サヴァン・Daniel Tammetは1週間でアイスランド語を習得するよう要求され、その成果をアイスランドのテレビ番組に出演して司会者たちと通訳なしでやり取りをすることで、その試みを成功に終わらせたことを見事証明した。
1週間か・・・。
紙の上でペンを走らせる分には、己のなんらかの言語の習得度は他者のペースに惑わされる心配がない。
1週間で、たとえば簡単な日記をつけられるようになることは、アイスランド語であろうが何語であろうが無理のないことなのかもしれない。
これは「意外に」ではない。
実際、俺ならその自信が持てる。但し語彙を増やすことに積極的でないので、小学生以下の内容にならんとも限らんが。
ポーランド語の学習を円滑に、比較的難解なページから読みながらも適っていることを書いた後、俺はチェコ語、ルーマニア語、グルジア語の語学書を買った。
チェコ語は、学生だった時分に別の本で少しだけ勉強したことがある。
ルーマニア語はさっぱりない。前知識としても、まさか文法性に男・女以外に中性があり、しかも格があるとは思ってなかった、そんな程度だった。
チェコ語はルーマニア語の後に学習を始めた。こちらは最初の課から進んでいっている。
片や初めて学ぶことになったルーマニア語は、最後の課から暗記を始めた。暗記による他言語の円滑な学習が、「どういうわけだかポーランド語でのみ適っていた」わけではないということを確かめたかったのだ。
かなり苦労した。
なにせ全然知らん言語。
一応イタリック語派の言語なので、動詞、形容詞、前置詞などに見覚えのある言葉があったり、文中の品詞の役割がどういったものであるかの見当がつくものも多少あったことは幸いだったが、それにしてもルーマニア語は、イタリック語派の言語としては非常に異質だと、早くも思っている。スラブ系言語の影響が色濃いことも関係しているのかもしれない。
最終課は
ce impresie ţi-a făcut România?
という一文で始まる。本に倣うと、「ルーマニアの印象は?」という意味である。
ルーマニア語は最終課とそのひとつ手前の課の暗記を終えた後、普通に第1課から改めて始めて、今7課を読了したところであり、そのことも関係してなのか、それとも今冷静に考えてみれば、なのか、何故こういう文で上に示した通りの和訳となっているのかがようやくわかった。
これは和訳も悪い。しかし逐語訳に近く訳しようとすると、日本語として不自然なものになってしまう。
この文章の主語は、おそらくルーマニア(România)だ。実はこの見極めが重要なことだったんだが、まず俺は文の本質ではなく、「ţi-aってなんだ?」とこれについて考えずにはいられなかった。
で、「ルーマニアの印象」という和訳に目がいき、これが「făcut România」に対するものだと勘違いしてしまったのがいけなかった。愚かに安直である。
被修飾語に対して後置される名詞が原形のまま先行のものに帰属することを示すという文法構造があるのかと、まぁすぐ何かを思いつくのはこれまでに散々色々な言語に触れてきた結果であると喜んでいいのかもしれないが、この文に対してこの解釈はマズかった。これのせいで、この第一の文からしてかなり覚え辛かった。
字数大したことないでしょ?でもそういう問題じゃないんだよな。俺は見えてるまま暗記してるわけじゃなく、一応自分の中で文型に対して納得いく解釈を、正しかろうが間違っていようが持てるかどうかってのが、円滑な暗記には必要だと思いながら事にあたってるわけだ。見えてるまま暗記できるヤツってのは、そうだな、冒頭挙げたDaniel Tammetみたいな稀有な連中、サヴァンだ。俺はサヴァンでなく、サヴァンの元の名(un idiot savant)から取り除かれたまさにイディヨ(白痴)。
この文章は、
ce impresie(チェ・インプレスィエ) = どんな印象を
ţi-a făcut(ツィア・ファクト) = きみに為した
România(ロムニア) = ルーマニアは
という構造である。
「ルーマニアの印象は?」という和訳に捕らわれている時間が長すぎたと思う。
第6課にa face(ア・ファチェ)という動詞が登場した。フランス語でいうfaire(フェール; faceの前のaはàに相当)である。
そうかなるほど、どうやらfăcutはa faceの過去分詞だろうなと考えが至ったわけである。語形からも過去分詞であると推測させられた言葉が他にあって、cunoscut(クノスクト; =有名な; フランス語・connu(コニュ)), pierdut(ピエルドゥト; =失われた; 同・perdu(ペルデュ))がヒントになってくれた。făcutが本当に過去分詞なのかどうかはともかく、仮にでもそう納得しておくとce impresie~の意味が、他者に用意された和訳にのみ頼るだけでなく理解できた気になれた。もしfaireがルーマニア語に於いてよく似た語形をしていると知っていれば、もっと早くによい解釈が適っていたかもしれない。
この文を逐語訳でフランス語にすると、quelle impression la Roumanie t'a fait?(ケル・アンプレシヨン・ラ・ルマニ・タ・フェ)、「ルーマニア(la Roumanie)」が最後に来るようにもつくれて、その場合は、口語的ではないが、quelle impression t'a-t-elle fait la Roumanie?(ケル・アンプレシヨン・タ・テル・フェ・ラ・ルマニ)となる。こういう風に他の言語(といっても試みたのはフランス語でだけだが)を通して考えてみるのもいい。
ce impresieが直接目的語だと思うんだが、そうなるとţiの形に疑問が沸く。というのも、「きみ」にあたる人称代名詞の与格形が、どうやらîţi(ウツィ)らしいからだ。以下の文からの推測である:
ダカ・ヌ・エシュティ・オボスィト, ウツィ・プレズィント・オラシュル・ブクレシュティ
dacă nu eşti obosit, îţi prezint oraşul Bucureşti. = もし疲れていなければブカレストの案内をするよ。
この文型なら、prezint(不定形はまだ知らない)の直接目的語は絶対にoraşul Bucureşti(ブカレスト市; oraşulの-ulは後置定冠詞)である筈なので、これを案内(紹介)される側は与格で表現されるのが妥当というものだろう。
しかし、こういう文もあった。以下のものは第19課からである:
ウツィ・ムルツメスク・ディン・トアタ・アニマ
îţi mulţumesc din toată anima. = 私は心からきみに感謝する。
「mulţumesc」が「私は感謝する」にあたり、これをフランス語で言うと「je remercie(ジュ・ルメルスィ)」になる。remercier(remercie不定形)の対象は直接目的格である。ただ、フランス語では「きみを」も「きみに」も共に「te(ト)」一語で表現されるので、ルーマニア語でも同様なのかもしれない。
さて、では「ţi-a」の「a」はなんだろうか?これは助動詞だと思う。フランス語で言えば、上にも示した通り、これと見た目は同じく「a(avoir 直現3単)」である。しかしルーマニア語でのavoirである「a avea(ア・アヴェァ)」の直現3単は「are」と学んだ(上から3段は単数、残り3段は複数; 人称代名詞+a avea活用):
イェゥ・アム
eu am
トゥ・アィ
tu ai
イェル / イェァ・アレ
el / ea are
ノィ・アヴェム
noi avem
ヴォィ・アヴェツィ
voi aveţi
イェィ / イェレ・アゥ
ei / ele au
まぁ、まだ俺の知らない文法要素ってことなんだろう。或いは、a fi(=être)の直現3単は「este(イェステ)」であるが、「e(イェ)」にもなるの如く、省略形があるとか・・・どうだろう?
何故色々とフランス語でいちいち考えているのか?それはルーマニア語を知らないからである。
しかし暗記には問題がない。
今日、ポーランド語、チェコ語、ルーマニア語を取っ替え引っ替え暗記していったが、まったくなんの問題もなかった。知恵熱が出たり頭が重くなったり他言語間で言葉の交換が行われてしまったりといったことなども一切ない。人の記憶の引き出しは無限に存在しているんだろうか?考えても栓のないことであるが、ふとそういうことが不思議に思えてきてしまう。
それにしても、以前は1日かけて1課を暗記していた筈なのだ。
どうなってんだ、ホントに?
ポーランド語は、20課から逆流して11課に到達した。これを除いた2言語、1週間あれば・・・たぶんどちらも読了し、それに加えポーランド語の学習も終わっているだろう。
以前、チャリで通っていて16時から21時までが労働時間となっていたバイトと違って、今のバイトは強制的に1日9時間(休憩1時間含む)+電車通勤時間を費やすことになっている。ついでに、24時間営業の店舗で、休みは週2だ。おまけに店長と営業以外は土日祝日関係なし。シフト制なので休みの申請はある程度きくと思うが、別の月にその分多く出勤させられるらしい。
この生活環境の中で、1週間で1冊、2冊の語学書が読了できれば成果として本物だろう。
さて・・・グルジア語についてですが、これはこの1冊だけにかまけていいとしても1週間じゃムリそうだ。
なんせ、まず文字を覚えないといけない。
文字を覚えずして暗記に取り掛かるとなると、それこそ絵を眺めるが如くだ・・・。
あと、こういうところでタイプするとなるとキーの位置も覚えないと・・・正直こっちの方が億劫だ。
アルメニア文字やギリシャ文字などは、ラテン文字ではないが、たとえば「R」を打ては、これに相当する「Ր」、「Ρ」が出てくるように、キーの位置を新たに覚える必要が殆どない。アルメニア文字はラテン文字よりもかなり多いのでその分の配置は覚えないといけないし(数字のキーや約物のキーにまで割り振られている)、ギリシャ語は古典期のものをタイプしようと思うとアクセントや気息記号も使いこなさなければいけなくはあるが。
片や、グルジア文字は、たとえば「K」と打つと「ო」が出てくる。これはラテン文字で言う「O」にあたる・・・。
しかしやって覚えられないことはない。アラビア文字やヘブライ文字のキーボードレイアウトも、ラテン文字のキー配置がまったく参考にならない構造になっているが、覚えられた。しかも割りと早くにだった気がする。
しかしいまだに大嫌いなレイアウトがある。キリル文字だ。といってもロシア語のもので、たとえば同じく正書法にキリル文字を採用しているマケドニア語やセルビア語のキーボードでは、「D」と打つとこれに相当する「Д」が出てくる。しかしロシア語レイアウトでの「D」は「В(=V)」である。何故かこのロシア語レイアウトではキリル文字の正しい位置がさっぱり覚えられなかった。僅かな数だけを修得して終わった。いや、またやればいいんだけどさ・・・。ちなみに何故マケドニア語レイアウトでロシア語を打たないのかと言うと、前者のレイアウトにはない文字を、ロシア語で用いられているキリル文字が有しているからである。
今度は色んなキーボードレイアウトの素早い覚え方を編み出す試みに取り組んでみようかな・・・。
あ、最後に余談なんだけど、「ニューエクスプレス ルーマニア語」はすごいオススメの本です。最初からまったく手加減なしで、最終課までずっと文字数が多い。シリーズの他の本に比べて、かなり早い段階からスキットがギュウギュウになってるのが少し眺めただけでわかるかと思います。ちなみに登場する単語の数が飛び抜けて多いわけではなく、他の本と同じである。つまりは著者の能力のおかげだね。Este uimitor şi extraordinar!
逆にイマイチなつくりであるという印象を受けたのがチェコ語。書店でパラパラと見つつ、本当は買おうかどうかかなり躊躇したんだけど、同じく西スラヴ系言語であるポーランド語とどんくらい似てるもんかなと学習しながら検証したくて買ってみました。ポーランド語のものに比べると全体的に空白が大きい感じがするんだよね。まぁ、ポーランド語はその正書法が原因(複数ある二重子音、チェコ語よりも遥かに多い軟音の表現の為)でどうしても綴りが長くなりがちな言語だから比較には少々無理があったのかもしれないけど。挿絵の質もクソ。しかもやたらとデカい絵が多くて、これのせいで文章入れるスペースが圧迫されてるんじゃねーのかと思う。