という疑問が次に湧いてきますよね。これに関しては2課には答えはありません。
 第1課にあった「どういたしまして=prašau」はそのアクセントが明示されていませんでしたが、それはこの「どうか=prašaũ」と用法が違っているからなんでしょうか?
 リトアニア語では、「母音+子音」の結合が「二重母音」を形成することがあります。一例としてsusipažintiの持つ-in-がそれにあたり、この結合ではiの方(=母音)にアクセントが付いていますが、nの方(=子音)にアクセントが付く場合もあります。この他の「母音+子音」で「二重母音を」構成している例、「母音+n」という二重母音でnの方にアクセントがある例も今回実際出てきますのでお楽しみに。

チェ・ポーナス
Čia ponas ...
こちらは...さんです。

※čià: ここ、põnas: ...氏

 本当は「...」には「Sato(佐藤)」が入ってるんですが、俺の感性に照らし合わせて場違いなので省きました。というか普通にリトアニア人の名前でいいだろーが。ホント理解できない、なんの脈絡もなく日本人名を入れてくる語学書。
 リトアニア語は大抵見た通り読める言語ですが、「ia」という二重母音は「エ」を示していることに注意。

アルー・ユース・エーサテ・ポーナス・リマス
Ar jūs esate ponas Rimas?
あなたはリマスさんですか?

※Ar̃: ...か?、ẽsate: あなたは...である(bū́ti直説法現在2人称複数)、Rìmas: リトアニア人姓

 リトアニア語にもあるんですねー、疑問指標の助詞。「も」ってのは勿論、アルバニア語(a)やバスク語(al)があっての言葉です。
 さて出てきましたね、「V+C」でCの方にアクセントが付いている例が。発音は「アルー」としましたが、これは本に沿った表現です。実際どういう音なんでしょうね。いまだにCD聴いてないっていう。言わずもがなですが、「arū」となるわけではなく、有音である「r」を発した時の音の響きを持続させるのです。まあ、机上の解釈を以ってしてみると、確かにその音は「アルー」しか表現しようがないですね。最初は「アルル」や「アッル」と書こうかなと思ったんですが、本に従ってりゃ楽なので今のところは深く考えずにおこうかなと。
 「V+C二重母音」のCに入るものには、これまでに出てきたn、rの他に、m、lがあります。まだなんかあったかも。これらの子音が母音に近しい性質を持っているがために、母音と結合した際に二重母音を形成するというわけです。サンスクリットにも、rとlに転写される短母音と長母音がありますんで、俺はすんなりと納得できました。

aputrasya ghaṃ śūnyam / アプトラスィヤ・グハン・シューニヤム
अपुत्रस्य गृहं शून्यम्॥
息子のいない人の家は空虚である。

※ग​の下についているもの、ラテン文字で「ṛ」と転写とされているが、れっきとした母音である。・・・らしいよ、サンスクリット語初等文法(J. Gonda 著)って本によると。
※अपुत्रस्य​: अपुत्र​-(aputra; adj.; =息子のいない)男性単数属格; 名詞として用いられている。
 cf. ラテン語・bonus(adj.; 良い)=良い=vir bonus、bona(bonus f.s.)=良い=femina bona、bonum(bonus n.s.)=良いもの=res(f.) bona
 गृहं: गृहम-(gṛha; n.; =家)単数主格; 本来の語末は-म्(m)で、直後のश​に影響を受けている
 शून्यम्: शून्य​-(śūnya; adj.; =空虚な)中性単数主格; गृहंを修飾している
※繋辞(フランス語・être、ドイツ語・sein)がないが、サンスクリットでは名詞の並置で文章が成り立つ。

 「esate」は、※で注釈を入れたように、その原形はbūtiです。ラテン語のesse(エッセ)系よりも古い形の名残がありますね。サンスクリットではभू(bhū / ブー)というので、さすが、誰が言ったか、「印欧祖語に最も近い形を残している言語」と指摘されるだけはあります。

būti直説法現在形

s. / pl.
àš esù(アシュ・エス) / mẽs ẽsame(メース・エーサメ)
esì(トゥ・エスィ) / jū̃s ẽsate(ユース・エーサテ)
jìs (jì) yrà(ィス(ィ)・イーラ) / jiẽ (jõs) yrà(ィエー(ヨース)・イーラ)

※ji、josは女性。

 と、活用します。3人称の単数と複数が同じ活用を見せていますが、これはこの動詞に限ったことではなく、リトアニア語の動詞での同人称に於ける活用は単複常に同形なんだそうです。
 ところで・・・ああ、jūsの表記が醜いことに・・・なんとかならんかなあ、これ・・・。

タイープ、アシュ・エス・アンターナス・リマス
- Taip, aš esu Antanas Rimas.
はい、私はアンタナス・リマスです。

※taĩp: はい、Antãnas: リトアニア男性名

ネ、アシュ・エス・ヴァライーティス、ペートラス・ヴァライーティス
- Ne, aš esu Valaitis, Petras Valaitis.
いいえ、私はヴァライティス、ペトラス・ヴァライティスです。

※nè: いいえ、Valaĩtis: リトアニア人姓、Pẽtras: リトアニア男性名

 まず、音写では「アンターナス」、「ペートラス」、「ヴァライーティス」なのに、和訳では長音がすべて短音になっていることについてですが、これは本がそうしているので、ってだけです。リトアニア語の字母としての長音が含まれて初めてカナによる音写に長音が反映されるんでしょうかね。
 次は本来は「Kaip gyvuojate?」なんですが、第1課にあったので省きます。あ、ちなみに第1課で「gyvuojate」と「iki pasimatymo=またね」の「pasimatymo」の原形をちゃんと確認してなかったと書いてましたが、それぞれ「gyvénti(ギーヴェンティ)」と「pasimãtymas(パスィマーティーマス)」です。「pasimatymo」は単数属格形でした。ついでに「gyvuoji」はやはりgyventiの2人称単数形でした。

ラバイー・マロヌ・ススィパジーンティ・ス・ユミス
Labai malonu susipažinti su Jumis.
あなたと知りあえてとても嬉しいです。

※malonù: 嬉しい(malonùs中性形)、sù(+具格): ...と、Jumìs: jūs具格; 元の形はjumìsで、語頭が大文字だと敬称形となる

 第1課で言及した、「prašauからprzepraszam」は、ただ互いの語感がたまたま似ているだけ(しかも意味が違う)というだけでしたが、ここにきてかなり強くスラヴ語的な印象をリトアニア語から受けました。・・・とは言っても、今回も、「リトアニア語にスラヴ諸語が与えた影響」をまともに語ることにできる人から見れば噴飯ものの感想なんでしょうけどね。
 そもそも「スラヴ語的」というか、「ロシア語的」です。
 というのもこの言い回し、「очень приятно с вами познакомиться(óčeň pr'ijátno s vám'i poznakóm'iťs'a / オーチャニ・プリヤートナ・ス・ヴァーミ・パズナコーミツァ)」にそっくりなんですよね。上の文と照らし合わせると、「labai=очень」、「malonu=приятно(両者共に中性形; < приятный(pr'ijátnyj / プリヤートニィ))」、「su Jumis=с вами」、「susipažinti=познакомиться(どちらも動詞不定形で、且つ再帰動詞である)」。ロシア語表現に於けるそれぞれの言葉の和訳も、上記「Labai...」のそれとまったく同じです(俺が学習に使っていた本が間違ってなければ)。

ユース・エーサテ・ストゥデンータス
- Jūs esate studentas?
あなたは学生ですか?

※studeñtas: (男子)学生

タイープ、アシュ・エス・ストゥデンータス
- Taip, aš esu studentas.
はい、私は学生です。

 「ar」はあってもなくてもいいみたいです。
 さてこの「studentas」に含まれている「-en-」が、「susipažinti」の「-in-」とは逆に、子音にアクセントが含まれている例です。
 「V+C」の二重母音は、母音の方にアクセントがあれば下降アクセント(見た目は短アクセント)、子音の方であれば上昇アクセントを有します。どちらも長音を示しますが、声の調子は真逆だということですね。
 尚、studentasは、本に書いてあったのでついでに覚えてしまいましたが、主格女性単数形で-tė(テー)、主格男性複数形で-tai、同女性複数形で-tės(テース)となります。なんかギリシャ語とラテン語が混ざった感じですね。
 さて今回はこんなところです。
 実は3課まで終わってるんですけど、目の痛さが限界なのでもうギブ。主に動詞ばかりで成り立っている本文を持つ課であり、当然の如く活用の分類も交えての解説があったのでまた一段と難しく&楽しく語ることのできる機会なんですが・・・焦らず、後日いっときましょうか。

 それではSudie!(スディエー)

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