2012年6月3日日曜日

=「очень приятно с вами познакомиться」 ~リトアニア語第2課

ナーン・ナーレッキ・エンガユン・ポーガ・ヴェーンダーン
நான் நாளைக்கு எங்கேயும் போக​ வேண்டாம்.
明日どこにも行きたくないです(´;ω;`)

 なんかもう最近疲れてます。接客態度も日に日に悪くなっていっている始末。そりゃハラタツわいな・・・色々やらにゃならんことあって、その日の内になんとか終わらせようと頑張ってるところにおもくそ「神たるお客様が来ましたよ?」と言わんばかりに澄ましたツラでノコノコやってくる連中。
 俺は接客やるためにバイトやってんじゃねんだよ!
 接客業だけどさ!
 新人はゆとりど真ん中で信じられないくらい頭も覚えも悪くてむぁったく使えねーし無茶苦茶なシフトがなんのフォローもなしに組まれることが多くなってきて俺は黙って従事、問題起きないようにこれ以上細かくならないよ~ってくらい心砕いて相方の行動を確認して・・・ほぼ常にそいつの傍らにいるハメになるから自分の仕事ができねーんだよ!
 なんで俺時給780円のバイトでこんな苦労してんの?
 家から50mもないコンビニでは23時から朝7時までボケーッとしてるだけで時給970円ってなんなの?
 割引で買物する特権がなかったら勝手にヤメてるとこだ。
 それにしてもゆとり世代の頭の悪さはすごいな!実際接して初めてわかる。ネット越しだとネタとしてしか捉えられないけど、同じ人間とは思えないくらい視野が狭い。常識がわからない。自分で判断できない。返事もろくにできない。気は利かない。何度言っても同じ失敗をする。わからないならそう言えばいいのにひたすら黙る。お洒落だけは毎度バッチリキメてくる。極めつけに、多く入れると言ったから採用してもらえたのに半月に5回程度しか出勤してこないというオチ。口で言って解らないバカなんだから身体で覚えてもらうしかないのにこれじゃ身につくもんも身につかん。
 こいつがいる方が仕事はかどらないってなんなの?
 塵<ゴミ>め・・・。
 でも俺はまだ当分はやめられないんだな~・・・本も溜まってっしよ。
 ヘブライ語の本、チベット語の本、フィリピノ語の本・・・そんで新たに「アイルランド語文法 コシュ・アーリゲ方言」(ミホール・オシール 著)が来ちゃいましたよ。
 これはホント、少しパラパラっと目を通しただけでもその内容の濃さに目を見張ってしまう、正真正銘の語学書の名著ですよね。というかまず大抵の人はそのデカい見た目に気圧されることでしょう。大学いた頃、ある日新刊として棚に置かれていたこの本を手に取って、当然の如くその日の内に借りましたよ。
 日本に於ける高等な言語学の本って、俺は本当はこういうのが理想だと思う。すなわち、ある言語の語学書は、その言語を母語にしていて、尚且つ学術的に研究もしている人が著したものを、日本人が日本語に訳して出版するって方が絶対にイイんだよ。
 日本人が書くのを待ってたらいつになったら語学書が登場するんだかわからない言語が、かなり多くの人が話しているものであってもまだまだたくさんあるからね。大抵はインドの言語だけど。すごい局所的に話者が固まってるから国際的な需要がなく、注目もされにくく、日本での研究も進んでないんだろうとか、そんくらいは想像つくんだけどさ。
 俺が将来書けるようになれば一番いいんだけど・・・。
 本まだ残ってんのに(ついでにCDも)なんでまた新しいの頼んだのか?っていうとですねぇ、いつも通りの理由なんですけど、利用しているネット通販のサイトで品切れになったからなんですよ。
 特にこの本のデキの素晴らしさはよく知ってましたからね、もうソッコーで発注ですよ。
 で、実はもう1冊ございまして、明日4日に到着予定なんですが、「ハウサ語基礎文法」(塩田勝彦 著)ってのも頼んだんですよ。
 これは何故欲しがったかっていうと、単純に、どんな言語だかほっとんど知らないから。ja.wikipedia.orgとかでちょこちょこ情報は仕入れましたけどね。
 自分が知らないってだけで、みんなは既に知ってる、よく知ってるってものに出会うことは人生に於いてそう珍しいことでないと思いますが、「ハウサ語」は確実に「俺だけが疎い」ものじゃないはずです。でも語学書があったっていう。
 そりゃ興味引かれんでしょ!どういう言語なんだか、語学書があるならそれを通して詳しく知ってみたくなるってもんでしょ!
 ラテン文字とアラビア文字を正書法に持つ言語だそうです。この本ではたぶんどっちででも学べるようになってるんじゃないかな。両者の間の転写には複雑さはないし、どちらが本に於ける主たる正書法として据えられていてもまったく問題ないでしょう。始める前からそれだけは言えます。
 アラビア文字といえば、日本人の間でもある程度知名度のある言語の中ではもっとも「読めそうにない」印象が容易に持たれがちな言語だと思いますが、はっきり言って3日(それも根詰めずに)もあればスラスラ読めるようになれるし自由に書けるようになります。人によっては1日、いや半日くらいでしょうね。
 ・・・ところでさ、冒頭のタミル語のフォント、すげーかっこよくない?
 何が切欠だったんだか忘れたんだけど、「かっこいいタミル語フォントを探そう!」と思い立って、見つけたのがコレ。他にも吟味の上色々ダウソしたけどこれが一番お気に入り。
 このフォントを使ってタミル語で何か書きたいが為に、何も見ずに己の言葉で言えるもので且つなんらかの話題の導入になりそうな文章を書いた結果、バイトについての愚痴でこの記事が始まることになったわけです。
 また意見がまとまったら書こうと思っとるんですが、俺今、「カタカナ」で示す発音にとてつもない重要性を見出し初めていまして、そんなわけで、いつもはカタカナとラテン文字でタミル語文章の読み方は示しているのに、上ではカタカナしか併記しなかったんですよ。
 まぁちなみにってことで書いときますが、「nāṉ nāḷaikku eṅgēyum pōga vēṇḍām」です。単語毎に訳すると、「私は(人称代名詞主格)+明日に(名詞与格)+どこにも(副詞; எங்கே=どこ+உம்(um)、ēとuの間のய்(y)は緩衝音)+行く(動詞不定形)+欲さない」。
 最後の「வேண்டாம்」は「வேண்டும்(vēṇḍum / ヴェーヌン)」の否定形で、これは「நான்=私は」に対応する活用ではなく、3人称単数形です。「வேண்டும்」を使う希望の表現に於いて、意味上の主語は、この文章で見られるように主格、或いは与格で表されます(「私は」ならその与格は「எனக்கு(eṉakku)」)。スペイン語の「gustar」を用いての「...が好き」という表現を引き合いに出すと、わかる人には感覚的に理解できるんじゃないでしょうか。尚、「不定詞+வேண்டும்」だと意味上の主語は主格でも与格でも表せますが、「名詞+வேண்டும்」だと与格でしか表せません。「不定詞+」の方も、本来は与格のみが使えた(=文法的に正しい)んじゃないかなと思ってるんですが、どーなんでしょ。文法的要素にウルサイ俺としては与格で「私は」を表したかったところなんですが、本だと主格で表してる例文の方が多かったので、それに倣ってみました。習ってる身として。
 とまあ、タミル語のプチ講座も終わったところで、今回書きたい言語のついての話、いきますか。

第二課: PRAŠAU SUSIPAŽINTI

 ハイ、リトアニア語なんですね。
 この第2課の本文もひとまとまりの会話文では構成されていないので、いきなり文章を個別に見ていこうかと思います。

プラシャウー・ススィパジーンティ
Prašau susipažinti.
ご紹介します。

※prašaũ: どうか、susipažìnti: 知り合う(不定詞)

 「どうか」と「知り合う」で「ご紹介します」になるの?と、俺も最初は思ったんですが、人同士を引き合わせてる場面であると考えればおかしくはないですね。というわけで「どうか知り合ってください」が直訳なんですが、そうなると「リトアニア語は不定詞を使って命令を表現するのか?」という疑問が次に湧いてきますよね。これに関しては2課には答えはありません。
 第1課にあった「どういたしまして=prašau」はそのアクセントが明示されていませんでしたが、それはこの「どうか=prašaũ」と用法が違っているからなんでしょうか?
 リトアニア語では、「母音+子音」の結合が「二重母音」を形成することがあります。一例としてsusipažintiの持つ-in-がそれにあたり、この結合ではiの方(=母音)にアクセントが付いていますが、nの方(=子音)にアクセントが付く場合もあります。この他の「母音+子音」で「二重母音を」構成している例、「母音+n」という二重母音でnの方にアクセントがある例も今回実際出てきますのでお楽しみに。

チェ・ポーナス
Čia ponas ...
こちらは...さんです。

※čià: ここ、põnas: ...氏

 本当は「...」には「Sato(佐藤)」が入ってるんですが、俺の感性に照らし合わせて場違いなので省きました。というか普通にリトアニア人の名前でいいだろーが。ホント理解できない、なんの脈絡もなく日本人名を入れてくる語学書。
 リトアニア語は大抵見た通り読める言語ですが、「ia」という二重母音は「エ」を示していることに注意。

アルー・ユース・エーサテ・ポーナス・リマス
Ar jūs esate ponas Rimas?
あなたはリマスさんですか?

※Ar̃: ...か?、ẽsate: あなたは...である(bū́ti直説法現在2人称複数)、Rìmas: リトアニア人姓

 リトアニア語にもあるんですねー、疑問指標の助詞。「も」ってのは勿論、アルバニア語(a)やバスク語(al)があっての言葉です。
 さて出てきましたね、「V+C」でCの方にアクセントが付いている例が。発音は「アルー」としましたが、これは本に沿った表現です。実際どういう音なんでしょうね。いまだにCD聴いてないっていう。言わずもがなですが、「arū」となるわけではなく、有音である「r」を発した時の音の響きを持続させるのです。まあ、机上の解釈を以ってしてみると、確かにその音は「アルー」しか表現しようがないですね。最初は「アルル」や「アッル」と書こうかなと思ったんですが、本に従ってりゃ楽なので今のところは深く考えずにおこうかなと。
 「V+C二重母音」のCに入るものには、これまでに出てきたn、rの他に、m、lがあります。まだなんかあったかも。これらの子音が母音に近しい性質を持っているがために、母音と結合した際に二重母音を形成するというわけです。サンスクリットにも、rとlに転写される短母音と長母音がありますんで、俺はすんなりと納得できました。

aputrasya ghaṃ śūnyam / アプトラスィヤ・グハン・シューニヤム
अपुत्रस्य गृहं शून्यम्॥
息子のいない人の家は空虚である。

※ग​の下についているもの、ラテン文字で「ṛ」と転写とされているが、れっきとした母音である。・・・らしいよ、サンスクリット語初等文法(J. Gonda 著)って本によると。
※अपुत्रस्य​: अपुत्र​-(aputra; adj.; =息子のいない)男性単数属格; 名詞として用いられている。
 cf. ラテン語・bonus(adj.; 良い)=良い=vir bonus、bona(bonus f.s.)=良い=femina bona、bonum(bonus n.s.)=良いもの=res(f.) bona
 गृहं: गृहम-(gṛha; n.; =家)単数主格; 本来の語末は-म्(m)で、直後のश​に影響を受けている
 शून्यम्: शून्य​-(śūnya; adj.; =空虚な)中性単数主格; गृहंを修飾している
※繋辞(フランス語・être、ドイツ語・sein)がないが、サンスクリットでは名詞の並置で文章が成り立つ。

 「esate」は、※で注釈を入れたように、その原形はbūtiです。ラテン語のesse(エッセ)系よりも古い形の名残がありますね。サンスクリットではभू(bhū / ブー)というので、さすが、誰が言ったか、「印欧祖語に最も近い形を残している言語」と指摘されるだけはあります。

būti直説法現在形

s. / pl.
àš esù(アシュ・エス) / mẽs ẽsame(メース・エーサメ)
esì(トゥ・エスィ) / jū̃s ẽsate(ユース・エーサテ)
jìs (jì) yrà(ィス(ィ)・イーラ) / jiẽ (jõs) yrà(ィエー(ヨース)・イーラ)

※ji、josは女性。

 と、活用します。3人称の単数と複数が同じ活用を見せていますが、これはこの動詞に限ったことではなく、リトアニア語の動詞での同人称に於ける活用は単複常に同形なんだそうです。
 ところで・・・ああ、jūsの表記が醜いことに・・・なんとかならんかなあ、これ・・・。

タイープ、アシュ・エス・アンターナス・リマス
- Taip, aš esu Antanas Rimas.
はい、私はアンタナス・リマスです。

※taĩp: はい、Antãnas: リトアニア男性名

ネ、アシュ・エス・ヴァライーティス、ペートラス・ヴァライーティス
- Ne, aš esu Valaitis, Petras Valaitis.
いいえ、私はヴァライティス、ペトラス・ヴァライティスです。

※nè: いいえ、Valaĩtis: リトアニア人姓、Pẽtras: リトアニア男性名

 まず、音写では「アンターナス」、「ペートラス」、「ヴァライーティス」なのに、和訳では長音がすべて短音になっていることについてですが、これは本がそうしているので、ってだけです。リトアニア語の字母としての長音が含まれて初めてカナによる音写に長音が反映されるんでしょうかね。
 次は本来は「Kaip gyvuojate?」なんですが、第1課にあったので省きます。あ、ちなみに第1課で「gyvuojate」と「iki pasimatymo=またね」の「pasimatymo」の原形をちゃんと確認してなかったと書いてましたが、それぞれ「gyvénti(ギーヴェンティ)」と「pasimãtymas(パスィマーティーマス)」です。「pasimatymo」は単数属格形でした。ついでに「gyvuoji」はやはりgyventiの2人称単数形でした。

ラバイー・マロヌ・ススィパジーンティ・ス・ユミス
Labai malonu susipažinti su Jumis.
あなたと知りあえてとても嬉しいです。

※malonù: 嬉しい(malonùs中性形)、sù(+具格): ...と、Jumìs: jūs具格; 元の形はjumìsで、語頭が大文字だと敬称形となる

 第1課で言及した、「prašauからprzepraszam」は、ただ互いの語感がたまたま似ているだけ(しかも意味が違う)というだけでしたが、ここにきてかなり強くスラヴ語的な印象をリトアニア語から受けました。・・・とは言っても、今回も、「リトアニア語にスラヴ諸語が与えた影響」をまともに語ることにできる人から見れば噴飯ものの感想なんでしょうけどね。
 そもそも「スラヴ語的」というか、「ロシア語的」です。
 というのもこの言い回し、「очень приятно с вами познакомиться(óčeň pr'ijátno s vám'i poznakóm'iťs'a / オーチャニ・プリヤートナ・ス・ヴァーミ・パズナコーミツァ)」にそっくりなんですよね。上の文と照らし合わせると、「labai=очень」、「malonu=приятно(両者共に中性形; < приятный(pr'ijátnyj / プリヤートニィ))」、「su Jumis=с вами」、「susipažinti=познакомиться(どちらも動詞不定形で、且つ再帰動詞である)」。ロシア語表現に於けるそれぞれの言葉の和訳も、上記「Labai...」のそれとまったく同じです(俺が学習に使っていた本が間違ってなければ)。

ユース・エーサテ・ストゥデンータス
- Jūs esate studentas?
あなたは学生ですか?

※studeñtas: (男子)学生

タイープ、アシュ・エス・ストゥデンータス
- Taip, aš esu studentas.
はい、私は学生です。

 「ar」はあってもなくてもいいみたいです。
 さてこの「studentas」に含まれている「-en-」が、「susipažinti」の「-in-」とは逆に、子音にアクセントが含まれている例です。
 「V+C」の二重母音は、母音の方にアクセントがあれば下降アクセント(見た目は短アクセント)、子音の方であれば上昇アクセントを有します。どちらも長音を示しますが、声の調子は真逆だということですね。
 尚、studentasは、本に書いてあったのでついでに覚えてしまいましたが、主格女性単数形で-tė(テー)、主格男性複数形で-tai、同女性複数形で-tės(テース)となります。なんかギリシャ語とラテン語が混ざった感じですね。
 さて今回はこんなところです。
 実は3課まで終わってるんですけど、目の痛さが限界なのでもうギブ。主に動詞ばかりで成り立っている本文を持つ課であり、当然の如く活用の分類も交えての解説があったのでまた一段と難しく&楽しく語ることのできる機会なんですが・・・焦らず、後日いっときましょうか。

 それではSudie!(スディエー)

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