バイト先で長い間(少なくとも約4年)使っていたキヤノンのスキャナがお亡くなりになって、今はエプソン製のものに働いてもらっている。
代替わりしたのは最近の話じゃなくて、エプソン君が来てからもう半年以上は経ってるかと思う。
キヤノン君は捨てられたのかと思ってたんだが、もしかしてまだ倉庫で生きてるのかとありそうな場所を探してみると、-おお!あった!
明日、あれが俺の家で使うものとして借りられないか訊いてみるつもり。
ちゅうかね、俺昔スキャナ持ってたんだよ。
今のPCにしたら使えなくなっちゃってさー・・・。なんでなの。
借りられた暁には
こんな、撮影に苦労する割に鮮明でもない画像とは金輪際オサラバだ!
まぁ、故障して新品買う必要になったワケだから、そもそも動かない可能性もあるんだけどさ・・・。どういう不具合を起こすようになったのか、俺は知らないんだよなあ。いつの間にかエプソン君は来てたし。
2012年5月19日土曜日
2012年5月11日金曜日
革命勃発!
タミル文字の綴り方に革命勃発!
めちゃちょっとしたことなんだけど、なんだか物凄く嬉しくなったのでこれは記事にせざるを得ないな!
まぁこれを見りゃれ(暗くて見辛いケド)。
下部に矢印が引いてある文字に注目してもらいたい。
その2つの文字と、これらの下、更に矢印の下にある文字とは僅かな違いがある。
・・・わかる?
文章の中に含まれている方の2文字は、その下にある文字に比べて角張ってるんだ。
これだよ!革命は!
最初こうやって書いたときは狙ってやったわけじゃなくて、字を書く際の集中が足りなかったかなんかで、いつもの書き方-即ち矢印の下の文字の形で綴るための手の動き-ができなかった。謂わばミスであったと言える。
「おわっ、曲線が書けなかったっ」と思ったのも束の間、この形が即座にこれまでの書き方を二度と省みる必要がないと思わせるほどに魅力的であることを悟った。
シンハラ文字やビルマ文字など、丸みを帯びた文字を目にすること自体は好きだ。しかし書くとなると話は別で、将来たとえばこの2種類の文字を書くことがあっても、疑いようもなく俺は文字毎にその各部を己にとっての書き易さに適当なように角張らせるだろうと思う。
タミル文字は既にそんな風にアレンジしまくって綴っている文字のひとつだが、この書き方は何故だか今日偶然実現させてしまうまで思いつかなかった。
まだ他のどの字母に適用させられるかについては、考えたり実践したりしてはいないが、きっと更に楽に、俺好みの見た目で記すことができるようになるはずだという不思議な確信がある。
なるべく元の形を尊重したいとは思っているが・・・それに則り綴ることがストレスになるのなら考え方を改める方が寿命が削られずに済みそうで好いしな。
デジタルで表すと「எஙகளுடைய நாது ஜப்பான்.」と書いてある。・・・実はこの文、綴り間違いが2箇所ある。「எஙகளுடைய」の2文字目、「ங」の上には点を付ける必要があり、そして真ん中の「நாது」の語末は「து(du)」ではなく「டு(ḍu)」が正しい。
なので、間違いを正して綴ると、「எங்களுடைய நாடு ஜப்பான்.」となる。
読みは「エンガローダ・ナードゥ・ジャッパーン(< eṅgaḷuḍaiya nāḍu jappāṉ)」、「我々の国は日本である」という意味です。間違った方の文章は「エンガガローダ~」になってしまう(;´д`)・・・「ナードゥ」はカナだと区別しようがないのでそのままだが。ちなみにこの「ドゥ」は、反舌音ってやつで、日本語のダ行が歯の付近に舌を密着させた上で発音されるものなら、反舌のDは、その名の通り、口内の天井が柔らかくなるところ(軟口蓋)の直前の部分(硬口蓋)に反らせた舌を付けて出す音です。インドで話されている主要な言語の殆どにある音だと思います。
所有形容詞には「-உடைய(uḍaiya)」が付く形と付かない形があり、日常に於いては後者-「我々の」の場合ならஎங்கள்(eṅgaḷ > エンガ)-の方がよく用いられているそうです。短くて言い易いもんね。ただ、「誰の=யாருடைய(yāruḍaiya > ヤーローダ)」は、「-உடைய」が機械的に分離できるからなのか、これを外した形・யார்(ヤール)としても言い表され、「誰が=யார்」と全く同じ綴り、発音になる。文脈でどちらが使用されているか判るというので、問題になってないのかな?
俺が「エンガ」じゃなくて「エンガローダ」で書いたのは、単に字を沢山書きたかったからですね。よくやるんですよ、こーゆーの。
「クレオパトラの鼻がもう少し低ければ~うんたら」って逸話があるでしょう(実際はクレオパトラはそんなに美人じゃなかったらしいが)。こういうちょっとしたことでも、実際ショックを与えられたとなると、いやあ、捨て置けませんな~。
2012年5月10日木曜日
“Rihtlīċe hī sind Angle ġehātene.”
これが古英語だ!
って、俺がこんなとこで書くまでもないんだが。
今まで名詞の曲用をひたすら覚えてたんだけど、今日はなんとなく文章を書いてみた。
・・・何故か暗記してしまった。暗記しようとなんら意識したわけじゃないんだけど・・・。
いつもこんな超能力発揮できるようにならねぇもんかなあ!
リフトリーチェ・ヒー・スィンド・アングレ・ィェハーテネ
Rihtlice hi sind Angle gehatene.
(Rightly they are called Angels.)
Rihtlice hi sind Angle gehatene.
(Rightly they are called Angels.)
これが生まれて初めて模写した古英語文。英訳・・・現代英語訳は本に書いてあるものそのまま。
さて古英語をご存知の方は、綴りにちょっと引っかかるかもしれない。
まずマクロンがありませんね。マクロンはマオリ語キーボードで出せるけど、あのドットはどのキーボードで出せるのかわからん。ドット自体はチェコ語キーボードとかで出せるけど、「C」、「G」の上に付けるとなると・・・。今日は探す気になれんかった。また別の日にふと思い立ってしつこく色んなキーボードを試しまくってそうだな。
あと「rihtlice」のcと「gehatene」のgの上にドットがないんですね。この2文字は前後に隣接する字母に影響されてその音を変えます。簡単に言うと、
C: 「acclaim」では/k/で「rice」では/s/、
G: 「bargain」では/g/で「edge」では/dʒ/を示す
という音声の変化と同等です。古英語では、「C」は/k/と/tʃ/を(/s/の音は持たない)、「G」は/g/、/ɣ/、/j/、/dʒ/を語中の位置と前後の字母の影響によってかわるがわる示します。ちなみに、/k/の音を示す字母としては「C」が使用率に於いて圧倒的に優勢で、「K」が使われることは稀だったそうです。ゲルマン系といえばKが多用される印象があるので、これはちょっと面白いなと思いました。
ただ、本来はこういった記号は付いてなかったらしいけどね。後代・・・つまり近代、現代、読み易くするために便宜上付けられ始めた記号なんだそうだ。古典ラテン語とか古典ギリシャ語の語学書にマクロンが書いてあるのと同じ理由だな。ただ古典語の、綴りに現れない長音は、それが長かったかどうかってのは、音声資料が皆無な為後代の人間が単語毎に含まれる母音の長さを知ることが何故できたのかと考えると、今で言うマクロンを付した文章が残ってたってことなんですかね。いや、かつて作成された辞書が残ってたとかなのかな?
「H」は、語頭では/h/の音を持ちますが、母音の後ではドイツ語の二重子音「CH」の如き性質を持ちます。文頭の「riht-」はさながら「richt」と書いてあるようなものですね。
で、言わずもがなですが、今回の記事の題はこの文章を本に全く忠実に綴ったものです。
まだある、暗記した文章。全部で4つあるんだ。2つめはコレ。
サル・ワアルズ・オフスラィェン・ルクモン・キュンゲス・ィェレーヴァ
Þær wearð ofslægen Lucumon cynges gerefa.
(There Lucumon the king's reeve was slain.)
Þær wearð ofslægen Lucumon cynges gerefa.
(There Lucumon the king's reeve was slain.)
マクロンと特定の子音字の上のドットを除けば、「古英語・中英語初歩(市川三喜、松浪 有 著)」準拠の綴りを用いた古英語文はアイスランド語キーボードでタイプが可能です。「この本準拠」とわざわざ書いたのは、「ウィン」という文字はタイプできるキーボードがないからです(少なくとも俺のPCには)。Wと同音価を示す借用されたルーン文字で、Ƿ(ƿ)と書きます。
「ofslægen」のfは/f/で、「gerefa」のfは/v/として音写がしてあるのは、「F」が位置によって異なる音を持つからです。母音間で/v/となります。元々無声子音である「F」が特定の環境下で有声化する現代の言語は見たことないけど、有声の「V」が位置によって無声化する言語ならスラヴ諸語(キリル文字の場合は「В」)から簡単に見つけられますね。たとえば、個人的に今期イチオシアニメのひとつ、「うぽって!!」に登場する銃器・AK=Автомат Калашникова(アフタマート・カラーシュニカヴァ)とかね。
余談ですがウェールズ語にはVという字母がなく、/v/はFで示されます。FFで/f/です。/v/と/f/をこうやって表している言語は今のところウェールズ語以外には見たことがなく、初めて勉強した際面食らった要素のひとつです。どういう由来があるんでしょうかね。
「wea-」を「ワア-」としているのは、「ea」という二重母音は/æə/と発音されるとする本に因ります。
そして3つめ。
アンド・ネ・ィェラード・ズー・ウース・オン・コストヌンゲ
And ne gelæd ðu us on costnunge.
(And lead thou not us into temptation.)
And ne gelæd ðu us on costnunge.
(And lead thou not us into temptation.)
2つめと、この3つめの文章には「ð」で始まる語がそれぞれに1つずつ含まれていて、カナでの読みは有声子音として表現しましたが、正直正しいのかどうかわかんないです。単語内にあって母音間に挟まれている際には有声化するとは書いてあったけど、語頭にある場合どうなのかという説明はなかったしなあ。
ちゃんと有声 / 無声の区別をdh / thで表現しているアルバニア語、dd / thで表現しているウェールズ語の正書法を考えた人はエライ・・・当然の仕事か。
/θ/と/ð/は、それぞれ必ずþとðによって示される・・・わけではなく、いずれの字母も両方共の音価を持つという悲しい無駄。元々は前者が無声、後者が有声だったらしいけど、本にいちいち「古くは」と書いてあるので、この本で扱ってる時代の古英語では混同されてたんでしょう。故に「þær」とあってもその音は必ず「サル」であるとは断言し辛い、と・・・特に学者でもなんでもない俺からすれば。
いやまあ、もしかしたらこの語学書が説明不足なだけで、位置によって発音のされ方がまったく規則的に決まってたのかもしれないけどね。
では4つめ。
スム・ヒーア・フェーオッロン・ウィズ・ウェィ
Sumu hie feollon wiþ weg.
(Some of them fell along the way.)
Sumu hie feollon wiþ weg.
(Some of them fell along the way.)
またþだね。直前が母音で後ろが半母音だから/ð/かな?ってことでこのカナ音写。
じゃあ母音間で/v/となるfは「ヴ」と表すべきなんじゃないの?って・・・こまけえことは・・・イインダヨ・・・。 ちゅうか単語内はともかく、ある単語の尻とそれとは別の単語の頭の狭間という環境についてまで考える必要はないかも・・・。
ちなみに模写した文章は全部で5つあったんだけど、最後の5つめだけはこれら4つに比べると長くて忘れちった。
あと、現代英語と同じく、後期古英語の「e」は、アクセントのあるもの以外は曖昧な音を持つ傾向にあったそうだけど、本にはそういう事実があると前置きした上で敢えて/e/を示すものとすると書いてあったので、ここでの発音のカナ表現はそれに準じた。
ホントびっくりしたよ。なんで俺こんなの覚えられたんだろ?
各単語に対応する、現代英語に於ける言葉と共に知ったから?
でも俺、知らない言葉がここにはあるんだよ。reeveとslain。初めて見たかどうかはわからないけど、意味は知らない。あと、「fall along the way」ってどう訳したらいいの?実は和訳をせず、本から現代英語訳をそのまま持ってきたのはこういうのが理由なんだよ。
こんくらいなら頭にある程度の間留まって当然なんだろうか?
2012年5月9日水曜日
スキャナ欲しい
カトゥ・カ・カタル・フォトグラフィア
Këtu ka katër fotografia.
ここに4枚の写真があります。
アルバニア語。
前にも書いたが、アルバニア語は英語に用いるラテン文字にëとçを追加しただけの、覚えるのに労力を伴わない正書法を採用している。ëはシュワーで、çは英語で言う二重子音・CHに相当する。また、Wは使われない。ちなみにこれらはトスク方言ではという話で、他の方言だとちょっと異なる点があるらしい。
結合によってひとつの音を表す二重子音として
dh : アラビア語・نافذةのذ(ナーフィザ=窓)
gj : ハンガリー語・egyのgy(エッヂュ=1)
ll : 英語・nationalのl(ナシャナル=国家の)
nj : スペイン語・niñoのñ(ニーニョ=少年)
sh : フランス語・châteauのch(シャトー=城)
th : 現代ギリシャ語・θάνατοςのθ(サナトス=死)
xh : サンスクリット・जित-のज(ヂタ=征服された)
zh : ロシア語・поживатьのж(パジヴァーチ=生活する)
があるのだが、何故çは「ch」にならなかったのだろう?
Xはポーランド語・bardzoのdz(バルヅォ=とても)に相当し、XHという二重子音があるなど、他のラテン文字を正書法に採用している言語と比べると(たぶん)珍しいラテン文字の使い方をしていることに加え、nd-やmb-で始まる語があるのも注目すべきところ。少なくとも今現在も話されているインド・ヨーロッパ系言語の中では珍しいはず。
ちなみに中央にある語・mengjesは「mëngjes(マンヂェス=朝)」の間違い。ド真ん中にあるので目に入ってきたわ。

バスク語。
昨日は「ダイアクリティカルマークのないラテン文字を使う言語」としてバスク語を例に出したが、実際にはスペイン語由来の「ñ」が取り入れられている。頻出するわけじゃないみたいだけど、「andereño(アンデレニョ=女教師)」という日常的な言葉にも入っているので、目にする機会は少なくないのかもしれない。
/s/をZで、日本語で言う「シュ」の音を表すのにSとXを用いているのが特徴。本をまともに読んでいないのでSとXが示す音の相互的な違いはよく覚えていない。ポーランド語のszとśの音の違いに相当するのかな?

タミル語。
子音にai、au、eとその長音、oとその長音を付加する際、綴り上は子音字を書くよりも先に書いておくべき字母があり、これで未だによくミスをしてしまう。
こういう具合だ:
தை(tai), தௌ(tau)
தெ(te), தே(tē)
தொ(to), தோ(tō)
左側は、母音のついた子音字の例として出したத(tではなくdの音を持つこともある)に先行して、右側はதの左右に字母が置かれているのがわかってもらえると思う。最上段右側に示した、「Cau」という音を含むタミル語はまだ学習中に登場していないので、実際には書いたことがない。ちなみに、この「tau」に於いて、தの次に来ている文字はḷ(a)という音を示す字母ளと全く同一の形(というより流用なのか?)であり、தௌという結合は「teḷa」とも読める。デジタル上の処理で言うと、「tau」は一文字として扱われるが、「teḷa」として打つと「te+ḷa」の2文字になるので、カーソルを文字の上で動かせば、いくつの文字の上を跳んで次の文字へ移るかによって、どう書いてあるのかがわかる。しょーもないことだけどね。
தௌ தெள தௌ தெள தௌ தெள・・・さて、「tau」と「teḷa」はそれぞれ何個ずつあるでしょう?

サンスクリット。
この書き方は邪道だろう・・・しかし俺はとっても気に入っているのである。
一番上の段は、「邪道」字体との対比のために書いた、つい最近までの書き方。これで当然という字体だ。
正規の書法では、字母毎の天辺に横棒を引き、一部の字を除いてその棒で一単語内の各字を結んでゆく。ちなみにこれは、横棒以外の部分を書いた後で定規で引いている。こういう煩わしさも、正規の書法を捨てた一因である。そんなメンドい書き方してる方が悪い、確かにそうだが、この横棒が真っ直ぐ引けないときのストレスの方が、サンスクリットを綴る際には毎回いちいち定規を持ちだしてこなければいけないメンドくささに圧倒的に勝る。
新たに思いついた書き方に於いては、結合子音(व्य(vya)、च्चि(cci)、स्य(sya)など)を除いて各字母がひとつたりとも横棒で繋がれていない。
人に読ませるものには絶対に書けない形だが、己が今まで崩してきた字体の中では最も冴えたやり方を以ってして完成したものだと、俺は非常に満足している。
最上段の書き方は、縦書きのモンゴル文字のガイドに罫線を利用したことに通じるものがある。デーヴァナーガリーはこうやって書くと、言わずもがなだが、次の行には新しく文章が綴られないので空けないといけない。罫線を利用せずに、つまり横棒以外の部分を小さめに書き、罫線よりも下に定規で線を引く、という書き方も試したが、棒と罫線が平行になりづらく見映えが悪くなりがちであることに気持ちが落ち着かず、やはりガイドとしての罫線に頼りたくなってしまうので長続きしなかった。
あ゛ー・・・スキャナ欲しい。
2012年5月8日火曜日
モンゴル文字を初めて書いた日
モンゴル文字を初めて書いた日。
ただモンゴル文字をうまく書けるようになるためだけにペンを走らせたわけではなく、ちゃんと意味のあるモンゴル語を、その和訳も発音も逐一確認しつつ、モンゴル文字で書いているわけなので、モンゴル語の勉強が始まったとも言えるんだが・・・まぁでも、単語の羅列を書き写してるだけの現状は、あんま言語の学習とは言えん気がするし、そもそもこういうこと言うまでもなく、まだモンゴル語の勉強が始まったって感じは俺自身が全然してないな。
「モンゴル語基礎文法(フフバートル 著)」は、買ったその日の内に開いて、すぐ閉じた。
語学書はまず最初からきっちり読んでいくのが学習の定石というものだと思うが、この前置きがめちゃくちゃ長く・・・それだけだったならまだマシだったんだけど、この本を学習に用いるにあたって留意しておかなければならないことへの言及が織り込まれていたので、飛ばして読むわけにもいかず・・・読むか、読まないか、しょーもないことで悩んでパタン。
もうまさに出鼻を挫かれた-完全に。
で、今日改めて開いてみて、「もういいから文字書き始めてみよう」と、筆を取ったわけだ。
さて、初めて書いてみて-正直言うが、全人類の中で、今日に至る歴史を通して、初めて書いたにしては端からかなり上手く書けているんじゃなかろうか?俺。
下のものは、一番最初に書いたモンゴル文字を写したページ。より細かく言うと、一番右のもの-「(目を)閉じる」という和訳の直上。「anin」は、後述するが、口語発音で、文字通り読むとその音は「anina」。ちなみに横書きしてあるのはバスク語。
見ればわかるように、文字が1つ、2つ、3つあって(3つめのものは2つの文字が結合しているように見えるが、これで一文字)、その後にこれら3つを集合させたもの-つまり単語が書いてある。この書き方は本に則ったもので、この「anin(a)」を含めて最初の内いくつかはこうやって書いていたが、すぐ面倒臭くなってやめた。
発音がカナで書いてあるのは、ラテン文字を縦書きする気になれなかったため。このページだと縦書きされてるラテン文字による転写は「anin」と「oni」のみだね。
「エネ > エン」のラテン文字転写は「ene > n」、「ウヌ > オン」は「unu > ωn(本ではオメガのような文字で表現されていて、実際は/ɤ/だと思う)」、「エヌュ > オノー」は「önü > onoː」・・・で、次の「エヌュ」は・・・なんだろ?。
いや、ていうのも、読めないのよ。
今さ、「あれっ、この2つめの「エヌュ」は1つめとどう違ったんだっけ・・・?よし、モンゴル文字の方見て思い出そう!」とやってはみたんだよ。
でもさっぱりだね、ジッサイ。
一応、ただ目に映る通り模写してたわけじゃなくて、上で言った通り、意味も発音も、それから単語内のどこで文字が切れてその各文字が持つ音素は何かとかちゃんと確認しながら書いてはいたんだけど・・・うまく書けることにのぼせてて、頭使ってるつもりが使えてなかったのかな?
うまく書けると、当たり前だけど凄く気分がいいからね。しかも初めて書く文字でさ。タミル文字はかなりヒドかったからね、書き始めた当初は。機会があったら晒して話題にするかな。
「ウヌ」はわかる。「un」だ。モンゴル文字は読めないし自分で書いたものをまともに覚えてもいないのに何故「unu」でないと言い切れるのかは下を読めば判る。「ウン」と書かなかったのは気まぐれ。未だに、Nの発音は、カナで表現しようと思ったら「ン」と書くべきか「ヌ」と書くべきか迷うんだよねぇ。
英語の「cousin」は「カズン」だけど、フランス語の「Aquitaine」は「アキテーン」じゃなくて「アキテーヌ」って言われるでしょ?この2つの語の末尾にあるNは同一の音を示してるのに。英語圏のJohnとフランス語圏のJeanneは本来、どちらも「ジャン」か「ジャヌ」と同等に転写されるべきものなんだよ。
そういうのにも振り回されて、さあどう表現すべきか?って考えちゃうんだよね。
ま、そんなことはアレだ・・・ひとつの記事になりそうなくらい奥が深い問題だと思うから、別途書く機会を設けよってところだ。
さてここで、説明もなしにちょっと後回しになってしまったけど、上記カナによる発音のくだりに見受けられる「>」の意味を、モンゴル語の極めて重要な特徴について言及することで明かしたい。
それは、文語と口語の音の乖離がかなり激しいということ。
あれ、なんかそういう言語、最近話題にしてたよね?
そうですね、タミル語。
ただあれほどヒドくはないという印象だが。
モンゴル語に於ける語の末尾の短母音は脱落する傾向にあるそうです。
だから「ene」は「en」。で、語頭の母音は次の母音に影響されてその音を変える。それで「unu > ωn」。語末の母音も、ウルティマのUが短いからしっかり落ちてますね。
「önü」もÜは短母音ですが・・・脱落したり長母音化したりってことらしいです。
まー、あとは特定の子音が語中、母音に挟まれた場合に消えたりとか・・・。
モンゴル語の母音は性質によって3種類に分類され、それぞれ「男性母音」、「女性-」、「中性-」と名付けられています。
カンタンに言うと、後舌母音は男性、前舌母音は女性、そして「I」のみが中性に属しています。
しかし「önü」が口語発音で「onō」になるということは、結局実際の発音上はオスメス関係ねーってことなんじゃあないんでしょうか?後舌化しちゃってますしね。
そんなわけで、タミル語同様、綴りを覚えて読み方を覚えて、更に口語上での音も覚えないといけない。
まぁ、「綴りを覚えて読み方を覚えて」ってのは本来逆であるべきでしょうけどね。ひとつひとつの文字の音を覚えた上で単語を読み始める、と・・・。ただ上でも言いましたが、もうさっさと文字が書きたかったので、単語を構成している文字毎の読みはまだまだ覚えられていないものの方が圧倒的に多いです。アラビア語はちゃんと一文字一文字読み方を覚えた上で言葉を読み始めていってましたが・・・あまり文字の数が多くなかったからそれに根をあげずやってられたのかもしれんなー。当時は苦痛とも、何とも思わずただ機械的に本に出てくる文字を順に覚えていってたから、完全に「今にして思えば」って意見だが。至極当然の学習方法だ。経験をある程度積むと、明らかにヘンだとわかってる方法を以ってしてでも結局は全体がモノになるからと思えるようになってしまってイカン。
ところでさあ、上の2つめの「エヌュ」・・・気づいたんだけど、2番目の文字が「anina」の「na」とまったく同じじゃん!
つまりは・・・あのモンゴル文字の後に関係のない「エヌュ」を置いたとか、モンゴル文字による単語を書かずに「エヌュ」についての言及を記したとか、本の中で見るべき箇所を誤って1つめの「エヌュ」をあそこに書いてしまったとか・・・なんにせよショーモナイ。
さて次の画像を見てみよう。

ページ自体は、最初の画像に写っているものと同じです。
ここで試みたのは、ノートを傾けずに書けるかどうか、ですね。
先に結果を言っちゃうと、諦めました。
・・・あっ!ていうか見て!「エヌュ > ウン」の「エヌュ」が本当はどんな転写を元にしたのかの答が載ってる!
「üne」かあ・・・「ユネ」じゃん!
困ったもんだ。
そしてやはり跡形もなくなっている女性母音、と。

さてページを変えました。
罫線を横にしての、縦書きの練習が続いています。
書いてる内に、「ガイドなしで線を真っ直ぐ引くなんてムリだしいっそ故意に角度をつけよう」と思いついて、実践してるのがわかりますね。
書き易くはなったし、別に線が真っ直ぐじゃなくても各語の語頭の書き始めの位置が縦に揃っていれば全体的な見映えはそんなに悪くならないだろうと考えてました。
でも、結局すぐやめちゃいました。やっぱヘンだろうと。狙った写したものじゃないんですが、次の画像への繋ぎになっているかのように、最下段から線を真っ直ぐ引き始めているのがわかりますね。ちなみに最下段右端にちらっと写っているのはタミル語・・・いや、タミル「文字」ですね。「ani」と読めるので、モンゴル文字で最初に書いた言葉、「anina」と書いたんだと思います(タミル語で「ani-」という言葉は知らないし)。なんか俺、ある文字を書いている際に、それとはまったく異なる文字をふと書きたくなる癖があるんですよ。まったく写ってませんが、このページの右上には実はサンスクリット、つまりデーヴァナーガリー文字がびっしりです。
最初のページに書いたときは思いつかなかった・・・というか、縦書きといえば我らが日本語だしってことで日本語を縦に書くときと同じ感覚に頼って罫線と罫線の間の空白に文字を置いていっていたんですが、この罫線は非常に優秀なガイドになったんですね。モンゴル文字の垂直な線で罫線を染めていっています。
ところで真ん中にはなんだかモンゴル文字とは異質そうなものが・・・?
そう、これはアラビア文字。書いてあるのはペルシャ語。
アラビア語、ペルシャ語併せて相当の文量をこれまでに書きましたが、それでも尚アラビア文字はあまり手に馴染んでいなくて・・・常々、もっと楽に綴られないものかと考えています。
で、モンゴル文字をノートを通常の角度にして見るとアラビア語に似た見た目をしていたので、「なるほど!これはもしかしたらかっこよくアラビア文字を記す新しい手法になるかもしれない」と思い、やってみたんですが・・・3行で終わってること、同じ単語をしつこく何度も書いていることからわかるように、まったくそんなことはありませんでした。書き易さを見出したんなら色んな文章書いてただろうからね。チャンチャン。
ちなみに最初のページからここまでは右から左へ書いていっています。本来は「縦書きで、左から右に」書くのがモンゴル文字です。
さて、こんな調子でこのページも埋まりました。

そしてこれが現時点最も新しく書いたモンゴル文字です。「左から右に書く」を初めて実践しています。
上のページでは、本で3ページほどに亘って登場する複数の言葉を何度も繰り返し書いているんですが、これは更にページを進めて模写したものです。読めねぇよぉ~(笑)。

そして罫線を横にして見るモンゴル文字。
どうすかアラビア文字を知ってる方、結構それっぽいでしょ?ちゃんと「左から右に」書いて紙を左に90度傾けると、アラビア文字の並べ方に準じた見た目にもなるんですよお~・・・・・・実はちょっと諦めきれてないんだよね(笑)。
あと、ちょっとだけシリア文字っぽくもあるんですよね。
とまあ、モンゴル文字を初めて書いた日、ホント、初めてにしてこの上なく上出来だと俺は思ってます。
自分で自分を鼓舞できるって、とってもステキなことですね。
関係ないけど、シリア文字、とっても書いてみたいんです・・・タミル、モンゴルよりも遥かに前に目をつけてたんだ。
「モンゴル語基礎文法」を初めて話題にしたときにも書いたけど、書き方を学ぶだけならWikipediaでも参考にすればいいが、俺は単に文字単体を綴りたいんじゃなくて、「言語」が書きたいんだよ~!
シリア語(か、アラム語)が日本語でまともに学べる本ってあるんかしらねぇ。国際語学社のアレは・・・?
何故書き易さを長時間追求することなくこれほどまでにアッサリと自分なりの筆記方法が確立させられたのかはわかりません。
ただ最近、あるすごいことに気づきまして、それと関係があるのかもしれません。
何かというと、
「ラテン文字は書き辛い!!」
今更!?って感じですが、ホント、長いことラテン文字で色んな言語書いてきて、つい数日前にラテン文字を書いてる際にそう思っちゃったんですよ。唐突に。
それでアルバニア語、バスク語が書けなくなっちゃいまして・・・すごい落ち込んでました。
さすが世界で最も多くの人々に綴られている文字なだけあって、字形がすごく単純なんですよね。
多くの人々によって扱われるようになった経緯には一言で語れぬ複雑な事情が潜んでいるんでしょうが、そういった問題に加えて、確実に「覚え易いこと、書き易いこと」が好まれているが故、実に多くの言語にこの文字が正書法として採用されているという考え方は悪くない筈です。
俺にとっては、ラテン文字を書く際、フラクトゥールが立派に手で書ければ一番いいんだと思う。
タミル文字、モンゴル文字に極めて早く慣れることができたのも、日本語の正書法に於ける文字群と同じように単純な形をしていないからなんですよ、おそらく。
ラテン文字は簡素でありすぎる・・・俺にはそれがよろしくないんでしょうね、何故か今まで気づけませんでしたが。
いや、それはラテン文字ばかり書いてたからかな。
タミル文字、モンゴル文字を書き始めるまでに学び終えて自由に書ける文字は、①日本語で使う文字3種(ひとつと数えます)、②ラテン文字、③キリル文字(ロシア語とセルビア語で使うもの限定)、④アルメニア文字(アルメニア語を綴る)、⑤アラビア文字(正則アラビア語とペルシャ語で使うもの)、⑥デーヴァナーガリー文字(サンスクリットで使うもの)、⑦ヘブライ文字(ヘブライ語とイディッシュを綴る)、⑧ギリシャ文字(古典ギリシャ語で覚えた、現代ギリシャ語の正書法よりも複雑なもの)、⑨チベット文字(チベット語を綴る)の9種類があった。ラテン語除くその他の文字は括弧内に示した言語を綴る際に使いますが、だからラテン文字は別格だったんだよね。フランス、オック、イタリア、スペイン、ラテン; ドイツ、オランダ; ウェールズ、アイルランド; デンマーク、ノルウェー; ポーランド、チェコ; フィンランド、ハンガリー; トルコ; ベトナム; インドネシア; エスペラント; アイヌ-の各言語(まだあったかも)を、ラテン文字ひとつで書いてたんだから。更にラテン文字は、非ラテン文字を正書法に持つ言語の音写でも大活躍・・・。
そりゃあ慣れきった気にもなるわってくらい、たくさんの言語をこの文字で書いてた。
今はなんとか「書けないスランプ」から脱せたと思う。でもすごく神経遣って書いてる。シンドイw
タミル文字とモンゴル文字も気を抜いて書けるわけじゃないけど、ラテン文字に比べるとまだ疲れない。
・・・たぶん、字形を崩しようがないからなんだろうと思う。
ラテン文字は意図的にであろうがそうでなかろうが簡単に崩せる。僅かでも油断すると途端にダサくなる。
立派に見せるためには字形を工夫しないといけない。
たとえば「L」の小文字、「l」。「1」の如く、線を縦に一本引くだけ。こんな簡素の極まった文字、世界には数えるほどしかないんじゃなかろうか。
そしてこれをかっこよく見せるには・・・?
いやあ、俺にゃあ思いつかないな・・・。
おそらくフォントが世界一豊富に用意されてるのはラテン文字だろうな。
生まれて初めてラテン文字を見て、その字の形に表現し得ない奥深い魅力を感じる人間って、いるかな?
ラテン文字はスカスカで落ち着かない・・・。
だから俺はぎゅうぎゅうにする。それが、現時点俺が最も自身を満足させられる綴り方。
俺がダイアクリティカルマーク付きのラテン文字に特別な魅力を感じていたのも、今にして思うと、字形の退屈さをある程度削ぐ装飾を纏ったもののように見えていたからなのかもね。
ただ、実は今は基本のラテン文字のみで綴られる言語が俺の中でアツいんだけどねw
アイヌ語を始めたり、バスク語やフィリピノ語の本を注文した理由はそこにあるんです。ウズベク語の本を買おうとしていたのも同じ。アイヌ語は、ラテン文字で学べるものを慎重に調べた上でCDエクスプレス アイヌ語を買いましたからね。
他には、オランダ語がまたやりたくなってきていたり、アフリカーンス語、ソマリ語とかにも目をつけてますが・・・この基準に則って選んでいくと、そして日本語で書かれた語学書がある程度手に入り易いこともあって、自然とオーストロネシア語族のものが多くなるのが悩みドコロだ。あんま魅力を感じないんだよね。
2012年5月7日月曜日
3日に分けて書く3言語学習成果-1日目: தமிழ்
3日に分けて書く3言語学習成果。
初日はタミル語(தமிழ்(タミル))です。
遂にタミル文字も使って記事が書ける日が来た!
1. タミル語
1.1. 命令の表現
1.1.1. 肯定命令
動詞の語幹を用いる。タミル語の2人称には近称と敬称があるので、命令の方法にも2通りある。
尚、動詞命令法(「法」じゃないかも?フランス語とかで習った言い方なんだよねえ・・・)敬称形は語形上からは対象が単数であるか複数であるかが判別できない(フランス語などと同じ)。また、タミル語での動詞・2人称近称形は、大分年下の相手か、こと親しい友人に対してしか使わないそうだ(タミル語は、ってのもおかしいか。タミル語に反映されているタミル文化に於ける伝統的に正しい対人関係の為し方に因っているんだろうし)。
நீ வா(<不定形: வர(ヴァラ)).(ニー・ヴァー)=きみ、来なさい。
நீங்கள் வாருங்கள்.(ニーンガ・ヴァーンガ)=あなた、来て下さい。(若しくは「あなた方、来て下さい。」)
நீとநீங்கள்は人称代名詞だが、動詞を用いての命令を口にする際、逐一人称代名詞が必要であるかどうかは(まだ)言及されていない。本での和訳は「きみは来い」という不自然なものになっているので(状況に依っては不自然とも言えないが、本での例文の表記の仕方に、特殊な状況下での発言であるという印象はさっぱりない)、おそらく不要。人称代名詞நீங்கள்はநீにங்கள்を追加したもので、肯定命令敬称形の指標も同じく-ங்கள்であることから、敬称形-ங்கள்の根拠を示し、語形に説得力を持たせる意図があって併記したのかもしれない。
敬称を用いるべき相手に対しては、動詞に付く語尾に-ருங்கள்以外のものがある。尚、上記の-ருங்கள்は語末がஆ(வと合わさってவா)である場合に付随されるものである。
語末に子音: உட்கார்(オッカール) > உட்காருங்கள்(உட்கார்+உங்கள்)(オッカールンガ)
語末に母音: சாப்பிடு(サーピドゥ) > சாப்பிடுங்கள்(சாப்பிடு+ங்கள்)(サーピドゥンガ)
語末に「イ」系の音: Xஇ > Xஇயுங்கள்(-ユンガ)(これを語末に持つ動詞がまだ本に出てきていない)
1.1.2. 否定命令
動詞の不定形を用いる。方法に2通りあるのは1.1.1.と同様。
இங்கே வராதே(வர+ஆதே).(インガ・ヴァラーダ)=ここへ来るな。
இங்கே வராதீற்கள்(வர+ஆதீற்கள்).(インガ・ヴァラーディーンガ)=ここへ来ないで下さい。
1.1.1.とは違い、敬称形に付随される語尾は1種類のみのようだ。不定形は、-ஆதீற்கள்が付くに不都合のない形をした語末をしているものばかりなのだろうか?
1.1.3. 禁止を指示する表現
厳密には命令ではないと思うが、本には「命令」の項目に挙げられているのでそれに準ずる。動詞の不定形の後に分かち書きでகூடாதுを置くことによって表現する。
இங்கே வர கூடாது.(インガ・ヴァラ・クーダードゥ)=ここに来てはいけません。
1.2. 疑問の表現
1.2.1. -ஆで示される肯定疑問
-இங்கே நல்ல ஹோட்டல் இருக்கிறதா(இருக்கிறது+ஆ)?(インガ・ナッラ・ホータル・イルッカー)=ここに良いホテルはありますか?
-இங்கே நல்ல ஹோட்டல் ஒன்றும் இல்லை.(インガ・ナッラ・ホータル・オンヌン・イッラ)=ここに良いホテルはひとつもありません。
文末の語の末尾にaを追加するだけで肯定疑問文が形成される。その際、その語が既にஆ(アー)で終わっている場合には-ஆは-வா(ヴァー)、「イ」系の音で終わっている場合には-யா(ヤー)になる。
1.2.2. -ஓで示される肯定疑問
-இந்த உணவு காரமாக இருக்குமொ(இருக்கும்+ஓ)?(インダ・オナヴ・カーラマー・イルックモー)=この食事は辛いのですか?
-இல்லை, அவ்வளவு காரமாக இருக்காது.(イッラ、アヴァラヴ・カーラマー・イルッカードゥ)=いいえ、それほど辛くありません。
この疑問の表現は、日本語で言うと「~のですか?」という言い回しに相当すると本には書いてあるが、非常に漠然とした説明だと思う。俺は勿論日本人だが、「~ですか?」と「~のですか?」という2通りの言い回しにある相互的に小さな違いはどういうものかと問われると長考、閉口せざるを得ないと思う。
敢えて言うなら、「~のですか?」の方には、「~ですか?」に比べ、話者の返答を急く、或いはそれを強く欲する意思が反映されているような気がせんでもない。
1.2.3. 名詞+இல்லையாで示される否定疑問
否定疑問であっても、文末の語の末尾にஆが置かれるのは同じ。否定の指標இல்லைにஆが付き、前者の末尾にある「イ」の音と、次に来る「アー」の音の緩衝のためにய்(y)が挿入されているものである。
இங்கே நல்ல ஹோட்டல் இல்லையா?(インガ・ナッラ・ホータル・イッラヤー)=ここに良いホテルはありませんか?
尚、これを肯定するにはஇல்லைと、否定するにはஇருக்கிறதுと答える: இல்லை, இங்கே நல்ல ஹோட்டல் ஒன்றும் இல்லை.(イッラ、インガ・ナッラ・ホータル・オンヌン・イッラ)=はい、ひとつもありません。 / இருக்கிறது.(イルック)=いいえ(、ありますよ)。
1.2.4. 動詞不定形+வில்லையாで示される否定疑問
動詞を含む否定疑問文には-வில்லையாが用いられる。動詞のない、名詞を使った否定疑問文との違いは、இல்லையாは名詞と分かち書きされたものが、こちらは動詞不定形に直接付加されることである。
-பஸ் இன்னும் வரவில்லையா?(バス・インヌン・ヴァララヤー)=バスはまだ来ませんか?
-இப்போது வந்துவிடும்.(イッポー・ヴァンドゥルン)=今来ます。
ちなみに逐一併記したカナによる口語的な読み方についてだが、綴りと実際的な音の乖離を見極めるにあたっての法則がまだ完全に把握できていないので、これらの発音例の根拠についての説明は割愛する。
ちなみに逐一併記したカナによる口語的な読み方についてだが、綴りと実際的な音の乖離を見極めるにあたっての法則がまだ完全に把握できていないので、これらの発音例の根拠についての説明は割愛する。
実は、タミル語の本を買ったぞ!って記事から、学習はページ上進んでないんだよね。
なんか、まだ進んじゃダメな気がしてさ。学習内容が身に染みてない実感があるというか。「ない」のに「実感がある」ってのもヘンだが。
それに、タミル語を使いこなせるようになるぞ!って意気込みがあって勉強してるワケじゃなくて、ただ「書きたい!」って願望から始まってるこの学習だし、同じページに亘って見い出せる同じ文章群を何度も書いてるだけでも楽しいんだよね。実際、上の文法事項とか本にある例文、語彙なんかはしつこく同じこと模写してるウチに身についたものだし。なので、上に書いたことには、ある間違いは本に準拠していることが言い訳にできても、そのこととは関係なく覚え違いをしている点があるかもしれない。そんなわけで実際あっても大目に見てくだちゃーい。
ちなみに今回遂にラテン文字に頼らない、タミル語(と、カナでの擬似発音例)を混ぜての記述が適ったわけだが(やはりLexilogosではタミル語入力ができた!)、綴りの間違いがどこかに紛れ込んでるかも・・・。
本当は、カナじゃなくていつも通り、ラテン文字を併記させ読みを示そうかと思ったんだけど、結局口語上の発音がそれからじゃわからないとあっては、「タミル語 / ラテン文字 / カナ」という表記になってしまって、メンドk・・・煩雑この上ないからね。
ただ、ラテン文字とカナを同時に綴ると、(日本人読者相手には、だが、)タミル語の文語と口語での発音の違いが実に効果的に演出できるのが良いのだが。
以前も書いたが、இருக்கிறது(...がある)は「irukkiṟadu(イルッキラドゥ)」と転写でき、その口語上の発音をカナで表現すると「イルック」である。
「ヴァララヤー」とした「வரவில்லையா」も、転写では「varavillaiyā」であり、その音は読んで字の如く「ヴァラヴィッライヤー」の様である。そう、動詞の不定形(வர(vara)=来る)の語尾と、追加されるஇல்லையா(illaiyā=...ないか?)との間に口調の緩衝としてவ்(v)が挿入されているのに、実際の発音ではまるでムシ。俺は慣れてしまって、もはや「そんなもんか」としか思えなくなっているが。
「ヴァラヴィッライヤー」よりは、「ヴァララヤー」の方が言い易い・・・これは否定するべくもない。しかし、綴り通り読めないと困惑するものである。この考え方は、言語の魅力を文字に見出してきたことの弊害なんだろうか?いや、特別なことではないとは思っているが・・・。
t / dに2種類(த்、ட்)、rに2種類(ர்、ற்)、lは3種類(ல்、ள்、ழ்)など、タミル語はまさに、その学習に於いて音声教材が必須である言語だと言わざるを得ないね。一応本に於いて文字で説明されてはいるし、これらの示す音のどれもが他の言語経由で既に知っていたものなので、それぞれ別個のものであると区別がついてはいるんだが・・・うまく発音できるかっつーと別なんだよね。
机上の学習に専心し、音声面の追求を疎かにしてきたツケがこんなところに!
第2弾はアルバニア語、第3弾はバスク語の予定です。
2012年4月21日土曜日
தமிழ், shqip, dhe...
マソィ・ミラ・シュチプ・チュド・ディタ
Mësoj mirë shqip çdo ditë.
私は毎日アルバニア語をよく勉強しています。
そして更にこの3つの言語を新たに勉強します!

見ての通りの3冊、本日購入致しました!ようこそ我が家へ!
ちなみに選定の基準は、「眺めているだけでも面白そう」だと思ったからです。
椅子に座り、机に本とノートを広げ、黙々と(俺の場合は勉強中、必ず動画か音楽を流しており、そちらによく気を取られるので「黙々と」と言うにはかなり落ち着きが足りないが)本の内容を模写したり練習問題を解いていったりという当たり前の勉強にも使え、且つ、床に就く際、眠りに落ちるまでのヒマ潰しに寝転がりながら読めるものを、と考えると、これらが適当であろうと。
後残りは「ヘブライ語入門」、「リトアニア語入門」、「チベット語初級」、それから本日届いた「フィリピノ語文法入門」。
語学書を「当たり前の姿勢で臨む勉強に用いる」ことと、「ヒマ潰しに読む」ことの内、前者を優先するならば、「リトアニア語入門」を真っ先に我が家に迎え入れたかった、が、これはとてもダラダラ読んでられるような内容じゃない(笑)。体裁はブアイソ、編集には洗練さのかけらもなし、おまけに厚い!・・・からね。
これら3点〆て¥11,760(の、10%OFF)也。
今日から俺は!!(文庫版)の新刊が出てる・・・こじかもいつの間にか買ってない新刊が2冊になってることを今日知った・・・めちゃ欲しい・・・が、早くとも来月まではどれもお預け。CDなんていつ買えるか・・・。
あ、そうそう、Hell over Sofiaはもう買ってるんですよ。これについても書かなきゃなあ。
来月は・・・そうさなぁ、リトアニア、フィリピノ、かな?リトアニア語入門は¥7,350もするので、これと後一ツ何か、って買い方しかできんのよね。そしてヘブライとチベットはそれぞれ本を1冊ずつ既に持っているので、優先したいのはまったく新たに学習する言語のものだよね。
・・・うん、まぁ、あくまでも、また新しく本を注文してなければという仮定ありきの予定だけどね・・・。
2012年4月17日火曜日
Huit Livres - ang, sq, he, ta, bo, eu, lt, mn
久々の投稿。
ナゼか投稿する気が起きなかったんだよねぇ。
最後の投稿から今まで、新しいことがない日々が続いていたから?
いやいやいやいや・・・。
そんなことないんだけどね。
でも、ま、バイトがない日、何がしかの用事で朝やお昼時、太陽の下に出る度に「うわあ、お外気持ちいい~」とか思っちゃうくらい、閉鎖された空間での生活が揺るぎなく現在の人生の基本になってしまっているんで、ちょこちょこ色々あっても、振り返ってみると「特に何もなかった」感がすごくするんですよね。
そして半・ヒキコモリ生活はますますその下地が強固なものとなっていきそうです。
さて何故でしょう?
本ですよ。
言語の。
面白いもの目白押し!
I.
古英語・中英語初歩
(市河三喜、松浪有 著; 研究社出版; 9784327400828)

古英語。
それは、英語が美しかった時代のはるかに懐かしき魅力溢れる言葉。
現代の俗化極まった英語は本当に好ましからざるものですが、古英語・中英語は正書法やその特徴を初めて知ったそのときから尋常でない関心を向けておりました。
この度、入門書が手に入り感無量。
まだ買ってはいないんだけどね。
いつも利用しているサイトでお気に入りに入れてて、でも買えないから在庫だけ毎日気にしてたらある日切れたことを知って、ダメ元で注文してみたら届いたんだ。
買ってはいないけど、中身は見てみました。
見た目だけで甘美の一言に尽きる!
ああ早く我が家に連れ帰ってやりたい!!
・・・読むには現代英語の知識がある程度要求される仕様なんですけどね。
II.
アルバニア語入門
(直野敦 著; 大学書林; 9784475017909)

これも前々から興味津々であった言語ですね~。
俺の大学の後輩(現在のバイト先での同僚, フランス語専攻)は「アルバニア」という国の存在自体を知りませんでした。
名前は知っていても、その国や民族、言語に対する知識は極々僅かしかないという人が、日本では大半であろうアルバニア。
俺もほぼまったく彼の国については知らないと言ってもいい。旧ソ連だと思ってましたから(むしろロシアとは長らく国交が絶えていたくらいだそう)。
アルバニア語について知っているのは、多少の文法上の特徴や語彙などは別として、インド・ヨーロッパ語族であり、単独でアルバニア語派を成しているということだけ。
正書法はラテン文字が用いられ、ç, ëを除けば、他に使われている字母は英語に於けるそれとまったく同じです。
つまり、キリル文字などと違い、初見でも一応は読める。
しかしなんだかヘンだぞって印象を与えられるのがアルバニア語。
そこから俺の関心は生まれました。
この本はですね、上述のサイトを通して注文をし、配達先をバイト先に指定すると10%OFFで買えるので「いつも利用している」んですが、そのサイトからは「出荷不能」という返事を食らっちゃったんで、他のサイトで在庫を探して手に入れた本なんです。
なので、この後も数冊本の紹介がありますが、これだけは定価で買いました。
ちなみに在庫があったのはジュンク堂です。本当にどうもありがとう、ジュンク堂。
III.
ヘブライ語入門
(キリスト聖書塾編集部 著; 日本ヘブライ文化協会; 9784990208301)

「CDエクスプレス 現代ヘブライ語」をまだ読み終えていないのに何を買っておるか・・・。
いや違うんですよ、俺ね、ニクダー付きでヘブライ語を学びたかったんですよ。
でも「CDエクスプレス~」を買った当時はネットで書籍を検索するなんて考えもしなかったので、仕方なく「CDエクスプレス~」を買ったんです。
一応、それにもニクダーについての解説はあるんですけどね。「付いてないのが普通だからこの本での書式に慣れろ」、「振り仮名なしの漢字のようなもの」って書いてあって、一理あるなと思えたんで気にするのをやめたんです。
でも、大学在学中に附属図書館でこの本を見つけまして、中を眺めてると、「やっぱりこういう本が一冊欲しいな」と改めて思ったんですよ。
「見た目で言語を選ぶ」俺らしい欲求です。
で、数年越しにようやく念願が叶ったというわけです。
IV.
タミル語入門
(カルパナ・ジョイ、袋井由布子 著; 南船北馬舎; 9784931246225)

インドの言語は、見た目で学習意欲を覚える俺にとっては宝の山のようなものです。
テルグ(తెలుగు)、オリヤー(ଓଡ଼ିଆ)、マラヤーラム(മലയാളം; 同じくドラヴィダ語族に属するタミル語のタミル文字とはあまり変わり映えしない見た目ではあるが)、カンナダ(ಕನ್ನಡ)・・・どれもこれもこの世で最も綴るに大きな楽しさを感じさせられる言語でしょうな。インドで話されてはいないが「インド系」ではあるセイロンのシンハラ(සිංහල)もいつか思うがままに書ければと夢見ている言語のひとつ。
そんな言語の内のひとつ、タミル語の入門書。
上で紹介したものも、この後紹介するものも、これも、すべて含めて、いつも利用しているサイトに在庫がなくなったと知って慌てて注文したものです。
簡単に手に入らなくなる可能性を恐れて発注したわけなので、一気に買えない。
当然、レジ内に長いこと取り置いてもらうことになりますが、常識的にそれは忍びない・・・ということで、負担軽減は知れたものでしょうが、この本だけは、同時に発注した数冊の内安価な方であったこともあり、さっさと買いました。ちなみに価格の最も安い本は次のやつです。
タミル文字がタイプできないので(Lexilogosで可能かどうかはまだ確認していない)ここで学習の成果を原語表記ではお見せすることはできませんが、文字を綴るのが楽しくて繰り返し例文を書いている内に、かなりの数の表現を暗記してしまいました。
命令、否定命令、疑問まで進めています。こんな順番で課が設けられてる語学書は初めてですね。たぶん、これらの形成の手段が単純だからなんだと思いますが。
①命令は動詞語幹を用いる(敬称を用いるべき相手についての語形は後述)、②否定命令は動詞不定形に-ādē(丁寧さが求められる場合には-ādīṟgaḷ)、③平叙文での疑問は文の最後に置かれている語の末尾に-āや-ōを加えて表現、という具合です。③については、日本語に於ける、「~するか?」「~するの?」といった言い回しに通じる、我々には馴染みのある音ですね。ちなみに、こんなことを書いたからといって誤解されたくありませんのできっぱり申し上げておきますが、私は日本語の起源をタミル語に求める主張には全く以て同意しかねます。
①命令は動詞語幹を用いる(敬称を用いるべき相手についての語形は後述)、②否定命令は動詞不定形に-ādē(丁寧さが求められる場合には-ādīṟgaḷ)、③平叙文での疑問は文の最後に置かれている語の末尾に-āや-ōを加えて表現、という具合です。③については、日本語に於ける、「~するか?」「~するの?」といった言い回しに通じる、我々には馴染みのある音ですね。ちなみに、こんなことを書いたからといって誤解されたくありませんのできっぱり申し上げておきますが、私は日本語の起源をタミル語に求める主張には全く以て同意しかねます。
「これをあそこに持って行って」、「ここに荷物を置かないでください」、「水をください」、「ここに何も書いてはいけません」、「チキンカレーはありませんか?」、「ここから駅は近いですか?」、「この食事は辛いのですか?」、「近くに良いホテルはありますか?」、「冷たい飲物はありませんか? - いいえ、コーヒー、紅茶だけはあります」などがタミル語で書けます。
楽しさだけで順調に学習を進めていっていますが、半分もいっていない内にひとつ大きな不満が。
著者の片割れ、袋井由布子さんは、タミル語の勉強をあらかじめしてからインドへ行き、タミル語で現地の人と話そうとしたがまったく通じなかったという経験を後書きで紹介していますが、その後、当地でタミル語教育で著名な教授の授業に出た際、「タミル語は文語と口語とで異なる言語であるかのようだ」と言われ、合点がいったとされます。彼女は文語を話していたわけですね(変な言い方だが)。
で、この本では、綴りをタミル文字による文語体で、そして口語としての実際の読みがカナで併記してあるのですが、このカナによる発音は終始カナでのみ記されており、かつ、綴りからカナで表現されている読みになるにはどういう法則に則っているのかについての説明がまったくありません。
まぁ、読んでると自ずとわかってくるんだけどね。
色々例を挙げてみましょう。
ōṭṭādē(運転するな)、kāppi(コーヒー)、hōṭṭal(ホテル、食堂)はそれぞれ、「オーッターデー」ではなく「オーターダ」、「カーッピ」ではなく「カーピ」、「ホーッタル」ではなく「ホータル」と、本によれば発音されるそうです。
長母音の後の重子音は、単音として扱われるということですね。
この程度ならまだいいんですけど、驚かされたのは、irukkiradāは「イルッカー(=...がありますか)」、vanduviḍumは「ヴァンドゥルン(=来るはず) < vandu(vara過去分詞) + viḍum」など。
法則はわかりませんが、「イルッカー」は「irukkā」の如し、「ヴァンドゥルン」は「vandurun」の如し、って解釈でいいんですかね。「-ル-」はdのロータシズム?
こういった、文語としての綴りと、それからは容易に導き出せない口語での発音には、この本の最初から驚かされます。
この本は「命令」の表現で始まります。先述した通り、「命令」には動詞の語幹を使い、敬称を使うべき相手に対しては、語幹の語末の音によって-ruṅgaḷ(語幹+āの後)、-yuṅgaḷ(語幹+i、もしくはこれの長音の後)、-uṅgaḷ(語幹の末尾が子音)、-ṅgaḷ(先の3つ以外の音の後)のいずれかが付随するんですけど、結局口語だと、-uṅgaḷ以外は等しく「-ンガ」と発音されるだけです。なんだそりゃと。
他には、対格語尾-aiは、「ア」で置換されています; eg. adaik kāṭṭuṅgaḷ(アダ・カートゥンガ=それを見せてください)。adaikの語末・kは、「指示代名詞の語末は、その直後に来る語の頭の文字を有する」という法則がある為に付いているだけで、しかも黙字です。
で、これらがすべてではないのですが、今回のお話の最後に、語末のmは、現時点見た限りではすべて「ン」になっています; eg. koñjam→コンジョン(=ちょっと)、dūram→ドゥーロン(=遠さ)・・・が、この「ン」は、「=n」なのか、これがわからない。
くどいようですが、「カナ」以外のなにものでもないのです。
百歩譲って、綴りから生じるわかりづらい口語発音に対する法則についての言及がないことを許容したとして、その発音をカナで記しているってのは納得いかんところですなあ。この本には音声教材が付いていないので、特に・・・。
まぁ、そんなわけで、タミル語、進んでます。
愚痴も知識獲得の証拠、ですね。
V.
チベット語初級
(チュイデンブン 著; 朝日出版社; 9784255006338)

・・・お前、「CDエクスプレス チベット語」はどうしたよ?(笑)
ハイ、当然の如く全然進んでおりません。
驚くべきことに、それで「言語学習日記」をここで書いていたときから、ちっとも。
こんだけ色々やってりゃあね。
じゃあ何故買ったし。
いやぁ、CDエクスプレスだけでは初期学習に不足が生じるんじゃないかと思って・・・。
すごいエラそうですね(笑)。
しかし今更ながら告白しますが、俺別に白水社のエクスプレスシリーズって特に好きで買ってるってわけじゃないんですよ。他に適当な本が見つからなかったからってのと、既に同シリーズから何冊か持ってるから初見の本でも編集の傾向がある程度想像ついてとっつき易かろうと思って、という理由が大抵の場合にありますね。内容のワリに値段も安くありませんし。
しかし今更ながら告白しますが、俺別に白水社のエクスプレスシリーズって特に好きで買ってるってわけじゃないんですよ。他に適当な本が見つからなかったからってのと、既に同シリーズから何冊か持ってるから初見の本でも編集の傾向がある程度想像ついてとっつき易かろうと思って、という理由が大抵の場合にありますね。内容のワリに値段も安くありませんし。
というわけで、これだけは、ものすごく欲しくて注文した本ではないです。
タミル語のところで書いた通り、これが今回紹介している語学書の内一番安く、唯一の1000円台なんですケド、 後回し。
タミル語のところで書いた通り、これが今回紹介している語学書の内一番安く、唯一の1000円台なんですケド、 後回し。
届いた現物も、他の本とは違って中身にさほど興味がなく(チベット語に興味がないという意味ではない)、パラっと見た程度。
その「パラっと見た」限りで言うと、CDエクスプレスとは違い、有頭字、有足字などの解説が、少しの字と退屈な表だけで為されてはおらず、それぞれに課が設けられておりました。
そこだけしか目を通していませんが、CDエクスプレスとは大分異なる構成のようです。
あと、表紙に最も大きいサイズで綴られているチベット語は、「ボド・スカド」ならぬ「プーゲー」-即ちチベット語による「チベット語」ですが、こんな字体もあったんですねえ。かっけえ。上の「ヘブライ語入門」の表紙の真中、斜めに書かれている字母のフォントの特徴をそっくり採用したかのような見た目だ。いや、この表紙の字面からはちょっと判り辛いんだけど、こういう風に半ば絵のようになっているものでなく、書籍で用いられているものを見れば頷けるよ。すごく簡潔に言うと、「CDエクスプレス 現代ヘブライ語(9784560067604)」で、課毎の本文以外で用いられているフォントなんだけど・・・ネットじゃどこで見つけられるかなあ。今のところ、中身よりもこの字体ひとつに喜ばされてます。
音声教材はなし。
さほど出版されてないでしょうし、「なんとなく」で買ってしまって、全国の本当に欲しがっている人はごめんちゃーい。
VI.
バスク語入門 言語・民族・文化―知られざるバスクの全貎
(下宮忠雄 著; 大修館書店; 9784469210774)

上記「ヘブライ語入門」と同じく、これも大学附属図書館でかつて目にしたモノ。
他に沢山本を借りていたので、これは図書館の閲覧室で読むだけに留め、その際ちょっとだけ内容を勉強しましたよ。
バスク語学習に特化した本ではなく、題にある通り、多角的にバスクを解説しようという内容です。でも例文は「これはうんたらです」みたいなものに終始していない豊富さを誇り、バスクの伝統的な歌なんかも教材として取り上げられてるんで、内容はすごく面白いですよ。めちゃ硬派ですけどね。ひとりで長い間、机の上に広げたこの本とノートを前にして、自身の忍耐強さと格闘することを強いられるものです。
次に紹介する本と同時に注文したんですけど、この2冊もダメ元でした。
しかし「取寄せ中」表記が「発送準備中」になったのを見て、当然の如く狂喜。
しかし一向に「発送済」にならない。何週間発送に時間かけてんだよと(笑)。
で、本当にたまたま、アカウントを持っているhotmailにすごい久々にアクセスしたら、サイトからメールが。
この2冊、いずれも美品として入荷しなかったが、それでも出荷させていいか、それとも代わりの品が来るまで待つか選べ、って内容でした。
どこに問題があったのかと言うと、表紙。バスク語は破れ、もう1冊は汚れ。
(゚Д゚)ハァ?
読めりゃどーでもいいので
ニア「さっさと送れ」
を選択。
いや接客業に携わる人間として当然の行動を否定するものではありませんけどね。
12日にメールが来てて、もう1冊には16日までに要返信、バスク語の方は「ただちに」と書いてあっただけだけど、知ったそのときに行動しない理由がないのでさっさと返信、無事、私の手元に届いたのでした。
本当に破れてました。上部、ちょっとだけだけど。
VII.
リトアニア語入門
(ヴァイダ・ヴァイトクテー 監修、ユーラシアセンター 編; ベスト社)

結果的に上記「アルバニア語入門」が最も入手し辛いものとなりましたが、一時は最も手に入る可能性が低いと思っていた本が、これ。
日本語で書かれたリトアニア語の入門書には、最近出たばかりの「ニューエクスプレス リトアニア語(9784560067871)」がありますが、こっちの方がページ数が多いと知れば、そりゃあこっちの方が欲しくなるでしょうよ。
例のサイトで発注できるとわかった後も、「本当に届くのか?」と不安になっていて、もし届かなかった場合はどこでなら入手できるんだろうと、ネット上を探し回りました。
この「ベスト社」、ひとりで言語学習の本を出版している会社(?)らしいんですね。
となると、当然市場に出回っている数なんてしれてるどころじゃないくらい少ないんでしょう。
Amazon.co.jpじゃ注文すらできません。中古品としても手に入りません。
それが新品で手に入ったってんですから・・・しかも、この本、別売りで付属CDがあるんですけど、俺が注文したものには何故か一緒についてきました。オマケ・・・なのか?なんにせよ素晴らしい買物です。
例のサイトがメーカーに確認しても、俺の手元にやって来た「やや不良品」以外の美品は用意できないという返答があったらしいので、日本全国で最後の新品って可能性もあるんじゃないのか?これ。
希少ってレベルジャネーゾ。
しかも別売りCDをセットにして届けてくれたっていうね。
この本の入手手段を模索する過程で目にしたサイトは、通販サイト以外にも個人のブログがありましたが、そこでは「やむなく図書館で借りた。別売りCDは聞けていない」と書かれていました。
その人と、この本とCDを共有したい気分です。
わかりますよ、その失望・・・。
実は、こういった数々の入手成功例が折り重なっても尚隠し切れない悲しみが、「ウズベク語文法・会話入門(9784872593556)」に与えられておりまして・・・。上の本の入手方法としてもそうですが、オークションの利用は一切頭にないのでそれで以って手に入るのかはまだわかりませんが、確認できる限りの通販サイトでは全滅、そして版元の大阪大学出版会のサイトでは「品切」と書いてあるので、新品の入手も絶望的。勿論中古でも全然構いませんが、そもそも出回っているのかどうかすら・・・。
ところで上にはISBNコードが書かれていませんね?
バーコードないんですよ、この本。
一応値段は設定されてるんで売ることはできますが、どういう販売実績になるんだろうか。
ちなみに、どこが汚れてるのかわかりませんでした。
VIII.
モンゴル語基礎文法
(フフバートル 著; インターブックス; 9784924914018)

さてこれが最後です。
モンゴル語って、見たことあります?
現在は一般的にキリル文字による正書法が主流ですね。
ロシア語で用いられている基本的なキリル文字に、モンゴル語を表記するための字母を若干数追加したもので書かれているので、キリル文字であってもある程度新鮮な気持ちで書きながらの勉強ができていたのかもしれませんが・・・。
じゃあモンゴル文字って、見たことあります?(本の表紙に既に見えてはいますが)
こんなんです↓
あ、見ちゃいましたね?
もう虜ですね?
ちなみに、「ウィキペディア、フリー百科事典」と書かれているそうです(ja.wikipedia.orgの「モンゴル文字」記事より)。
実はこれ、前時代的な書体で、「現代印刷書体」なるものもあるんですが、これを持ってきたのはワザとです。こちらの方が美しいから。
モンゴル語の学習書は既に沢山出版されています。
しかし、「モンゴル文字」でモンゴル語が学習できる本は、おそらくこのフフバートル氏が書かれたこの本以外にないんじゃないでしょうか。なさそうだったからこの本を注文したんだけどさ。
実を言うと、モンゴル語自体にはあんまり興味ありません。
そもそも私、キリル文字って見た目があんまり好きじゃなくて、これで綴られている言語にはふつう、惹かれない傾向があります。
モンゴル語との出会いの際には、当然というか、キリル文字で書かれたモンゴル語を目にしてのことだったので、取り立てて関心を持たされたわけでもなく。
テレビで朝青龍が話しているのを聞いて、初めてモンゴル語の音に触れたわけですが、明瞭さの欠片もないくぐもった音の連続で構成されているさまを耳にして音声面でも興味が持てず。
話者に原因があったのだろうとも思えるんですけど、東外大での発音例を聞くに、そういう言語みたいですね。
ハンガリー語、トルコ語で学んだ、モンゴル語にも存在する母音調和もいまいち慣れないもので・・・。
そんなわけで、「あたりまえのモンゴル語の本」はイラナイわけなんですよ。
「モンゴル文字」の書き方が、それを用いて綴られる言語と共に学べる。
ここに、この本の価値がある。
文字が書きたいだけなら、Wikipediaを参考に練習すれば事足りますしね。
ちなみにこの本には続巻があります。
また誰かに買われる前に、もう注文しちゃった方がいいかな・・・。
というわけで、計8冊を注文、すべて入荷済み、内2冊が購入済みで今手元に。
前にも書きましたが・・・桂木桂馬曰くの、「とりあえず!」思考に繋がる購買動機なんですね。
手に入らなくなる前に確保しとけと。
いや実際本当に欲しいものばかりではあるんですよ?「チベット語初級」以外は(笑)。ただこれも、チベット語の学習書が数少ないという点で、十分に価値あるものですが。
高価な本ばかりなので、いつになったらすべてを我が家に持って帰ることが可能になるかわかりませんが・・・。
しかも、例のサイトのお気に入りに登録してある本の在庫がなくなったと知れば、速攻で発注かけます。それで今、「フィリピノ語文法入門」(9784560005859)ってのが取寄せ中なんですよ・・・。
今のところ、1ヶ月に2冊ずつ、を予定しています。尚、今月はもうダメ。
しかし、新しいCDを買ったりしないとも限らないし、漫画だって欲しいのあるしで、どうなるかは・・・。言語の本を最優先に!って意識は強く持つよう努めていますが。
バイト先で中身を読むことだって可能ですが、やっぱ、自分の家で、机の上に広げて、ゆっくり読みながら勉強することが早くできるようになればと思ってますからねえ。
ちなみにCDも4枚、まだ取り置きがあります・・・。
新譜を買う予定は今のところありませんが、うー!にゃー!のアレはちょっと欲しいかも(曲名知らねえw)。
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