2013年5月12日日曜日

ニコニコ動画観ながら&聴きながら言語の勉強

 前回の、ニューエクスプレス ラトヴィア語を話題にした記事へのアクセス数が当ブログでもかなり多い方になってきています。
 結構注目度の高い刊行だったのかな。前回も書いたけど、日本語で書かれた入門書としては本邦初の筈だからね。
 ただ、この本を検索して、注目される可能性の高い位置に出てくるサイトのひとつがこのブログってのがなんともね・・・恥ずかしいやら申し訳ないやら。なーんも実のあること書いとらんしね。
 出ますよ!ってだけでなく、ラトビア語はこうこうこういう言語で~って続けられればアクセスした甲斐があったかもしれないのに。まぁそこは俺がラトビア語についての知識が、どっかのサイトを2、3巡るだけで身につけた程度のものしかないからね、ここにアクセスした人たちとそう変わらんほどにしか俺はこの言語のことを知らんのではないでしょうか。ラトビア語に興味を持つ人の大半はリトアニア語も知ってそうだし、俺よりも遥かにバルト系言語について造詣の深い人も相当数いらっしゃったかもしれません。
 今は言語の学習書片手にどの言語についても基礎もド基礎なことしか学んでない俺ですが、ゆくゆくはね、学者みたいなことやってみたいなって思ってるんですよ。何やって食べられるようになるか知らんけど。
 趣味は生業にするなとは言いますが、それでもやっぱり己の得意分野でカネが稼げるってとっても素敵なことだと俺は思うんです。
 そうやって稼ぎを得たことがない人間故の浅はかな考えに過ぎないのかもしれませんけどね。
 さて最近の俺ですが、専らニコニコ動画観ながら&聴きながら言語の勉強してます。
 「言語の勉強」よりも先に出したいのがニコ動なんですよね。
 ホント、面白いもんつくる人がこんないるもんかと、感嘆せずにはいられませんね。
 このブログでは、YouTubeで活動するSENEKALT(の、主に、見事完結したBreath of Fire IIIゆっくり実況)について取り上げたときにちらっとニコ動で楽しみに観ている動画を挙げたときだけじゃないっすかね、今までにニコニコ動画の名前出したの。
 俺がニコ動を知った当時は、まだアカウントを取得しようと思っても捌ききれない長蛇の列の最後尾に並ぶが如く易々とは適わないときでした。
 観てみたいなとは思ってもアクセスできないんじゃどうしようもないし、そもそもどういうサイトなのかよく知らなかったこともあって興味はあれどさほどその程度が強くなかったが為にいつの間にかアカウントの取得については考えないようになっていましたが、それからやや経って誰でも即座にアカウントが得られるようになってから俺も無事ニコ動で遊べるようになりました。
 それまではネットでの遊び場といえば主に2chでしたが、今はもう滅多に書き込みしてませんね~。閲覧は続けてますが。専ブラのJane Doe Style使ってます。これ開発した人はホントに偉大。初めて使った専ブラはギコナビだったなあ、うわ~懐かしい。未だにちゃんとこの名前覚えてる俺にオドロキだ。ギコがアニメーションで動くのが好きだった。なんでJane Doe Styleに乗り換えたのかは忘れたな。かちゅ~しゃとか、他にもいくつかちょっと触ってみたっけ。まだ残ってるのかしらと検索してみたら、もう開発は更新されてないのね。開発者がソースを紛失したとか、ホンマですかぁ~?って、俺は思わずにはいられないんですが。
 俺、本名の名の方が漢字1文字・平仮名3文字なんですが、ニコ動に本格的にハマる切欠を与えてくれたユーザーが4名いて、その人たちもユーザー名が仮名で3文字なんですよ。なんか縁みたいなもんを感じましたね。
 ちなみにミノル、くさや、アンリ、すぎるです。この内アンリだけ本名らしい(アマガミやDQ3実況での発言による)ですが、表に見える名前が3文字だってだけで縁を感じるには十分です。ただ最近、この4人誰もが新しい動画を投稿してないのが残念ですね。
 この人たちを知ったお陰で、ユーザーに注目するということを覚えました。SENEKALTを知ったのはニコ動で遊ぶことを覚えた後、ゆっくり実況というものが存在することを知った後なので、ニコ動がなかったらSENEKALTというユーザー自体に注目することはなかったかもしれません。
 ニコ動では、最近はなんといってもわかめすーぷが好きです。ダントツ。面白すぎる。天才でしょこの人。既存のものを組み合わせてるだけなのに傑作揃い。この人の動画観ちゃったら、もう他の兄貴と会話させる系のやつは楽しめません。投コメで字幕をつけてるのも完成度の高さに一役買ってます。
 他、最近ヘビーローテーションで閲覧してるのはknbnitkr。現行更新されてるシリーズがロマサガ3とFF5のものだからね、勿論動画のつくりのうまさ故に半端でない面白味があるわけですが、やったことのあるゲームってのはやっぱ他のものより強く注目してしまいます。質の高いTAS動画が代表作のようになっていますが、蓄積された経験を基軸に最早人力で乱数に介入するほどの存在となってしまったこの人のロマサガ3の、特にサンディーヌ戦とこれに関連する行動は、編集の巧さも相俟って、これ以上ないほどの強烈な見応えがあります(戦闘内容としては次元断で瞬殺してるだけですが・・・)。FF5は次のソル カノン戦が非常に楽しみですね。即死攻撃はしてこない相手ですが、刻々と失われる体力ではもたないほどパーティ側の火力がショボイわけで、一体TAKEをいくつ重ねることになるのか・・・。思いもよらない頭脳&面白プレイを否が応にも期待しちゃいますね!
 以前話題にした「まったく成長しないFF6」を投稿していたmntnの新シリーズ(といってももうそれなりのパート数を重ねているが)、FF8ノーダメ縛りプレイ動画も楽しみに観てます。FF6のものはコミュ限動画になっちゃって、突然観られなくなったときには愕然として、しかし動画自体が削除されたわけではないことを知ったときには安心しましたが、コメントがすべて消えてしまったのが寂しいですね、やっぱ。あれあってこそのニコ動だと思いますし。ちなみにこの動画を見るためにコミュニティに登録したことに端を発してコミュニティを利用することを覚えました。俺、今まですごい浅くしかニコ動を利用してなかったんですね。
 あと、最近、と言ってもつい2日前ほどなんですが、トルクってユーザーのArc the Lad IIノーダメ縛りプレイ動画を見つけまして、これがすごい面白い!特にArc the Lad IIをゴリ押しでクリアしちゃった人には是非観て欲しい。俺が正にそうでしたんで、戦略性の高さに感動しました。最序盤のアルフレッドとの第2戦目からして既に目からウロコの内容です。ふつう、仲間とかスキルが充実してくる頃から本当に面白くなってくると先に考えちゃうじゃないですか?この人の縛りプレイは、ただキャラを移動させることからして行動のひとつひとつにまったくムダがなく、遥か先々のことまで考えて先述の戦闘から細かく経験値稼ぎをしてるんですよ。「ここでレベルを上げておきます」とか「ここで○○が△△になります」、「○○を△△にします」とかさらりと字幕で出てくる瞬間にいつもワクワクさせられます。一体どんだけ緻密なテストプレイを繰り返した末の動画作成なんだろうとただただ驚くばかりです。また重要なこととして、説明が非常に丁寧なことが挙げられ、これのお陰でプレイが何倍も興味深いものになっていると言わざるを得ません。そして縛りプレイ界隈ではお馴染みの、理不尽なほどのリセット&ロードの嵐・・・これまた序盤に登場するヤゴス島のヴィルマー博士の家での戦闘に於ける失敗ラヴィッシュの連続には言葉が見つかりませんでしたよ・・・。勿論爆笑モノでもありましたけどね!
 さてまあニコ動についての話題はここまでにしといて、次に最近の私の言語学習について。
 カネがないってのに本は増える。増えた。
 色々あるんですが、特筆すべきものとして、現代ビルマ(ミャンマー)語文法(岡野賢二 著)、ニューエクスプレス カンボジア語(上田広美 著)、ニューエクスプレス・スペシャル ヨーロッパのおもしろ言語(町田健 監修、著者10名)、あと、大分前に買ったのですが話題にしてなかったものとして、タイ語の基本 初級から中級まで(吉田英人 著)があり、以下、これらから得た知識を軸に話をしてみたいと思います。
 ビルマ語(ビルマ、ミャンマーの名のどちらを使うかについてですが、軍事政権を認めるか否か云々よりも、個人的には言い易い方を使いたいので、ビルマと言っています。ちなみに俺はアウンサンスーチーは嫌いです。自宅軟禁なんて軍事政権の名折れ、ヌル過ぎ、さっさと殺せ。活動に制限はあってもその間にも後継者は数多く育ってしまうんだよ)のものは、以前バイトしていた本屋に長らく置いてあって、買われたのか返品されたのかはわかりませんがある日忽然と姿を消してしまい「買っときゃよかった!」と後悔して以来ずっと欲しかったものです。CDは付いてません。つくりは非常に丁寧で、国際語学社らしいブアイソさが堪らんね。独習用の本としては向いてないと思います。俺は内容を丸暗記してやろうというくらいのつもりで挑んでます。基本的に字母に曲線が多いので非常に書き辛いですが、なんとかガムバってます。
 で、ビルマ語がどうとかよりも、本に記載されているビルマ文字の書き順に影響され、俺の文字の書き方がこれまでの人生に於けるそれとはガラリと変わったことの方が実は重要です。簡素であるが故にさして書き順などにはさほど関心のなかったラテン文字の扱い方もまったく変わってしまいましたから。いつか実例を用いて話題にしてみたいですね。
 次にカンボジア語(これまたカンボジア、クメールのどちらを使うかについてですが、私は日本名の「カンボジア」を彼の国の名として是としてきましたんで、これからも「カンボジア」で通したいと思います。ただ、カンボジア語の文字は「クメール文字」とふつうは言うようです。余談ですがカンボジア語で言う「カンボジア」よりも「クメール」の方がカンボジアでは同国関連のものを指す語としては一般的)ですが、一旦は2課まで進んだものの、ページを遡り、今は改めて文字を覚えることに腐心しております。書けると非常に楽しい。特にkɔntrai(鋏)という語の字面が気に入っています。ブラーフミー系のクメール文字は、上下左右構わず文字やら記号やらがくっ付く仕様になっており、それ自体はもうお馴染みなんで取っ付き難さなんて微塵も感じませんが、くっ付き方が滅茶苦茶独特で、その難儀さは、個人的所見として、これまでに学んだ同系の文字、デーヴァナーガリー(サンスクリット、ヒンディー語、ネパール語)、タミル文字(タミル語)、チベット文字(チベット語)、タイ文字(タイ語)、ビルマ文字(ビルマ語)を書く際のそれを遥かに凌駕してます。たとえば前述のkɔntraiをクメール文字で書くとimageであり、どう読むのかを説明すれば、左から見て先頭のキリル文字のПにティルデが乗っかったような一文字でkɔ、次の記号がai、その次の平仮名の「し」みたいなのがr、最後尾のラテン文字の「S」みたいなものがn、その下にきている文字がtなのです。これを踏まえてラテン文字で表現してみると

kɔ ai r n
            t

 と書かれているが如くであります。
 Cai(C = consonne / 子音字)と書こうとすると「ai」にあたる記号がCよりも先にくる形となるのはタイ文字やタミル文字なんかでも同じですが、ある子音の後に置かれているそれとは別の子音が前者よりも先に綴られる例は見たことがありません。慣れるとなんでもないどころか表記システムの複雑さを支配することによる快感が凄まじくなってくるのですが、この字形状の特殊性の為、1ページ内にカンボジア語だけを綴っている場合は勿論、他の語との共存についても、空白の残存に目をつぶる必要があります。デジタル上での処理も難しいみたいですね。ブラーフミー系文字全般に言えることですが。しかしタイ文字なんかは今やネットでまともにその表示が処理できていない様を見ることはまずありません。やはり国際的に大なり小なり影響力があったり、名が知られている国の言語、もしくはそういった国の言語の特徴に近かったり、その言語と同系統に属していたりする言語は、あらゆる点からその研究の進捗が著しいという絶大な利点を有していると言えます。あとは言語学者が注目してくれるかどうかにかかっているんじゃないでしょうか。たとえばリトアニア語が理論上の印欧祖語に現在にあっても近似した特徴を有しているとして注目を浴び出したのはそう昔のことではないらしいですし。で、リトアニア語に目が向けられれば、共通の語派に属するラトビア語の研究も進む、と・・・。ラオスは言葉を選んでみたところで国際的重要度の高さがある国家とは言い難いですが、タイ語と同系統の言語なので、タイ語研究で積もった成果が、ラオス語が世界に知られるようになった要因のひとつになったんじゃないでしょうか。いや・・・まぁまったく憶測ですけどね。
 ビルマ語には声調があり、カンボジア語にはありません。
 で、声調のある言語がそれを視覚的に明示する機能のある正書法を採用している場合、綴りを正しく覚えるにあたってはその再現に常に多少の不安が付き纏うものです。特に、俺みたいな音声面での学習を疎かにしている人間はね・・・。
 タイ語もそんな言語のひとつです。
 声調は平声(e)、低声(è)、下声(ê)、高声(é)、上声(ě)の5つを数え、字母の上に何も書かないか、或いはマイエーク(x่)、マイトー(x้)、マイトリー(x๊)、マイチャタワー(x๋)の各記号を乗せるという5つの手段によって綴り上、表現されます。そして、これらの記号が常に特定の声調を示しているわけではないところに、タイ文字で書かれたタイ語の正しい音読の難しさがあります(実際には声調の判断に留まらない悩ましい難読性があって、黙字が少なくないとか、インド系の言葉には不規則な読みが要求されたりとか・・・これらについてはいつか機会があればね)。
 字母は低子音、中子音、高子音の3種類のいずれかに分類され、どれがある語の先頭に来ているか、そしてそれが含まれる音節は平音節であるか促音節であるかでその音節、ときにはその語全体の声調が決まります。
 たとえばง่าย(ンガーイ; 簡単な)とกี่(キー; いくつかの)は共にマイエークを持つ平音節の語ですが、声調は前者が下声(ŋâai)、後者が低声(kìi)であるという違いがあります。それぞれの語の先頭が低子音、中子音であることがその原因です。
 俺の勉強法としては、先ずはラテン文字で記された音を覚え、次にタイ文字による綴りを覚えています。どう記されていようが言葉は言葉なので、現時点で簡単に覚えられる方を優先しています。これはカンボジア語なんかでも同様です。
 この「中子音」などの性質に似た特徴で、クメール文字にはA子音字とO子音字という分類があり、字母がどちらに属しているかでそれに付記される母音記号の読みが変わります。これが非常に厄介です。字母の分類の数自体は即ち2つなのでタイ語のそれよりも少ないのですが、カンボジア語の母音記号はこれが付記される字母の分類にその読みが影響される点がタイ語とは決定的に異なり、また基本的な母音の種類、母音記号の数がタイ語のものよりもかなり多いこともあって、大変覚え辛い為です。そして更に、属しているのがA、O、どちらであるかに関係なく、母音記号の読みを決定できない字母があります。もうなんなのって感じですが、先のkɔntraiを例に取って見てみると、末尾の「-ai」という母音は、直前の「-r-」ではなく、「-t-」によって決定されている音です。「-r-」を示しているこのクメール文字には母音記号の音価を具体化させる機能がなく、もうひとつ遡って「-t-」の性質に頼る、そこまでして原語表記で2番目に置いてある記号は「-ai」の音を持つと認識されるのです。もしこの「-r-」が母音記号の音価決定に効果があったならば、これがO子音字であることから、末尾の母音は「-ai」ではなく「-èi」(èはニューエクスプレスでの表現で、狭いeを弛緩させた音)となっていました。「-r-」に先行している「-t-」はA子音字で、且つ付随する母音記号をなんと読めばいいか教えてくれる存在なので、この語の2音節目が含む母音は「-ai」であるというわけなんです。ただ、母音記号の音価を具体化させるというこの機能を欠いているのは、すべての鼻音字(ŋ、ɲ、2つのn、m)、並びにすべての流音字(rと2つのl)だけなので、覚える手間がさほどないことが救いです。
 一方、タイ語の母音の示し方はと言うと、基本的な9つの母音、これの長母音、二重母音とその長母音、更にこれらに末子音が続く場合といった具合に50ほどありますが、殆どの記号が使い回しされることによって成り立っているので、記号の数自体は多くなく、そして低子音、中子音、高子音という字母の分類は母音記号が持つ音価になんら影響を及ぼさないので、「子音+母音」という組み合わせはクメール文字よりも遥かに早く読めるようになります。少なくとも俺はそうでした。ただ、字母の数はタイ語の方が圧倒的に多く、複数の字母が共通のひとつの音価を持つ例もよく見られるところには慎重に注意を払いつつ字母毎の読みを覚えなければなりませんね。異なる字母が同一の音価を持っていることはクメール文字にもある要素ですが、T段が2つ(なので先に書いた通り、nを示す文字が2つある)とlが2つあるだけなのでしれたもんです。まぁ難読性についてはどっちもどっちって印象を持つ人、実際持っている人もいるかもしれませんが、それでも私はクメール文字の方がずっと面倒臭いと思います。そもそも字母同士の組み合わせからして・・・。
 ニューエクスプレスシリーズの構成上、カンボジア語の母音記号は一覧表として少しの説明とともにただ載せられているだけであり、効率の良い覚え方を積極的に考案することが欠かせません。漫然と眺めていて覚えられる言語的な規則では絶対にないでしょう。ただ、字形的にはタイ語の母音記号とその読みが参考になるものが結構あるので、タイ語の綴りに先に堪能になるとクメール文字に割と早く馴染めるかもしれません。タイ文字とクメール文字は異なる文字なので似てはいても「まったく同じ」ということはないでしょうが、相互に似ているものはまったく同じものとして覚える方が近道になるでしょう。どちらがどちらを参考に整備されたんでしょうかね?もしくは別の由来か。
 さて最後に「ニューエクスプレス・スペシャル ヨーロッパのおもしろ言語」について。
 扱われている言語は、アブハズ語、フリジア語(北フリジア語 東モーリング方言)、ルクセンブルク語、フェロー語(同書での呼称は「フェーロー語」)、オック語(同書での呼称は「プロヴァンス語」。俺はかつて同言語をオック語として学んだが、「プロヴァンス語」の方が馴染みやすいでしょうということで本ではそう呼ばれている)、ソルブ語(上ソルブ語)、エストニア語、バスク語、付録としてロマニ語(ヴラフ系ロマニ語; リンク先のWikipediaは何系のロマニ語で書かれているのか当然わかりません)です。1言語3課ずつページを割かれていますが(課毎に付随する文法解説は基本的にエクスプレスシリーズだと2ページずつだが、この本は4ページ以上費やされている場合も有り)、最後のロマニ語だけは文法規則や諺の羅列になっています。とはいえ、この諺がかなり面白い。日本語でもそうだが、諺には教科書的な規範表現しか知らない者には意味を推し量れないことが往々にしてあるので、諺の掲載は是非色んな言語の多くの語学書でやって欲しいと思ってるんですがねぇ。また、ロマ二語の紹介は付録とはいえ、ちゃんと付属CDへの音声の吹き込みもあり、話者が世界各地に散在している上に所謂標準語がないという特徴がある為その解説は実に濃く、読み応えたっぷりです。むしろ他の言語よりも内容は小難しいかも。
 今重点的に読んでいるのは、上述の言語名の内わざと最初に持ってきた4つ、アブハズ語、フリジア語、ルクセンブルク語、フェロー語です。同書内ではアブハズ語、エストニア語、ソルブ語・・・と続いています。
 アブハズ語(аҧсшәа アプスシュア)は北西コーカサス諸語に分類され、グルジア語を擁するカルトヴェリ諸語(=南コーカサス諸語)と同じコーカサス系の言語です。グルジア語に似て(系統的な相互関係は現在不明とされています)動詞の形態が複雑であることが特徴のひとつとして挙げられます。
 しかしそういう文法的に高度な要素よりも、個人的に「なんじゃこりゃー」と思わされたのは、見たことのないキリル文字の数々でした。
 弁別的に区別される子音が58個あり、これを表現すべく基本的なキリル文字にちょこちょこ改造が施されたものが字母として加わっています(参考にして、どうぞ: http://en.wikipedia.org/wiki/Abkhaz_alphabet)。母音字はロシア語を知っていれば新たに覚える必要のない文字だけですが、ыは/ə/を表しています(ロシア語では中舌のi)。この発音とは関係なくəがあり、これはおそらく大抵の言語で母音として扱われていると思いますが、アブハズ語に於いては子音字の一部として登場し、単独では使われません。上のаҧсшәаのшәがそれに該当し、基本的にこれの付いた子音を唇音化します。ҧはпの帯気音です。
 アブハズ語が打てるキーボードレイアウトがこのPCにはないので、アブハズ語は打てません。ӡ /dz/、ҩ /ɥ/を除けばすべて既存のキリル文字にちょっくらちっちゃな線をどっかに付け足しただけのものばかりなのですが、その大抵の文字が他のキリル文字を正書法に採用している言語では使われていないので代替となるキーボードもありません。お手上げです。コピペして綴るなんてメンドいことマジゴメンなんで、文字と発音の項目で挙げられていた全単語(!)と1課の本文丸ごと暗記してありますが、ここじゃ書きません。
 ところでみなさん、Wikipediaのフランス語版の名称って何か知ってますか?
 Wikipédiaと言います。
 eの上に記号(アクサン テギュ / accent aiguと言う)が振ってありますね。音自体はふつうに「ウィキペディア」の如くですが。
 こんな感じで、Wikipedia自体の名称、綴りも言語によりけりです。まぁ勿論みなさんご存知ですよねこんなこと。だって日本語版の名称は「ウィキペディア」ですもんね。

ヒンディー語版 - विकिपीडिया(vikipīdhiyā)|ヴィキピーディヤー
※dhはdの帯気音です。以下同様に、子音にhが付随している場合はその子音が帯気音であることを表しています。
タミル語版 - விக்கிப்பீடியா(vikkippīḍiyā)|ヴィッキッピーディヤー
※ḍは/d/の反舌音。また、க /k/、ப /p/、ட /ṭ/はまったく同じ見た目のままで有声音も示すので、上で表した音は推測。
タイ語版 - วิกิพีเดีย(wikiphīdīa)|ウィキピーディーア
ペルシャ語版 - ویکی‌پدیا(vīkīpedīyā)|ヴィーキーペディーヤー
アラビア語版 - ويكيبيديا(wīkībīdiyā)|ウィーキービーディヤー
イディッシュ版 - וויקיפּעדיע(vikipedie)|ヴィキペディエ
ギリシャ語版 - Βικιπαίδεια(Vikipaídeia)|ヴィキペズィヤ
※このdは/ð/を示す。
チェコ語版 - Wikipedie|ヴィキペディエ
トルコ語版 - Vikipedi|ヴィキペディ
ハンガリー語版 - Wikipédia|ヴィキペーディア
アイルランド語版 - Vicipéid|ヴィキペーヂ
※このdは/dʲ/を示す。
サモギティア語版 - Vikipedėjė|ヴィキペデーイェー
エストニア語版 - Vikipeedia|ヴィキペーディア
グルジア語版 - ვიკიპედია(vikipedia)|ヴィキペディヤ(一見読めないからってだけ)
アルメニア語版 - Վիքիպեդիա(Vikhipedia)|ヴィキペディア(同上)
カンボジア語版 - image(vikīphīdīə)|ヴィキーピーディーア
チベット語版 - ཝེ་ཁེ་རིག་མཛོད།(lbe khe rig mdzod)|ペケリーンヅェー
※書いてある通り読むとこうなるけど・・・いくらなんでもヘンテコ過ぎる。読み方まったく間違ってるか、そもそもこの文字列は「Wikipedia」ではない?

 と、こんな具合になるのですが、これがアブハズ語版だったらどうなるかと言うと、

アブハズ語版 - Авикипедиа(Avikipedia)|アヴィキペディア

 なんですね。即ち、W、Vにあたるものが語頭に来ておらず、Аから始まっている。なんで?というと、これが他言語で言うところの定冠詞にあたるからなんですね。文字が読める限り色んな言語版のウィキペディアの名称にあたってみましたが、U, V, W以外の文字や音を語頭に持つのはこのアブハズ語版のものだけでした(上のチベット語版の名称は不確かだからノーカンってことで・・・)。とは言え、元々はВикипедиаなので、文法的な特徴からくる異形ってだけなんですが。
 前にも書きましたが、他の言語のちょっとした文法要素を知ってるだけで、大なり小なりの「へぇ~」が味わえる。
 これがホントに、俺は面白いんです。
 さて次にフリジア語(frasch フラシュ)。前書いた通り、これはもう語学書が発注済みで、俺に買われるときを何ヶ月も前からまだかー!と待ってる言語ですね。まさか別の本で先に学ぶとは俺も思ってなかったよ・・・。
 上述の言語名列挙に於いては細かくなんとか方言とまで書いてありますが、自身が扱った言語についてここまで子細を述べてくれた執筆者・清水誠氏にはまったく感服致しました。俺が個人的に、「俺が今勉強している言語は本当に標準語なのか?この語学書の著者が学んだものは実際にはどこかの地方寄りのものではないのか?」と常々気にしてしまう質なので、こういう情報は本当にありがたいです。
 フリジア語は、執筆者曰く、その実態上「フリジア語群」と呼ぶべき言語で、非常に狭い地域の中に夥しい数の、便宜的に単一のものとして呼ばれる「フリジア語」の方言が話されているそうです。実際にどれほど各言語毎に言葉が異なるのかの例が挙げられていますが、確かにこれじゃあ何言ってるか互いにわからんわなと納得させられるものでした。
 ドイツ語の知識があればカンタンに文法要素が理解出来ます。まぁ、少なくともこの本で取り上げられているものについては、ですが。
 北フリジア語・東モーリング方言では、デンマーク語の影響からåが使われます(nåcht / ノフト = 夜、mååge / モーゲ = 行う)。但しデンマーク語にあるæ、øはなく、ä(fääge < feek pl. / フェーゲ = ロッカー)、ö(ik köm / イク ケム = 私は来た)、加えてü(üülj / ユーリ = 年をとった)が用いられます。これらが示す音はドイツ語のそれと同じです。
 他に綴りや読みに於いてドイツ語と異なる点は、

I. 一般名詞は文頭にある場合を除いてその語頭が大文字にならない: mak / マク = キス、brädj / ブレヂ = 花嫁 

II. 長母音の表現として同一母音の並置が多用される: tääle / テーレ = 物語る、nooch / ノーホ = 十分な
※一見長母音の様に見えて実は短い場合がある: shiis / シス = スプーン(「シース」と読むと「鞘」)、teele / テレ = 呼ぶ(「テーレ」と読むと「床」)

III. sは直後が母音であっても/z/と発音されない: seecht / セーヒト = 病気、sü / スュ = そんな
※但し、VsV(V = voyelle / 母音)という綴りに於けるsは/z/となる: rouse < rous pl. / ラウゼ = 薔薇、hüsinge < hüs pl. / ヒュズインゲ = 家

IV. sp-或いはst-という語頭の二重子音に於いてsが/ʃ/にならない: stich / スティヒ = 小道

 この言語も・・・というか、先に挙げた4言語いずれに於いても、文字と発音のページで使用例として挙げられている単語をすべて暗記しました。特にアブハズ語は字母が多かったのでかなり時間を費やしました(と言っても数時間程度)が、最も平易に済んだのがこのフリジア語です。
 今は2課まで読み終えてますが(=課毎の本文暗記済み)、スゲエヘンテコな要素などは特になく、わりかし淡々と進んでます。
 で、きましたね、ルクセンブルク語(Lëtzebuergesch レツェブアイェシュ)。
 いやー、magnum opus・ルクセンブルク語入門が刊行される前に、ちょっとだけながらもルクセンブルク語を知ることのできる本があったんですねぇー。
 勿論さわりはオッケー程度の内容ですが、フリジア語と同じくドイツ語に関する知識、あとフランス語も知ってれば更に良し、ってな具合で大方理解が適っちゃうみたいなんで、この2つをあらかじめ知っていれば各言語間での共通点を見出しつつ読めるという楽しみが得られます。当然、ドイツ語もフランス語もまったく知らんって人でも、解説が易しいので問題ないでしょう。
 さてこちらはフリジア語とは違い、というか元々ドイツ語の方言に過ぎないので当たり前なんですが、綴りや読みの規則にドイツ語的な要素を大いに孕んでいます。既出のフリジア語と比較して見てみましょう。

I. 一般名詞の語頭は文中の位置に関係なく常に大文字: Zäit / ツェイト = 時間、Wieder / ヴィーエダー = 天気
※この項とは関係ないが、2つ目の語の通り、ルクセンブルク語の「ie」は、これがiの長音であるドイツ語と違い、/iːə/を示す。
但し「ie」の直後がrであれば、ドイツ語と同じく/iː/を示す場合がある: schwiereg / シュヴィーレヒ = 難しい

II. sは母音を従えれば/z/: Eisen / アイゼン = 鉄、sou / ゾウ = とても
※-ss-は/s/: iessen / イエセン = 食べる、Professesch / プロフェセシュ = 女性教師

III. sp-及びst-という綴りに於いてsは/ʃ/: spillen / シュピレン = 遊ぶ、Stär / シュテーア = 星

 しかしドイツ語とは大きく異なる規則もまた、あります。
 フリジア語のようにii(Kiischt / キーシュト = 桜)とかoo(Strooss / シュトロース = 通り)といった長母音の表現が頻出しオランダ語チックですし、そして特に個人的に好き・・・っつーと変か?何故だかお気に入りの要素が、特定の環境下でgの音素が/j/になるという規則です。たとえばSpigel(鑑)は「シュピェル」、Bierger(市民)は「ビーアヤー」です。/k/とか/g/の音素は他の音に影響され易いという特徴を持つ言語は数多いですが、ルクセンブルク語もそういった言語のひとつと言えるでしょう。簡単に言うと、語頭にある場合を除いて(Gaascht / ガーシュト = 客)、gは/g/の音を示しません。母音間にあれば/ɣ/(Jugend / ユゲント = 青春、但しTiger / ティーガー = 虎 などの例外有り)ですし、語末にあっては/x/(Dag / ダーハ = 日)とか/ç/になります(richteg / リヒテヒ = 正しい)。richtegの場合、chもgも同じ音を持つってわけですね。
 ところでルクセンブルク語に於ける特定環境下のchとgについて言及しておきたいのですが、本来は/ç/となるべきである場合に実際は/ʃ/と発音されがちなんだそうです。専門家もそれを認めているとのことなんで、今後ルクセンブルク語から硬口蓋摩擦音が廃れるかもしれませんね・・・。ノルウェー語(ブークモール)に於いても同じ現象が見られ、/ç/の発音ができない人が増えてるそうです(kirke / ヒルケ > シルケ = 教会)。そんな難しいかね。確かに/ʃ/の方が簡単ではあるが。俺はちゃんと発音できるのでchやgを/ʃ/とは見做しません。ちなみに後述するフェロー語では、kiと書くとこのkは/ʧ/を示します(kirkja / チルチャ = 教会)。もっと発音がおざなりになった例ですね。いや別に悪いと言っとるわけではないですが。声にしない音を増やしに増やしまくったデンマーク語とかに比べればなんぼかマシ。これについても悪く言ってるつもりはない。おかげで・・・っつーのも変だけど、デンマーク語ならではの超絶ヘンテコ発音規則成立の原因になりましたからね。これのせいで読むのは大変だけど面白すぎて興味が尽かないようになってしまったわけで、ホント言語さんは悪魔の如きエンターテイナーやでぇ。
 さて文法的規則についてですが、特筆すべきは「アイフェル規則」でしょう。大学書林の本でもネットで見られる目次にアイフェル規則ってありましたね。初見じゃナニソレでしたが、確かにこれは興味深い要素であり、ページをある程度割いて解説して欲しいな。
 で、これなんなのってことなんですが、要は「ある語の末尾のnと直後の語の頭にある音との相性が悪い場合、そのnは消える」という音声上の現象のことです。と同時に、そのnは黙字になるわけではなく本当に文字通り綴りとしても消えちゃうので、話す際にも書く際にも要注意であると。「アイフェル」ってのはドイツにあるアイフェル地方のことで、ここで話されるドイツ語の方言でも同じ現象が見られるので、ルクセンブルク語のそれもそういう名で呼ばれているというわけなんですね。
 アイフェル規則に則った文例(本より抜粋):

エヒ シュトゥデイレ レツェブアイェシュ リテラトゥーア
Ech studéire Lëtzebuergesch Literatur.
私はルクセンブルク文学を学んでいる。

 面白いことに、ドイツ語では直説法1人称単数現在形をとった動詞は不定詞にある語末の-nを落とすところが、このstudéireは本来はstudéirenという語形なのです。-nは直後のLëtzebuergeschのLに影響されて引っ込んでます。これがアイフェル規則の適用例です。ちなみにドイツ語では通常見られないéという綴りは、狭いeを示します。eと書くと広いeです。同じくドイツ語的でないLëtzebuergeschに於けるëですが、これは/ə/です。アルバニア語とかと同じですね。そしてアルバニア語と同じく曖昧母音ではあるがアクセントを有することができます(kënnen / ケネン = できる)。おまけにアブハズ語に於ける/ə/であるыにもアクセントが付きます(адырра / アドゥルラ = 知っている、ашəапы / アシュアプゥ = 足; アブハズ語特有の字母を用いずに綴れる場合は綴った方がいいよね)。
 但しこのアイフェル規則、適用外となる場合があり、固有名詞や特定の接尾辞の末尾の-nは落ちません。再度本文から抜粋して2例を:

ア シュプエニエン ブレネン トベシャー
A Spuenien brennen d'Bëscher.
スペインで森が燃えている。
※まずはSpuenienの-nが消えていない点に注目すべきだが、語頭の「A」もまたアイフェル規則により「an(アン; ...で)」から-nが脱落したもので、対比の表現になっているところがミソ。
また、brennenという形を見るに3人称複数形みたいなので、主語である「森」は複数を指しているらしい。単数の場合はbrennt(ブレント)。

トゼンゲリン ケント
D'Sängerin kënnt.
女性歌手はやって来る。
※語頭の「D'」は女性定冠詞主格単数(ドイツ語ではdie(ディー))。となると上記のd'Bëscherの「d'」は定冠詞複数形なのだろうが、本では言及されていない。

 さてこれまで挙げてきた単語、ドイツ語っぽいのばっかですね。フランス語っぽいのはというと、残念ながらと言うか、あんまし例がありませんでした。2課まで読み終わっていて、3課目に更になんか出てくるのかもしれませんが。今のところは、

Vëlo(< vélo / ヴェロ) / ヴェロ = 自転車
※vはふつう、ドイツ語と同じく/f/の音価を持つ: virun / フィールン = ...の前で

just(< just / ジュスト) / ジュスト = 丁度
※フランス語由来の語に於けるjは/ʒ/で、ふつうは/j/: Jor / ヨーア = 年

Ministère(< ministère / ミニステール) / ミニステール = 省庁
※èの発音自体はeと同じで、即ち広いe。

Televisioun(< télévision / テレヴィズィヨン) / テレヴィズィオウン = テレビ
※Tëlee(テレー)とも言う。

Cours(< cours / クール) / クーア = 授業
※本来ならouは「オウ」: rout / ロウト = 赤い。
ちなみにフリジア語だとルビを見る限り「アウ」(foue / ファウエ = 3pl.は得る)の様だが、特に説明されていない。

Madame(< madame / マダム) / マダム = 婦人
※元の語と同じく、語末の-eが黙字になっている。

 など、ドイツ語彙に対してほんの少数。いやまあ元がドイツ語だから当然なんですが。
 あとはbonjour / ボンジュール = こんにちは、merci / メルスィ = ありがとう、äddi / エディ = さようなら(たぶんadieu(アデュー)由来; フランス語でadieuなんて滅多に言わないけど、ルクセンブルク語じゃ普通なのかな?)くらいでしたかね。しかし名詞の語頭が常に大文字ってだけで、いくら似ててもフランス語とはまったく違う!ってな印象を受けちゃうわ俺わ。
 そうそう、「どうもありがとう」をvillmools merci(フィルモールス メルスィ)というんですが、ゲルマン的表現とイタリック的表現が合体しているこういう言葉がホントもーたまんないっすね!こういうのは積極的にもっと知りたいぜ。
 最後にフェロー語(føroyskt フェーリスト)。身も蓋もない言い方をすれば、可読性の高くないアイスランド語の読みがまた少しヘンになったかのような正書法を特徴とする言語・・・ってとこ?しかし何故こんな綴りになっているのかにはちゃんと理由があるのです!それについて言及する前に、まず以下一例。

I. 母音編

●A - 「エア(ɛa)」、「ア(a)」: hvat / クヴェアト = 何、dansa / ダンサ = 踊る

●Á - 「オア(ɔa)」、「オ(ɔ)」: ár / オアル = 年、nátt / ノット = 夜

●Í - 「ウイ(ʊi)」、ggjの前で「ウ(ʊ)」: tí / トゥイー = それ、tíggju / トゥッジュ = 10

●Ó - 「オウ(ɔu)」、「エ(œ)」、gvの前で「エ(ɛ)」: vóru / ヴォウル = 3pl.は...であった、tómt / テムト = 空っぽの、Jógvan / イェクヴァン(人名)

●Ú - 「ウウ(ʉu)」、「ユ(y)」、gvの前で「イ(i)」: úr / ウウル = ...から、krúss / クリュッス = マグカップ、kúgv / キクヴ = 牛

●Ý - íと同じ: býur / ブイユル = 町、nýggjur / ヌッジュル = 新しい

●Æ - aと同じ: fær / フェアル = 彼は行う、ætli / アトリ = 私は欲する

II. 子音編

●Ð - 基本的に黙字だが直後にrが来ていると「ク」の音を持つ場合がある: tað / テア = それ、veðrið / ヴェクリ = 天気
※「tósaðu / トウサヴ = 3pl.は話した」という語に於いて/v/が生じているようだが、これに関する説明は本にはない。

●HJ - 「チュ(ʧ)」、「ユ(j)」(= 単一のj): hjá / チョア = ...のところに、hjálpa / ヨルパ = 助ける
※hjの他に、kj、tjも/ʧ/を示す: kirkja / チルチャ = 教会、tjaldur / チャルドゥル = ミヤコドリ

●R - 「ル(ɹ)」、tなどの前で「シュ(IPA記号不明)」、nの前で「ト(t)」: regn / レグン = 雨、bert / ベシュト = 単に、barn / バトン = 子
 ※余談ですがこの本はゲルマン系言語のすべてで「雨」という単語が出てきており、フリジア語・rin(リン)、ルクセンブルク語・Reen(レーン)でした。

 まあそれでもデンマーク語よりかは・・・ってしつこいかw
 で、こんなに初見さんお断りな綴りが採用されている理由はですね、デンマークに支配され続け、書記言語は勿論デンマーク語というフェロー諸島に於いてフェロー語は長らく文字にされることがなかったのですが、ようやく書記言語として整備される際に、口語発音の文字による再現よりも、語源を重視した結果がこれなんだそうです。
 この正書法成立の経緯にはね、わたくし実に感動しました。素晴らしい。可読性を取るか伝統を取るか。日本から漢字が廃れないことに通じます。かつては阿呆が漢字廃止上等だとかフランス語を公用語にせーとか騒いでたらしいですが、そんなことが法律になってしまった日にゃー、大和民族の終焉の時ですね。そして我らの成長、我らの歴史の根底で連綿と民族の原動力としていついかなるときも休む間もなく用いられ続けてきた栄えある日本語も。日本人が在るべき日本語を使わずしてなんとするか。そういう主張は日本語を極め、日本語のすべてを知った上でしなさい。だから古今東西日本人の誰一人としてそんな愚考を言葉にする資格はない。消滅を許してよい言語はない。たとえば朝鮮人は死に絶えてもよいし若しくはこの世の益に求められるままに殺し尽くしてもよいが、朝鮮語は是が非でも保存すべきです。そういうことです。幸い、物好きな日本人が朝鮮語の本いっぱい書いてるからね。日本人以外から朝鮮語が総スカン食らったとしても良い形で残せるんじゃないでしょうか。
 さてフェロー語の特徴ですが、古い時代より正書法に殆ど変化のないアイスランド語(口語としての発音には経過した年月に相応の変化がある)と、現在に至り極端に簡素化したスカンジナビアのゲルマン系諸言語の中間程度に位置するほどの曲用などに複雑さを持つ言語なんだそーです。アイスランド語やドイツ語などと同じく、曲用として主格、対格、与格、属格を有しますが、属格はあまり使われない傾向にあるそうで、またこれはルクセンブルク語での特徴でもあり、本では定冠詞の属格形の提示が省略されていました。こういう傾向にあるのはなんでなんですかね。使うと表現の仕方が煩雑に思えてくるんでしょうか?曲用に因る語形変化が目立ったものではないので、所有表現の明示に誤解が起き易いとかかな。
 実態はアイスランド語フェロー諸島方言なんじゃないのかというくらいアイスランド語によく似ている言語なので、少なくともこの本を読む限りでは言語学的にも特に目新しい要素もなく、ホントに可読性の低い言語だなという印象を持つだけで終わっちゃいそうです。まぁ紛れもなく自身にとっての新しい言語ではあるので、読んでて楽しいってことは確かですけどね。フェロー諸島はデンマーク領であり、デンマーク語の影響も歴史的に大きく受けてきているらしいので、そんな要素が見出だせるくらい色々と読んでみたり学んでみたりしないと、フェロー語の本当の面白さってのはわかんないのかもしれないね。
 そうそう最後に・・・フェロー語 = føroysktの読み方についてですが、本によると「フォーリスト」です。私は上で「フェーリスト」と書いていますが、「fø-」を「フォー」とするか「フェー」とするかは人それぞれだろうしどうでもいいものの、「oy」は「オイ」(hoyra / ホイラ = 聞く)としてしか説明がなく、「-roy-」で「リ」としていることに納得できません。-sktのkが脱落していることは、まったく同じ重子音表記に於いてkが黙字化する現象を持つアイスランド語を知っていれば説明不要ですが、同言語の知識取得が読解の前提として明記されているわけでもないのでこちらもまた説得力に欠けますね。ページが極めて少ないと、こういう不親切な面は仕方ないことなんでしょうか・・・。

 ・・・という今回のお話でした。
 「ニューエクスプレス・スペシャル ヨーロッパのおもしろ言語」はオススメです。
 この本を買う前に、前評判や中身についての詳細を知らず、その上書店での立ち読みも適わなかったとしても、この厚みと扱われている言語の数を見れば、買ってから「なんだよ内容ウスすぎ!」とか言っちゃうバカはまさかいないとは思いますが、この本は言語学的な見地から充実した内容を期待して手に取るもんでは端からございません。しかし欠点らしい欠点もなく、ソツのないつくりをしていると思います。
 しかし言っておきたいこともある。こういった様々な言語の案内を土台にして更に詳しく学んでみたいと思う人間を後押ししてくれる学習書や文献の記載が絶対的に少ないこと。そしてまえがきが長すぎです。各言語についての話が多かれ少なかれそれは各言語の専門執筆者に一切を委ねるべきであったんじゃないでしょうか(ちなみにまえがきを書いた監修の町田氏はオック語担当)。これをなくして各執筆者のための文献紹介用のページ或いはスペースを設けて欲しかった、これだけが本当に残念です。文献紹介があるのはアブハズ語とロマニ語のものだけ。アブハズ語の方は、執筆者の柳沢民雄氏はアブハジアに入国したことがなく、グルジアの首都・トビリシ在住のアブハズ人女性に話を聞くことでアブハズ語の調査を進めてきたそうで、この告白に少々ひっかかり手がけた内容への信憑性に多少の不安を感じないでもないが、2冊のみながらも入門書を、それらがどういったものか一言添えながらしっかりと紹介しているところに研究者としての真摯な姿勢と執筆者としての責任の自覚が窺え、結局のところ不安を帳消しにする安心感を覚えられる。一方ロマニ語の方は、なんとたっぷり10冊紹介!日本語で著されたものもある。他の連中ェ・・・。
 日本語で読めるものとしては、エストニア語、フリジア語、オック語(プロヴァンス語)、バスク語(絶版なんだろうか、大修館書店サイト内でヒットしない・・・)、そして勿論ルクセンブルク語には既に本格的な入門書が、加えてソルブ語には文法解説が含まれる超弩級の力作である辞書があるのでそちらを手に入れる方がいいかと思いますが、「言葉のしくみ」シリーズみたいに、ちょっと色々手っ取り早くかじってみようってな人には、「ヨーロッパのおもしろ言語」は丁度いいかもしれません。俺は衝動買いしただけです。この「ヨーロッパのおもしろ言語」は実は「ニューエクスプレス・スペシャル」第3弾でして、第1弾と第2弾では日本近辺の地域で話されている、この本で扱われているもの以上にドドドマイナーな言語が紹介されてるんです。そっちはマジで早く入手したいですねぇ。ただ、第1弾の方は既に絶版になってるっぽい・・・?手に入るのかなぁ。ニヴフ語の学習は、俺の言語に関係する夢のひとつなんですヨ・・・。ゆくゆくは本格的に学んでみたい!
 最後に余談ですが、このブログの総プレビュー数が1万を超えちゃったんですよ。現時点では更に+1000。いやー自分でびっくりです。思えば一志死去について書いたときから段々とアクセスが増えてきた気がするけど、気のせいかな。検索エンジンってどういう仕組みになってんだろ。検索する言葉によってはこのブログがかなり上の方に引っ張られてきてることもあって、「そんなにこれについて話題にしてる人少ないのかあ?」と驚くこともしばしば。一志の死去からしてそうだったんですけどね。あの記事にアクセスした人の検索ワードには「一志 死去」が多かったんで、ブログタイトルをまったく捻りもなく(基本的に、記事内の言葉や表現をそのままコピペしたものをタイトルにするようにはしてる)「一志死去」にしたことが検索に引っかかりやすくなった原因なのかな?
 人を集めるつもりで書いた記事なんてひとつもないし、意図的に時流に乗ろうとも常日頃から考えもしてないけど、やっぱ世の中には色んな人がいて、そういう人個人個人が色んなことを知りたがってるから、こういう駄文長文雨霰なブログでも検索には引っかかっちゃうんですよね。
 ウケは狙おうと思っても狙えないけど、せめて迷い込んじゃった人がちょっぴりでも役に立つ情報が一記事につきひとつくらいは含まれていたら、いいなあと思うわけです。私がバカのままではないことの証明になりそうじゃないですか。
 ・・・って、この文章中から極僅かの有益な情報を拾い上げるって、全部読んだ上でのことになるだろうし、すげえ骨折れるよな、それってw

 それでは読了villmools merci! Farvæl!

2013年4月3日水曜日

「ニューエクスプレス ラトヴィア語」!

 いやぁ、遂に出ましたね!白水社のニューエクスプレスシリーズなので、「ニューエクスプレス タミル語」に続いてということで「出ましたね第2弾」だ!

 

ニューエクスプレス ラトヴィア語!
(発売は先月なので今更感がありますが・・・知ったの今日だから仕方ないね)

 

 俺は個人的に、ラトビアのことは「ラトヴィア」でなく「ラトビア」と言っているので、この書名を除いて以下「ラトビア」で通します。
 ラトビア共和国の国語です。原語名はlatviešu valoda。ラトビア語は長音は長音記号によって表され、短母音に見えるところは実際短いので素直にそのまま読んでください。「š」はいわゆるローマ字の「sh」にあたります。もしリトアニア語みたいに声調があるのなら、母音の長さはさだかではなくなりますが・・・そこまでは知らないっす。
 リトアニア語と同じくインド・ヨーロッパ語族の「バルト語派」って語派に属する言語ですが、これら2つの言語間での相互理解は適わないそうです。俺はそのことをja.wikipedia.orgで読みましたが、理由までは書いてませんでした。で、何故なのかというと、これは白水社の同書専用ページの紹介文にあったのですが、他の言語からの影響が強いからだそうです。まぁ、たとえば共にイタリック語派に属しているフランス語とスペイン語で会話しても話は通じませんが・・・。バルト語派に属していると判明している言語は数少ないので、勝手に分化の深度が他の語派に比べて大したことがないと勘違いしてしまってるのかもしれませんね。今はなきプロイセンの言語、プロシア語もバルト系の言語だったそうです。ドイツとセットになってるイメージが強いので、ゲルマン系だったのかと早とちりしてしまいそうじゃないですか?実際俺がそうだったからこんなこと言ってるだけなんですが。
 ラトビア語には、リトアニア語にはない軟音(字母: ķ, ģ, ļ, ņ)がありますが、これは白水社によるところのロシア語の影響なんですかね。ただリトアニア語もスラヴ系言語の影響を相当受けているはずなので、何故リトアニア語には生じなかったのかが気になりますが。とは言え、リトアニア語には「字母としての軟音」が存在しないだけで、それっぽい音を言語として有さないというわけではありません。
 さてこのニューエクスプレス ラトヴィア語、本邦初のラトビア語入門書の筈です。昔、大学書林から「ラトビア語基礎 1500語」って本が刊行されましたが、これは「入門書」ではない。まぁ、内容は見たことないので、ちょっとした文法解説のためにスペースが割かれているようですがその価値の程度は当然よくわからず、何にせよこれはあくまでも「単語帳」です。
 先日ニューエクスプレスシリーズのラインナップ入りを果たしたタミル語の方は、南船北馬舎から袋井由布子女史による(実際は共著書で、「カルパナ・ジョイ & 袋井由布子 著」なんだが)「タミル語入門」が先に出ていますが、ラトビア語の入門書は本当にこれが我が国初のものでしょう。
 これの刊行を知ったときの衝撃の度合いの大きさは、「ルクセンブルク語入門」のときに比べれば小さいものでしたが、嬉しいことに違いはありません。実はずっと、白水社のニューエクスプレスシリーズのページに「続刊予定」としてラトビア語が挙げられており、しかし一向に出ないので「言ってるだけか?」と思っていただけに、この刊行は諸手を挙げて歓迎したいものです。
 内容は勿論、白水社で見られるサンプル以外にはどんなものなのか判りようがないので、実際購入するまでその出来具合については評価できませんが、もし登場する語彙にあまりにも不足があれば、上述の「ラトビア語基礎 1500語」と併用して学習にあたるのがよろしかろうと思われます。まぁ、他のニューエクスプレスシリーズの本を見るに「これ1冊で話せるようになる」代物でないことは確かでしょうが、大抵それは何故かというと、1000にも満たない語彙数に原因があると俺は思ってますので、「ラトビア語基礎 1500語」の真価は、これの刊行から長く経ったまさに今、発揮されるのかもしれませんね。
 みなさん、ニューエクスプレス ラトヴィア語、買いましょう!
 そしてラトビア(語)市場の価値を出版界に提示するのです!
 そんなもん存在しないってんなら、この本を買うことでまずは土壌を作り出しましょう!
 ってくらいの熱意を持ってくれる人がいないかな、と。
 俺ひとりが買ってもねぇ・・・。
 実際どういう人が買うんでしょうね、こういうニッチな言語の本。言語マニア以外で。
 バルト三国の求心力って、日本ではどんなもんなんでしょ。
 もう今バルト三国なんて社会で習ってすらいない気がしますが・・・今の若い連中でバルト三国を全部言える奴がどれだけいるか・・・。
 エストニアはなんかハッカーが多いそうで、そういう悪評が縁でネット上では同国の名前を見る機会があったりするかもしれませんが(しかしこれも過去の話かも)、ラトビア、リトアニアなんて・・・日本にいたら年に1、2回その名を聞くかどうかってレベルで話題にならない国じゃないですかね。少なくともニュースじゃ聞かない。
 かく言う俺も国については全然実情は知りませんけどね。言語に興味持ってるだけだし。いや、これを育んだ文化や風土にまったく関心がないってわけじゃあありませんが・・・とにかくまずは言語。すべては言語から!
 ところで「ニューエクスプレスシリーズ タミル語」はどれくらい売れたんでしょうかね。俺はまだ買ってません。「タミル語入門」の方まだ読了してませんしね。いや、カネに余裕があればそんなもん関係なく買うところなんですが。
 さて次にニューエクスプレスシリーズシリーズに加わる言語は何になるんでしょうかね。
 俺としては一刻も早くイディッシュのものが欲しいんですが。「エクスプレスシリーズ」(音声教材がない)にはあったんだから、パンジャーブ語もそうでしたが、これらのニューエクスプレスシリーズ入りの方を優先してやって欲しいわ。この2つなんて「CDエクスプレスシリーズ」からすら出されてないんだぜ。よほど売れ行きが悪かったのか。黒田龍之助氏曰く、エクスプレスシリーズで最も売れなかったのがパンジャーブ語のものだったそうです。泣けるなあ。CDエクスプレスにあったアイスランド語は駐日アイスランド大使館職員に「CDの音声がくぐもってる」とまで言われちゃったんだから、ニューエクスプレスシリーズとして洗練して出し直そうとか、考えられんのかね。
 現在「続刊予定」とされているのは、ページがアップデートされてないので「ラトヴィア語」、それと「古典ギリシア語」とあります・・・が、はぁ、古典ギリシャ語ねぇ。
 ラテン語もそうだけどさ、「ニューエクスプレスシリーズとして」需要あるの?古典期のギリシャ語とラテン語は既に昔っから名著が幅をきかせてるし、そもそもさわりだけやっても読めるようになる本はないからニューエクスプレスシリーズとして出る意義があるとはまったく思えん。
 こんなもんに費やすカネがあるならさ・・・。
 って、最後愚痴で終わっちゃったよ・・・。
 何はともあれ、「ニューエクスプレス ラトヴィア語」刊行は吉報以外の何物でもありません。
 私は買います。

2013年3月24日日曜日

Exodus with RICK HUNOLT!

 最高に楽しい動画発見した: http://www.youtube.com/watch?v=lRNbBE3fGds
 切欠は、現在深刻な病状で療養中であるJeff Hannemanの代役としてSlayerのライブに参加しているGary HoltのExodusに於ける穴を、Exodusの元ギタリストであったRick Hunoltが埋めているとネットで知ったことから。

Exodus, Downfall; Rob Dukes, Lee Altus, Gary Holt, Jack Gibson, Tom Hunting
現行ラインナップ - ビデオ・Downfall(Exhibit B: The Human Condition収録)より

Robert “Rob” Dukes - vo.
'robert "rob" dyooks
Lee Altus - gt.
lee 'altuhs
Gary Holt - gt.
'gayree holt
Jack Gibson - ba.
jak 'gibsuhn
Tom Hunting - ds.
tom 'huntiŋ

 おお、もし彼が今Exodusで演奏しているライブ動画があれば是非とも観てみたい!とYouTubeで検索かけたら・・・コレだよ。あったんだよ。
 まぁ、これはツアーとかの映像ではなく、投稿者のコメントによるとイベントのようで、参加メンバーはRob Dukes、Gary Holt、Rick Hunolt、Jack Gibson、で、ドラマーはこれを誰何する視聴者への投稿者からの返信を見るにChris Kontos(元Machine Head等。短期間ながらExodusの参加経験もアリ)だそうです。つまり、Lee AltusとTom Huntingは不在。
 Wikipediaで、元々薄かった髪がすっかり禿げ上がってしまった頭をしたRick Hunoltの現在の姿を見てしまったので、はてさてライブとなるとどんな印象を受けるやらと少々不安を抱いていざ観てみると・・・
 ちょwwwwwwwwカントリーミュージックやってるオッサンかなんかスか?w
 今も生きる伝説的スラッシュメタルバンドを長年支えた屋台骨のひとりであったとは信じられない容貌だ・・・。
 髪はしょうがないとして・・・まずあのシャツ!なんだあれよう、オイw
 そして持ってるギターは自前のじゃなくてGary Holtのでしょうが、これがまた似合わないw
 ・・・まぁ、余興だからね、そこはね。
 しかしあのMCだけはいただけん!!w
 あれこそまさにどこのカントリーミュージシャンだよって感じの、覇気ゼロゼロの間延びした声と調子!w まぁ、カントリーミュージシャンのライブ中のMC聴いたことないですけど。
 いやー、で、肝心のプレイはどんなもんなの?・・・と、動画をクリックする前→クリックした後と順調に不安が強まっていきましたが・・・
 そこはさすがのRick Hunolt!
 演奏したのはExodusの1stアルバム・Bonded by Blood収録の彼らの代表曲のひとつ、A Lesson in Violenceで、これをノホホンとやられちゃキンタマ蹴り上げるぞ!ってなもんですが、彼のアグレッシブなパフォーマンスは誰にもまったく劣ってないところを見て感嘆しきり!禿げた頭をブンブン振りながらのクランチリフの見事な切れ味は演奏が始まるまでの不安感を遥か彼方に吹っ飛ばし、後述のギターソロでも往年そのままの流麗なフレーズを聴かせてくれます。Gary Holtもヘタじゃないんだけど、ソロでときどきワウとかアームバーを多用したチープなリックをかますことがあるから(スラッシュメタルバンドのギタリスト然としてるなとは思うけど。EvileのOl DrakeとかHavokのReece Scruggsはうますぎる)、相方が誰であれこういう人がいるとギターソロの質にある程度安心ができるよね。
 で、この動画が楽しいのは演奏だけじゃないんですよ!
 途中何かトラブルがあったようで、Rick Hunoltはしばらく客席に背を向けてキョロキョロしてます。この間Gary Holtのギターの音しか聞こえなくなったこと、Rick Hunoltが演奏の手を止めたこと、そしてスタッフの行動、これらからしておそらくRick Hunoltのギターから、彼が踏んだか何かでシールドが外れたんだと思いますが、それを見たJack Gibson、「何やってんだよw」と言わんばかりに彼の胸をドンと押す。ここで私は破顔致しました。ついでにJack Gibsonが笑ってるところも初めて見ました。
 更に面白いのが、ステージ上は興奮した観客が行ったり来たりしており、ピョンピョン飛び跳ねて客席にダイブしたりと普通のライブと同じノリで、そんな中、Rick Hunoltが自身のギターソロの途中でステージ上に現れた巨漢に担ぎ上げられ、そのまま肩車状態で弾くハメに!さすがに驚いたのか、手元が狂ったっぽくて、最後の最後で音外してたのがまた微笑ましい。でも降ろされて間髪入れずきっちりクランチリフをキメるところがかっこよすぎましたね~。あれはいくらなんでもオーディエンスやり過ぎだろと思いましたが、服装からしてもイベントのスタッフだと思いたいですねw
 ちなみにですが、Gary HoltとRick Hunoltが今にあって再びExodusで共に演奏している動画は他にもあります。ということは、Lee Altusはそこでも不在。Slayerのためにロードに出ているGary Holtの代わりに今Exodusで弾いてるというのなら、Rick Hunoltがいるときは相方がいないといけませんが、それはLee Altusでない誰かが務めているというわけではなく、Lee Altus不在のライブが見受けられるのは時期的なものだったんだと思います。というのも、Lee AltusはHeathenの新しいアルバム制作に着手しているようなので。いやー、コレすごく楽しみです。The Evolution of Chaosも文句ないデキでしたし。
 そういや同じ古参スラッシュメタルバンドのLääz Rockitは新作出さんのかいねぇ。

Laaz Rockit, Fire in the Hole; Michael Coons, Aaron Jellum, Phil Kettner, Willie Langenhuizen, Victor Agnello
1989年・Annihilation Principleリリース当時のラインナップ(ビデオ・Fire in the Holeより)
※映像自体は公式に制作されたものですが、アップロードは第三者の手によるものです。正直こういうのは利用したくないんですけど・・・
すごいありがたいですけどね、アップ自体は。どこ方面からも冷遇されすぎでしょこのバンド。

Michael Coons - vo.
'mahykuhl koonz
Aaron Jellum - gt.
'airuhn 'jeluhm
Phil Kettner - gt.
fil 'ketner
Willy Langenhuizen a.k.a. Willy Lange - ba.
'wilee 'laŋuhn'hweezuhn = 'wilee 'laŋuh
Victor Agnello - ds.
'vikter ahg'neloh
※脱退、現在のドラマーはSky Harris(skeye 'haris)

 俺は待ってますし、出ると信じてますよ?日本で俺だけかもね。
 それから最新作は出たばっかと言えはしますが言及しときたいのがForbidden!

Forbidden, Omega Wave; Russ Anderson, Craig Locicero, Steve Smyth, Matt Camacho, Mark Hernandez
2010年・Omega Waveリリース当時のラインナップ(ビデオ・Omega Waveより)

Russ Anderson - vo.
rus 'andersuhn
Craig Locicero - gt.
krayg lo'sisuhroh
Steve Smyth - gt.
steev smahyth
※脱退
Matt Camacho - ba.
mat kah'mahchoh
※脱退
Mark Hernandez - ds.
mark her'nahndes
※脱退、現在のドラマーはSasha Horn('sahshuh horn)

 凄腕・Mark Hernandezを失ったのは痛い!けど新作は聴きたい!
 ・・・バンドとしての状態は更に悪化していて、彼のみならずSteve Smyth、それからMatt Camachoもいなくなっちゃったし、まぁ次出るのはいつになるやら、10年後かなと本人たちに言われても「そんなもんかぁ」と早めのリリースを諦めちゃいそうですがw それにしてもMark Hernandezの後任としてオーディションを経て参加したSasha Hornとかいう人、可哀想だよなあ。
 で、Forbidden再生人事についてちょっと。
 Glen Alvelaisって今何してんのかな?Tenetは1枚アルバム出したっきりだし(そしてSteve SouzaはHatriotを結成しちゃったのでたぶんもうTenetはやんないでしょう)、Steve SmythいなくなったからForbiddenに戻らないかなぁ。Craig Lociceroのプレイつまんないし、スラッシーな曲減ったのはコイツの腕がなまったからなんじゃ?と半ば疑念を抱いております。この点Glen Alvelaisはまだ安心だしね。
 ここでTenetの画像が出せたらいいんだけど・・・ナイしね。更にGlen Alvelaisが撮られたオフィシャルミュージックビデオとかもいまだに存在してない(たぶん)・・・ので、TenetはそもそもJed Simonが始めたサイドプロジェクト(この概念、俺は凄まじく嫌いです)ということで彼が映ってるものを貼ることにします。・・・ハイハイ、作ったのに使わんの勿体ないからってだけですよ!

Strapping Young Lad, Wrong Side; Devin Townsend, Jed Simon, Byrond Stroud, Eugene Hoglan
解散時のラインナップ(ビデオ・Wrong Side-The New Black収録-より)
※Century Mediaチャンネルのやつは画質の劣化が激しいので別の動画から取りました・・・はいいんですけど、どれを使ったのか思い出せない・・・。

Devin Townsend - vo. & gt.
'devin 'townzuhnd
Jed Simon - gt.
jed 'sahymuhn
Byron Stroud - ba.
'bahyruhn strowd
Eugene “Gene” Hoglan - ds.
yoo'jeen "jeen" 'hogluhn

 ただいっこ言わせて。黙ってこの動画観て。Devin Townsend ProjectのDeconstruction再現ライブ。アレを再現するってだけでも凄いことですが、単なる再現に留まらず、超天才・Devin Townsendの至高の芸術性が始終、半端でない煌きを以って輝きを放っております。ライブ動画として人生最高の感動が味わえました。これほどのものだとアップロードに正当性があるかどうかなんてどうでもよくなりますね。というかこれをリリースしないってアホでしょと主催側を責めたくなるレベル。関連動画に再現元となったDeconstructionのフルアップロードがあったら、そっち先に聴いてから体験するのがいいかも・・・って、この勧めはダメかw
 Forbiddenから大分話逸れましたけど、そしてそんな鉄人Mark Hernandezは今、なんとTestamentと共に遠征中!頼むそのまま居着いてくれ!Testament with Mark Hernandezなんて最高に聴きたい組み合わせのひとつじゃんかよー!

Testament, Native Blood; Charles Billy, Eric Peterson, Alexander Skolnick, Greg Christian, Eugene Hoglan
2012年・Dark Roots of Earthリリース当時のラインナップ(ビデオ・Native Bloodより)

Charles “Chuck” Billy - vo.
charlz "chuk" 'bilee
Eric Peterson - gt.
'erik 'peetersuhn
Alexander “Alex” Skolnick - gt.
'alig'zander "aliks" 'skolnik
Greg Christian - ba.
greg 'krischuhn
Eugene “Gene” Hoglan - ds.
yoo'jeen "jeen" 'hogluhn
※脱退、というか元から単なる手伝い?

 The Formation of Damnationに続きこの最新作ときて、2000年に入ってからのTestamentの復活は間違いでなかったと誰しもが頷かされるであろうアルバムを順調に発表中・・・だからこそ、これにMark Hernandezのようなスラッシュメタルバンドのドラマーらしいドラマーが入ってくると更にどんなパワーアップを遂げるのか!?すごい体験してみたいわけです。ま、Gene Hoglanも、元はSlayerのローディー、そしてスラッシーがいき過ぎていまだに時代が追いついてない感のあるDark Angel結成と、この上なくスラッシュメタルな人間ではあるんですけどね・・・。
 え、Paul Bostaph?彼はもっと凄いことができるぞってな印象だけは受け続けてるんだけど、毎度そのプレイに満足させられないので、いつの間にか好きじゃないドラマーになってました・・・。そんなことより今はゆっくり休養して欲しいです。引く手は数多のはずですからね。Slayerの次回のツアーからDave Lombardoが外されるそうで、その原因となった問題はかなり深刻なものだそうですし、ひょっとしたらPaul BostaphのSlayer復帰とか、有り得るんじゃないですか?ちなみにDave Lombardoもあんまし好きじゃないです。昔から今まで凄いと思ったことがまったくない・・・。Dave Lombardoの現在の代役はJon Detteだそうです。昔一度Slayerに参加したことがあり、元Testamentでもありますね。
 そんで最後にSadus!次はもっとスラッシーなの頼むわ・・・。

Sadus, Certain Death [Live]; Darren Travis, Steve DiGiorgio, Jon Allen
現行ラインナップ(非公式のライブ映像・Certain Death-一応プロショット-から)
※原則的にバンドやレーベル自身が制作、アップした公式映像からしかつくらないでおこうとは思ってるんですが、そうすると彼らだけ今回画像なしに・・・。Lääz Rockitと似たようなジレンマ。

Darren Travis - vo. & gt.
'daruhn 'travis
Steve DiGiorgio - ba.
steev di'jorjoh
Jon Allen - ds.
jon 'aluhn

 Out for Blood、スラッシーじゃなくてもクセになった曲もいくつかあったけどさ・・・。全体的にスラッシュから大きく逸脱した出来になったのはSteve DiGiorgioが他所で色々し過ぎちゃった結果かな。ただ、DeathのThe Philosopherのビデオのワンシーンとか、フレットレスベース主体で活動してるところを見るに、Jaco Pastriusに影響受けてることは明らかだし、元々スラッシュ / デスの枠に収まる逸材でなかったことは確か。
 面白いならスラッシュである必要は正直ないんだけど、それにしたってグルーヴメタル寄り過ぎだろうと言いたいんですよ、俺はね。
 ベース1本で、特にエクストリームなメタルシーンに於けるベーシストのヒーロー像確立に凄まじい影響を与えたこの天才が、Sadusの外でスラッシュ以外のメタルの多様なサブジャンルを基軸にする連中と時には一作限りの客演をこなし、時にはある程度の期間行動を共にしてきて、その結果己のバンドに持って帰って来たものがこれだと、やっぱ「あれっ?」となっちゃうのは致し方ない。#1のIn the Name Of...聴いて狂喜したスラッシュファンの、アルバム聴き終えた後のテンションの下がりようったら半端なかっただろうねw ただ、アルバム全体の雰囲気としてアグレッションがなくなったわけじゃないし、横ノリ系の曲であってもプログレッシブ・グルーブ・メタルとでも形容するのが適当なような、一筋縄でいかない構成を特徴にしいている作品が揃ってるところは絶対に見逃せない点ですね。Steve DiGiorgioによる怪しいシンセのフレーズなんか、無視しようと思っても耳に突き刺さってしゃーないぜ。
 それに個人的に、俺はDarren Travisのボーカルがすげぇ好きで、彼のおかげもあって1回聴いてもういらない、には決してなりませんでした。ついでにDarren Travisに限らず、AtheistのKelly Shaeferや元ArtilleryのFlemming Rönsdorf、元AnnihilatorのRandy Rampageみたいなメタルシーン特有の、「ウマい」「ヘタ」といった評価の下しようがない超個性派ボーカリストが私は大好きです。特にFlemming Rönsdorfを初めて聴いたときの衝撃の大きさたるや、未だに形容しようがないね。今こういう人たちまったく見なくなってるから残念だ。バンド結成時らへんにはいたとしても、その内メジャーディールを目指したがる人たちに追ん出されちゃってるのかねぇ。
 記事内で滅多に草生やさないワタシですが、今回はちょっとこの動画が面白すぎたのでノリで草生やしつつ書いてみました。いまだに(笑)を使う化石みたいな人間(そうでもないか?)ではありますが、(笑)だとなんか違うかなと思ったんで。途中からそういえば、にかこつけてExodusまったく関係なくなってますけどねw
 記事名は、動画のタイトルから拝借!うんうん、大文字交えて書きたくなるよねぇ、これは。


 余談1 - Exodusの画像について:

 元々Rick Hunoltが映っているビデオを使うつもりでした。そういうビデオ自体は複数あるんですけど・・・

 古さ故か全体的に映りが悪かった:
 Objection Overruled - Impact Is Imminent収録
 めちゃめちゃアクティブでカッチョエエRick Hunoltが観られるので最高にオススメ。John Tempestaもビデオに映えますね。ヤンチャが演技に見えないSteve Souzaも見ドコロ!

  • Steven Souza a.k.a. Steve “Zetro” Souza - vo.
    'steevuhn 'soozuh = steev "'zetroh" 'soozuh
  • Gary Holt - gt.
  • Richard “Rick” Hunolt - gt.
    'richerd "rik" 'hyoonuhlt
  • Rob McKillop - ba.
    rob muh'kiluhp
  • John Tempesta - ds.
    jon tem'pestuh

 メンバーの誰かしらの顔が髪で見えてない、もしくは非常に見辛い:
 Thorn in My Side、Good Day to Die - Force of Habit収録
 主に顔が見えないのはMike ButlerとJohn Tempesta。特に前者はまったく。アクションは悪くないので惜しい。Good Day to DieでJohn Tempestaは上半身裸(ついでにMike Butlerはどっちのビデオでも上半身裸)ですが、彼は刺青だらけの両腕が個人的に印象的なので、最初観たときは別の人が映ってるのかと思いました。

  • Michael “Mike” Butler - ba.
    'mahykuhl "mahyk" 'butler 
  • 他、同上

 理由同上:
 War Is My Shepherd、Throwing Down - Tempo of the Damned収録
 ExodusでZetroとRick Hunoltが参加した現時点最後のアルバムにして、Tom Hunting復帰作、そしてJack Gibson初参加作。後者2人の映りに難あり。特にJack Gibson。またベーシストかよ。

  • Jack Gibson - ba.
  • Tom Hunting - ds.
  • 他、同上

 そんなわけで、すっごい前に作ったはいいが使う機会のなかった上の画像を持ってきましたとさ。
 それにしてもSteve Souzaはどのビデオでもひとりだけやたらかっこよく撮られてますね。フロントマンの鑑だなぁ。自分の役割をしっかりわかって行動に移せてることが素晴らしいし、且つ単なる薄っぺらなかっこつけに終わってないのは誰の目からも明らかですよね。特にWar Is My Shepherdでの彼にはゾクゾクきます。
 あとこれは上の話題と全然関係ないんだけど、Lee Altusの本名って誰か知らんかねぇ・・・ウクライナ人なんだからこれが出生名って有り得んよなぁ・・・?

 余談2 - Forbiddenの画像について:

 バンド画像作成に利用したOmega Waveのビデオは非常に扱いづらい素材でした。2人一緒に映ってるとかさー・・・。初の失敗バージョンが存在します。

Forbidden -, Omega Wave; Russ Anderson, Craig Locicero, Steve Smyth, Matt Camacho, Mark Hernandez
 作ったのはこれもやっぱり大分前。そんときからもうちょっとマシに作れんもんかなと思ってました。
 今回使おうってんで記事内に貼ってみたはいいものの、改めて見てみるとこりゃダメだと思い作り直したわけです。まぁ、さほど改善されてない気は自分でもしてるけど・・・。少なくともMark Hernandezは確実に前の方がいいんですが、どっちのカットもビデオ内のどこにあるのかわからなくなってしまってイチから採集し直す羽目に。コピペは劣化してたらイヤだから避けた。

 余談3 - SYLの画像について:

 記事中に載せて見映えの良さそうなものということでWrong Sideからバンド画像を作りましたが、ついでに、ミュージックビデオが存在する曲では最も好きな作品からも作りました。

Strapping Young Lad, Detox; Devin Townsend, Jed Simon, Byron Stroud, Eugene Hoglan
 メンバーはWrong Sideのものと同じ。というかデビュー作のHeavy as a Really Heavy Thingだけでしたしね、この4人でないラインナップで制作されたやつって。
 SYLといえば!という不動のカルテットで録音された記念すべき最初の1枚が、この画像作成に利用したDetoxが収録されている2ndフルレンス・City。現在にして尚代替のないエクストリームメタル屈指の大名盤ですね。今初めて聴く人は、これ1997年の作かよマジでと思わずにはいられないことウケアイじゃないでしょうか。
 Jed Simonは1stにゲスト参加しており、同作収録の曲で、バンド初のミュージックビデオ・SYLにも登場しています。但し実際にはこの曲では弾いてませんが。
 Byron StroudとGene Hoglanが両人の活動歴に於いてリズム隊を組んだのはこのアルバムが初めてだと思いますが、SYL解散後も他のバンドで一緒に活動しているところを見ると、この2人を同時に己のバンドに採用したDevin Townsendのセンスの素晴らしさを讃えずにはいられませんね。おそらく2人一緒に声が掛かってるんでしょうが、ウマが合ってないならどちらかはオファーを受けないはずでしょう。もはや俺は、あるバンドにどちらか片方しかいなかったら、「あれっ、Gene Hoglanは?」「Byron Stroudは今回一緒じゃないんだ?」って思っちゃいますねw 音も見た目も共にスーパーヘヴィ級、バッテリーとしてこれほど似合いの組み合わせもそうそうないでしょう。Fear Factoryとか、Burton C. Bell、Dino Cazares、そしてこの2人って体制のとき、バンドの総重量なんぼだったんですかねw
 SYL、またやってくれないかな・・・。

2013年2月23日土曜日

ディルとけいおんとルクセンブルク語

 これは・・・これはないわー。
 DIR EN GREYの新譜、ミニアルバム・THE UNRAVELINGはセルフカバー集ですってよ。
 うーん・・・。
 いやまったく聴いてみたいとは思わないってわけじゃないんだけど・・・ぜんっぜん予想してなかったわ、この可能性は。てっきり新曲で占められてるもんだと・・・はっ!
 そういや前回(といっても10年も前だが)のミニアルバム・six Uglyも、全6曲中childrenと秒「」深の2曲がセルフカバーとして収録されていたじゃないか・・・この事実から今回の内容の推測はできてたはずだろうってか・・・。
 主にコマーシャル目的のリリースなんかなぁ。
 ところで収録曲中、唯一の新曲である#1のUnravelingってのはバンドとして演奏して歌も入れた新曲?インスト?DIR EN GREYのインスト好きじゃないんだよな、つまらないもの多くて。
 ダイハードなファンとしては、#2の業(カルマ)が、ようやくの初CD音源化ってところが注目ポイント?俺はこの曲、映像作に収録されてるのは知ってるけど、聴いたことないんで楽しみ・・・と言いたいところなんですが、蜜と唾のリアレンジみたいに原型留めてないグチャグチャバージョンになってたらと思うと素直に喜べない。メロディ主体だった頃の楽曲のリレコバージョンはみんなああいう風に演奏され直す傾向にあるんだとしたらねぇ。
 メロディアスな曲じゃないやつでは、残 -ZAN-のリレコも良くなかったよね。たぶん最近はずっとああいう形でライブでやってたんだろうし、CDかDVDかネットにアップされてる非公式なライブ映像でしか彼らを知らない俺が後から言うのも滑稽なんだろうけど。
 もともとヘンで暴力的な曲ではあったけど、あれはあれで完成してたんだな、今のDIR EN GREYのメンバーたち本人にも太刀打ちできない魅力があったんだなってのが皮肉ながらよくわかったね。曲名がさっぱり変わってりゃこの変化っぷりに多少は抵抗がなくなりそうなもんだが。
 シングル曲であるかすみとTHE FINALの内、THE FINALは暴虐アレンジになってなさそうな気がする。根拠はないけど。UROBOROS -with the proof in the name of living...-でも普通に演奏されてたし。かすみは・・・元が死体の出てくるような曲だからどうなってるかわかんないし、どんなのが出てきても大丈夫。それに最近DIR EN GREYってこういう日本的情景の浮かぶ曲やんなくなってるから、普通に演奏してるとはどうしても思えないんだよね。俺、彼らのああいう曲すごい好きだったんだけどなあ。今の路線を支持してはいるけど、またああいうのもちょいちょいでいいからやって欲しいね。紙風船を~♪ 空へたーかく~♪
 鬼葬に収録されてた鴉とBottom of the death valleyは、まぁ前者は言うまでもなくグチャグチャにされてそうだよね。
 薫はテクニカルに演奏したい欲求をタッピングで発散させてる感が無きにしも非ずなので、同テクニックでメロのバッキングやってるこの曲は丁度いいのかも?w まぁタッピングも、サビとは対照的に静かなメロパートもなくなっててもいいけど、最後のサビだけは残しといて欲しいな~。あのパート好きなんだよ。
 Bottom of the death valleyは・・・元はメロディアスなロックナンバーだったけど、果たしてどうなってることやら。ていうか意外なもん持ってきたね。これはギターパートをよくコピーして弾いてたから、原型に思い入れが結構あるんだよな~。蜜と唾のグチャグチャバージョンは、元々が持つエログロな雰囲気からしてこう解釈されても仕方がないとも言えるけど、この曲はホント、どういじくり回されるのかわかんないね。今回の収録曲中、リレコ形に一番興味あるな。
 さて次は彼らの真の1stシングル、JEALOUSからカップリングのUnknown...Despair...a Lostですね。表記がUnknown.Despair.a Lostになってますが、これは意図的に変えたのかな?
 余談ですがこのJEALOUS、友達が持ってたので借りてよく聴いてました&歌ってました、カップリング共々。返した覚えがないんだけど、今家の中にないし、返したんだな、きっと。うん。いまだに色々CD借りっぱなしなんだけど、これは返せって言われたんだと思います。リミックスアルバムの改もあります。あとはXのJealousy、破滅に向かって、LIVE LIVE LIVE TOKYO DOME 1993 - 1996、それからビデオ(懐かしきVHS!)でVISUAL SHOCK Vol. 2.5 CELEBRATION、VISUAL SHOCK Vol. 3 刺激² -夢の中にだけ生きて-、DAHLIA THE VIDEO VISUAL SHOCK #5 PART I・・・そう、俺Xの大ファンだけど、持ってる作品はVANISHING VISION、BLUE BLOOD、X Singles、Art of Life、DAHLIAだけ。映像作一切なし。CDなんてポンポン買えなかった頃に一番ハマってたからね~周りが持ってりゃそれを聴かせてもらう、で事足りてたんだよな。破滅に向かってのビデオも借りて観てたなぁ・・・ああ彼は今何してるんだろう、ズッキー君。そういや今手元にあるX JAPANのPerfect Bestも他人(ひと)のだよ・・・彼女も元気かな、エリカさん。
 さて話を戻して。Unknown...もメロディアスロックでしたね。まぁこのメロディを今の京が歌うわけないんで、さてこれもどうなってることやら・・・古すぎる曲は押し並べてどんなアレンジが加えられてるかわかったもんじゃないっすね。ある意味面白そうとも言える。
 本編は以上、で、完全受注限定生産盤の2枚目はすごいオマケ的雰囲気漂うたった3曲入りのボーナスCDっすか・・・。アンプラグドバージョンって、前にUROBOROSの初回限定盤でもやってたんだっけか?俺はこのアルバムは通常盤でしか持ってないからうろ覚えだけど。というかUnravelingが早速ながらアンプラグドで入ってるってことは、これは打ち込みのインストじゃなくてバンドとしての新曲の可能性が高いと解釈していいんですかね。
 まぁ、他のバンドのものでもアンプラグドバージョンに満足できたためしがないからこれは別にどうでもいいんだけど、もしかしてこれは海外ファンのウケを狙ってんのかな。あっちやたらとアンプラグド好きだもんね~。全然理解できないんだが。
 で、MACABRE1曲をDisc Iに収めなかったのはなんでなんだ。ここは100%コマーシャル。これを買えよ!と。
 これもまあどうなってるかわかったもんじゃないすね!メロディアスな曲はベタベタにメロディアス、ヘンな曲はとことんヘンという両極端な曲が多く楽しめた2nd・MACABREでしたが、このMACABREは明らかに後者。長い割にあまり面白い曲構成をしてなかったのでよくは聴いてませんでした。ていうか飛ばしてたかも。確かこれの後はStrawberry(だっけ?曲名・・・)、audreyと続いてたはずだし。そりゃそっちさっさと聴きたくなるよね!長いってことと、よくわからん歌詞以外には、今でも印象的なのはイントロのドラミングくらい。あれはカッコよかったから再現してて欲しいな、他はどうなってようが別にいいが。DUM SPIRO SPEROの延長でプログレになってるかもね。
 最後にDVDですが、これには、これも懐かしき、1stミニアルバムのMISSAから霧と繭が収録されてますね。この曲も好きでよく歌ってたな~。原曲は速いテンポに小気味良いバッキングが印象的でしたが・・・まぁ、あのバックのままやってるわけはないけど・・・うーん、でもなんでもかんでもコアっぽいバックにするってのもどうなんかなぁ。個人的には、変にアレンジ加えるよりも、今の演奏力で完コピっての方が観てて&聴いてて面白い気がするんだよなぁ。いやまあ、どんな風に演奏されてるかなんてさっぱりわかりませんけどね。でもどうせズドーーーーーン・・・って感じの音になってるんでしょ?ね。
 で、あとはDUM SPIRO SPEROから滴る朦朧、獣慾のライブ映像と、レコーディング風景、インタビュー、ドキュメンタリー、か。
 なんだかんだ言ってきましたが、やっぱり楽しみではあります、このリリース。完全な新作ではないけど、厳密な意味で既にリリースしたことのあるものを収録しているわけではありませんからね。そこには言わずもがな新しいDIR EN GREYの姿があるわけで。アンプラグドだけはホントにどうでもいいんだけどね・・・。
 さてちょっと今回話題が複数に亘ってますよ。
 お次はアニメ・けいおん!から、K-ON! MUSIC HISTORY'S BOXなるCD12枚組(!?)のボックスセットリリースについて。
 これ、すごく欲しいです。
 TV版のOP曲は全曲、ED曲は一番最初のやつ、それから放課後ティータイムのIとIIは持ってるんですが、キャラソンはイッコも持ってないんですよね。そう、お目当てはキャラソンです。評価のすごく良いものも多数あったみたいなんで、一度聴いてみたかったんですよねえ。
 で、価格は19,800円だそうで。
 安い!でしょ?
 いやこれかなり安いですよ。258曲入りで安いと思ってしまった俺は病んでる的なツイートを目にしましたが、何曲入りか、ってことより、CD12枚組で2万でなんて普通売り出されませんよ。むしろ例皆無なんじゃないですか?まぁ、歌い手たちの本職が歌手じゃないから、とか、アニメを介してリリースされるものだから、とか、その辺が安く売り出せることに絡んでるんでしょうけど。
 秀逸なBGMを多数揃えていた同アニメでしたから、サントラの曲が収録されるってのも嬉しいですね。こんな機会でもなければ、やっぱ歌の入ってないCDを買おうとはなかなか思えませんし、丁度イイ。アニメのサントラはAvenger O.S.T.を一枚持ってるだけなんですが、これはOP&ED曲が入ってたからですしね。とは言えトラックの大多数を占めるインストもなかなか良くて、一時ずっと聴いてましたねぇ。あと、まさかOP&ED曲以外に歌が入ってるとは思ってなかったので、少女殉血、それからサントラで先に知りましたが、最終話で流れたED曲・地獄の季節もよかったですし、これは嬉しい驚きでした。アニメの出来はマジでクソでしたが・・・。今でも覚えとるんですが、uchiで購読してた新聞の番組欄には、最終回なのに(終)と併記されてなかったんですよ!クソすぎてすさまじく突然に打ち切りになったのかと思っちゃいましたね。豊口めぐみの無駄づかい!
 さてボックスに話を戻して・・・で、すごく欲しい、だけじゃなくて、勿論買うよ!・・・と声を大にして言いたいところなんですが・・・ちょっと事情あって二の足踏んでます。でもなぁ、公式には何故か載ってないけど、シリアルナンバー入りらしいし、どう考えても受注限定生産商品でしょ、これ・・・。予約だけでも今しとかないといけないんだけど・・・あぁ~ヤバイヤバイ。でもダメなんだよちょっと・・・。うーん・・・うーん!
 とまあこれ以上は話広がらないしここでヤメにしといて、最後に・・・超驚きの話題が!

ル ク セ ン ブ ル ク 語 入 門

刊 行

 凄い!凄いぞ!凄いぞ大学書林!やっぱり俺の最強の味方はあなたたちでした!
 そして田原憲和氏とやら!素晴らしい!永遠にこの業績を讃えたく思います!
 とあるサイトで、新しく語学書が出版されたらメールで知らせてもらうよう登録しとるんですが、語学書って思ってたよりもすごいポンポン出る(まぁ、大抵は英語、中国語、朝鮮語の本なんだけど・・・)んで、最近もう確認が億劫になってろくにチェックしてなかったんですよね。
 でも今日、メールじゃなくて、サイトで直接新刊のお知らせを見てみたら・・・!
 あったわけですよ!この本が!!!
 いやー素晴らしい。ホントに素晴らしい。ま・さ・か出るとは!ルクセンブルク語の語学書が!
 いやだってこれ、「語」って付けていいのかどうかわからない言語なんですよ、ホントは。
 ドイツ語ルクセンブルク方言と言ってもいいような言語ですからね、実態としては。
 ルクセンブルク大公国が国家的に公用語・ルクセンブルク語として言語の形を整理したり、新たな法律を作ったりしたんですから「○○語」と呼ばれるに足る根拠はあるんですが、元はといえば方言です。まぁ、そんなこと言ったらフランス語、イタリア語、スペイン語諸々なんかもラテン語の方言ですが。
 国際的に影響力のある国の言語は、元がなんらかの言語の方言だろうが、語学書として紹介されます。
 だからマルタ語とかはダメなんだよ。望み薄なんだよ。アラビア語のアーンミーヤのひとつだから。単語集ならあるんだけどね・・・でもあれは語学書じゃないし、入門書ですらない。ベラルーシ語、マケドニア語なんかも同じく。ブルトン語は単語集すらないけどな!あ、でも俺ブルトン語で挨拶だけはできるようになったんだよ。

Demat deoc'h! Mont a ra mat ganeoc'h? Mat a-walc'h ganin.
こんにちは!お元気ですか?私はとても元気です。

 とね(最後の元気ですはウソだけど)。ネットで覚えた。「c'h」って綴りがあるのは知ってたんだけど、てっきり何か2つの要素が縮約されたもんだと思ってたから、これでひとつの音素(無声軟口蓋摩擦音)を示すってのは意外だったなぁ。ブルトン語の勉強ができるサイトがあってね。2個は見つけた。ネットなら無料で多言語の勉強ができるってのは前々から知ってんだけどさー・・・性に合わないんだよね。だから利用してこなかった。でも少なくとも日本では語学書のない言語を勉強しようと思ったら、もうそんなこと言ってられないかもね。
 旅行会話ハンドブックみたいな形でもブルトン語のものは刊行なしのはず。まぁ当たり前だろうけどね、別に納得いかないってこともない。ブルターニュ地方っつってもブルトン語で日常生活送ってる連中なんて、アイルランドに於けるアイルランド語話者と同じで少数派なんだろうしな。そういえばウェールズはどうなのかしら?
 そういえば旅行会話の本ってね、シンハラ語(සිංහල; スリランカの公用語)、ディベヒ語(ދިވެހި; モルディブの公用語)なんかのものもあるんですよ。俺が見たものは、それぞれちゃんとシンハラ文字、ターナ文字で原語が表記されてました。まぁ、喋れなかったら本の中身を指でさして理解してもらうって使い方も推奨してるから、そういうつくりになってるのは当然なんだが。タミル語のものもありましたね。我が国最初(たぶん)のタミル語学習書の共著者のひとり、袋井由布子女史によるものでした。拍手!
 俺烏丸でのアルバイトはもうやめちゃったんだけど、そこでの休憩時間によく近くの本屋に行ってて、そのとき初めて旅行会話の本に、日本ではほぼ無名の言語のものもあると知りました。丸暗記して各文を注視していけば、いつか様々な文法規則が自ずと見えてくる・・・かも?値段は大抵2000円もしないので、買おうかなと何度思ったことか。で、そんな考えを持ちつつもその店ではそれより高価な他の語学書を何冊か買っていったんですけどね・・・。
 ところこのルクセンブルク語入門の著者、田原憲和氏は立命館大学の准教授だそうです。
 やー、すごいですね。准のつかない教授陣は無能ばっかりですか?俺が既に持ってる希少な言語の語学書、或いはよくできた語学書の著者を見てみても、教授って滅多にいないです。講師、或いは何やってるかわからないけど教授ではないのが殆どですね。もっと広く人のためになることしてみたらどうだキョージュ・サ・マは。読み辛いクソ論文書いてるだけじゃなくてよぉー(前のアルバイトの職務柄、そういう論文いっぱい見てきたもんで。言語学の人がいたわけではないけど)。
 是非この方にルクセンブルク語のお話を直接伺ってみたいものです。
 立命館大学かぁー・・・専ら語学学校の人が語学書を書いてるわけじゃないってのはわかってたけど、これは盲点だったなぁ。

 ハイそんなわけで今回の更新でしたー。
 ちなみに今はグルジア語とタイ語の勉強に時間を割いてます。久々に、専らペンと紙を使って勉強してます。楽しい。うん、キーボードのレイアウトが覚えられないからね・・・。グルジア語の方はすご~く時間をかけてポチポチ打てるようにはなってるんですが、やっぱタタタタン!といきたいですからね。じゃあ練習あるのみだろ?ってね・・・うん、知ってる、知ってるよ!
 最近のマイブームな綴り方は、グルジア文字、タイ文字、日本語の仮名であろうとも、ラテン文字を書くときと同じくらいにその大きさを小さくすることです。元々は、グルジア文字は全体的に曲線が非常に多いつくりをしているので、大きく書くとすぐにバランス悪く綴ってしまっているのがありありとわかっちゃうから誤魔化しのために、でしたがw それに、これなら上下に色々記号のつく文字でもダイジョーブなんだな。デーヴァナーガリーとかもいい感じです。
 それでは長々とここまでtrugarez。Kenavo!

ქართული ენა(カルトゥリ エナ=グルジア語)
グルジア文字 20130223

ภาษาไทย(パーサータイ=タイ語)
タイ文字 20130223

こっちにはタミル文字、デーヴァナーガリー、アルメニア文字、アラビア文字、グルジア文字が含まれてますね。飽きっぽさが垣間見れます^^;

2013年1月16日水曜日

Γιώργος Κόλλιας μετὰ τῆς ἑλληνικῆς γλώσσης―読めなくても気にしないでいい記事

 すごい面白い動画見つけた!
 どうです?最高でしょう?
 ・・・あ、別になんてことないですか。そうですか。
 ネットで動画を漁るにあたっての俺の楽しみ方のひとつに、生まれ育ちが非英語圏であるミュージシャンが母語で喋っている動画を探す、というものがある。
 リリースされたライブ作で母語を話す様が見られる連中(Children of Bodom、Angra、Nightwishなど)はいいが、探しても探しても一向に見つからないヤツらもいる。
 デンマーク語を話すLars Ulrich、スウェーデン語を話すYngwie J. Malmsteenは興味深かった。
 一番印象深いのはヘブライ語とハンガリー語を話すGene Simmons(イスラエル生まれのアメリカ人、出生名חײם ויץ(ハイム・ヴィツ))。
 ハンガリー語の方は、アメリカ・CNN(だったと思う)の番組で、KISSと対面したハンガリー人たちの集団の中にいたある女性と突然、彼がハンガリー語で話し始め、ジーンの隣のPaul Stanleyがカメラ目線で「お前が観てるのはCNN USAだぜ!」っておどける様込みで面白かった(彼もユダヤ系(出生名Stanley Eisen)、現ドラマーのEric Singerもそう(同じくEric Mensinger))。なんの集いだったのかよくわからんが(軍人ぽい奴とかもいた)、「Kissはハンガリー人の名前なんだよ」とKISSの連中が言われたことに端を発する。ハンガリー語発音では「キシュ」。名にも姓にもなる。ふつうハンガリー語では同一子音の重なりに於いてその子音は長くなるが(kettő(ケッテー = 2)、vannak(ヴァンナク = 彼らは...である)、reggel(レッゲル = 朝))、「Kiss」は例外。逆に単一の子音を示しているが長い場合もある(egy(エッジュ) = 1(修飾語として用いられない場合); 本来なら*eggyとなるべき)。また、ハンガリー語発音で英語の「kiss」と同じような発音を表現できる綴りは「kisz」。あとは、ジーンが母親とハンガリー語で歌を歌う動画とかもあったなぁ。
 ヘブライ語の方はよく覚えてないけど、とにかくユダヤ人を前にして講演みたいなことをヘブライ語でやってた。あとラジオ番組で、ヘブライ語でインタビューを受けてたりとか。
 スウェーデンやノルウェー出身のブラックメタルバンドの連中が母語で話している動画は意外と結構ある気がする。たいかんwだけどね。だってトーク番組出てたりしてるんだもんな、あいつら。それはブラックメタルバンドの人間としてどうなんだと思わざるを得ないんだが・・・。
 George KolliasことΓιώργος Κόλλιας(ヨルゴス・コリヤス)がギリシャ語で話している動画は、ずっとあったらいいなと探していたもののひとつ。まぁ、そんな毎日毎日探しまくってたわけじゃないので、昨年3月に投稿されたというこの動画を見つけたのも今更のことと相成ったわけであるが。
 それにしても、この動画についてるコメントの中に、「これ何語?」って書いてる奴がいるのにはビックリしたなあ。知っとけよ、好きなミュージシャンの郷里くらい。ていうか彼が話し始める前にギリシャ文字が出てくるじゃんよ。知っとけよ、ギリシャ文字がどんなものかということぐらい。
 やっぱあれだね、母語だと発話の際の滑らかさが違うよね。当たり前だけどさ。
 そういえば、ギリシャといえばFirewind、でそのFirewindの元ドラマー・Michael EhréがGamma Rayに入ったんだよね。Daniel Zimmermannがヤメたってのは結構意外。
 人事関係で言うと、Eduardo FalaschiがAngraやめたのにもビックリしたなあ。潔く「もう歌えない」って理由を吐露してるところには好感が持てた。まぁ、誰が聴いても限界だったよね、それもかなり前から・・・。正直好きなタイプのボーカリストじゃなかったから、Aquiles Priesterの脱退ほど衝撃的ではなかったんだけど、それよりも今ライブで代わりに歌ってるのがFabio Lioneだってんだからそっちをすごい聴いてみたい!ああ、誰か動画に撮ってあげてくれないかなあ!豚肝トルキのSymfoniaは結局長続きしなかったわけだけど、まさかAndré Matos復帰とか・・・ないか。
 そしてボーカリストと言えばAnette OlzonがNightwishをやめたそうで。なんでだろうね。Tarja Turunenが永遠にNightwishのフロントマンだったらなあというのは未だに思い続けてますが、別にAnette Olzonが絶対的にNightwishに合ってなかったとは言いません。何があったんですかねー。
 あとはやめた人の後任が見つかったって話ですが、Roy Khanの脱退したKamelotですね。っつってももう新体制でアルバム出たらしいので今更な話題ですが。新ボーカリストの名前は忘れました。新人ではないそうですが。
 それからボーカリスト関係で知ってる限り訃報がひとつ・・・。
 Mitch Luckerですね。
 ちょっとどっかで改めて話題にしたいです。
 さて、ボーカリストから離れて。かねてからアナウンスのあった通りJörg MichaelはStratovariusを去り、それはいいんだが、新しいドラマー・・・名前は忘れたけど、こいつの掛け持ちバンドが多すぎ!絶対Stratovariusの活動に専念できないだろ。なんでこんなヤツ入れたんだ。バンドをリリースやライブ活動の不安定なプロジェクトみたいに捉えるのやめろってマジで。それとは関係ないけど、新作のジャケがヒド過ぎる。更に先行シングルはカタルシスの欠片もないデキで早くも不安全開。Matias Kupiainenがかわいそうだ。
 更に話を繋げて新作と言えば、Soilworkがメロデス史上初(ほんとか?)のダブル・アルバムを出すそうで。こちらは公開されてるリードトラック、すごくよかったです。Soilworkにグッと強く興味を持つきっかけとなった前作の#1、Late for the Kill, Early for the Slaughterタイプのアグレッション重視型だね。その前作・The Panic Broadcastには正直タルい曲もちらほらあったので、ダブル・アルバムとなるとハズレが多く入ってそうなのがアレだが・・・買うつもりではいます。曲の尺自体は全体的に3分、4分くらいの長くないやつばっかみたいだから、しょーもない曲が結構あろうともまだマシ・・・かな?

 いつもながら・・・結局ナンの記事だったんだ、これ?w

2013年1月4日金曜日

Dar unde pot să studiez şi limba moldovenească?

 モルドバ語じゃなかったのね・・・。
 モルドバ出身のO-Zoneはルーマニア語で歌っていたらしいです。なんでだよもう。
 そりゃ100%理解できる箇所があってもおかしくないわ。
 実は、歌詞中にはモルドバ人ならではの言い回しが結構見受けられるとか、そういうことはないのかな?
 O-Zoneによるモルドバ語が歌詞として目にできないのなら、ウィキペディア モルドバ語版を読んでみてどんだけ理解できるか試してみようと思ってみたら、モルドバ語版なんてものはハナからなかった・・・!
 そしてそして、フリジア語ってのは北、西、東の方言にそれぞれ大別できる形態を持つらしく、フリジア語といえば「西」フリジア語みたい。つまり俺が注文した「フリジア語文法(児玉仁士 著; 9784475018050)」ってのは、「西フリジア語」の語学書なのかしらね。うん・・・大学書林のサイトで、この本に割り当てられた個別ページにある内容説明を見てみると、目次として「西フリジア語とその下位方言」、「西フリジア語の現状」とか書いてあるから、やっぱり西フリジア語を扱った本みたいだね。
 まぁつまり、西フリジア語の本を2冊頼んでしまったと・・・。まったく知らん言語の本をいきなり2冊買うのってどうなんだろう・・・いやむしろそんな具合で接し始めるべきなのか?
 モルドバ・ルーマニア語の話に戻りますが、モルドバ語にはルーマニア語よりもロシア語的な言い回しが多く入っているそうです。
 しかしながら、ルーマニア語からして大分スラブ語的要素を取り入れてる言語であって、これに気づくにつけてものすごく面白味を感じてるんだわ。
 大分、と言っても今のところ名詞と動詞に見受けられることに気づいた程度なんだが、それにしたってロマンス系言語としてはかなり異質である印象を受けるもんだ。
 リトアニア語からもちょいちょいスラブ系言語の影響が顔を覗かせている様が見て取れるが、なんでも、これの属するバルト語派は、元々ひとつの言語からスラヴ語派と分化して成立したものであるという説もあるそうだし、これら2語派が近しい間柄にあると思ってしまうのも頷けるというものだ。
 しかしルーマニア語は違う。・・・はず。地理的・歴史的にスラヴ系言語の影響を受けてロマンスの風貌が浸食されていったものだろうし、ロマンス諸語らしさの中にスラヴの色を持っているという点が面白いのだ。â、î で示される中舌母音が生じたのも、スラヴ諸語との接触の結果なんじゃなかろうか(この音素が多数の言語を俯瞰して特に珍しいというわけでもないが)。
 さてそんなルーマニア語の学習も、最初の語学書を以ってはそろそろ終わり。あと2課を残すのみとなった。
 1週間経ったら・・・なんてのたまっておきながら、3日連続という平時ありえない正月休みを利用してもポーランド語だけしか終わらせられなかったのはちょっとダサいなぁw 途中グルジア語、ヘブライ語、リトアニア語をやったりとかしてたもんで・・・。
 しかしまあ、俺の暗記法はもう本物だ。イコール、己にとっての新たな言語が自由に扱えるようになる能力というわけではないので運用術はまた別に訓練せねばならないであろうが、こうなったら次は言語のみに留まらず、どんなに意味のわからないものであろうともとりあえず記憶するだけなら何に対しても適う、そんな人間になってみたい。
 具体的には、法律とスコアを覚えたい。
 スコアは、楽譜。楽譜は楽譜なので、何故法律なのかってのについて言うと、実は俺、司法、或いは行政書士になりたいんです。本気で目指そうかどうか今悩んでます。絶対に、言語を勉強する時間が、こっちのための試験勉強に利用しなくてはいけないようになるに決まってるからね。
 それに言語の本はまだまだたくさんある。
 更に暗記のスピードを上げる方法を考え出すのが優先順位としては先か・・・。
 えーと最後に、これまた昨日の話題の延長なんですが、THE UNRAVELINGの完全受注生産限定盤って、DVDだけじゃなくてCDも2枚目が付くんだね。ちゃんと確認してなかった。生産限定盤: 2CD + DVD、初回限定版: CD + DVD、通常盤: CDって仕様なんだね。
 DVDの内容も気になるけど、勿論CDの方も気にせずにはいられないなぁ~。
 まさかと思うけど、UROBOROS -with the proof in the name of living...-みたいに、DVDにライブが収録されてて、CDにはCD版としてその音源が収録されてる、とかじゃないだろうなあ~・・・。それは萎えるぞ。7000円してそれはちょっとな。

2013年1月3日木曜日

Vrei să pleci dar nu mă iei / Unravel THE UNRAVELING

 Dragostea din Teiという歌、ご存知でしょうか。
 日本では恋のうんたらって名前での通りがよろしいかと思いますが、とにかく、一時期ネットでブームを巻き起こし、これを歌ったグループが、モルドバなんていう、日本におったら年に一回その名を聞くか聞かないかくらいの存在感しかない国からはるばるやって来てTVへの出演を要請される事態にまでなりましたね。
 俺もそのブームに巻き込まれた人間のひとりです。
 そりゃあもうハマりました。
 特に何に?
 そりゃあ勿論、未知の言語、モルドバ語に!!
 いやああのフラッシュもよくできてましたよ。本家以外にも色んな人がつくってたので何個か見た覚えがありますが、どれも割りと良くできてたと思います。肝心の空耳は、面白くしようとしたのか、結構サムいものもちらほらでしたが。
 ルーマニア語とモルドバ語の違いは少ないそうです。似たような言語にチェコ語とスロバキア語なんかがありますが、スロバキア語について言えば、パラパラと本を眺めただけでも結構チェコ語と違うんじゃない?って気がしました。
 モルドバ語についても、それなりにまともなつくりをしている本を1冊見ればもしかしたらそういう感想を持たされるのかもしれませんが、Dragostea din Teiのサビの最初の部分は、ルーマニア語しか知らなくても完全に理解できます。
 ルーマニア語を始めたからなんでしょうか、最近ふとDragostea din Tei(と、O-Zone)のことを思い出したんですが、あの頃しつこく歌っていたことが幸いしてか、今でもメロディを覚えている箇所が結構あります。ただ、歌詞の綴りまでちゃんと覚えていられてるところってのは少ないです。当たり前ですけどね。
 で、サビの最初の部分ってのが今でも綴りまで覚えてるところなんですが、それが、

 vrei să pleci dar nu mă iei

 です。本当は「nu mă nu mă」ですが以下話を進めやすくするために省略。
 たぶん、本当はなんて歌ってるんだ?本当はどういう意味なんだ?と、日本語訳や英語訳を確認してみた人も結構いたことでしょうね。だから本来の意味はある程度広まっているのかもしれません。
 だけどルーマニア語(実際はモルドバ語だけど)として読んでみて意味を理解できる人は、学習者以外にはそういまい!
 ごくごく簡単なことを言っています。以下、ルーマニア語についての知識のみを以って語っています。モルドバ語として不適当な点があるかもしれませんが、知ったこっちゃないので悪しからず。

  •  vrei(ヴレィ)
     a vrea(ア・ヴレア)=欲する; 直説法現在2人称単数
  •  să pleci(サ・プレチ)
     a plece(ア・プレチェ)=出かける(「去る」という意味もある?); 接続法現在2人称単数
  •  dar(ダル)
     しかし
  •  nu(ヌ)
     ...でない
  •  mă(マ)
     私を; 人称代名詞1人称単数対格弱形; 直後の動詞に付く「m-」という省略形もある
        ドゥパ・アミアザ, マシュテプツィ・ウン・ファツァ・バンチイ
     cf. După-amiază, m-aştepţi în faţa băncii? = 午後、私を銀行の前で待っててくれる?
  •  iei(イエィ)
     a lua(ア・ルァ)=取る、買う; 直説法現在2人称単数

 空耳ではなんてなってましたっけ。「米さ ... 飲ま飲イェイ」は覚えてるんですが。
 ノマノマはヌマヌマですが、イェイは確かにそのまんまです。ヴレイ(サ)がベイ(サ)になってるのも無理ありませんね。
 ちなみに次は

 chipul tău şi dreagostea din tei

 でしたよね、確か。
 chipul(キプル)はわかりませんが、tău(タウ)ってのは所有形容詞2人称男性単数なので、「きみのchipul」ですかね。とりあえず、「chipul」の「-ul」が定冠詞だろうってのはわかります。所有形容詞に修飾される名詞は特定のものでなくてはならないからです(そうでない場合は所有形容詞と被修飾語の間に属格冠詞が必要)。「şi(シ)」は「そして」です。
 デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語のどれかひとつだけを学習した上で、他の2つのもので書かれた文章を読んでみると、文章が要する読解力に差はあれど、それらがまったく初見であっても理解できることがあったりするというのは、実体験から言えますが本当です。
 ルーマニア語をやってればモルドバ語が、チェコ語をやってればスロバキア語が・・・って具合に、ひとつの言語の知識を駆使して他言語を理解できるっていうのは、こと、日本人にしてみたら驚くべきことですよね。日本語のみの知識から他の言語に対する理解は発展しません。中国語があるじゃんと思う人もいるでしょうが、文法的にどういう構造になっているのかってのはわからないでしょう?なにより音がわからない。まったく別の名を持つ他言語の話者同士が理解し合うと紹介されている場合、それは筆談で理解し合うということでは決してないはずなので(それが為にスウェーデン人、ノルウェー人がデンマーク語を理解するというのは本当に信じられないと前に書いたのですが)。
 ルーマニア語をもっと学び続けて、非専門的な内容であれば苦もなく理解できるようになる頃、モルドバ語にも目を向けてみると・・・一体どれほど読めてしまうのか、今から楽しみですね。まずはDiscO-Zoneの歌詞を読んでみることからかな(ずっと前に某家電量販店で100円で買った。ちょっと今家の中見当たらないんだけど・・・)。
 あ、最後に余談ですが、Dragostea din Teiとは「菩提樹の下の恋」という意味だそうです。「din」は「...から」としてしか知らないし、「dragostea」も「tei」もニューエクスプレス ルーマニア語には登場しないので自力ではこの表現は訳せないのが残念です。但し「drag(ドラグ)」という言葉はあって、その訳は「愛しい、親愛なる」となっているので、dragosteaとこれは互いに類義語であることは確かでしょうね。dragosteaは、「dragoste」という言葉があるとして、これに女性後置定冠詞のついた形ですかね(cf. carte > cartea = 本)。

 さてさて話題第2弾。ひとつの記事でまったく異なる話題を2つ扱うのは久々ですね~。
 DIR EN GREYが「THE UNRAVELING」なる新作をリリースするとのこと。

DIR EN GREY, DIFFERENT SENSE; 京, 薫, Die, Toshiya, Shinya “DIFFERENT SENSE”(アルバム・DUM SPIRO SPERO収録)ミュージックビデオより

西村 宏則 a.k.a. 京 - Vo.
新倉 薫 a.k.a. 薫 - Gt.
安東 大 a.k.a. Die - Gt.
原 敏政 a.k.a. Toshiya - Ba.
寺地 晋也 a.k.a. Shinya - Ds.

 ま、本名はウソかホントか知りませんけどね。今まで他のバンドでやったときはしつこく調べてきてたんで、統一の体裁として。ただ情報源に対する信頼はゼロに等しいんで、読み仮名は併記しません。なんか海外の雑誌だと本名載ったらしいですけど(薫が載せるなっつったのに勝手に載せられたとかインタビューで言ってた。どうせラテン文字でしょうけどね)。上記のものの他に見受けられるのは、京の名が「亨」、Dieの名が「ダイスケ(漢字不明)」、Toshiyaの名が「トシヤ(漢字不明)」として紹介されてるものですかね。不思議と薫とShinyaの本名(とされているもの)はどこのサイトでも表記統一です。
 さて、公式サイトに「「輪郭」から4ヶ月でリリース」と、新作発売の早さが強調されてましたが、確かにこれは珍しいですよね。ツアーやる度に映像作品は出してるから、CDのリリース間隔が空いてても活動してない感は受けませんが。PV集、ライブ、ドキュメントと、頑張ってますよね。
 さてこのTHE UNRAVELING、7曲入りのミニアルバムだそうです。
 このリリース、実は知ったの今さっきです。で、上のルーマニア語(モルドバ語かな?)についての話を書いて下書き保存したあと、なんかもうちょっと書けることあったらなと思ったので、丁度いいから話題にしてやろうと。
 さて今回も完全生産限定盤が出ますね。これも「輪郭」同様DVD付きとのことですが、内容は一切わかってません(たぶん)。さーてなんでしょね。ライブだといいんだけどな。ドキュメントはいらないっす。Cannibal CorpseのGlobal Eviscerationみたいなつくりだったら、まだ、まあ・・・。
 で、肝心のCD内容に期待することは・・・Shinyaのドラムの音がもっと迫力あるものになってればいいな、と。UROBOROSのドラムの音、すごいよかったのにDUM SPIRO SPEROだとなんかこじんまりしちゃってましたよね。あれにはガッカリした。折角色々面白いことやってるんだから、主役とばかりに目立たせる音での録音&ミックスをしてやってくださいよ。
 作風に関しては・・・うーん、正直DUM SPIRO SPERO収録曲って、イヤにクドいものが多かったと思うんですよね。プログレに色気出して、延々とインスト挟むのが正義だと勘違いしたバンドのような・・・。
 これまた前作の話になりますが、UROBOROSは編曲にムダがないわ濃い割に覚えやすいわ楽器隊の全体的な音の出方のバランスがいいわで、DUM SPIRO SPEROと比較した上で気づいたってのもマヌケな話ですが、とても良くできた作品でしたね。なんか最近特にVINUSHKAの素晴らしさにのめり込んでましてね、やー、あれは傑作ですね。DIR EN GREYの、かつてない名作です。どう考えてもあれよりよくできた曲は過去になかった。最終的にあの形にしようと最初に考えついた人は本当に尊敬できます。これから先もあれほど魅力的なものが出せるのかどうか心配ですが、DIR EN GREYなら大丈夫なんじゃないかとも思ってます。最初からレベル99で出てくるのがデフォみたいな海外のバンドと違って、ちゃんとスライム倒しながらレベルアップしてきたような連中ですからね。今はネクロゴンドでトロル相手にしてるらへんです。絶頂はまだまだでしょう。というか特にギター隊にはネットで動画あげてる素人くらいになってもらわんと困るわ。何年弾いとんねん。
 俺ね、LOTUSって現在DIR EN GREY版「ゆらめき」だと思ってるんですよ。今とかつての作風が違う連中に対しては、どうしても「あの頃のああいう曲をまた・・・」って思ったりしてしまうんですが、あれを出したことでヴィジュヴィジュしていた頃のDIR EN GREYの幻想が完全に消えたと思います。イントロ、メロ、サビ、エンディングまで特にキレイなメロディを入れるように頑張っていた頃の印象を打ち砕こうと思ったら、コア系の音で対抗するのは間違いなんじゃないですかね。「もういいだろあの頃の歌は?ホラ今こんな風に声出せるようになったんだぜ」って出てきたのがグロウルだったら、それは土俵が違うよと言いたくなります。Mariah Carey vs Lord Wormとかアホみたいでしょ?「ホラ今歌ってる歌の方が沁みるだろ?」と主張されたいです。でも歌うものは昔のものだとあんまり意味ないんですよ。昔がよけりゃ昔出したもの聴いてりゃいいだろってハナシなんで。Metallicaとかね。そして彼らはLOTUSを作ってくれました。お見事でしたね、実に。
 だからね、LOTUSに大いに魅せられた者として、また、DUM SPIRO SPEROの延長線上にあるような曲ばかりで占められることを歓迎しない者として、THE UNRAVELINGには、3曲くらいのLOTUSが欲しい。1曲でもいいから、じゃないです。3曲は欲しい。さて果たして入ってますかね・・・1曲でも。
 で、「輪郭」はねー、実はまだ買ってないんですよ。公式サイト入って流れるPVで初めてどんな曲なのか知りました。ファルセットが・・・くどいです・・・。メロではまた吼えてんのかなー。
 このCDを予約した店・・・まぁ俺の前のバイト先なんですが、そこにですね、注文した語学書がごまんと溜まってるんですよ。3ヶ月くらいかけて、10万円分くらい。しかし元旦に久々に足を運んで、約2万円分は引き取って来ました。なんて本かは梱包によってわからないようになってるので、ラベルにある価格を見ながら、そのとき持ってた2万円以内に収まるようにテキトーに手に取っていってレジに持っていってみると、19500くらいだったと。
 てなわけで、輪郭を買う余裕はありませんでした。そして今月18日の給与振込日までありません(本来は20日だが、土日挟むので)。
 ちなみに買った本は以下の通り:

  •  アフリカーンス語への招待 その文法、語彙、発音について / 河崎 靖 著(9784768456309)
     字体が大きいわけでもないのにものすごく隙間の多い本。まだ最初らへんを読んだだけですが、それだけで早くも不満全開。CD付いてるからまだマシか。以下にある他の語学書は全部CDなしです。
  •  アラビア語パレスチナ方言入門 / 依田 純和 著 & 大阪大学世界言語研究センター 監修(9784872593792)
     アラビア文字が一切ない本。僅かにもない。一文字もない。アラビア文字の紹介すらもない。しかしアラビア文字の代わりにヘブライ文字を見ることができる。というのも、参考文献がすべてヘブライ文字で記してあるのだ。ヘブライ語で書かれたものばかりを参考って・・・?全ページラテン文字でしか書かれていないことは、まぁ仕方ないっちゃ仕方ないね。ふつう、文字に起こされることのない方言だしね。どんな内容なんだろうと思って買ったんだけど、アラビア語をもっとやってから読んだ方がいいかなあ。
  •  基礎ネパール語 / 石井 溥 著(4475010489)
     ネパールの国語、ネパール語の語学書。大学書林の基礎語学書シリーズとしては珍しくページ数が300もない。しかもデーヴァナーガリーの書体の影響故か、また、学習の助けを意図したものだと思うがラテン文字がいちいち転写として併記されていることも1ページあたりの文字数が少なくなった要因だと思う。ただ、我が国で既刊のネパール語入門書としては随一の質を誇るそうです(そもそもそんなに数ないだろうけど)。
  •  基礎ヒンディー語 / 古賀 勝郎 著(9784475010498)
     ネパール語と同じくデーヴァナーガリーを正書法に採用している言語であるが、ラテン文字による転写は最初の方に出てくるだけで早々になくなる。1ページあたりの文字数が少ない点は上の本と同じだが、こちらは500ページあってボリュームたっぷり。嬉しいね。
  •  新世紀エヴァンゲリオン 13巻 [プレミアム限定版] / 貞本 義行 作画 & カラー・GAINAX 原作(9784041203552)
     最後はマンガw ラベルに700円ってあって、なんの語学書だろう?と思った。
     それにしても相変わらずつまらん。この人漫画ヘタクソだよね。躍動的な量産型の描写はすごく良かったんだけど。

 今月の給料と来月の給料で残りの全部なんとかするつもりです・・・しかしまた新しく何冊か注文しちゃったんだよなあw いつになったら捌けることやら。ちなみに注文して既に届いているものの内最高額は俺としても驚愕なんだが19,950円で、「西フリジア語文法 現代北海ゲルマン語の体系的構造記述(清水 誠 著; 9784832966215)」って本です。一体どんなツクリなんだか・・・。というかまず、「西フリジア語」ってナニ?ってレベルなんで・・・「フリジア語」の本なら注文したんだけどね。そしてまだ買ってないけどサイト内のお気に入りには「ソルブ語辞典(三谷 惠子 著; 9784475001519)」ってのがあって、これがラスボス、29,400円!いや~だってソルブ語の学習書って出てないんだもん。辞典なら文法解説がたぶんついてるでしょってことでキープしてます。
 さぁて、今月は何から引き取ってこようかな・・・って、いやいやまず「輪郭」を一番に考えねば!

2012年12月29日土曜日

გამარჯობათ, ენესსე მქვია

ガマルジョバ. トクヴェン・ヤポネリ・ハルト
- გამარჯობა. თქვენ იაპონელი ხართ?
ディアフ. エネッセ・ヴァル. トクヴェン・ラ・グクヴィアト
- დიახ. ენესსე ვარ. თქვენ რა გქვიათ?
メ・ニノ・ムクヴィア. ストゥデンティ・ハルト
- მე ნინო მქვია. სტუდენტი ხართ?
ディアフ, ストゥデンティ・ヴァル. ヅァリアン・サスィアモヴノア
- დიახ, სტუდენტი ვარ. ძალიან სასიამოვნოა.
メツ・ストゥデンティ・ヴァル. ヅァリアン・サスィアモヴノア
- მეც სტუდენტი ვარ. ძალიან სასიამოვნოა.
アルバト・ダグリリ・ハルト
- ალბათ დაღლილი ხართ.
アラ, ダグリリ・アラ・ヴァル
- არა, დაღლილი არა ვარ.

 うーん、やっぱりLEXILOGOSは便利だなあ。
 ラテン文字を使う言語をタイプする時と同じ感覚で、こうやって文章が作れる。作るといっても、暗記した他人のモノをそっくりそのまま書いてるだけだけどね・・・。「ენესსე(エネッセ)」は勿論俺のことだけど。
 それにしてもさ、「ძალიან სასიამოვნოა(dzalian sasiamovnoa)」、この語感めっちゃかっこよくない?日本語で言う「はじめまして」に相当する表現なんだけど、これまでに知った他言語の「はじめまして」で群を抜いて語感に魅力を感じる。他に好きなものといえば、ルーマニア語の「încântat de cunoştinţă(ウンクンタト・デ・クノシュティンツァ)」、ポーランド語の「bardzo mi miło(バルヅォ・ミ・ミウォ)」もなかなか。「クノシュティンツァ」と「バルヅォ」って語感がイイからってだけなんだけどね。
 さて、驚くほど濃密な子音クラスターで有名(?)なグルジア語ですが、現在第2課まで読了、この時点ではその特徴はまだまだ息を潜めてるって感じですね。თქვენ(tkven=きみたち; あなた; あなたたち)とかმქვია(mkvia=私は...という名である)みたいに、早くも、広く比較的知名度のある言語では見られないような重子音が登場してはいるんですが、こんなの序の口でしょうね。しかしこの初歩の段にあっても「გქვიათ(gkviat=きみたちは / あなたは / あなた方は...という名である)」の「gk-」という重子音には驚かされる。たとえばフランス語のabsent(アプサン=不在の; b=p)、ポーランド語のw Polsce(フ・ポルスツェ=ポーランドで; w=f)、ロシア語のсказка(スカースカ=物語; з=с)、ハンガリー語のvagytok(ヴァチトク=きみたちは...である; gy=ty)などの様に、有声音と無声音が隣合えば片方が片方に影響されて音の変化が起こるってのが学習上は定石であったものだが。
 ところで「სტუდენტი(st'udent'i; t'は帯気音)」は「学生」なんですが、グルジア語でもこう言うんですね。どこから入ったのかな?隣国・ロシアでも「学生」は「студент(ストゥヂェーント)」だけど、ロシア語から入ったってのは有り得るのかな・・・。ちなみに、厳密にはこれは主格で、語幹は「სტუდენტ(st'udent')」です。こう書くとますますどこかで見た語形。「-ი」が主格の指標語尾になってます。
 で、第2課に「ეკლესია(ek'lesia)」ってのが出てくるんですが、これはéglise、ἐκκλησία(ekklēsiā)、つまり「教会」です。これも絶対外来語ですね。これも主格形ですが、語幹と形を共有しています。
 しかし「車」は不思議な語感をしており、「მანქანა(mankana)」と言います。「車」と言うと、「auto」、「mobile」、「machine」、「car」のいずれかからできてるものばかりこれまで色んな言語で見てきたんですが(フランス語ではautomobile(オトモビル; 原義は「自動で動くもの」)とも言うが、日常的にはvoiture(ヴワテュール)がふつう)、これは新鮮ですね。とは言え、最近学習の優先順位が上の方にあるポーランド語でも「samochód(サモフト)」というこれまたフランス語ないしはロマンス系的でない言葉になってるんですが。ちなみにポーランド語と同じくスラヴ系であるロシア語では「машина(マシーナ)」です。あれ、待てよ。もしかしてმანქანაはmachineからきてるのかな。
 とまあ、そんなこんなでグルジア語も楽しんでやっております。
 LEXILOGOSの力添えなしでは打てないどころか打つ気もまだしませんが、紙にペンで書くことにはもう早くも大分慣れてきてます。まだ出てきてない字もあるんだけどね。
 なんとなくさ、個人的に、「究極の他言語学習」ってのがあるとしたら、それはグルジア語だと思ってるんですよ。なんでなんですかね。何故かは自分でもわからないんですけど。非ラテン文字が正書法に用いられていること、形態論的に膠着語であること、子音クラスターが極端であること・・・とりあえずなんでかなと考えてみて思い浮かんだのはこういったところです。バスク語も難しいとよく言われますが、あっちはまだいいですよ。ラテン文字使ってるんだから。これはホントデカいですよ。まず読めないと学習どころじゃないって、絶対。あああ、チベット語も「究極」入りさせていいかもなあ。一字毎を読む分には事欠かないとしても、言葉って単位になると途端になんて書いてあるんだかって感じだし。読みの規則がないってことではないんだけどね。しかも敬語表現が発達していて、且つ動詞の使い分けに「心情」が関わってくるというなんとも説明し難い特徴がある・・・(少なくともラサ方言には)。正直なんのこっちゃやらでいまだに理解できてません。
 まあだからね、まがりなりにも己の言葉として使い始めようと思ったら暗記ってのがイイわけなんですよ。
 それを繰り返して理論でなく感覚でいつの間にやら身についた文法要素があるとか、ザラだからね。習うより慣れってやつかね。
 ところで「მე ნინო მქვია(me nino mkvia)」は「私はニノといいます」(女性が言っている; 姓・名の内「名」の方の言い方だそう)という意味なんですが、「ニノ」ってのは実在する名なんですね。
 荒川アンダーザブリッジがグルジアに輸入されて「ニノ」の名の由来をグルジア人が知ったら、我らの名は日本ではこんなマヌケな理由でつけられるものなのか・・・と多少は複雑な気分になったりするもんなんだろうか?ちょっと興味あるわ。

2012年12月28日金曜日

ugbgjwk.7 f,dty nghkytln @gjf2

 なんだと思います?この記事の題になってる文字列。
 グルジア語キーボードレイアウトを使ってこう打つと、

 გამარჯობა. თქვენ იაპონელი ხართ?

 と出てくるんです。
 ああ~、グルジア語と言えば極端な子音クラスター!すごいな、一語がこの長さで母音字をまったく含んでないやつがあるぜ、ということではなく、上のラテン文字が示す音と、グルジア文字が示す音はまったく異なっています。
 正確さを追求するのは面倒臭いので基本的なラテン文字だけを使って大雑把にその音を示すと、「gamarjoba. tkven iaponeli hart?(こんにちは。あなたは日本人ですか?)」となります。
 この理不尽なレイアウトをこれから覚えていかなければならないなんて・・・。
 困難があると燃える人はいいですね。俺の場合はものによりけりですが、これはただ単にハァ・・・って感じです。
 だってさ、既に書いたことだけど、アルメニア文字は、それに相当する音を持つラテン文字のキーを打つと別の音を持つ文字が出てくるなんてことないんだもん。そういうのがあると知ってるからこそ、何故グルジア文字のレイアウトはこんな配置になっちゃったんだと思わずにはいられない。
 あ、ただ、俺が学んでいるのはアルメニア語の西方言なので、「D」を打つと「Տ」、「T」を打つと「Դ」が出てきてくれないと違和感を持っちゃう。アルメニア本国の正書法(東方言とも言う)だと、ラテン文字のDにあたるものは「Դ」、Tにあたるものは「Տ」で、西方言とは逆。他、B / P、G / Kはそれぞれ「Բ / Պ」、「Գ / Կ」で、どれが有声音でどれが無声音であるかが、「Դ / Տ」と同じく東と西で逆になっている。たとえば「Հայաստան=アルメニア」は東方言では「ハヤスタン」、西方言では「ハヤスダン」だ。そういうわけで、前に原語でのアルメニア共和国の名を話題にしたことがあったが、あのとき書いた仮名による転写は東方言のものであった。ちなみに「東」と「西」の名の由来だが、アルメニアよりディアスポラでトルコ方面(=西方)に出て行った人々が話すから「西方言」、その対比でアルメニア本国の言語形態が「東方言」。アルメニア共和国内の東と西で大別されているわけではない。・・・ホント言うと、たぶんそうなんじゃないかな、ってだけなんだけど。
 そういえば、「ニュー」も含めてエクスプレスシリーズには何故アルメニア語のものがないんだろう?いくらなんでもマイナーすぎるということなんだろうか。アルメニアからして、日本でもさっぱり話題にのぼらん国だしなぁ。グルジアは、イヤな話ではあるが、侵攻をやらかしてひとときの間ニュースになってましたね。まぁ、それが「ニューエクスプレス グルジア語」の刊行に何らかの形で、或いは僅かでも影響を及ぼしたのかどうかは全然わからんが・・・。
 アルメニア語の日本での語学書は、いまだに国際語学社のものしかないんじゃなかろうか。持っているから知ってるんだが、この本はアルメニア語、日本語共に誤植がヒドいので、もっと洗練された編集をウリとしている出版社に是非新しいものを出してもらいたいのだ。同社はアラム語など興味を大いにそそられる言語の本も出しているんだが(グルジア語もある)、このアルメニア語の本の雑なつくりが原因で買うことに二の足を踏まされているんだよなぁ。
 なんか結局グルジア語の話しだったの、アルメニア語の話だったの?って感じだが、とにかくですね、グルジア語キーボードレイアウトにはいつになったら困らされずに済むんだ!ってことで。

2012年12月26日水曜日

un idiot (savant)

 サヴァン・Daniel Tammetは1週間でアイスランド語を習得するよう要求され、その成果をアイスランドのテレビ番組に出演して司会者たちと通訳なしでやり取りをすることで、その試みを成功に終わらせたことを見事証明した。
 1週間か・・・。
 紙の上でペンを走らせる分には、己のなんらかの言語の習得度は他者のペースに惑わされる心配がない。
 1週間で、たとえば簡単な日記をつけられるようになることは、アイスランド語であろうが何語であろうが無理のないことなのかもしれない。
 これは「意外に」ではない。
 実際、俺ならその自信が持てる。但し語彙を増やすことに積極的でないので、小学生以下の内容にならんとも限らんが。
 ポーランド語の学習を円滑に、比較的難解なページから読みながらも適っていることを書いた後、俺はチェコ語、ルーマニア語、グルジア語の語学書を買った。
 チェコ語は、学生だった時分に別の本で少しだけ勉強したことがある。
 ルーマニア語はさっぱりない。前知識としても、まさか文法性に男・女以外に中性があり、しかも格があるとは思ってなかった、そんな程度だった。
 チェコ語はルーマニア語の後に学習を始めた。こちらは最初の課から進んでいっている。
 片や初めて学ぶことになったルーマニア語は、最後の課から暗記を始めた。暗記による他言語の円滑な学習が、「どういうわけだかポーランド語でのみ適っていた」わけではないということを確かめたかったのだ。
 かなり苦労した。
 なにせ全然知らん言語。
 一応イタリック語派の言語なので、動詞、形容詞、前置詞などに見覚えのある言葉があったり、文中の品詞の役割がどういったものであるかの見当がつくものも多少あったことは幸いだったが、それにしてもルーマニア語は、イタリック語派の言語としては非常に異質だと、早くも思っている。スラブ系言語の影響が色濃いことも関係しているのかもしれない。
 最終課は

 ce impresie ţi-a făcut România?

 という一文で始まる。本に倣うと、「ルーマニアの印象は?」という意味である。
 ルーマニア語は最終課とそのひとつ手前の課の暗記を終えた後、普通に第1課から改めて始めて、今7課を読了したところであり、そのことも関係してなのか、それとも今冷静に考えてみれば、なのか、何故こういう文で上に示した通りの和訳となっているのかがようやくわかった。
 これは和訳も悪い。しかし逐語訳に近く訳しようとすると、日本語として不自然なものになってしまう。
 この文章の主語は、おそらくルーマニア(România)だ。実はこの見極めが重要なことだったんだが、まず俺は文の本質ではなく、「ţi-aってなんだ?」とこれについて考えずにはいられなかった。
 で、「ルーマニアの印象」という和訳に目がいき、これが「făcut România」に対するものだと勘違いしてしまったのがいけなかった。愚かに安直である。
 被修飾語に対して後置される名詞が原形のまま先行のものに帰属することを示すという文法構造があるのかと、まぁすぐ何かを思いつくのはこれまでに散々色々な言語に触れてきた結果であると喜んでいいのかもしれないが、この文に対してこの解釈はマズかった。これのせいで、この第一の文からしてかなり覚え辛かった。
 字数大したことないでしょ?でもそういう問題じゃないんだよな。俺は見えてるまま暗記してるわけじゃなく、一応自分の中で文型に対して納得いく解釈を、正しかろうが間違っていようが持てるかどうかってのが、円滑な暗記には必要だと思いながら事にあたってるわけだ。見えてるまま暗記できるヤツってのは、そうだな、冒頭挙げたDaniel Tammetみたいな稀有な連中、サヴァンだ。俺はサヴァンでなく、サヴァンの元の名(un idiot savant)から取り除かれたまさにイディヨ(白痴)。
 この文章は、

 ce impresie(チェ・インプレスィエ) = どんな印象を
 ţi-a făcut(ツィア・ファクト) = きみに為した
 România(ロムニア) = ルーマニアは

 という構造である。
 「ルーマニアの印象は?」という和訳に捕らわれている時間が長すぎたと思う。
 第6課にa face(ア・ファチェ)という動詞が登場した。フランス語でいうfaire(フェール; faceの前のaはàに相当)である。
 そうかなるほど、どうやらfăcutはa faceの過去分詞だろうなと考えが至ったわけである。語形からも過去分詞であると推測させられた言葉が他にあって、cunoscut(クノスクト; =有名な; フランス語・connu(コニュ)), pierdut(ピエルドゥト; =失われた; 同・perdu(ペルデュ))がヒントになってくれた。făcutが本当に過去分詞なのかどうかはともかく、仮にでもそう納得しておくとce impresie~の意味が、他者に用意された和訳にのみ頼るだけでなく理解できた気になれた。もしfaireがルーマニア語に於いてよく似た語形をしていると知っていれば、もっと早くによい解釈が適っていたかもしれない。
 この文を逐語訳でフランス語にすると、quelle impression la Roumanie t'a fait?(ケル・アンプレシヨン・ラ・ルマニ・タ・フェ)、「ルーマニア(la Roumanie)」が最後に来るようにもつくれて、その場合は、口語的ではないが、quelle impression t'a-t-elle fait la Roumanie?(ケル・アンプレシヨン・タ・テル・フェ・ラ・ルマニ)となる。こういう風に他の言語(といっても試みたのはフランス語でだけだが)を通して考えてみるのもいい。
 ce impresieが直接目的語だと思うんだが、そうなるとţiの形に疑問が沸く。というのも、「きみ」にあたる人称代名詞の与格形が、どうやらîţi(ウツィ)らしいからだ。以下の文からの推測である:

 ダカ・ヌ・エシュティ・オボスィト, ウツィ・プレズィント・オラシュル・ブクレシュティ
 dacă nu eşti obosit, îţi prezint oraşul Bucureşti. = もし疲れていなければブカレストの案内をするよ。

 この文型なら、prezint(不定形はまだ知らない)の直接目的語は絶対にoraşul Bucureşti(ブカレスト市; oraşulの-ulは後置定冠詞)である筈なので、これを案内(紹介)される側は与格で表現されるのが妥当というものだろう。
 しかし、こういう文もあった。以下のものは第19課からである:

 ウツィ・ムルツメスク・ディン・トアタ・アニマ
 îţi mulţumesc din toată anima. = 私は心からきみに感謝する。

 「mulţumesc」が「私は感謝する」にあたり、これをフランス語で言うと「je remercie(ジュ・ルメルスィ)」になる。remercier(remercie不定形)の対象は直接目的格である。ただ、フランス語では「きみを」も「きみに」も共に「te(ト)」一語で表現されるので、ルーマニア語でも同様なのかもしれない。
 さて、では「ţi-a」の「a」はなんだろうか?これは助動詞だと思う。フランス語で言えば、上にも示した通り、これと見た目は同じく「a(avoir 直現3単)」である。しかしルーマニア語でのavoirである「a avea(ア・アヴェァ)」の直現3単は「are」と学んだ(上から3段は単数、残り3段は複数; 人称代名詞+a avea活用):

イェゥ・アム
eu am
トゥ・アィ
tu ai
イェル / イェァ・アレ
el / ea are
ノィ・アヴェム
noi avem
ヴォィ・アヴェツィ
voi aveţi
イェィ / イェレ・アゥ
ei / ele au

 まぁ、まだ俺の知らない文法要素ってことなんだろう。或いは、a fi(=être)の直現3単は「este(イェステ)」であるが、「e(イェ)」にもなるの如く、省略形があるとか・・・どうだろう?
 何故色々とフランス語でいちいち考えているのか?それはルーマニア語を知らないからである。
 しかし暗記には問題がない。
 今日、ポーランド語、チェコ語、ルーマニア語を取っ替え引っ替え暗記していったが、まったくなんの問題もなかった。知恵熱が出たり頭が重くなったり他言語間で言葉の交換が行われてしまったりといったことなども一切ない。人の記憶の引き出しは無限に存在しているんだろうか?考えても栓のないことであるが、ふとそういうことが不思議に思えてきてしまう。
 それにしても、以前は1日かけて1課を暗記していた筈なのだ。
 どうなってんだ、ホントに?
 ポーランド語は、20課から逆流して11課に到達した。これを除いた2言語、1週間あれば・・・たぶんどちらも読了し、それに加えポーランド語の学習も終わっているだろう。
 以前、チャリで通っていて16時から21時までが労働時間となっていたバイトと違って、今のバイトは強制的に1日9時間(休憩1時間含む)+電車通勤時間を費やすことになっている。ついでに、24時間営業の店舗で、休みは週2だ。おまけに店長と営業以外は土日祝日関係なし。シフト制なので休みの申請はある程度きくと思うが、別の月にその分多く出勤させられるらしい。
 この生活環境の中で、1週間で1冊、2冊の語学書が読了できれば成果として本物だろう。
 さて・・・グルジア語についてですが、これはこの1冊だけにかまけていいとしても1週間じゃムリそうだ。
 なんせ、まず文字を覚えないといけない。
 文字を覚えずして暗記に取り掛かるとなると、それこそ絵を眺めるが如くだ・・・。
 あと、こういうところでタイプするとなるとキーの位置も覚えないと・・・正直こっちの方が億劫だ。
 アルメニア文字やギリシャ文字などは、ラテン文字ではないが、たとえば「R」を打ては、これに相当する「Ր」、「Ρ」が出てくるように、キーの位置を新たに覚える必要が殆どない。アルメニア文字はラテン文字よりもかなり多いのでその分の配置は覚えないといけないし(数字のキーや約物のキーにまで割り振られている)、ギリシャ語は古典期のものをタイプしようと思うとアクセントや気息記号も使いこなさなければいけなくはあるが。
 片や、グルジア文字は、たとえば「K」と打つと「ო」が出てくる。これはラテン文字で言う「O」にあたる・・・。
 しかしやって覚えられないことはない。アラビア文字やヘブライ文字のキーボードレイアウトも、ラテン文字のキー配置がまったく参考にならない構造になっているが、覚えられた。しかも割りと早くにだった気がする。
 しかしいまだに大嫌いなレイアウトがある。キリル文字だ。といってもロシア語のもので、たとえば同じく正書法にキリル文字を採用しているマケドニア語やセルビア語のキーボードでは、「D」と打つとこれに相当する「Д」が出てくる。しかしロシア語レイアウトでの「D」は「В(=V)」である。何故かこのロシア語レイアウトではキリル文字の正しい位置がさっぱり覚えられなかった。僅かな数だけを修得して終わった。いや、またやればいいんだけどさ・・・。ちなみに何故マケドニア語レイアウトでロシア語を打たないのかと言うと、前者のレイアウトにはない文字を、ロシア語で用いられているキリル文字が有しているからである。
 今度は色んなキーボードレイアウトの素早い覚え方を編み出す試みに取り組んでみようかな・・・。
 あ、最後に余談なんだけど、「ニューエクスプレス ルーマニア語」はすごいオススメの本です。最初からまったく手加減なしで、最終課までずっと文字数が多い。シリーズの他の本に比べて、かなり早い段階からスキットがギュウギュウになってるのが少し眺めただけでわかるかと思います。ちなみに登場する単語の数が飛び抜けて多いわけではなく、他の本と同じである。つまりは著者の能力のおかげだね。Este uimitor şi extraordinar!
 逆にイマイチなつくりであるという印象を受けたのがチェコ語。書店でパラパラと見つつ、本当は買おうかどうかかなり躊躇したんだけど、同じく西スラヴ系言語であるポーランド語とどんくらい似てるもんかなと学習しながら検証したくて買ってみました。ポーランド語のものに比べると全体的に空白が大きい感じがするんだよね。まぁ、ポーランド語はその正書法が原因(複数ある二重子音、チェコ語よりも遥かに多い軟音の表現の為)でどうしても綴りが長くなりがちな言語だから比較には少々無理があったのかもしれないけど。挿絵の質もクソ。しかもやたらとデカい絵が多くて、これのせいで文章入れるスペースが圧迫されてるんじゃねーのかと思う。

2012年12月23日日曜日

俺はものぐさだから

 結局劇的な暗記方法というものは編み出せていないまま。
 ここ数日は原点回帰の上勉強している。
 最近また語学書が新たに2冊増えたのだが、そのうちのひとつは、ポーランド語のもの。
 そしてもうひとつはポルトガル語。・・・「ポルトガル語」ね。「ブラジルの」とか、そういうの一切付かない、純粋なポルトガル語。真のポルトガル語。その名の通りポルトガルで育まれたポルトガル語。ブラジルのポルトガル語なんて俺はやりたかね。いやいつかやるものとしてはいいが、最初は純正に拘りたいんだよ。しかし確かja.wikipedia.orgで目にしたのだと思うが、ポルトガル本国のポルトガル語の正書法は、ブラジルでのそれに倣うようになっているのだか、或いは倣うようになるのだとか。こんなに嘆かわしいことはない。何故そんなことをするんだろう。今やポルトガル語と言えば、ブラジルで話されているポルトガル語の方が影響力があるからか?それはそうだろうな。話者数がまるで違うし。しかしそれに追従する意味が皆目わからない。本当にさっぱりだ。
 ちなみにそんな2つの形態の力関係の差を表しているかの如くであるが、日本では純粋ポルトガル語の本が極僅かしか出版されていない。ないわけではないのでそれが勉強できないということはないが、ルシタニアでない彼の地で話されているポルトガル語の本が、辞書、単語帳、会話練習帳、文法書と様々な体裁で出版されているのを目にするのが実に容易であることに比べれば、その品数の少なさたるや実に残念なことである。
 まぁ、需要がないんでしょうな。簡単な理由である。俺にしたって別にポルトガル本国のポルトガル語を学ぶ動機なんて特にない。たとえば市井の民の声を拾って語学書を作ってくれる出版社があるとして、ではプレゼンどーぞと言われても理由に困る。
 俺の買った本では、ブラジルのポルトガル語を勉強した筆者がポルトガルへ行くと会話に苦労したということが重ねて記されていたが、実際そんなに意思疎通に多少の困難が伴うものなのだろうか?片や、ノルウェー、スウェーデン、デンマークの3国間で、それぞれ固有の言語で互いに話して通じることを鑑みればなんともまあ不思議な話である。ブラジルの、とはいってもあくまでもポルトガル語である。しかしこちらは言語名からして違う。つまり相互に独立性が確立されているということだ。といっても、これら3言語についてのこの話も実際自身が体験したことではないので、本当に通じ合えるのかどうか半信半疑でもあるんだが。というかそもそも、この3つの言語が3つとも云々以前に、とりわけデンマーク語が音声面からしてスウェーデン人、ノルウェー人に通じるとはとても思えないんだけどなあ・・・。
 さて、冒頭の「原点回帰」とはどういうことであるか。
 これは、口に出さず、字を追ってだけして記憶していくというやり方である。
 そして、自分で文章を作る。
 自分で文章を作りながら言葉の使い方や、正しい文法に注意を払い正書法を身に着けてゆくという勉強方法はお勧めである。必ず身につく。
 コツは、どんなに簡単な表現であっても、頭に浮かべば即座に文字にしてみること。口にできるのならそれでもいい。俺の場合は書く(或いは打つ)。
 頭が余程ヘンな構造をしていない限りは、勉強の進捗が著しく進んでいない限りは、即座に思いつけるのは簡単な表現であるはず。そういったものの積み重ねで言語は身につく。いつまで経っても「あれはうんたらです」「こんにちは、お元気ですか?」「どこに住んでいますか?」「昨日は何を食べましたか?」程度の表現しか思いつかなくても、つまりはそれらを何度もしつこく他言語を通して自身の言葉にしていけば、それらは確実に身につけられるということだ。身につけられるものが多いのはいいことだ。そして論文を書いたり小難しいことを長々と述べてみたりしたいのでなければ、そんな簡単なことしか口にできず仕舞いであるとしても、なんの問題がありましょうか?俺は将来、こんな風に他言語ですらすらすら~っと記事を書いてみたいので簡単な表現じゃ満足できないけどね。でも咄嗟に思い浮かぶ言葉が10回連続くらいで「こんにちは、お元気ですか?」くらいのものであったとしても、必ずそれはすべて文字にしている。逆に言えば、その程度のものくらい流暢に表せなくて後々難しい表現が適うと思ってんのか、ということだ。
 ただ、採るべき勉強法は、そのとき教師となってくれている学習書のつくりにもよる。
 上の勉強法は、ポルトガル語の本を読んでいるときのもの。
 ポーランド語の勉強をしているときにはやっていない。いや、生格、じゃない正確にはしていたんだが、やはり俺は生来のものぐさだ。
 俺のポルトガル語の本には、基本的に長文が載っていない。課毎の冒頭に複数の例文が示され、それらの文章で用いられている表現や文法について個別に解説が為されている、という構成だ。
 ポーランド語の本の方にはスキットがある。ひとりの人による記述もあるが、基本的には殆どが会話文だ。
 当然、あとの方のページには複雑な表現が並ぶ。
 全20課あるが、8課くらいまでは最初のページから順に読んでいって学習していた。
 しかし飽きた。
 だから最後の課から逆流していくことにした。
 そうすれば勉強が面白くなるかと思ったかというと-まったくそんなことはない。しかしページの空白をよい具合に埋め尽くすほどの文章群というのは、やはり見ていて心地良い。
 それにしても自分で自分を驚異的だなと思った点がある。
 当たり前のことだが、20課の文章を読むには、文法的知識が不足している。しかし暗記だけでそれすらも乗り越えられる。
 しかも1課丸ごとの暗記に要する時間は僅か30分ほどだ。
 勿論もっと早くに暗記を終えてしまうヤツだっているだろう。
 しかし、20課から・・・今16課なんだが、今のところ30分程度で暗記が適っている。学習開始当初、真面目に最初から読み進めて到達した8課あたりに差し掛かる頃には、暗記に要する時間は当然の如くもっと短くなっているに違いない。
 つまり、1冊に掛ける勉強の総時間が大したことにならないという結果が得られる。
 取り敢えず計算し易いよう、仮に全課30分ずつで終わらせたとすると、所要時間は10時間。そして逆流の内に差し掛かる10課あたりを堺に必ず1課あたりに費やす時間はかなり減るはずなので、実際の所要時間はもっと少ないだろう。これにプラスして文法事項の確認と習得に数時間を掛け、10時間前後になるんじゃなかろうか。ちなみに語彙を増やす努力というのはこれまでに滅多にしたことがないので、表現力アップを謳って設けられている単語表のページはまともに見ないこととする。まぁ、気分にもよるだろうが。
 俺はある1冊のフランス語辞書の付録として載っていた文法解説のページを約4ヶ月間何度もしつこく繰り返し読みまくることで、4年間、フランス人教師との会話も含んだ、大学内での学習に殆ど困らないだけの語彙、文法知識、発音法を得た。
 4ヶ月を費やしひとつの言語の学習書を取っ替え引っ替え読んでいけばどうなる?
 どうなるんだろう?
 どうなるんだろうか・・・。
 実に・・・☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓。
 まぁ、実際のところ、少なくともポーランド語に関して言えば、だが、4ヶ月取っ替え引っ替えはムリそうである。何故なら、そこまで本が手に入らないであろうから。金欠の問題を差し置いても、果たしてこんなに早いペースで学習を進めていった結果、4ヶ月最後の日に至るまで、読み終える毎に新しく本を手に入れられるほど、ここ我らが日本国には日本語で著されたポーランド語の学習書があるのだろうか、ということだ。
 別に4ヶ月に拘らなくてもいいと言えばそうだが・・・謂わば、俺にとっての、言語がある程度習得できるかどうかについて、ひとつの区切りの期間なのだ。
 今にして考えてみれば、4ヶ月ひたすらひとつの学習書を延々と読んでいた、この行為自体が有り得ない。だから今の俺にとっては、そもそも4ヶ月ひとつの言語に打ち込んでみるとどうなるか、を実践することすら不可能に近い。ここまで色んな言語の本を揃えてしまうと、ね・・・(30を超えている)。
 だからこそどうしても考えてしまう。今4ヶ月ずっとひとつの言語をやり続けると、一体・・・。
 さて最後にどうやって暗記しているか、だが、これは至極単純。
 「意味のまとまり毎に覚える」だ。
 以前既に言及しているが、これは長いこと暗記法として揺るぎない効果のある方法であると俺が信じているもののひとつである。まぁ、実際はそこまで大層なものではなく、つまりはさっさと暗記を進めるためにはどうやればいいか、というものぐさ精神の充足に繋がるものでもある。
 それに、分類上、孤立語(中国語など)でない言語の学習中には、こうやって覚えてゆく方がいいに決まっているのだ。
 たとえば、フランス語で「古い」「年をとった」は「vieux(ヴィユー)」と言う。これは原形なので、イコール男性単数形だ。
 では、「男」は「homme(オム)」と言うが、「年寄りの男」は「*(un) vieux homme」かというと、これは間違いで、vieuxの被修飾語となる直後の男性名詞が母音で始まっていれば、「vieil(ヴィエィ)」という特別な形になる。「母音で始まっていれば」、である。「母音字で始まっていれば」、ではない。
 そして、形容詞の女性形は大方、原形の語末に-eを付けることによって形成される。たとえばintelligent > intelligente(アンテリジャン > アンテリジャント; 賢い)といった具合で、一方原形が-xで終わっていれば、heureux > heureuse(ウールー > ウールーズ; 幸せな)というように-xが-seに変わるが、vieuxの女性単数形はならば*vieuseか?というとそうではなく、vieuxからではなくvieilから形成され、「vieille(発音はvieilと同じ)」となる。こういうことは辞書やらで数度、実際の使用例を抜きにして言葉とその活用のみを目にするよりも、修飾語と被修飾語のペアを見ながら覚える方が断然ためになる。
 言語の学習法に「正解」はないであろうが、効率良いものであると確信できる方法が見い出せれば、是非ともそれに縋って、できるだけ精神の負担を抑えつつやってゆきたいものである。
 俺はものぐさだから、さっさと覚えたいが為に熱意が楽する方楽する方へと常に向いている。
 今でも、格による曲用の一覧表を作ったりするのは大好きなんだけどね。
 それが苦にならないから、駆け足学習法の欠点を補う術もあって勉強が捗ってるって感じなのかなー。
 では最後に、件のポーランド語学習書・第20課の本文を書き出しときます。こんなものが載ってるんだってことで。

ヤク・シェン・マチェ? ポドブノ・フチョラィ・フ・ポルスツェ・スパドゥ・ピェルフシ・シュニェク
Jak się macie? Podobno wczoraj w Polsce spadł pierwszy śnieg.

フ・ポルスキム・インテルネチェ・ポカザノ・ズディエンチャ・ザシュニェジョヌィフ・ウリツ. チ・イェスト・バルヅォ・ジムノ
W polskim Internecie pokazano zdjęcia zaśnieżonych ulic. Czy jest bardzo zimno?

オト・モイェゴ・ポヴロトゥ・ド・ヤポニイ・ミネウォ・ユシュ・プゥトラ・ミェションツァ
Od mojego powrotu do Japonii minęło już półtora miesiąca.

ヂシュ・イェスト・ピェルフシ・リストパダ - ヴィェム, ジェ・ト・ヂェニュ・フシストキフ・シュフィェンティフ
Dziś jest pierwszy listopada - wiem, że to dzień Wszystkich Świętych.

ヴィェレ・ミ・オポヴィァダノ・オ・ティム・シュフィェンチェ・イ・ジャウイェン, ジェ・ニェ・モゲン・ゴ・ゾバチチュ・ナ・ヴワスネ・オチ
Wiele mi opowiadano o tym święcie i żałuję, że nie mogę go zobaczyć na własne oczy.

ニェダヴノ・フ・ポブリジュ・ナシェゴ・ドム・オトファルト・ノヴィ・スクレプ・ズ・ウポミンカミ
Niedawno w pobliżu naszego domu otwarto nowy sklep z upominkami.

スプシェダヨン・タム・ポルスキェ・ボンプキ・ホインコヴェ! ゾバチフシ・イェ, バルヅォ・シェン・ウチェシワム
Sprzedają tam polskie bombki choinkowe! Zobaczywszy je, bardzo się ucieszyłam.

プシェスィワム・ヴァム・ポズドロヴィェニャ・オト・モイフ・ロヂツフ
Przesyłam wam pozdrowienia od moich rodziców.


 名詞の格毎の特徴的な語形についての記憶はあやふやだし、過去形すらまともに覚えてないけど、ここまでのものが暗記できる。
 この文章、動詞の非人称能動過去形(pokazanoとか)と完了体副分詞(zobaczywszy)が出てきてるんですよ。概念的になんだそりゃって感じなんですが、言葉としては頭に入ってて、取り出せます。
 完了体なんて、初出のページをまだ見てすらいない。
 ロシア語、セルビア語、クロアチア語とやってきてるんで、どういうものかは名前見ただけでわかりますけどね。簡単に言うと、対になるものに「不完了体」ってのがあって、フランス語・travailler(トラヴァイエ=働く)を例にとると、

 不完了体=j'ai travaillé(ジェ・トラヴァイエ=私は働いた)
 -「働いた」という今より過去の動作について言及しているだけで、それが終わったものかどうかについて問題にしていない。たとえば、これを言った時点はサボリ中なのかもしれない。

 完了体=j'ai fini à travailler(ジェ・フィニ・ア・トラヴァイエ=私は働き終えた)
 -働き終えた、今日の自分の仕事はもう終わり、今日はもう働かない、退勤済み。

 ということ-この違いです。
 なんかもうね、勉強が進んでる気がするのなら、これでいいんじゃないのって。

2012年12月6日木曜日

「さいいん」と「あわじ」

 俺が今しているバイトは烏丸にあり、そこへは阪急電車で通っている。
 昨日の帰宅時、西院に電車が止まった折に発せられたアナウンスが「淡路」と聞こえて驚いた。
 何故そう聞こえたか?
 そのとき以外に普段聞いている「西院」のイントネーションと異なっていたからだと思う。
 俺の母親が、「ナルニア国物語の「ナルニア」は「アルメニア」からきてんのかなあ?」と俺に訊いてきたことがった。
 「さいいん」と「あわじ」、「ナルニア」と「アルメニア」・・・後者の語感は確かに互いに似ている。母親がそう勘違いしたのもムリはないと思う。
 ちなみに、アルメニアは現地で「ハヤスタン(Հայաստան)」と言う。「ハイ(հայ、アルメニア人の自称)の国(或いは土地; ペルシャ語由来)」という意味だ。「アルメニア(Armenia)」自体は、アルメニア人の伝承に、彼らの祖先として「アラム(Aram)」という人物がいたとされ、そこからきているらしい。-iaってのは、ラテン語由来の、「~の土地」を表す接尾辞だ。「ナルニア」はイタリアの地名「ナルニ(Narni)」が元になっているそうだ。この2つの地名はその成立に於いて互いに一切関係がない。
 しかし「さいいん」を「あわじ」と勘違いする人はそうそういないと思う。勘違いした俺ですらそう思う。
 この話の肝はイントネーション。
 ・・・これ、発音を実践したりすることで、または聴覚を以って言語を効率良く覚える際に利用できないかな?
 日本語文を音読し、そのイントネーションを保ったまま他言語を発音すると、自身に馴染みある音の調子の助けを借りて暗記が楽にならないだろうか、という思いつき。
 勿論、正しい発音を後々身につける際には、この試みがはっきりと阻害として実感してしまう羽目になるであろうが、今はとりあえずどうでもいい。
 他言語を母語として口にする。
 思考を起点にした発声が言わずもがな理想であるが、それが待ちきれない、或いはペラペラを手っ取り早く気取りたければ、この試みを繰り返すことで滑らかな発話が叶うようにならないだろうか?
 俺は日々、早々に他言語を多少なりとも身につけたがるせっかちな己の欲望を充足させるべく、どう学習を進めていけばいいのか考え続けている(その時間を使って同時に勉強もできてれば素晴らしいが・・・)。
 絶対にあると思うんだよな・・・労せず多量のことを、それも素早く暗記できる方法が。
 不思議と、一度か二度くらいしか目にしたことのない言葉でも、ずっと覚えているものがある。もし音声も併せてかつて覚えたものであれば、文字と音声という2つの要素が効力を発揮して記憶から消え難いものになっているのであろうと想像がつくが、俺の場合は実際なんと発音されるか確認したとはまず考えられない。特に数年前知った言葉は。今でさえ自分が学習経験のある他言語の実際の発音を積極的に確かめようとしてないんだから(最近ようやく、YouTubeで他言語による映画やニュースを観たり聴いたりするようになった)。
 そういうものは何故長い間覚えていられるのか?
 この疑問に答えるためには科学的な考察が要求されるというのであれば、独り家の中机に向かって唸っているだけではほぼ確実に解明できない問題だと思うが、この驚異的な記憶力の発揮が、理想的な暗記法として唯一の価値あるものとは限らないので、色々と考え続けて無駄はないと思う。というか、そう思いたい。
 ただひとつ、考え続けることの欠点があるとすれば、それは理想的な暗記法を探るために繰り返し文章を読んでいる間に、暗記法の実践とは関係なくいつの間にか言葉を覚えていってしまうことだ。いや、暗記ができていっているのなら当然歓迎すべきではあるが。
 ちなみに、少し前まではドイツ語ばかりを読んでいた。
 今暗記法の模索にあたって利用しているのはアルバニア語である。
 語感が似ている他の言語を知らないので、言葉ひとつとっても物凄く覚え辛いことが理由である。これがスラスラ覚えられる方法が編み出せたら、その方法は本物であろうと。
 ところで「アルメニア」と「アルバニア」は似ている。しかし、「アルメニア」の本来の名がこの音とまったく違う「ハヤスタン」であることに似て、「アルバニア」はアルバニア語で「シュチパリア(Shqipëria)」と言い、実は互いにさっぱり関連性のない名前だ(正式な国名としての名は「Republika e Shqipërisë(レプブリカ・エ・シュチパリサ=アルバニア共和国)」、アルメニアは「Հայաստանի Հանրապետություն(ハヤスタニ・ハンラペトゥテューン=アルメニア共和国)」)。
 主題と全然関係のない話だが、こうやってヨソの国名が現地でなんと言われているか知るのはすごく面白いのでオススメします。で、現地での名と日本語名だけでなく、多言語でなんと言われているか調べると更に倍々で楽しい。
 例を挙げると・・・そうですね、現代ヘブライ語を勉強していたときに知った「ヤヴァン(יוון / yavan)」って名にはびっくりしました。どこだと思います?
 まあググれば一発ですが、当てずっぽうでももし正解の国名を言えた人はスゴイ。投げやりな気持ちでいてすら「あの」国が脳裏に浮かんでくることは普通ないと思うから。ここ日本に於いても有名な国ではあるんですが。
 ヘブライ語と同じくセム系の言語であるアラビア語では「アル・ユーナーン(اليونان / al-yūnān)」で、ラテン文字で見ればちょっと似てると思えんこともないでしょ?まぁ、語感はまったく違いますけどね。あ、「al-」ってのは冠詞なんで、これ込みで見ないでくださいね。
 この国がヨソで言われている名には大きく二通りあって、ひとつがこの「Y-N-N」系、というかアラビア語系です。たとえばアラブの影響色濃いトルコ語では「ユナニスタン(Yunanistan)」と言います。日本語名には、ラテン語由来であるもうひとつの系統が採用されています。
 原語では「エラザ」と言いますが、この国はかつて、「ヘ(he-)」で始まる名で呼ばれていました。どういうわけか現代に於いては、ノルウェー語(デンマーク・スウェーデン語名はラテン語系)やハワイ語で、この国のかつての名の語頭が原形を留めていることが非常に面白い。
 長い文章が読めなくても、日常的な単語が10個も理解できなくても、他言語に関わるとこんな小さなことで大きな楽しみが享受できる。言語ってのはホントにいいもんだなあとつくづく思うわけですよ。

2012年11月27日火曜日

「ニューエクスプレス タミル語」!

 遂に出ます!待・待・待・待・待望の言語学習書!

 ニューエクスプレス タミル語だぁ~!宮本城 著、3,150円!

 ・・・いや、この著者のことは全然知らんけどね。初めて名前聞いた。まぁ、名前を覚えている言語学者なんてそもそも殆どいないんだけど・・・。小泉保と黒田龍之助くらいかなぁ。デュメジル(Georges Dumézil)、ソシュール(Ferdinand de Saussure)、グリム(Jacob & Wilhelm Grimm)、シャンポリオン(Jean-François Champollion)とか常識的な連中は別でね。
 来月発売ですが、白水社ホームページではもう情報が掲載されており、シリーズの他の書籍と同じくちょっとだけ中身も見られます。
 う~む・・・とりあえず目を引いたのは、タミル語に付記されている仮名表記は文語読みだって点だな。文語読みとゆうか、文字を書いてある通りに読む。即ち文語調。
 たとえばஇலலைはラテン文字のILLAIに相当しますが、口語では「イッライ」でなく「イッラ」となる・・・前に何度も書きましたね、こういうこと。இருககிறதுはIRUKKIṞADU、しかし「イルック」-綴られている文字と、実際口にされたときの発音との乖離が激しくて、文語読みに準じて言葉を発していると全然通じないほどなんだとか。
 アラビア語とは大違いだよね。たとえば日本でも有名なアル・ジャズィーラってあるじゃないですか、ああいうニュース番組なんかでは、地方毎の特色が強く出た方言「アーンミーヤ」ではなく、「フスハー」(正則アラビア語)でキャスターは喋りますし、討論の出演者たちもやっぱりフスハーを口にします。
 アーンミーヤは、それが内包する多様性を文字として表現するには十分な調整がなされていないものばかりなので普通文章化はされないんですが、それでもエジプト方言、マグリブ(モロッコ)方言、チュニジア方言の文は読んだことがあります。・・・わけわかんないですよ、本当に。これホントにアラビア語なの?って思いますから、フスハーしかやったことないと。たとえばアラビア語の標準的な語順はVSO(يدرس الطالب العربية(yadrusu ṭṭālibu l-‘arabīyata=学んでいる・その学生は・アラビア語を))なんですが、エジプト方言だとSVOですからね(他の2つの方言についてはそこまでは知らん)。つまり英語とかと一緒。俺なんてこれだけで別言語であるかのような印象を受けるわ。
 ま、もしかすると、タミル語も、電波に言葉を乗せる際には文語読みが為されているのかもしれないですけどね。全然知る機会ないですね、そんなのは。
 とにもかくにも、これは素晴らしい出版と言わざるを得ないでしょう!
 タミル語に興味ない奴すら買え!
 そして白水社に「タミル語は売れるのかっ?」と勘違いさせて、タミル語関連出版物のための予算が出るように導いてゆく、と・・・。
 いや、俺白水社って実はあんまり肌に合うところじゃなくて、大学書林の方がずっと好みなんだけどね。
 なんで大学書林、タミル語の本出してくんないのかな。ゴート語とかサーミ語、パンジャービー語その他、タミル語以上に超絶マニアックな言語の語学書はあるのに・・・。

2012年11月26日月曜日

Meine Kleine Nachtmusik

 最近、つい口ずさんでしまう曲が2、3ほどあります。
 好きな曲を口ずさむとき、人間は大方心が落ち着いたり、辛い状況の最中にあっても気力が取り戻せたりするものでしょうか?
 仮に俺もそういう人間であるとして(自覚はない)、しかしこの「最近つい口ずさんでしまう曲」については、家の外でふとその旋律が頭の中に浮かんでしまうと・・・もう精神状態は最悪です。
 その音楽がじっくり聴くことのできる環境へ-つまり自宅へすっ飛んで帰りたくなる。
 とても悲しい。
 私が初めてポピュラーミュージックを聴き出したのは、小学校高学年の頃だったと思います。
 小学生の頃催された合唱コンクールかなんかで、スピッツの空も飛べるはずを歌うことになったんですよ。
 スピッツってなんじゃらほい?-私はポピュラーミュージックについて何も知りませんでした。
 そこから本格的にどういうものが、今に至る己の音楽遍歴が形成されてゆく取っ掛かりになったのかはもう思い出せませんが、とにかくポピュラーミュージックとの出会いは、スピッツのその曲によるものでした。
 そこから長いこと経ちました・・・。しかし、好きな曲を脳内で再生して、何もかもが手につかなくなる寸前に陥るほど精神的に参る経験は初めてです。自分で自分に驚きましたね、ホント。
 そして今現在はゆっくりそれらの曲が堪能できる環境に戻ってきております。
 しかしまた明日には・・・。
 そう考えただけで怖いのです。
 で、なんて曲なのよ?・・・いつか話題にできたら、いいんですけどね。ちょっと今はね。その曲が何を媒体に提供されているかってところから話を始めないといけないからねぇ・・・。ここじゃ話題にしたことのないものなんですが、そもそもそれ以前に、まだまだまともにその媒体について語ることができるほどそれと深く付き合えていないので、全然お話できたもんじゃないです。

 Schade!

2012年11月9日金曜日

歩いてるだけなんてツマンネー

Dubrovnik je jedan od najljepših gradova na Jadranskom moru.
On se zvao Biser Jadrana od srednjeg vijeka.
Ograđen kamenim zidovima, cijeli grad kao da je jedan povijesni muzej,
koji se ponosi dragocjenim spomenicima. Svake godine dolaze turisti iz cijelog svijeta.
Naša Tomoko je došla prvi put u Dubrovnik. Ona se šetala po cijelom gradu,
obišla je sve muzeje, palače i druga mjesta. Kaže da joj se Dubrovnik jako sviđa,
i da je vrlo sretna što je došla ovdje.
Tko dolazi u Republiku Hrvatsku, obvezno posjeti ovaj grad.
Nema nikoga, kome se ne sviđa Dubrovnik. On je zaista biser u našoj zemlji.

 何語でしょー、か?
 クロアチア語です。
 CDエクスプレス セルビア・クロアチア語の最終第20課本文丸写しです。「写し」と言っても、頭の中に焼き付けたものを、ですけどね。それが著作権侵害(かな?)の言い訳になるとは思ってませんが、何かの語学書の文章を記事内に綴る際毎回言っているこれは常に本当のことです。誰かにスゲエと言って欲しいわけじゃなく、己が過去の記事を見返して俺スゲエと言いたいが為に必死こいて暗記しとるんです。勿論ウソです。ただ、ふと昔書いたものを見返してみると、今じゃさっぱり思い出せない文章がずらずらずらーっと綴ってあって、それを目にしたときは俺スゲエ、いや、凄かったなって思っちゃいますね。
 さて俺は何故クロアチア語の文章を書いたのか?
 今回の記事の主題への導入のためなんです。
 実はこの文章、俺はソラで言えます。一度も躓かず、スラスラとってわけにゃあいかないんですが、とにかく、綴りをバッチリ覚えて、且つこれらの言葉を音声でも再現できるようになってます。
 そりゃあもうしつこくしつこく復唱しましたとも。
 俺は今、ようやく文字を綴るばかりの勉強から脱却して、口からも自由に発せられる他言語の学習方法の構築について毎日しつこく考えているところです。
 なんせひとりなんだ。独り。会話で発話の能力を培うことは望めないので、独りでもペラペラになれる奇跡のような勉強法を編み出さんとしているわけだ。
 結構楽しいですよ。
 なっかなか光明が見えてこねえから。
 ああでもないこうでもないってね。
 いつの間にか、冒頭の長文を一気に諳んじられるようになったのは、ああでもないこうでもないを繰り返していた結果なのかなあ・・・。
 ちなみに諳んじられるのは20課本文だけで、それ以前のものはからっきしです。すごく時間をかけて、ゆっくりとじゃないとムリだね。まず課毎の内容を思い返さないといけないし。
 もうこの20課本文は口調で覚えちゃってる。「Dubrovnik」と言ったら、「Dubrovnik je jedan...」と続いちゃう。
 すごく理想的ですよね。厳密には、「理想的な覚え方だと俺が思っている方法の内のひとつ」、です。
 これは、「反射」を利用したくて実践した結果なんです。
 小売の接客業の店員やってりゃ、レジに物を持ってこられたら「いらっしゃいませ」ないしは「ありがとうございます」と言う。
 そんな風な。
 円滑な日々の様々な営みは、「反射」と「習慣」に支えられています。いるはずです。朝起きたら歯ァ磨く。顔洗う。外から帰ってきたら手を洗う。嗽をする。3食摂って、尿意を催せば排尿をし、便意を催せば排便をし、寝る前には風呂に入って、電気消して就寝。朝になったら起きる。
 俺が実践したのは、一文ずつ、つまりはピリオドによって区切られる文章の冒頭の一語或いは二語ほどだけをPCのメモ帳に書き、それ以後綴られているものを思い出しながら諳んじるという発声の訓練です。
 実は、別に会話したくなったわけじゃないんです。ただ、文字だけでなく、音声を用いることででも頭の中の日本語を別の言語にして表現できたらいいなと今更ながらに考えたのがこの訓練の発端でして。
 そしてもうひとつ-忘れないためには、覚えておくためには、二重三重、四重五重の記憶法を用いれば他言語をより強く頭の中に留めておくことができるのではないかと考えたのです。その記憶法として相応しいと俺が思えたものの内のひとつが、「音声で再現できること」だったわけです。
 四重五重とは語感を追求した為出てきた表現なので、本当に五重まで数えられるかどうかわかりませんが・・・とにかく俺が思いついた記憶法とは、こんなものです:
  1. 言い辛い言葉は音節を区切りながら覚える(例: DubrovnikならDub-rov-nik)
  2. 意味の固まりで覚える(例: od srednjeg vijeka=中世から < srednji vijek 生格)
  3. 反射で覚える(上述の通り)
  4. 口調や音韻で覚える(直上の反射に準ずると言える)
  5. 綴りを覚える(文字に起こそうと思うと必要。基本的に外せないことだと思うが、後述するアイルランド語などで特に極めて重要)
 5つ目までいったね。見て判る通り、まったく目新しい行為はありません。これらすべてを利用して覚えようとする行為に意味があるのです。ちなみにこの記事冒頭に出てきたことを鑑みて1.の例にはDubrovnikを挙げましたが、これ自体は特に言い辛い言葉だとは思いません。最近覚えた言葉だと、そうですねー・・・ドイツ語なんですが、die Abschlussprüfung des Sprachkurses(ディー・アプシュルスプリューフン・デス・シュプラハクアゼス=語学コースの終了試験)とder Aushilfskellner(デア・アウスヒルフスケルナー=ウェイターのアルバイト)は、何度言い直してもその度どもりましたね。
 更に今後作れるとしたら、「和訳を見ながら諳んじる」でしょうかね。
 これは行なって至極当然の訓練なのですが、まだやってません。ある言語の文章を読みながら日本語が同時に頭の中に浮かんでいないなんて有り得ないですからね。隣に添えられている日本語文を改めて確認しようという気持ちにならない。
 この訓練は、セルビア語、クロアチア語、ドイツ語、イタリア語、アイルランド語にのみ適用しています。他の言語の学習時に適用できない理由があるのではなく、単に最近勉強しているのがこれらの言語だったからというだけです。
 正しく告白すると、元々、イタリア語を勉強していたとき、効率的に覚えるためにとふと考えついた勉強法でした。思いついたということが重要なのであって、実践第一号の対象となる言語は別になんでもよかったんです。
 最初に思いついたのは、「反射」でした。
 結構効果があったと思います。
 そしてこれを続ける内、声に出すことの楽しさを見出し始め、記憶法として真の効果があるかどうかはともかく、この訓練を勉強の中に取り入れる抵抗はまったくなくなっていったことは大きな利点だったと思います。
 そして次に、「反射」は本当に使えるのか?と、既に語学書を読了していたセルビア語・クロアチア語と、アイルランド語も暗唱できるようになるかしらと、本を読み返してみました。
 前者はうまくいきました。
 後者はイマイチ。
 何故なら、アイルランド語の発音が未だに滅茶苦茶たどたどしく、ほぼまともに身についていないからです。

 ヴィー・ラン・ゲールゲ・エル・シュール・エゲ・アンシン・ウーアル・サ・チャフタン
 bhí rang Gaeilge ar siúl aige ansin uair sa tseachtain
 週に一回、彼の下でアイルランド語の授業が行われていた

 とか

 ゴ・ロ・ミーリャ・アガト・アス・ド・ハルジャス・ヌーアル・ヴィー・メーグ・スタジェール・イ・ンガーリャ
 go raibh míle agat as do chairdeas nuair a bhí mé ag staidéar i nGaillimh
 ゴールウェイで勉強していたときは本当にありがとうございました

 といった一音節の言葉なら大丈夫ですが、

 アグス・ホサ・シェー・ヘーン・アグ・スクリーアウ・ダーンタ・チリー・ゲールゲ・アグス・チリー・ヴェールラ
 agus thosaigh sé féin ag scríobh dánta trí Ghaeilge agus trí Bhéarla
 そして彼は自分でもアイルランド語と英語で詩を書き始めた

 とか

 ター・スール・アガム・ゴ・ワー・メー・スケーラ・ウェト・ゴ・ルーア
 tá súil agam go bhfaighidh mé scéala uait go luath
 あなたからの手紙がすぐに手元に届けばいいなと思っています

 という多音節語になると、何秒か読み方を考えてしまいます。ところで「bhfaighidh」の読みは上に書いた通り「ワー」だと思うんですが、「oíche mhaith(おやすみ)」の「mhaith」も「ワー」。こんだけ綴りがまったく違うのに読み一緒なんてすごいよね。フランス語に同音異義語が多いという欠点なんてどうでもよくなっちゃうね。どうなってんだアイルランド語、って思わずにはいられないでしょ?誰だってたぶんそう。アイルランド人だっておそらくそう。でも現代に生きるアイルランド人にとやかくゆーのはやめたげて。こういった不条理な綴りを確立させたのは彼らではないのだから・・・。
 CDは相変わらず聴いてません。
 だって、まだるっこしいんだもん。
 トロイ。
 自分でスラスラ諳んじられるようになるのが目的なのに、初学者向けのダラダラと小休止の連続する発音聴いてられんっての。「普通のスピード」とか言われる読みでもかなり遅く感じる。
 しかし今考えてみると、トロイ分、どう発音されるか気になる語の確認にはもってこいなんだよな。しまったなぁ。
 しかしなんとか諳んじようと努力したことは他の言語の勉強にあたってのこととなんら変わらないので、暗記はできました。
 「Dubrovnik ...」の文は、最終課にしてはカンタンだなと感じていたので良い達成感を得られなかったのですが、アイルランド語(ニューエクスプレス アイルランド語; 扱っているのはコナマーラ方言)の第20課を暗唱できるようになったときには本当に嬉しかったですね。

Go raibh míle maith agat as do chairdeas nuair a bhí mé ag staidéar i nGaillimh.
Níl féidir liom a rá cé chomh buíoch díot is atá mé.
Mura mbeifeá ann, tá mé cinnte nach n-éireodh liom Gaeilge a fhoghlaim.
Tá beagnach coicís agam ó tháinig mé ar ais abhaile don tSeapáin.
Airím uaim na laethanta a bhí agam i nGaillimh - seisiúin ceoil sna tithe ósta, piontaí Ghuinness
agus mar sin de. Ba mhaith liom dul ann arís an samhradh seo chugainn.
Abair le do chairde agus do mhuntir go raibh mé ag cur a dtuairisc.
Tá súil agam go bhfaighidh mé scéala uait go luath.

Mise le meas,
Mai

 ・・・という本文でした。
 やー、すごいですね。俺。なんて発音したらいいのかわかんない言葉だらけなのに覚えてる。ま、今までそうやって勉強してきたんだけども。
 そう、不思議だった。
 たとえばベトナム語には声調があって、それらが正しく再現できる自信がないし実際聴いても弁別がよくわかんなかったので口に出すことは諦めて、ひたすら文字だけを頼りにベトナム語は勉強していたわけだけど、なかなか身につかなかった(そして今ではパーっと忘れた)。
 アイルランド語に関してはもっとヒドい-そもそもなんと読むのかわからない言葉だらけなのだ。一応、読みについては学習したが・・・ニューエクスプレスの解説だけじゃざっくりもざっくり、例外的な発音が殆ど身につかない。そしてアイルランド語の言葉は基本的な読み方を知っているだけでは太刀打ちできない言葉が本当に多く存在する。・・・ま、かの名著・「アイルランド語文法 コシュ・アーリゲ方言」を持ってるんだから、それと併せて学習せーよって話なんだけどね。メンドいじゃんそんなの。
 そんな、読み方のわからない言葉の洪水に飲まれそうになっても、息継ぎは必ずできており、溺れてしまうことはなかった。不思議なことに、何故だかガンガン暗記していけたのだ。
 人の記憶って、一体どういう仕組みになってるんだろうか・・・。
 これが解明できれば!そう思わずにはいられない。何学で扱ってんのかな、これ。
 さて、上で挙げた4つ(プラス1つ)の記憶法、人間、他言語を学習する際には無意識に実践しているものなのかもしれません。俺だってこれらを活用して勉強していたのかも。
 ただ、実践しようと意識して学習に臨むと、効果の程は実に明白です。
 そしてなんと、この方法を続けている内に、次第に綴ることが億劫になっていきました。この俺が!綴ることが億劫にだと!信じられないです。自分で自分が。
 だってそんなことせんでも頭に入っちゃうんだもん。
 まぁ実際綴りが覚えられているかどうか確認するときにはタイプするけどね。
 ノートにはもう1ヶ月くらい何も書いてないなぁ・・・。
 ただ実を言うと、こうして訓練を始める前から、ノートに何かを書くことは億劫になってた。タイプした方が早いじゃんと。勿論字を書くよりタイプする方が早く文字を示すことができるなんて10年くらい前から悟ってたことだけど、それでも俺は実際にペンを持って文字を紙の上に綴ることが好きだった。それがここ最近遂に面倒臭く感じてきたわけだな-っつっても、特にラテン文字については、なんだけどね。上で俺、最近何語勉強してるって言ってた?クロアチア語、イタリア語、ドイツ語、アイルランド語はどれもラテン文字を正書法に持つからね(セルビア語はキリル文字。前書いた覚えがあるんだけど、俺キリル文字好きじゃないんだよね。だからそもそも書きたいとあんまり思わない)。とりあえず今は特にタイピングだけで、何かを綴ることに対する欲望は満たされてるから、これでいいのだ。
 訓練を始める前に、そして今もPCで易易とタイプできない文字を正書法に持つ言語を勉強しているときにはペンを握っていた。即ち、タミル語、チベット語、タイ語。特にチベット語はようやくキーボードをインストールして、フォントはそれ以前からかなり色々PC内に既に持ってたのに何故か表示されないのでどうしようもない。Lexilogosのチベット語オンラインキーボードには欠陥があるし・・・「チベット語 言語学習日記」を書いてたときからわかってたことなんだけど、いい加減鬱陶しくなってきたので利用をヤメた。いやよくできてるとは思うんだけど、ねぇ・・・そう思えるだけにものすごく勿体無いんだよな、あれ。
 とまあ色々と、「確実に」、「素早く」、「後々忘れ難い形で」、覚えられる方法を今模索しとるわけです。
 今後何か画期的な、それこそ奇跡のような記憶法が確立させられたとして、それが為されたと判断できるのはどういうときだと思います?
 ・・・一切前知識のない言語をスラスラと覚えていき、すぐ己の言葉として用いることができると自他共に認められるとき、これ以外にはないでしょうね。
 そこまで記憶法を追求しなくても、とりあえずある程度の成果は出てるんだからいいじゃんと考える自分もいますが・・・究極が欲しいですね、やっぱ。
 急がば回れとか石の上にも三年とか、拙速を諌める言葉がよく聞かれますが、どうせできなかった人の言い訳なんだと思えば、確かにそうでもあるんじゃないんですかね。
 俺は近道したくてしょうがないです。
 でも、近道の途中に立ち塞がるすごく大きな壁を「近道できるから!」とせっせと取り壊していくのと、ただ黙々と歩けばいいだけの遠回りの道を往くのとでは、・・・結果的にどっちが好いのでしょうかねぇ。
 ただひとつ言えることは、俺は歩いてるだけなんてツマンネーことは真っ平御免だと。

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